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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
紅い霧と翠の眼
103/175

銀の月、離れる

 書斎にて、銀髪の青年と黒髪の少年が向かい合う。

 人払いは済ませており、部屋には二人以外の姿は見当たらない。

 そんな中、銀髪の青年、将志が口を開いた。


「……さて、ここを出て行こうと思った理由を聞こうか」

「簡単なことさ。俺は自分がどこまでやれるか試したい。それだけのことさ」


 黒髪の少年、銀月は将志の問いに簡潔に答えた。その表情に迷いは無く、意志は固いようであった。

 その様子に、将志は一つ頷いて質問を続ける。


「……それで、ここを出てどこに行くつもりだ?」

「そうだな……当座の貯金は溜まっているし、人里で借家暮らしかな?」


 銀月は将志の質問にそう答える。

 今まで大会の賞金などをコツコツ溜めて積み上げた貯金はかなりの額があり、贅沢をしなければ三、四年は過ごせそうな額になっていた。

 それを聞いて、将志は小さくため息をついた。


「……そこで弁当屋を開いて商売をしながら暮らすつもりか?」

「ははっ、正解だよ。まあ俺自身は紅魔館に行かなきゃいけないから、委託販売ってことになるんだけどね。でも、弁当屋をやるなんてピンポイントで当てられるなんて思わなかったな。何で分かったのさ?」


 将志の言葉に、銀月はそう言って笑う。

 そんな銀月に、将志は笑い返した。


「……お前がすぐに出来そうな商売がそれ位だからだ。お前が得意な料理は冷めても美味いものが多いからな。俺がお前の立場ならそうすると思ったまでだ」

「それって、商売が出来るくらいには俺の料理は美味いってことで良いのかな?」

「……一般の感覚ではあれでも十分なのだろうが、俺の教えを受けた者としてはギリギリ及第点と言ったところだ」

「ギリギリか……それじゃあちょっと拙いな……」


 将志の評価を聞いて、銀月は少々苦い顔を浮かべる。

 将志の教えを受けた者として、自信を持ってそれを誇れるようにしたい。そんな気持ちが銀月の中にあった。

 そのためには、将志が自信を持って送り出せるほどの評価が欲しいのだ。

 銀月の様子を見て、将志は小さく息を吐いた。


「……どの道、全ての準備が整うまで時間が掛かるだろう。弁当を売るのであれば、入れ物の調達や安定した材料の確保、更に委託をするのであればその委託先との交渉もせねばならん。それまでの間、俺が集中的に指導してやる。俺の技、しっかりと盗んでいけ」

「ああ、宜しく頼むよ」


 将志の申し出に、銀月はしっかり頷いた。

 そんな銀月に、将志はふと思い出したように質問をした。


「……ところで、愛梨から聞いたのだがお前は役者を目指すのではなかったのか? 役者と弁当屋では、仕事に随分と差があるのだが」

「そこは愛梨姉さんと一緒だよ。演劇や曲芸は誰もが楽しめないといけない。そう思うのなら、役者の仕事でお金なんてもらえないよ」


 お金が無いから、見たくても見れない。そんな人が出るのはおかしい。笑顔は出来る限り皆平等に与えられるべきだ。

 これは笑顔をもたらす妖怪である愛梨の考えであり、銀月もその影響を強く受けていた。

 その銀月の発言に、将志は薄く笑みを浮かべた。


「……そういうことか。確かに、愛梨もそういう事を言いそうだな」

「まあ、弁当屋だって演じようと思えば役になるし、演じる役なんてそこらじゅうに転がっているからその辺りの事は気にしないで」

「……そうか。さて、力試しをすると言ったが……お前はどこを目指すつもりだ?」

「いつか言ったとおりさ。俺は家族としてだけでここに居る。そうじゃなくて、正々堂々、ここに来られるだけの力を付けて帰って来たい」


 本来、銀の霊峰の社に暮らすためには、銀の霊峰の門番達に勝利しなければならない。

 銀月が今までここに住んでいたのは、その能力が未知数で危険である可能性があったからである。

 が、その理由が無くなり自由になった今、銀月は自分の力で銀の霊峰の社を目指す決意をしたのだった。


「……成程。つまり、自分の力で再びここへ戻ってくる。そう言いたい訳だな?」

「そうさ。詰まらない意地かも知れないけど、そうじゃないと俺は父さん達と同じ場所に立てない気がするんだ。だから俺は槍ヶ岳 将志の息子としてじゃなく、銀月としてここに戻って来たい」

