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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
107/175

銀の月、迎え撃つ

 穏やかな光の降り注ぐ、朝の草原。

 人狼の里から少し離れたところにあるその草原に、二つの人影があった。

 一つは白装束の黒髪の少年。もう一つはジーンズに黒いジャケット姿の金髪の少年であった。


「やあ、ギルバート。こんなところに呼び出して何の用だ?」

「いや、ふと思ったんだがな……お前があの巫女のところに引っ越したってことは、お前の能力が分かったってことだよな?」


 ギルバートは確認するように銀月に問いかける。

 すると銀月は、ふと思い出したような表情で頷いた。


「ああ、そうか。君は俺が銀の霊峰に住んでいた理由を知ってるんだったね。で、それがどうかしたのかい?」

「どうしたもなにも、俺はまだお前の能力を聞いてないぜ? 教えてくれたって良いんじゃないか?」

「ちなみに、何だと思う?」

「そうだな……『人間をやめる程度の能力』か?」


 ギルバートはからかうような笑みを浮かべてそう言った。

 すると、銀月がふてくされたような表情で眼を細めた。


「……君、それ本気で言ってる?」

「割と本気だぜ? 一時的に人間をやめて能力を引き上げてるってところか?」


 にやけた笑みを崩さずにギルバートはそう話す。

 それを聞いて、銀月はため息と共に首を大きく横に振った。


「……全く、君と言い霊夢と言い、俺を人間とは認めたくない人が多いな。正解は『限界を超える程度の能力』だよ」

「成程な。それで人間の身体能力の限界を超えてたって訳だな。これまた怖い能力を手に入れたもんだ」


 ギルバートは銀月の能力を聞いて、その規格外ぶりにそう呟いた。

 銀月は自分の能力の恐ろしさを知っているために頷いた。


「そうだな……それで、これが分かったらどうするつもりなんだ?」

「どうするって、分かってて言ってるだろ、兄弟?」


 銀月の問いに、ニヤリと笑ってギルバートはそう返した。


「これから全力で俺と勝負したい……まあ、そんなとこだろう、兄弟?」


 そのギルバートに対して、銀月は不敵な笑みを浮かべてそう返した。

 それを聞いて、ギルバートは笑みを深くした。


「へへっ、よく分かってるじゃねえか。お前の能力が分かった以上、俺も自分の能力を遠慮なく使えるって訳だ」

「そう言えば、君の能力の正体を聞いてなかったね。いったい何なんだい?」

「俺の能力は『あらゆるものを溜める程度の能力』だ。この能力を使えば、どんなものでも、どこにでも、幾らでも溜め込むことが出来る」


 銀月はその能力を聞いて少し考えた。

 そしてしばらくしてその使い道を見出したのか、羨ましそうな表情で頷いた。


「……それはまた随分と便利な能力だね。成程ね、つまり君は対等に戦うために能力を使っていなかったって訳だ」

「ま、そう言うこったな。お前に勝つのは、対等な条件でないと意味がねえからな」


 ギルバートはそう言って笑みを浮かべる。

