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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
霊峰の槍と博麗の月
105/175

銀の月、初出勤

「はぁ~……今日からここでも仕事か……」


 全てが紅い館を見上げながら、門の前で白装束の少年がそう呟く。

 視線を降ろしていくと、目の前には暢気に鼻提灯などを膨らましている門番が眼に入った。


「……寝てるし……」


 銀月は収納札から爪楊枝を取り出して、美鈴の鼻を突いた。

 すると鼻提灯が破裂すると同時に美鈴はびくりと身体を震わせて眼を覚ました。


「ふぇ!? な、なんでふか!?」

「……美鈴さん。今の俺じゃなかったら額にナイフ刺さってるぞ……」


 銀月は若干呆れ顔で美鈴に話しかける。

 すると美鈴は何事も無かったかのように銀月に話しかけた。


「あ、銀月さん。検証は終わったんですか?」

「終わったよ。能力の制御もある程度できているし、特に問題は無し、だってさ」

「あ、そうでした。お嬢様が銀月さんが来たら最初に自分のところに来るように言ってましたよ」

「了解。それじゃあ、通してくれるかな?」

「はい、どうぞ」


 美鈴はそう言うと、銀月を門の中に通すのだった。




 紅魔館に入ると、銀月は真っ直ぐにレミリアの部屋へと向かう。

 ドアを四回ノックし、部屋の主の返事を待つ。


「入りなさい」

「失礼いたします。銀月が参りました」


 銀月はドアを開けると、部屋の中に入る。

 するとレミリアが紅茶を飲みながらそれを迎え入れた。


「やっと来たわね。能力の検証にしては随分と長く掛かったじゃない」

「父から用事を承ったりしたものですから。その他にも私用がありました故に、長く掛かり申し訳ございません」

「ふ~ん。まあ良いわ、とにかくお前には今日からここで働いてもらうわよ」

「かしこまりました。では、失礼しまして……」


 銀月はそう言うと、収納札を取り出して中から黒く大きな布を取り出した。

 それを見て、レミリアは怪訝な表情を浮かべた。


「……何をするつもりかしら?」

「ちょっとした余興ですよ。それに、この格好で仕事をする訳にも行きませんからね。それっ」


 銀月はそう言って自信に満ちた笑みを浮かべると、手にした布を一瞬身体を隠すように動かした。

 そして黒い布が翻されると、中からいつもの白装束から真っ赤な執事服に着替えた銀月が立っていた。

 それを見て、レミリアは面白そうに微笑を浮かべた。


「へえ……銀月も手品が出来るのね」

「最高のエンターテイナーの弟子でもありましたから。曲芸師や道化師の真似事もある程度であれば出来ますよ」


 銀月は涼しい表情で応える。

 それを聞いて、レミリアは感嘆のため息をついた。


「本当に多芸ね……銀月、お前の本職はいったい何かしら?」

「私の本職ですか? 目指すところで言えば、役者でございます」


 銀月は自分がなりたいものを素直に告白した。

 すると、レミリアは意外そうな表情を銀月に向けた。


「役者? その割には、戦闘員だの執事だのと随分外れてるじゃない」

「お言葉ですが、役を深く演じるに当たってはその役のことを深く理解することが重要なのです。ですので、演技をするに当たって様々な事を経験することはとても重要なのです」