「……そうか……」


 銀月の決意を聞いて、将志は小さく頷き背を向けて天を仰いだ。


「……それならば俺にお前を止められる理由は無い。前にも話したとおり、お前は完全にとはいかんが自由なのだ。あとはお前の好きなようにやっていくが良い」


 その声はとても感慨深げな声で、それで居て少し寂しそうな声であった。

 それを聞いて、銀月は眼を伏せた。


「……ありがとう、父さん」

「……なに、どうせただで自由にさせてやれる訳ではない。お前には少なくとも週に一度はここに来てもらわなければならんのだからな」

「フランの経過観察の報告と、俺自身の経過報告か……厳重管理下じゃなくなっただけで、要観察者であることには変わらないんだったね、俺は」


 銀月は顔を上げて、苦笑気味にそう言って笑った。

 それを聞いて、将志も苦笑いを浮かべて銀月に向き直った。


「……まあ、何だ。お前がここを出て行ったからといって、家族の縁が切れるわけでもない。つらくなったら、いつでも相談に来るが良い」

「覚えておくよ」

「……さて、そうと決まれば明日から忙しくなるぞ。特にお前はやることが沢山あるのだからな」

「そうだね。姉さん達にも報告しないといけないし、色々と手配もしないといけないからね」

「……そうだ。だから今日はもう休め。幾らお前が超人的な回復力を持っているとは言え、休憩は必要だろう?」

「ん……それじゃあ眠らせてもらうよ。おやすみ、父さん」

「……ああ、おやすみ」


 銀月はそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。







 翌日、銀月は自分の考えを周囲に話した。


「そっか……銀月くん、出て行っちゃうんだ……」


 銀月の話を聞いて、愛梨が瑠璃色の瞳に寂しさを浮かべてそう言った。

 その隣で、六花が戸惑いを隠すように長い銀色の髪を弄っている。


「これまた随分と急な話ですわね……いつから決めてたんですの?」

「出て行くと決めたのはもう随分と前だよ。お金は小遣いや大会の賞金なんかでそれなりに溜まってるし、能力が分かって自由になれたらそうするって決めてたんだ」

「そんで、能力が分かって自由になったから出て行くってのか?」


 くるぶしまで伸びた燃えるような赤い髪を三つ編みにした小さな少女が問いかける。

 それに対して銀月は頷いた。


「そういうことになるね。まあ、目指すところはここに戻ってくることだし、週に一度は帰ってくることになるからそこまで家を出たって言う感じはしないんだけどね」

「大違い!! そんなことしたら私が寝込みを襲え「何考えてんだテメェはよ!!」ふぎゃん!!」


 ルーミアの頬にアグナのばくだんぱんちが突き刺さり、壁際までぶっ飛ばされる。

 その容赦の無い一撃をみて、銀月は苦笑いを浮かべた。


「あはは……そう言えば、最近ルーミア姉さんよく俺の布団に潜り込んでるよね……どうかしたの?」


 このところ、銀月が眼を覚ますと腹の上にルーミアが寝ていることが多くあった。

 大体は銀月の胸に顔をうずめるようにして寝ていることが多く、何でそうなっているのか銀月の気になるところであった。


「ん~……ド直球に言うと、銀月の匂い嗅いでると落ち着くのよね。何ていうか、ほんのり甘くていい匂いがするわ。それに大きさも私にはちょうど良いし、寝心地としては最高よ」