 それに対して、銀月も楽しそうに笑い返す。


「ふふっ、全くもって君らしいな。んじゃ、そろそろ始めようか?」

「ああ。ま、まずはウォーミングアップと行こうぜ!」

「おおっと!?」


 突如として弾丸の様に突っ込んできたギルバートを、銀月はすれすれで避けた。

 それと同時に、銀月の額から冷や汗が流れた。

 何故なら、今のギルバートの攻撃には予備動作が存在しなかったからだ。


「流石だな、兄弟。今のに反応しきったか」

「やっぱり良いなぁ、その能力。予備動作なしで即トップスピードなんて、避けづらさ満点じゃないか」


 ギルバートに対して、銀月はその能力の使い方を察知してそう言った。

 ギルバートは前に進む力を溜め込み、それを爆発させる事で一気に前に飛び出して行ったのである。

 その結果、普段よりもはるかに速く反応しづらい攻撃を行う事が出来たのだ。

 銀月が避けられたのは、将志や六花などとの特訓の賜物であった。

 その銀月の言葉に、ギルバートは楽しそうに笑った。 


「それを躱しきっておいて言われてもな!」


 ギルバートは今度は銀月の懐に入り込んで連続攻撃を見舞った。

 銀月はその次々に繰り出される攻撃を手や脚で受け流すようにして捌いていく。


「このっ!」

「おっと!」


 銀月が喉を狙って抜き手を放つと、ギルバートは後ろに飛んで素早く距離を取った。

 それを確認すると、銀月はギルバートと同じ高さまで浮上しながら両手を痛そうにひらひらと振った。


「いったぁ……力を溜められる分、前とは段違いのパワーになってるし……」

「そう言うお前も想像以上について来るな。速度も威力も能力を使うと段違いに上がるはずなんだが……」

「そりゃあ俺だって能力使ってるからな。この程度ではやられたりしないさ」

「上等。そう来ねえとな!」


 二人はそう言い合うと、再びお互いに接近していく。


 すると、突如として二人の間に巨大な雷が落ちてきた。


「っ!?」

「何だ!?」


 青天の霹靂を体験した二人はその場で素早く身構える。


「よう、テメェら。何やら面白えことしてんじゃねえか、ああ?」


 するとそこには、赤いシャツに青い特攻服を着た黒髪の男が浮かんでいた。

 肩には冷たい光を放つ日本刀が担がれており、赤いサングラス越しに自分を警戒する二人を眺めていた。


「見たところ人間のガキが二人……いやちげぇな、そっちの奴は魔法使いか何かか?」


 男はそう言いながらギルバートのほうを見る。

 それに対して、ギルバートが質問を返した。


「……おい、あんた何者だ?」

「あん? 名前を訊く時は自分から名乗るのが礼儀じゃねえのか?」

「……いきなり乱入しておいて礼儀も何も無いでしょう。割り込むからには、それなりの態度と言うものがあると思いますがね?」


 不遜な態度を取る男に、銀月が冷たい視線と声でそう言い放つ。

 それを聞いて、男は心底愉快そうに笑い出した。


「カッハッハ! 良い度胸じゃねえか、気に入ったぜ! 良いぜ、そう言うことなら俺から名乗ってやんよ。俺は雷獣、人間からは雷禍(らいか)って呼ばれている。苗字のほうはそうだな……(とどろき)とでもしておくか。で、テメェらは何者だ?」