「成程ね……それなら、ここでは紅魔館の忠実な執事を演じてもらうわ。精々私やフランに忠義を尽くしなさい」

「かしこまりました」


 レミリアの言葉に銀月は恭しく頷く。

 そんな銀月を見て、レミリアは何かを思い出したように頷いて声をかけた。


「ああ、そうそう。仕事に入る前に咲夜に案内してもらいなさい。仕事の割り当てとかは私が指示するよりも現場の声を聞いたほうが早いでしょうから」

「そのようにさせて頂きます。ところで、一つお伺いして宜しいでしょうか?」

「何かしら?」

「私はフランドールお嬢様の付き人となるのですが、私に何かご要望などはありますか?」


 銀月がそう言うと、レミリアは深く考える動作をした。

 それからしばらくして、ゆっくりと口を開いた。


「特にはないけど……そうね、フランが一人前の吸血鬼と自信を持って言える様にして欲しいわ。まあ、お前の思うように動いてくれて構わないわよ」

「かしこまりました。何か指示がお有でしたら遠慮なく申し付けくださいませ」


 銀月が礼をするのを確認すると、レミリアは手元にあったベルを鳴らした。

 ベルは高く透き通った不思議な音色を奏で、その音は辺りに響き渡った。

 その直後、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「入りなさい」


 レミリアが応えると、ドアが開いてメイド服を着た銀髪の女性が中に入ってきた。

 女性は部屋に入ると、主に向かって一礼した。


「失礼いたします。お呼びでしょうか、お嬢様?」

「ええ。ここに居る新しい執事に色々と案内してあげなさい。それから、これから仕事に関しては銀月と相談しながら決めてもらって構わないわ。立場としては咲夜の方が上だから、自由に使ってやってちょうだい」


 レミリアは咲夜にそう言って指示を出す。

 それを受けて、咲夜は礼と共に返事をした。


「かしこまりました。じゃあ銀月、行くわよ」

「宜しくお願いします、メイド長」


 咲夜の呼びかけに銀月は礼をもって応え、その後ろについて行く。


「「失礼いたしました」」


 そして二人は部屋の入り口の前に立つと揃って礼をし、部屋を辞した。

 部屋を出ると、咲夜の先導によって銀月は案内を受ける。


「それにしても……本当にここの執事になったのね」

「ええ。もっとも、ここに至るまでには様々な経緯があったわけですが」


 咲夜はそう言いながら、真っ赤な執事服に身を包んだ銀月を見やった。

 執事服の寸法は完璧であり、生地などもただ宴会で着せるためだけに作られた物とはとても思えないほど上質なものである。

 咲夜はそれが単なる自らが仕えるお嬢様の意地なのか、最初から銀月をここに仕えさせる気だったのかのどちらなのか考えようとした。

 が、そんなことはどうでも良いことだと思い思考を切った。


「……どういう経緯があったかは知らないけど、私は貴方を歓迎するわ。これから宜しくね、銀月」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします、咲夜さん」