 その件について尋ねられると、ルーミアは床に伏せたままうっとりとした表情でそう答えた。どうやら銀月から発せられる匂いを思い出しているようであった。

 そんなルーミアに、銀月は頬をかいた。


「それじゃあまるで抱き枕みたいだな。ルーミア姉さん、枕が替わって寝付けないなんてことは無いよね?」

「う~ん、分かんない。ひょっとしたらダメかも」

「ダメかもって……そんなことじゃ銀月と離れられねえじゃねえか。どうすんだよ?」

「う~……お姉さまの抱き枕か銀月の敷布団か……頭の痛い選択肢ね……」


 呆れ顔で問いかけるアグナに、ルーミアは本気で考え込む。

 それを見て、アグナは額に手を当ててため息をついた。


「お前なぁ……俺は抱き枕じゃねえっての」

「あら、お姉さまの抱き心地は最高なのよ? このスベスベの肌が気持ちいいのよね~」

「あぅ、こ、こらっ! 抱きつくな頬ずりすんな服の中に手入れんな!! うぅ!!」


 べったりくっついて行われる過剰なスキンシップを受けて、アグナは真っ赤な顔でルーミアを引き剥がしに掛かる。

 そんな二人を尻目に、愛梨が銀月に質問を続けた。


「ねえ、銀月くん。お弁当屋さんを開くって言うけど、それって大丈夫なのかな? お金儲けって、結構難しいと思うんだけどなぁ?」

「その辺りの事は心配してないかな? 調べてみたけど、人里って食堂はあっても弁当を売っている場所って全然無いんだ。だから、弁当売り自体には需要はあると思うよ。後は味で勝負さ」

「元手は足りるんですの? 銀月一人の資本では、そんなに多くは作れないと思うのですけど?」

「最初から多くを売ろうなんて思ってないよ。最初は少なめに作って、赤字覚悟で売らないとね。そうして評判が上がったら、段々作る量を増やせばいいのさ」


 質問に対して朗々と答えていく銀月。

 その様子から、銀月の中でかなり明確なビジョンがあるようであった。


「かぷり」

「のわわわわわぁ~!?」


 そんな中、唐突にルーミアが銀月の首筋に甘噛みした。

 その瞬間、銀月はぞわぞわとした感覚に襲われて思わず仰け反る。


「あ、銀月って首弱いのね。そ~れ、ぺろぺろ」

「はうぅぅぅぅ、ね、姉さん、やめ、ひぃう!?」


 首筋を舐められて、銀月はその場で悶える。

 その様子を見て、ルーミアは妖しい笑みを浮かべた。


「うふふ、可愛い声♪ ぞくぞくしちゃう……よ~し、今度は「寝てろぉ!!」ぎゃふん!!」


 調子に乗り始めたルーミアを、アグナがまっはきっくで沈める。

 ルーミアが床に倒れ伏したのを確認すると、今度は涼が質問を始めた。 


「……話は盛大に逸れたでござるが、準備にどれくらい掛かるんでござるか?」

「はぁ……そうだね……色々と準備すると大体一週間くらいかな? 委託販売をしようにも商品を売り込まなきゃならないから、少なくともお弁当の材料と入れ物が確保できてからだね」

「……ところで、新しい住所は決まったのか?」

「今日は入れ物の発注と交渉で使っちゃったから、まだそれは決まってないよ。明日もう一度人里に行って、空き家が無いか調べてみる」

「……そうか。では、そろそろ夕食の用意だな。銀月、来るが良い」

「うん、宜しく頼むよ、父さん」


 銀月はそう言うと、将志と共に厨房へと入っていった。

 そして、将志による調理指導を受けるのだった。






 翌日、銀月は人里に足を運んでいた。

 その目的は、一人暮らしの際に借りる物件を探すことである。


「……う~ん……ここは安いけど、台所が狭いなぁ……やっぱり長屋じゃあ台所の広さは期待できないかぁ……かと言って、台所がしっかりしている家は家賃が高いし……予算がなぁ……」


 弁当屋を開くという都合上、どうしても広い台所が必要である。

 そのため、家賃が安価な集合住宅である長屋ではその広さが足りず、どうしても高額な一軒家になってしまうのだ。

 その現状に、銀月はため息をついた。


「まあ、台所がしっかりしていないと仕事にならないから、多少の予算オーバーは眼を瞑ろう。となると、次はどこにするかなぁ? ……実際に使ってみないことには台所の使い勝手は分かんないし……」