「ギルバート・ヴォルフガング。人狼だ」

「こっちは銀月。一応人間だ」


 二人は雷禍と名乗る男に手短に最小限の自己紹介を済ませる。

 雷禍はそれを聞くと、小さく頷いた。


「おっしゃ、テメェらの名前は覚えたぜ。そんで、ものは相談だ。俺も混ぜてくんねえか?」

「そんなことをしてどうするつもりだ?」

「どうもしねえよ。ただ単に俺がテメェらとやりたいだけだ」

「テメェら、ね……その言い方だと、俺達を二人同時に相手にするって聞こえるけど?」

「あぁ? 言い方が悪かったか? なら言い直してやるよ。二人まとめて掛かって来いや」


 雷禍がそう言った瞬間、二人の視線が更に鋭く変化した。

 流石にこうまで言われて黙っていられる訳ではないようである。


「……言っておくが、俺も銀月も弱いわけじゃない。そこらの妖怪なら楽に勝てるぜ?」

「ハッ、テメェらみたいな高々十何年しか生きてねえガキ共が二人まとめて掛かったって俺は倒せねえよ。それと、俺をそこいらの妖怪と一緒にすんじゃねえ」


 ギルバートの言葉に雷禍はそう言って鼻で笑う。

 それに対して、銀月は彼を睨みながらギルバートに話しかけた。


「ギルバート、お望みどおりにしてやろう? その方が話も早いだろうしさ」

「話が分かるじゃねえか。ほんじゃ、さっさと始めようぜ」


 雷禍は楽しげに笑ってそう言う。

 そして、ふと何かを思い出したかのように口を開いた。


「あぁ……一つ言っておくが……手ぇ抜いたりしてっと死ぬからな?」


 雷禍がそう言った瞬間、息が詰まりそうになるほどの圧迫感を覚える。

 彼の体には先程まで隠していた大量の妖力が纏わりつき、強い妖怪である事をうかがわせた。


「……ギルバート。どうやら本気で行かないと拙そうだ」

「……だな」


 雷禍の様子を見て、銀月は札を取り出し霊力を込め、ギルバートは赤い丸薬を飲んで群青の魔狼に変身した。

 それを見ると、雷禍はふわりと中に浮かび上がった。


「行くぜうらぁ!」

「まずは俺が相手だ!」


 まずは雷禍とギルバートが激しくぶつかり合う。

 最初の一撃は推進力を溜めてからの突撃。金色のオーラを纏い、弾丸のように雷禍に迫っていく。

 それに対して、雷禍は真正面からそれにぶつかった。


「らぁ!」

「ぐっ……おらぁ!」


 体に攻撃を受けつつも、それを物ともせずにギルバートは攻撃を仕掛けていく。

 相手が仕掛けてくる攻撃を致命打にならない様に避けながら激しい連続攻撃を仕掛ける。


「でやあああああああ!」

「ハッ、刀何ざ怖くねえってか! ならこいつは、っ!?」


 雷禍がギルバートの攻撃を捌いていると、突然首筋に寒気が走った。

 即座に頭を下げて、ギルバートから距離を取る。

 すると、先程まで自分の首があったところを音も無く銀の刃が通り過ぎていった。

 それを受けて、雷禍は目線を上に向けた。


「油断なんねえなぁ、オイ。隙あらば首が飛ぶって奴かぁ!」

「っ!」


 雷禍は標的を銀月に変え、攻撃を仕掛けていく。

 その攻撃は刀で攻撃をしながらも蹴りを多用するものであった。

 どこかの流派の剣術と言うよりは、喧嘩殺法と言うべき戦い方である。


「うらうらぁ!」

「ふっ……」


 銀月はその攻撃を的確に捌いていく。

 しかし攻撃の手段が見出せないのか、自分からは仕掛けてこない。


「おらおら、どうしたぁ!? それがテメェの本気かぁ!?」

「はあっ!」

「うおわっ!?」


 突如として銀月が素早く後退したかと思うと、そこを黄金の極太レーザーが通り過ぎていった。

 雷禍は直前でその気配に気づき、すれすれでそれを躱した。


「ちっ……」

「おいおいおい、下手すりゃ味方ごと落ちるっつーのによぉ?」


 攻撃をはずして舌打ちをするギルバートに、雷禍は楽しそうにそう話しかけた。

 その言葉を、ギルバートは一笑に付す。


「違うな。銀月は今のに当たるような間抜けじゃねえよ。落ちるとすればお前だけだ」

「ハッ、本気で俺に当てられっと思ってんのか? 俺はっ!?」


 再び首筋に嫌な気配を感じて、雷禍は首を傾ける。

 するとその首筋を薄皮一枚削ぐ様にして銀の線が走る。


「……余所見をするとは余裕だね。さっき君が自分で言ったじゃないか、隙あらば首が飛ぶってね。正直、本気で狙ってたらもう終わってるよ?」


 銀月は気配も無く雷禍の前に現れると、冷たい視線をぶつけながらそう言った。


「テメェはテメェで面白えなぁ? さっきまで一対一で堂々と戦ってたかと思えば、今度は暗殺者みてえな動きをしやがる。おまけにテメェはそこの人狼とは眼が違ぇ。こいつぁ初っ端から当たりを引いたかぁ?」