 挨拶をする咲夜に、銀月は恭しく礼をする。

 それを見て、咲夜は苦笑いを浮かべた。


「そんなにかしこまることは無いわよ。同僚なんだし、もう少し気楽でいいわ」

「同僚と言えど、上司です。目上の者は敬うべきだと思いますが……」

「私の居心地が悪いのよ。二人の時は普段と同じ話し方で頼むわ」

「……上司の君がそう言うんなら、そうさせてもらうよ」


 二人は話をしながら廊下を歩く。

 そして地下室の階段の隣にある部屋の前に立ち止まると、咲夜は鍵を取り出して部屋のドアを開けた。

 その部屋は中で槍を振り回しても平気なほど広い部屋で、中にはキングサイズのベッドに肘掛に彫刻が施されたソファー等、数々の調度品が並べられていた。

 銀月は何か特別な部屋なのだろうかと思いながら辺りを見回した。


「ここが銀月の部屋よ。私物とかはこの部屋に置いておくと良いし、泊まる時はこの部屋を使ってもらえれば良いわ」


 そんな銀月に、咲夜は対してあっさりとそう言った。

 その自身に対する破格の待遇を聞いて、銀月は眼を丸くした。


「え、良いのかい? 随分と広い部屋だけど……」

「良いのよ。これはお嬢様の指示なのだから、私達がどうこう言えるものでもないわ。それに、私もこれと同じくらいの部屋を使わせてもらってるし」

「……そういうことでしたら、ありがたく使わせて頂きます」


 思わず敬語になり、深々と頭を下げる銀月。

 その様子からかなり動揺していることが見て取れた。

 そんな銀月に思わずにやけながら、咲夜は話を続けた。


「それで仕事についてだけど、銀月には主に料理や掃除を任せることになると思うわ」

「それで良いのかい? 突然料理の味が変わってしまっては、何かしら不都合があるんじゃないかと思うんだけど」

「大丈夫よ。吸血鬼の主食は血よ? 貴方が作る料理を食べるのはお嬢様やフランドール様には娯楽みたいなものなんだから、そんなに気を使う必要はないわ」

「じゃあ、してはいけない事なんかはある?」

「分かっているでしょうけど、洗濯だけは必ず私がやるわ。あと、お嬢様の部屋の掃除も私の仕事だからしなくていいわ」

「了解。やっぱり、普通はそうなんだよね……」


 銀月は意味ありげにそう呟くと、黙り込んでしまった。

 その様子を見て、咲夜はキョトンとした表情で首を傾げた。


「どうかしたの?」

「うちってさ……何でか知らないけど、洗濯は父さんの仕事なんだよね……」

「え……? ちょっと、それ誰も文句言わないの?」


 銀月の言葉に、信じられないといった表情で咲夜はそう言った。

 それを聞いて、銀月は興奮した様子で咲夜に詰め寄った。


「そうだよね? 普通、女の人は男に下着とか洗われたくないよね!? あの霊夢ですら洗濯だけは自分でやるし……でも、うちじゃあ誰も文句言わないんだよ……ねえ、咲夜さん……これを変に思う俺は変なのかなぁ?」