「あら、銀月じゃない。そんなに悩んでどうしたの?」


 銀月が悩んでいると、彼にとって非常に聞きなれた声が聞こえてきた。

 その声に顔を上げると、幼馴染の巫女が立っていた。


「いや、ちょっとね。それよりも、霊夢が人里に居るなんて珍しいな。そっちこそどうかしたのかい?」

「私は特に用はないんだけど……強いて言うなら、人里に居ると何か良い事が起きそうって思っただけよ」


 銀月の質問に霊夢がそう答える。

 それを聞いて、銀月は興味深げに頷いた。


「へえ……勘の良い霊夢がそこまで言い切るんなら、本当にいい事が起きるんだろうね」

「分からないわよ。漠然と良い事がありそうってだけで何がおきるか分からないんだから。それで、銀月は何しに来たの?」

「それがね、銀の霊峰から出て暮らしてみようと思ってね、新しい家を探しているんだけど「良い事見っけ♪」……あれ?」


 銀月が人里に来た理由を話すと、おもむろに霊夢は銀月の腰に後ろから抱き付いて空を飛び始めた。

 訳が分からず、銀月は眼を白黒させている。


「ちょっとー、霊夢ー? 僕をどこに連れて行くのさー?」

「♪~」


 霊夢は上機嫌で銀月を運んでいく。

 しばらく飛んでいくと、見慣れた神社が現れた。

 霊夢はその神社の一室に銀月を運び込んだ。


「はい、今日からここがあんたの部屋よ。ここの勝手は分かるでしょ?」


 霊夢は状況を理解できていない銀月にいきなりそう言い放った。

 それを聞いて、銀月はこめかみを押さえて俯いた。


「……ちょっと待った。霊夢、君は俺に博麗神社に住めって言ってる訳?」

「何か問題があるかしら? 私は銀月の暖かいご飯が食べられるし、銀月は住む家が手に入る。何かあったらお互いに助け合えるし、良い事ずくめじゃない」


 銀月の質問に対して、霊夢は平然とそう言い切った。

 そんな霊夢に、銀月は頭を抱える。


「……あのねえ、一つ屋根の下に男と女が一緒に住むことに抵抗は無いわけ?」

「無いわよ。私と銀月の仲じゃない。今更一緒に住む事になったって変わらないわよ」

「それはそうだけどさ……」

「何よ、それとも私に何かするつもりなの? 何かしたら、一生私のために働いてもらうわよ?」

「いや、する気はないけどさ」

「なら良いじゃない。何もする気が無いんならここに住んでも問題は無いわ」

「いや、だからさ、俺が訳の分からん妖怪に操られて霊夢を襲う可能性も無くはないんですよ?」

「その時は私があんたを操った奴を叩きのめしてやるわ。て言うか、あんたに手を出すような命知らずは勝手に死ぬと思うわよ?」


 銀月の言い分を次々に跳ね除けて、ぐいぐい押してくる霊夢。

 かなり強引な彼女の対応に、銀月は困惑した。


「ああもう、霊夢の危機管理はどうなっているのさ……」

「……ねえ、そんなに私と住むのが嫌な訳?」


 抵抗を続ける銀月に、霊夢は不満げな表情で問いかける。

 その質問に、銀月は即座に首を横に振った。


「そんなことは無いよ。むしろ申し出自体は願っても無いことさ。けど、俺としては俺と言う爆発物と一緒に独り身の女の子を住まわせることに思うところがあるわけですよ」

「大丈夫よ。私はあんたをそれなりに信頼しているつもりよ。そもそも、あんたの言う理由なんて私にはどうでも良い事よ」


 霊夢は銀月の眼をしっかりと見据えてそう言い切った。

 その様子からは、銀月に対する確かな信頼が現れていた。

 それを受けて、とうとう銀月は折れた。


「……はあ、分かったよ。それじゃあここに住む事にするよ」

「納得してもらえて嬉しいわ。じゃあ銀月、早速だけどお茶ちょうだい」

「はいはい」


 銀月は苦笑交じりにそう言うと、お茶の準備を始めた。







「と言うわけで、引越し先は博麗神社に決まりました」

「……よりにもよってそこか……まあ、安全といえば安全だが……」


 引越し先を話すが否や、将志は盛大にため息をついた。

 やはり銀月が良いように使われていることが気に食わないようである。


「きゃはは……霊夢ちゃん、随分と強引だね……」

「と言うか、話を聞いてると銀月がその巫女の胃袋を完全掌握してませんこと?」

「それ以前に、霊夢は自活能力が低すぎるんだよ……紫さんに、俺が居ないと生活できそうに無いって言われるくらいだし……」


 銀月はそう言って苦笑いを浮かべた。

 その横で、アグナが額に手を当てて呆れ顔を浮かべていた。


「何でお前が巫女の生命線になってんだよ……その時点でもうおかしいじゃねえか」

「だって、霊夢の食生活はあんまりだったもの。生煮えの米に野菜の生齧りなんて余程野菜が新鮮じゃないと美味しくないし、第一栄養バランスが悪いもの。……努力をしない霊夢も霊夢だけど」