 それに対して、雷禍は楽しそうに笑いながらそう答えた。

 どうやら銀月の攻撃が本気でない事を見抜き、最小限の動きで回避したようであった。

 雷禍の言葉を聴いて、銀月は問いかける。


「当たりねえ……いったい何が当たりなのさ?」

「決まってんだろ。強ぇ奴と戦いてえんだよ!」


 そう言うと、雷禍は再び銀月に踊りかかった。

 素早く突っ込んでくる相手を、銀月は冷静に見据えて札を構える。


「はあっ!」

「あめぇ!」


 今度はカウンターを狙って銀月は札を繰り出すが、雷禍はそれを潜り抜けて攻撃を仕掛ける。

 攻撃をはずした瞬間、銀月は刀による攻撃を札で受けながら後ろに下がる。


「せいっ!」

「おわっ!?」


 そして下がりながら、札から鋼の槍を呼び出して攻撃を仕掛けた。

 突如として現れた槍とリーチの変化に、雷禍は思わずのけぞる。


「はああああああ!」


 相手がのけぞったのを好機と見て、銀月は手にした槍で一気に攻め込み始めた。

 槍の長いリーチを生かした連続突きと相手を固定する銀の弾幕で、相手の攻撃の範囲外から次々と仕掛けていく。


「はっはあ!」


 雷禍はその攻撃を刀で凌いだり、拳で打ち落としたりしながら攻撃を返していく。

 しかし銀月が上手く間合いを取りながら攻めてくるため、決定打は与えられない。 


「……使うか」


 そんな中、ギルバートはズボンのポケットから青い飴玉のようなものを取り出し、それを飲み込んだ。

 すると、ギルバートを覆っていた金色のオーラが輝きを増し、青白い光の粒が舞い始めた。


「……行くぜ!」


 ギルバートは自分の体に力がみなぎっていくのを確認すると、銀月が引き付けている雷禍に向けて突っ込んでいった。


「うぉらあ!」

「うぉわ!?」


 黄金の流星による横からの攻撃を受けて、雷禍は避けきれずに弾き飛ばされる。

 雷禍は空中で受身を取り、自分を弾き飛ばした相手に眼を配る。

 そして、ニヤリと口元を吊り上げた。


「何だ、テメェ今まで本気出してなかったのか、ああ?」

「お前がどれくらいの虚言を吐いたか気になったからな。無駄な消耗は避けるに越した事はないだろ?」

「ハッ、抜かしやがれ!」


 再びぶつかり合うギルバートと雷禍。

 日本刀と黄金の爪が切り結ぶたびに火花を散らし、攻防の激しさを物語る。


「ヒャハッ!」

「でやあ!」


 ギルバートの戦い方を理解した雷禍は、相手の間合いの外で戦おうとする。

 しかしギルバートは少し間合いが切れると、素早く溜めていた推進力を使って間合いを詰めてくる。

 更に、先程から強化されたギルバートの力が雷禍の力を上回っているため、攻撃を受けるたびに雷禍は弾かれていく。

 結果として、ギルバートが雷禍を押し始めている形になり始めていた。


「おらっ!」

「うぐっ!?」


 防御を弾いたところに、ギルバートの膝蹴りが鳩尾に入る。

 雷禍はそれを受けて素早く後退し、間合いを切った。

 腹を押さえるその動作から、どうやらかなり効いた様である。


「……ハッ、やるじゃねえか!」

「そう言うお前は俺一人に気を取られていて平気か?」

「うぉっと!」


 ギルバートと話しているところに、突如として走る一閃。

 雷禍はそれを間一髪で躱し、その相手を見た。


「……悪いけど、今の君と俺達じゃ話にならないと思うよ」


 するとそこには鋼の槍を携え、銀色に光る札を周囲に浮かべた銀月が居た。

 銀月の体の回りにはたくさんの銀の光の粒が浮かんでいるところから、将志の力を引き出している事が分かる。

 その姿を見て、雷禍は笑みを浮かべた。


「テメェも今から本気出すってか? そんなら見せてみやがれ!」


 雷禍はそう言うと標的を銀月に変えて襲い掛かる。


「ふっ!」

「うっと!」


 銀月はけん制のために撒いていた札を雷禍に向かわせる。

 当然、雷禍はそれを避けようとする。


「そこだ!」

「ぐあっ!?」


 それによって生じた一瞬の隙を突いて、銀月は槍を突きこんだ。

 雷禍は肩口に槍を受け、後ろに押し込まれる。