 不安げな瞳で、縋るような上目遣いでそう問いかけてくる銀月。

 その銀月の両肩に、咲夜は優しく手を置いて微笑みかけた。


「……安心して。貴方は間違いなく正常よ。私が保証してあげるわ」

「そっか……良かった……」


 銀月はそう言って安堵の表情を浮かべた。同時に漏れ出したため息は大きなものであり、心底安心したようであった。力が抜けて、頭が下がる。

 すると咲夜は、おもむろに銀月の頭を撫でだした。


「……あの、咲夜さん? 何してるんです?」

「いえ、ちょうど良い位置に頭があったから何となくよ」


 間の抜けた声で問いかけてくる銀月に、咲夜は頭を撫でながらそう答える。


「……銀月。貴方撫で心地が良いわね」

「……そんなこと言われたのは初めてだよ」


 静かに流れる時間。その間、咲夜は銀月の頭を黙々と撫で続ける。


「あの~……いつまで撫でてるんです?」

「あら、ごめんなさい。あんまり撫で心地が良いものだからつい……」


 困ったように話しかける銀月に、咲夜はハッとした表情でそう答えて手を離した。

 そして、それを誤魔化すように次の用件を口にした。


「ああそうだ、妖精メイドについてだけど、サボっていたりしたら容赦しなくていいから」

「つまり、注意をすれば良いんだね? 了解したよ」

「ちなみにサボり魔筆頭は美鈴だから、その辺りのことも頭に入れておいて」

「……美鈴さん……門番がそれで良いんですか……」


 咲夜が告げる紅魔館の使用人の実体に、銀月は顔に手を当ててため息をついた。

 そして一しきりため息をつくと、気になったことを咲夜に質問した。


「ところで、しっかり働いているメイド妖精にご褒美を与えることはしても良いのかい?」

「それは構わないと思うけど……あまりやりすぎてもダメよ?」

「わかってるよ。それで、何か他に言うことはある?」

「今のところは特にないわ」

「OK、わかった。それじゃ、お嬢様のところへ挨拶に行ってくるよ」


 銀月はそう言うと部屋から出て行こうとする。

 すると咲夜はキョトンとした表情で銀月に問いかけた。


「あら? お嬢様なら一番最初に挨拶したんじゃないの?」

「いや、俺のお嬢様はレミリア様ではなく、フランドールお嬢様だよ。では、失礼いたします」


 そういうと、銀月は部屋を出て隣にある地下室への階段を下り始めた。

 長い螺旋階段を下り、現れた重厚な扉をノックする。


「誰?」


 すると中から幼さを残した少女の声が聞こえてきた。

 その声に対して、銀月は事務的な口調で声をかけた。


「本日より貴女様の付き人をさせていただく、銀月と申す者です。宜しければ、中に入らせていただけますか?」

「……うん、いいよ」

「失礼いたします」


 中からの声に答えて銀月は扉を開けて中に入る。

 部屋の中は薄暗く、蝋燭の火によってぼんやりと照らし出されている。

 そんな中で、枝に色とりどりの宝石を吊り下げた様な翼を持った小さな少女が異様に緊張した面持ちで立っていた。


「銀月……」

「如何いたしましたか?」

「あ、あの、これ、受け取って!」


 フランドールはそう言うと小さな木箱を取り出した。

 その木箱は手のひらに乗るような大きさの桐の箱であった。

 唐突に差し出されて、銀月はキョトンとした表情で首を傾げた。


「はい?」

「えっと、どうしても渡したいものなの! お願いだから受け取って!」


 フランドールは必死な表情で銀月に木箱を差し出す。どうやら何が何でも渡したいもののようであるが、何かにおびえているようにも見える。

 そんな彼女の真意は分からなかったが、銀月は頷いた。


「かしこまりました。では、受け取らせていただきます」


 銀月はフランドールから木箱を受け取ると、ジャケットの内ポケットにしまおうとした。

 すると、そんな銀月にフランドールが緊張した様子で声をかけた。


「……ねえ、開けてみて」

「? かしこまりました……」


 銀月は怪訝な表情で木箱の蓋を開けた。

 すると、中には白い絹の布に包まれたものが出てきた。

 そしてその布を避けて中身を取り出すと、そこには銀色のカードの束があった。

 その中から一番上の一枚をめくって見ると、そこには愚者の絵が描かれていた。


「これは……タロットカードですか?」

「うん……銀月なら、これを使いこなせると思って……」


 カードを確認しながら質問をする銀月に、フランドールは固い声で答えを返す。

 そのタロットカードは大アルカナ、コート、小アルカナのカードが揃っており、触ると金属質なひんやりとした感触が伝わってきた。


「……このカードは銀で出来ていますね?」

「……うん、そうだよ……」


 先程の愚者のカードを握った銀月の言葉に、フランドールは震える声で返事をした。

 その表情は若干蒼ざめており、明らかにおびえたものになっていた。

 そんなフランドールに、銀月は眼を伏せて小さく息を吐いた。


「……お嬢様」

「……っ!!」


 次の瞬間暗い部屋を一条の銀の光が鋭く走り、銀月は手にした銀のタロットをフランドールの首に突きつけていた。

 フランドールは銀月のその行動に思わず身をすくめる。しかし、すぐに眼を開いて銀月の眼を見つめ返した。

 その先には、無表情で冷たい眼をした銀月の顔があった。


「幾らなんでも軽率すぎます。前にも話したとおり、私が貴女に持っている感情はマイナスです。それに、私がただの札で相手を殺しうることもご存知のはず。私がこのカードで貴女の首を狙うとは考えなかったのですか?」

「……私は銀月と対等な立場で話がしたい。あの時みたいに私達吸血鬼が力を振りかざして、貴方がそれに従うのは嫌。私が銀月の命を握っているのなら、銀月も私の命を握ってよ」