 銀月が刺さらない様に槍に術を掛けていなかったら大穴が開いていたところである。

 雷禍は肩を押さえ、痛そうにその部分をさする。


「……君、言うほど大した事ないな。鬼の四天王を相手にしたほうがよっぽどきついよ?」


 銀月は相変わらず冷たい瞳で相手を見つめる。

 そこに感情は込められておらず、淡々と事実だけが語られていた。

 それを聞いて、雷禍は大声で笑い出した。


「く……くははははは! いや、お前らマジ良いわ! 何だテメェら、本当に十年そこらのガキか!?」

「ガキかどうかはさておき、実際俺らは十五年しか生きてねえよ」

「まあ、少々異常なのは認めるけどね」


 大笑いをする雷禍に、銀月とギルバートは若干呆れ顔でそう答える。

 その表情は面倒な事になったと言わんばかりのものであった。


「はぁ……気に入ったぜ。よし、良いかテメェら! 今から俺の本当の姿を見せてやる。テメェら、負けたら俺の舎弟になってもらうぜ!」

「「はあ?」」


 雷禍の唐突な言葉に、二人はあっけにとられる。

 それを見て、雷禍は苦笑いを浮かべた。


「おいおいおい! まさかテメェら、俺が本気を出してたとか思ってんじゃねえだろうなぁ?」

「いや、そっちじゃねえよ。負けたら舎弟ってのはどういうこったよ?」

「ああ? 敗者は勝者に従うつーのは当たり前のこったろうがよ?」

「やれやれ、俺も仕事とか抱えてるんだけどな? 第一、俺達を舎弟にしてどうするつもりなのさ?」

「さあな。どうすっかなんてのは後で考えりゃ良い。まずは面白え奴を舎弟にするっつーのが先だな」


 雷禍がそう言うと、銀月は大きくため息をついた。


「そう……でもまあ話は簡単だね、兄弟?」

「ああ……要は勝ちゃあ良いんだな」


 二人はそう言って笑いあう。

 それを聞いて、雷禍も楽しそうな笑みを浮かべた。


「よく分かってんじゃねえか。じゃあ行くぜえ、野郎共!」


 そう言うと同時に、雷禍の姿が変化を始めた。

 頭からは後ろに向けて二本の角が生え、顔の左半分に嵐をあらわした様な刺青が現れる。

 それと同時に、雷禍から発せられる妖力の強さが一気に跳ね上がった。

 その姿を見て、銀月は頷いた。


「……成程、それが君の本当の姿か」

「ついでに抑えていた妖力もこれで全開って所か。けど、雷獣ってハクビシンみたいな姿って聞いたんだが?」

「その辺は結構曖昧らしいよ。いろんな姿の雷獣が居るっていう話だし、こんな姿の奴が居てもおかしくないんじゃない?」

「ハッ、いつまでも冷静でいられると思うんじゃねえぞ!!」


 雷禍は不敵に笑ってそう言うと、手にした刀を振りかざした。 

 すると空が曇り、天候が荒れ始める。

 見上げてみれば、重い灰色の雲が空を覆い始め、大粒の雨とともに強い風が吹き始めた。

 雨風は瞬く間に強くなり、いつしか激しい落雷を伴う大嵐へと変わった。


「ちっ、これはあいつの能力か!」

「参ったな、これじゃあ紙の札が使えないな」


 銀月は現状を見て、散らしていた札を回収しながら歯噛みする。

 何故なら、銀月の主武装である収納札は紙である。

 これに霊力を通して強化する事で敵と切り結んだりするのだが、所詮は紙なのだ。

 その性質上、火に近づければ燃え、水を被ればふやけてしまう。

 水もある程度であれば大丈夫なのだが、このような大嵐では役に立つとは言いづらいのだ。


「そらそらそらぁ!」

「どわっ!?」


 そうしている間に、ギルバート目掛けて一直線に突っ込んでくる。

 その速度は、人間に擬態していたときとは比べ物にならないくらい速かった。


「……さっきとは段違いの速度だね。けど、速さなら負けない!」


 それを見て、銀月は即座に全速力で雷禍を追いかける。

 激しく飛び回る雷禍にぴったり並走し、攻撃を仕掛けようとする。


「おーおー、よくついてくるじゃねえか。けどなぁ、それだけじゃ俺にゃ勝てねえ!」


 雷禍はそう言うと、銀月の背後に素早く回りこんで攻撃を仕掛けた。

 銀月はそれに気がついて振り返るが、刀は受け止めたものの腹に蹴りを喰らった。


「ぐぅ!? まだだ!」

「飛べうらぁ!」

「ぐああっ!?」