「……たったそれだけのために、お嬢様は私に命を預けられるのですか?」

「うん……だって、従者を信用できないならご主人様になんてなれないもの」


 咎める様な銀月の言葉に、フランドールはその眼をしっかりと見つめながら言葉を返した。

 その声色は恐怖を感じて震えながらも、確かな意志が感じられる力強い声であった。

 それを聞いて、銀月は突きつけた銀のタロットを納めた。


「……分かりました。そういうことであれば、この銀のタロットはありがたく受け取らせていただきます。……貴女の覚悟、確かに受け取らせていただきました」

「うん。ありがとう」

「ですが、もうこんな無茶はしないでください。私の主になるのであれば、命を大切になさってください」


 銀月は懇願するような眼でフランドールにそう語りかけた。

 その視線には好意的なものはあまり含まれて居ないものの、強い尊敬の念が込められていた。


「そうするわ。だって、本当はすっごく怖かったもの」

「そうですか……では、私に何なりと罰を与えてください」


 銀月は突然フランドールに跪き、深く頭を垂れた。

 そんな銀月に、フランドールは眼を白黒させた。


「え、何で?」

「幾らお嬢様を諌めるためとは言え、私は自らの主を脅すようなことをしたのです。それに、私には身代わりの札があります。そして、恥ずかしながら私にはそれを手放す勇気がありません……私は自らの命惜しさに、命を賭けて対等に立とうとしたお嬢様の気持ちに応える事が出来ないのです。主の覚悟を無碍にする従者など、罰を受けるのが当然だとは思いませんか? どうか、私めに罰をお与えください」