 体勢を立て直そうとする銀月を、雷禍は思いっきり蹴り上げた。

 銀月はそれをまともに喰らい、打ち上げられる。


「こうなったら!」


 銀月は体勢を整えながらそう言うと、四枚のカードを取り出した。

 それはフランドールから譲り受けた、銀のタロットカードであった。

 銀月がそれに霊力をこめて投げると、光の玉が雷禍を追尾するように飛んでいった。


「チッ、追尾型かよ!」


 雷禍はそう言うと手にした刀を空にかざす。

 するとその刀に雷が落ち、強い雷光を放ち始めた。


「落ちやがれ!」


 雷禍は気合と共にそう叫んで刀を横に振るう。

 すると刀が纏った雷が刃となって飛び、追尾してくる銀のタロットを打ち落とした。


「あれは、雷切か!?」

「ああ? まあ、雷を切った刀をそう呼ぶっつーのなら、こいつは雷切っつーんだろうなぁ!」


 雷禍はそう言いながら、再び雷の刃をタロットを周囲にばら撒く銀月に飛ばす。

 それを避けきれないと察するや否や、銀月は素早く鋼の槍を構えて防御体勢をとった。


「うわあああ!?」


 銀月の体を強い電流が流れる。

 防御したことによって電流の大半が外に流れたが、全てを受け流す事は出来なかったようである。


「銀月!?」

「よそ見してる場合か、おらぁ!」

「くっ!」


 ようやく追いついてきたギルバートに、雷禍は雷撃を飛ばす。

 ギルバートはそれを避けながら、何とか近づこうとする。

 しかし次々と飛んでくるそれに、ギルバートは上手く近づく事が出来ない。


「あああああ!」


 ギルバートに攻撃を仕掛けている雷禍に、銀月が一直線に突っ込むように槍を放つ。

 その手にした黒い神珍鉄の槍の重量に自らの推進力を乗せ、猛スピードで攻撃を仕掛ける。


「おっと!」


 雷禍はそれを察し、流星の様に突っ込んでくる銀月を躱す。

 その瞬間、ギルバートの青い眼が光った。


「そこだぁ!」

「うおっ!?」


 ギルバートは溜めていた力を解放し、強烈なタックルを雷禍に仕掛ける。

 体勢が崩れていた雷禍はそれを避けきれず、腕で防御しながらわざと後ろへ後退する。


「……やっちまった……」


 その瞬間、雷禍は思わずそう漏らした。

 何故なら、飛ばされたその向こうは銀月の銀のタロットに囲まれた場所であったからだ。


「行け……っ!」


 銀月の号令と共に、七十八枚のタロットカードが光を纏い、一斉に雷禍に向かって飛んでいく。

 中に浮かべたタロットを一点に集めるという単純な動作なため、銀月の操作に狂いはない。

 タロットカードは雷禍に向かって殺到していった。


「ぐうううっ!」


 雷禍はそれを躱そうとするが、避け切れずに体の左側にタロットを数枚受ける。

 とっさに防御はしたようだが、ダメージはそれなりに通ったようだ。


「っぐ……いってえな、おい……っ!?」

「でりゃあ!」


 一瞬怯んだところに、その期を逃さずギルバートが金色の巨大な魔法弾で追撃をかける。

 雷禍はまた避けきれず、腕を交差させてそれを防御する。


「うぐっ……うっ!?」

「止めだ!!」

「喰らえ!!」


 そして弾かれて胴が上がったところに、銀月とギルバートが同時に蹴りを入れる。

 金と銀の二つの流星が、雷禍の腹に突き刺さる。


「ぐはあっ!!」


 雷禍はそれを受けて、地面に激しく叩きつけられた。

 その様子を、二人は油断なく観察する。

 すると、雷禍は愉快そうに笑い出した。


「く、くくく、カーハッハッハ!! やるじゃねえか! 二人掛りとは言え、高々十五年しか生きてねえ奴が俺に傷を負わせるなんてよお!」

「……やっぱ、防御されてたか」

「だろうね、腹を蹴ったにしては感触がおかしかったもの」


 高笑いと共にそう言って立ち上がる雷禍を見て、銀月とギルバートは苦い顔で首を横に振った。

 その二人を、雷禍は爛々と光る金色の眼で見ながら笑い続ける。


「カハッ、一万年以上生きてきたが、テメエらみたいな若造が俺に本気を出させるのは初めてだぜ……行くぜ、テメエら。この轟 雷禍、太古から恐れられている雷獣様の本気を見せてやるぜ!!」


 雷禍がそう言った瞬間、その周りに竜巻が四つ現れて雷禍の周りを回り始めた。

 それと同時に、地面に雷がひっきりなしに落ちるようになって三人のいる野原を駆け巡った。


「ぶっ飛びやがれ、テメエら!!」


 雷禍がそう叫んだ瞬間、四つの竜巻が銀月とギルバートをめがけて動き出した。


「纏まってると拙い、散らばるぞ!」

「ああ、分かってる!」


 銀月とギルバートは一網打尽になるのを避けるために散開する。


「そこだうらぁ!」


 そうして避けた先に、雷禍は雷の刃を飛ばす。

 先に狙われたのは銀月。雷禍はどちらかと言えば体力の無い方を狙って攻撃を仕掛けたのだった。


「くっ!」


 銀月は先程の経験から、無理やりに体勢を変えてでもその雷の刃を避ける。

 しかし、その先に雷禍が待ち受けていた。


「あっ!?」

「飛べうらぁ!」


 雷禍は飛んでくる銀月を思い切り蹴り飛ばした。

 銀月はそれを手にした槍で受けるが、思い切り後方に弾き飛ばされる。

 直後、銀月は後ろに吸い込まれる感覚を覚えた。

 その瞬間、銀月の顔からサッと血の気が引いた。


「しまっ……」


 強烈に吸い寄せられて、銀月は竜巻の中に飲み込まれていく。

 それを見て、ギルバートは焦る様な叫び声を上げた。


「銀月!」

「よそ見している場合か、テメエ!」

「っ、おあっ!?」


 銀月に気をとられたところに、雷禍の蹴りが腹に突き刺さる。

 ギルバートもまた弾き飛ばされ、竜巻の中へと吸い込まれていく。


「ハッ、まとめてぶっ飛びやがれぇ!」


 雷禍は楽しげにそう言うと、四つの竜巻を一つにまとめて超巨大な竜巻を作り出した。

 銀月達はその竜巻の中で、飛んでくる瓦礫を防御しながら何とか抜け出そうとする。


「さてと……そろそろ終いにするかぁ!」

「お待ちくださいまし!!」


 雷禍が銀月達に止めを刺そうとすると、横から大人びた女性の声が掛かった。

 それを聞いて、雷禍はその方を向いた。

 するとそこには、長い銀の髪に六輪の白い花が飾られたの髪飾りをつけた女性が、嵐の中で赤い蛇の目傘を差して立っていた。


「ああ? テメエ男の勝負に横槍を入れるつもりか?」

「そうじゃありませんわよ。勝負ならもう付いていますわ。無用な攻撃は止めてくださいまし」


 六花が客観的事実に基づいて判定を下す。

 しかし、雷禍はそれを一笑に付した。


「ハッ、分かってねえな。男ってのはな、意地があんだよ。たとえ勝てねえと分かっていても、せめて相手に一矢報いる。それが男ってもんだろ、なぁ?」

「ええ、分かっていますわ。ですけど、それを諌めるのが女の仕事ですの。ですので、大人しく矛を収めていただければありがたいですわ」

「うるせえよ。俺はなぁ、勝負を邪魔されるのが大嫌いなんだよ!! ごちゃごちゃ抜かしてると殺すぞ!!」


 あくまで戦いを止めようと話をする六花に、雷禍は苛立ちを募らせる。

 そんな彼の様子に、六花は優雅な動作で額に手を当ててため息をついた。


「……仕方ないですわね。どうぞ、やれるものならやってみてくださいまし。もっとも、頭に血が上った状態の貴方に出来るとは思えませんのですけどね」

「……良いぜ。ならお望みどおりそうしてやるよ!」


 雷禍は素早く動き回りながら六花の背後へと回り込んだ。

 六花はそれに対して何の反応も示さず、全く動かない。


「うらぁ!!」


 雷禍は六花に向かって刀を鋭く振り下ろした。

 するとその瞬間傘が宙を舞い、目の前の赤い和服の女は一瞬で消え去った。


「なっ!?」

「遅いですわ」

「ぐはっ!?」


 雷禍が驚いていると、逆に背中に強烈な衝撃が走った。

 振り向いてみれば、そこには泰然と佇み、宙を舞った蛇の目傘をキャッチする六花の姿があった。

 雷禍は唖然とした。何故なら背後を取ったと思っていたら、いつの間にか背後を取られていたのだから。