 そう話す銀月の声は苦しげで、絞り出すような声であった。

 何故ならフランドールの覚悟は、自らの命に執着する銀月には絶対に出来ないものであったからである。

 そして、それに応えられない自分を銀月は深く恥じ入っているようであった。


「それって、私のいう事を何でも聞くって事?」

「そう取っていただいても構いません。今のお嬢様であれば、私の命を取るようなことはしないと信じておりますので」


 頭を下げたまま、銀月はそう話す。

 それを聞いて、フランドールは小さく深呼吸をした


「……それじゃあ、しばらく私のことを抱きしめてくれる? 本当のことを言うとね、まだ怖くて震えそうなの」


 おずおずとした口調でフランドールは銀月に語りかける。

 それを聞いて、銀月は静かに顔を上げた。


「……それは、私で宜しいのですか? 私自身がその恐怖の原因であるのですが……」

「さっきも言ったでしょ……従者を信じられないと主にはなれないって」


 怪訝な表情を浮かべる銀月の頬を包み込むように小さな手を添えて、フランドールは優しい声でそう言った。

 それを聞いて、銀月は再び頭を下げた。


「かしこまりました。それでは、失礼いたします」


 銀月はそう言うと、フランドールの小さな身体をそっと抱きしめた。

 フランドールはそれを黙って受け入れ、銀月の暖かさに心地よさそうに眼を細める。


「……何だか、銀月って甘くていい匂いがするね」

「報告によると、翠眼の悪魔はその美しい瞳と甘い匂いで妖怪を誘い、自らの餌食にしたと聞きます。私は見た目よりも危険ですよ?」


 フランドールの言葉に、銀月はわずかに意地の悪い口調でそう警告した。

 それを聞いて、フランドールは不機嫌そうに頬を膨らませた。


「むぅ……そんな意地悪なこと言わないでよ……」

「それは失礼いたしました」


 拗ねたような声のフランドールに、銀月は少しも悪びれない平坦な声で答えを返した。

 再び訪れる静寂。その心地良い沈黙の中、フランドールが思いついたように声をかけた。


「ねえ、銀月って魔法使えるよね? ちょっと見てみたいな」

「魔法、と言うよりは陰陽道なのですが……それでも宜しければ」

「あんまり変わらない気もするけどなぁ? じゃあ、それでお願い」

「かしこまりました。それでは、少々お待ちください。準備いたしますので」


 銀月はそう言うとタロットカードの一枚を手に取り、おもむろに自分の手のひらに滑らせた。 

 傷口からは血が溢れ出し、手のひらに溜まっていく。

 銀月はその手をタロットカードの束に被せた。


「…………」


 銀月は聞こえないような小さな声で何かを唱える。

 すると銀月の血がどんどんタロットカードの束を包み込んでいき、全体が真っ赤に染まった。

 そしてしばらくすると血は段々とカードに吸い込まれていき、元の銀色の束に戻った。


「……終わりましたね」


 銀月はそう言うとタロットカードの束から手を離す。

 すると、銀一色だったカードの背に真っ赤な三日月のマークが浮かび上がっていた。

 確認してみると、全てのタロットに赤い三日月が描かれていた。


「何をしたの、銀月?」

「タロットに私の血を馴染ませて、私が持ち主であると言うことを刻み込んだのです。それを証拠に……」


 銀月はそう言うと、タロットカードを辺りに撒いた。

 七十八枚のタロットカードは部屋中に散らばり、バラバラになった。


「ふっ……」


 そして銀月が軽く念じると、全てのカードが銀月の意思に応えて宙に浮かび上がった。


「うわぁ、これ全部銀月の思い通りに動かせるの?」

「流石にこれ全部を自分の思い通りに動かすのは頭が追いつきません。自由に動かせるのはごく少数です。ですが、単純な動きや決められた形に動かしたりすることなら出来ますよ。こんな感じで」