「な、何だと?」

「門番の最上級程度……なかなかにお強い様ですけど、私と同格以上の相手と戦った事はないみたいですわね。あの程度で驚いていては、私の相手は務まりませんわよ?」


 六花は白い肌に映える紅色の唇に指を当てながら、先程の雷禍の動きから実力を評価する。


「ちっ、舐めてんじゃねえぞ!」


 雷禍はそう言うと回り込まれないように竜巻を周りに置き、真正面から六花に挑みかかった。

 それに対して、六花は傘を持ったまま左手をすっと差し出した。


「はっ!」

「ぬあっ!?」


 六花は刀が横薙ぎ振られる前に素早く飛び込み、左手で相手の手を取って右手に持った傘の柄を腹に打ち込む。

 そして体がくの字に曲がったところを、上から肘打ちで追撃をかけて下に叩き落した。

 雷禍は地面に叩きつけられ、雷によって焼け焦げた草原を滑る。


「力はあるようですけど、それだけに技の拙さが惜しいですわ。刀は振り回すものではないんですのよ?」


 六花は涼しい顔でそう言いながら、軽やかに地面に降り立つ。

 それと同時に、雷禍は素早く立ち上がって刀を構えた。


「こ、この……見下してんじゃねえ!」


 そう叫ぶと、雷禍を目掛けて何本もの雷が落ちてきた。

 雷禍の周りには数多の青白い雷光が飛び交い、激しい帯電状態になった。

 その電気は段々と雷禍の持つ刀へと集まっていき、刀身から激しく火花が散り始めた。


「これでも、喰らいやがれぇ!!」


 雷禍はそう言うと、その刀を横に薙ぎ払った。

 すると極太の雷の刃が長く横に伸び、悠然と佇む六花に向けて飛んでいった。

 周囲を雷光で飲み込まんばかりのその一閃は、間違いなく雷禍の渾身の一撃であった。


「ふっ……」


 六花はそれを見ると、傘を空に放り投げて優雅な動作で腕をサッと上に振り上げた。

 手元で光る刃が、縦一文字に線を描く。


「なっ……」


 次の瞬間、雷の刃は激しく火花を散らしながら縦に真っ二つに裂け、嵐が止み、雲の切れ間から柔らかな日の光が差し込み始めた。

 煌めく鋼の刃は雷刃を斬り、嵐を引き起こす雲すらも切り裂いて見せたのだ。

 突然の出来事に驚き眼を見開いた雷禍の眼の前には、銀色に光る包丁を逆手に持って振りかざした赤い和服の女。

 彼女はその腕をゆっくりと下ろすと、最大の攻撃を防がれて呆然としている雷禍の前にゆっくりと近づく。


「刀で切れて包丁で切れない道理はありませんわ。まあ、雷を刃物で斬るなんてことをしようとする人は普通いませんのですけど」


 六花は歩くような速度で近づきながら、何て事の無い様に朗々とそう告げる。

 その言葉に、雷禍は気の抜けたような乾いた笑みを浮かべた。


「は、はは……」


 雷禍は動かなかった。動けなかった。

 雷禍は目の前にある事実に微動だに出来ず、ただ呆然と近づいてくる六花を見ていた。


「負けを認めてくださる? 今の貴方では、何度やっても同じ結果になると思いますわよ?」


 六花は喉元に包丁を突きつけ、黒耀の瞳で金の瞳を見つめて微笑みながらそう言った。


「……ああ、認めてやらぁ……俺の負けだ……」


 その瞬間、雷禍の体から全ての力が抜け落ち、座り込んだ。


 と言うわけで、新しく場を引っ掻き回す新キャラ登場。

 何で出したかといえば、どいつもこいつも真面目キャラになってしまったがため。

 ……正直、将志(苦労人)や銀月(弄られキャラ)やギルバート(ツッコミ役)じゃ出来ないネタが多いんですわ。

 と言うわけで、雷禍君はかなりはっちゃけたキャラをやってもらうつもりです。


 次回は今回の戦いの収拾その他です。


 ちなみに、彼の見た目は某魔法先生の父親が承り太郎の服装をしていて某人間台風のグラサン掛けてると思えばよし。


 では、次回にまたお会いしましょう。

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