 銀月はそう言うと、宙に浮かんだカードを動かして並び替える。

 そして、そのカードを光らせてカード同士を銀色の光の線で繋いでいった。


「これなあに?」

「これはオリオン座ですよ……って、そうでした。そういえばお嬢様は外に出られたことがないので、本物をご覧になったことが無いのでしたね。少々お待ちください」


 銀月はそう言うと、収納札から大量の札を取り出した。

 そしてそれを、宙に向かって振りまいた。


「はぁぁぁぁ……」


 銀月は眼を閉じて、深く念じた。

 すると大量の札は次々と宙に浮かび銀色の光を放ち始め、周囲の札と線で繋がっていく。


「わぁ……」


 しばらくすると、薄暗い地下室の天井に満天の星々が広がった。星々は線でつながれ、星座を形作っている。プラネタリウムの完成である。

 フランドールはその銀瑠璃の星々を見て感嘆の声を上げた。


「ふぅ……こんなところですか……」


 銀月は出来上がったプラネタリウムを見て、大きく息を吐き出した。

 大量の札を一気に動かして力を消耗しているため、銀月は激しい疲労感に襲われる。

 それをこらえて、銀月はフランドールに話しかけた。


「いかがですか、お嬢様? 簡易的に夜空の星々を再現して見たのですが……」

「綺麗だね……ねえ、夜空ってこんなに綺麗なの?」

「本物はもっと綺麗だと思いますよ? 星の数もこんなものではありませんし、運が良ければ流れ星なども見ることが出来ますよ」


 銀月がそう言うと、フランドールは少し考えて質問をした。


「流れ星かぁ……ねえ、緑色の流れ星って見られるの?」

「緑色の流れ星ですか? ……申し訳ありませんが、私はその様なものは見た事も聞いた事もありませんね。それがどうかしたのですか?」

「私は見た事あるんだけどね、すっごく綺麗だったのよ。あれよりも綺麗なものなんて無いって思うくらい綺麗だったわ」


 フランドールは若干熱のこもった視線で銀月の眼を見ながらそう話した。

 彼女の手は固く握り締められており、力の入れすぎで震えていた。

 それは、前に見た翠の流れ星を見たいという気持ちを押し留めているためのものであった。

 どうやらフランドールは悪魔の翠眼に魅せられてしまっている様であった。

 そんな彼女の様子に気付かずに、銀月は答えを返す。


「そうですか……それは一度見てみたいものですね」

「うん、いつか見られると良いね」


 銀月の言葉にフランドールはそう言って頷く。


「……お嬢様、申し訳ございませんが椅子に腰掛ける許可をください。この数の札に力を使い続けるのは少々疲れますので……」

「うん、いいよ」

「では失礼します」


 銀月は許可を得ると近くにあったロッキングチェアに腰をかけた。

 すると、その後を追うようにしてフランドールが銀月の膝の上に座った。


「お嬢様?」

「……これから宜しくね、銀月」


 フランドールは銀月に寄りかかりながら、柔らかな笑みを浮かべてそう言った。


「……はい。宜しくお願いします、お嬢様」


 それに対して、銀月は静かに答えを返した。

 それからしばらくの間、フランドールは銀月の膝の上で説明を受けながら天体観測を楽しんだ。

 そして部屋の柱時計が六回鐘を鳴らすと、銀月はフランドールに声を掛けた。


「さて、お嬢様。私は食事の用意があるのですが、宜しいでしょうか?」

「うん、いいよ。晩ごはん、楽しみに待ってるからね」


 フランドールはそう言うと銀月の膝の上から立ち上がる。

 銀月もそれに続けて立ち上がり、両手を広げる。

 すると仮初めの夜空を飾っていた星達が次々と銀月の手のひらに集まってきた。

 そして手のひらに集まった札をしまって銀のタロットを懐にしまうと、フランドールに向けて礼をした。


「かしこまりました。お嬢様のために、腕によりをかけて作らせていただきます。では、失礼いたします」


 銀月はそう言ってフランドールの部屋を辞した。




 長い螺旋階段を登って元の廊下に出ると、何やら激しい物音が聞こえてきた。

 それはまるで廊下で何かが暴れまわっているような音であった。


「……何の音だ……っ!?」


 首をかしげる銀月の前を何かがすっ飛んでいく。

 それが何かを確認する前に、横から声を掛けられた。


「あ、見つけた!!」


 その銀月にとって良く聞きなれた声の持ち主は、銀月を見つけて笑顔で軽やかな足取りで銀月に近寄ってくる。

 その人物を見て、銀月は額に手を当ててため息をついた。


「……霊夢さん? あの、こんなところで何をしてるのですか?」

「あんたの帰りが遅いから迎えに来たのよ」

「お迎えですか? それには少々早い気もしますが……」

「ちょっと銀月、私に対して敬語使うのやめなさいよ。調子が狂うわ」


 霊夢は銀月の執事服の袖を掴んで引っ張る。どうやら一刻も早く銀月を連れて帰りたいようである。

 そんな霊夢に、銀月は頭を抱える。


「……あのね、まだ俺仕事中なんだけど……」

「え~……私、お腹空いたんだけど……」


 霊夢は心底残念そうな表情でそう言いながら、銀月の袖をくいくいと引く。

 その訴えかけるような視線を受けて、銀月は再び大きくため息をついた。


「はあ……しょうがないなぁ……今から軽く食べられるもの作ってあげるから、休憩時間まで待っててよ」

「休憩って何時から何時までよ?」

「お嬢様達が食事を終わってからだから……大体七時半から九時半くらいかな?」

「それじゃあ、ご飯食べられるの遅くなるじゃない」


 霊夢は銀月の袖を引っ張りながら不満げな表情を浮かべる。

 それに対して銀月は苦笑する。


「大丈夫だよ、なるべく早く食べられるように下ごしらえはしてきたからさ」

「そう。それじゃあ、台所に行きましょ」

「その前にちょっと待って。少しやることがあるからさ」

「そう。じゃあ、少しずつ歩いてるわよ」


 霊夢はそう言うと廊下を歩いていった。

 銀月はそれを見送ると、先程物が飛んでいった方向へと駆け足で向かった。

 するとそこには、蝙蝠の翼を背中に持つ小さな少女が倒れていた。


「……ご無事ですか、レミリア様?」

「うー……何なのよ、あの巫女は……」


 レミリアは眼に涙を浮かべてそう言いながら、ゆっくりと身体を起こす。

 派手にやられたのか、衣服にもかなりのダメージがあり、かなりボロボロの状態であった。

 そんなレミリアに、銀月は首を横に振った。


「彼女は自分の欲望に忠実ですからね……空腹に耐え切れなくなってここに来たのでしょう」

「ちょっと、精神修行が足りないんじゃないの!? 巫女ならそういう修行もするんでしょう!?」


 レミリアは癇癪を起こして地団駄を踏みながら銀月に訴えた。

 しかしそれに対して銀月は再び首を横に振った。


「していないと思いますよ。霊夢は修行は無駄だと思っている様ですし、昔から何かに努力することなんてほとんどありませんでしたから」

「……そういえば、まだお前と霊夢の関係を聞いてなかったわね。銀月を迎えに来たって言ってたけど、いったいどういう関係なの?」


 レミリアはふと冷静になって銀月にそう問いかけた。自分がやられる原因となったので、その眼はじとっとしたものである。

 そんなレミリアに、銀月は少し考えて答えた。


「そうですね……幼馴染と言う言葉が一番合うでしょうか。昔からよく霊夢には食事を作っていましたし」

「待って、幼馴染で昔から食事を作っていたですって?」

「はい。霊夢には料理の味見役を頼んでいましたから。空腹を覚える時間帯になったら、大体何か作っていましたね」


 銀月はレミリアに霊夢との関係を簡潔に説明する。

 それを聞くと、レミリアは俯いてわなわなと震え始めた。


「……成程……つまり、お前が悪いのね」

「……はい?」

「お前が甘やかすから霊夢がああなったって言ってるのよ!!」


 首をかしげる銀月に、レミリアの怒りが大爆発した。

 流石にああまで理不尽な理由でやっつけられて腹に据えかねていたようである。

 そんなレミリアに、銀月は罰が悪そうに答えを返す。


「……だって、放って置けませんでしたし……」

「だってもくそも無いわよ! お前がもう少しきちんと管理をしておけばこんなことには……」

「ちょっと、いつまで待たせるのよ銀月。何か作ってくれるんじゃなかったの?」


 レミリアが銀月を叱り付けているところに、霊夢が割り込んでくる。

 袖を引っ張られて、銀月はまたため息をつく。


「分かったからちょっと待ってってば。雇い主と話すほうが優先されるんだからもう少し待って」

「別にクビになる訳じゃないんだから良いでしょ? それよりもお腹減ったわ」

「ちょっと! 私とうちの執事が喋ってるんだから口出ししないでちょうだい!」


 傍若無人な巫女に対して、レミリアは苛立った様子で怒鳴り散らす。

 しかし霊夢はそれに怯むことなく言葉を返した。


「ここの執事の前に家の食事係よ。だから私と話をしても問題ないわ。第一、私は銀月のお父さんに公認を受けているのよ?」

「……こっちだって将志公認で執事をやってもらってるわよ。それに、重要度としてはこっちの方が高いわ。さあ、大人しく家にお帰り!」


 レミリアは深呼吸し、自分を落ち着かせてから霊夢にそう言い放った。

 それを聞いて、霊夢はむっとした表情を浮かべた。


「何よ、それじゃあ私が餓死しても良いって言うの?」

「大げさなことを言うんじゃないわよ。人間一週間は何も食べなくても生きられるって聞いたわよ?」

「……喧嘩売ってるの? それは私に一週間何も食べるなって言ってる訳?」

「そんなこと言ってないでしょう。あんたいちいち大げさに取りすぎよ」


 互いに睨み合いながら口論を続ける二人。

 そんな彼女達の間に、銀月は額に手を当てながら割り込んだ。


「……二人とも、ストップ。霊夢、ここで口論しても俺の仕事が遅くなって休憩時間が減るだけだからやめたほうが良いぞ?」

「……それもそうね」

「レミリア様、食事の時間が差し迫っておりますので、そちらの作業に移らせて頂きたいのですが宜しいですか?」

「……仕方ないわね。お前には後でじっくりと話をさせてもらうわ」


 銀月の仲裁で、二人は不承不承ながらもお互いの矛を収めた。

 それを見て、銀月は一つ頷いた。


「それでは、これより調理に取り掛からせていただきます」

「ええ。期待して待っているわ」


 レミリアの返答に一礼すると、銀月は調理場に向けて歩き出す。

 その横を霊夢がピッタリとついて行く。


「あ、霊夢。都合上洋食になるけど構わないかい?」

「別に良いわよ」


 途中銀月が思い出したかのように質問をすると、霊夢は笑顔でそれに答える。


「……だから、何でそこで甘やかすのよ……」


 そしてその様子を見て、レミリアはがっくりと肩を落すのであった。

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