 銀月はそう言ってため息をつく。

 彼としては霊夢には自分が居なくても平気なようになって欲しいのだが、肝心の本人がやる気ゼロなのでどうしようもないのだ。


「いずれにしても、銀月が博麗の巫女の胃袋を握っているのは間違いありませんわ。この前の宴会でも、銀月の料理が食べたいがために手伝わせたのでしょう?」

「……そういえば、そんなこと言ってたね」


 呆れ口調の六花の言葉に、銀月はそう言って頬をかく。

 口元が緩んでいるところから、自分の料理を求められて満更でもない様である事が見受けられる。


「何と言うか、銀月殿がよく出来た嫁に見えて来たでござるなぁ……」

「嫁って……俺、男なんだけど……」


 涼の口からこぼれ出た言葉に、銀月が抗議の視線を送る。


「……やっていることが通い妻と変わらんのでは、言われても仕方が無いと思うが」

「うぐっ、父さんまで……」


 しかし、その直後の将志の言葉によって銀月は凹むことになった。

 そんな銀月に、六花が額に手をあて深刻な表情で話しかけた。


「ダメな女に振り回されるタイプですわね。気をつけたほうが良いですわよ、気を許しすぎると何を言われるか分かったもんじゃありませんもの」

「……流石にそこまで酷いことは言われないと思うけどなぁ」

「いいえ、分かりませんわよ? 例えば、人肌恋しいから抱いて欲しい、何て言われて流されるままそれに従ったら、責任とって嫁にしろって言われる可能性もありましてよ」


 六花は銀月にそう言って忠告する。

 それは明らかに六花が日頃読んでいる本の内容に毒されたものであった。

 それを聞いて、愛梨が乾いた笑みを浮かべた。


「きゃはは……六花ちゃん、流石にそれはそういう本の読みすぎかなぁ~……」

「と・に・か・く!! 男だから大丈夫と言う甘い考えは捨て去るべきですわ。女は男が思うよりもずっと怖い生き物ですわよ?」


 銀月に対して熱弁をふるう六花。

 そのあまりの熱気に、周囲は苦笑いを浮かべた。


「う~ん……六花ちゃんの言うことが全部じゃないとは思うけど、幻想郷じゃ女の子ばかり強いのもあるしね……強い男の子はよく狙われるのも事実だから、一応気をつけておいたほうが良いかな? ね、将志くん?」

「……確かに、妻帯者であるアルバートや、かなり高齢であるバーンズも実力者やその親族から求愛を受けることがあるからな……お前やギルバートの様な奴に声が掛かることもあるのではないか?」


 将志は銀月に幻想郷の女性の現状を説明した。

 すると、それを聞いたアグナが嫌そうな表情を浮かべた。


「うっへえ、もはや見境無しじゃねえか……そりゃあれか、政略結婚って奴か?」

「……それもない事はないだろうが、この幻想郷でそれをやる意味は薄いぞ? 強い子孫を得るために強い相手を探す、それが大体の理由だ」

「……それって、兄ちゃんが一番標的になりやすいじゃねえか」

「……いや、それがどういうわけだか俺にはそういうことは無いのだ。まあ、それはそれで楽でいいのだがな」


 将志は知らない。将志が首領会議に出席するたび、隣で愛梨が無言のプレッシャーを笑顔で放って他を寄せ付けないようにしていることを。

 ちなみに、ジニの場合は後ろでジッと泣きそうな眼を向けて来るため、アルバートの方がどんどん罪悪感に苛まれる結果になっているのであった。


「話が逸れましたけど銀月、旧知の仲だからといってゆめゆめ油断することのないようにしてくださいまし」


 六花は銀月の眼を覗き込み、真剣な表情で忠告をする。


「……一応気をつけておくよ」


 それを、銀月は苦笑交じりに受け止めた。


「何だったら、襲われる前に私が襲って「寝言は寝て言えぇ!!」げふぅっ!!」


 平常運転のルーミアに、これまた平常運転のアグナのためぱんちが炸裂する。

 ルーミアは壁まで飛ばされ、叩きつけられて伸びた。


「あはは……ルーミア姉さんも懲りないなぁ……」


 そんなルーミアを見て、銀月は乾いた笑みを浮かべるのだった。







 それからしばらくの間、銀月は将志から料理の指導を受けながら様々な準備をした。

 そして今、銀月は将志に自分の作った弁当の審査を頼んでいるのだった。


「……ふむ……」


 将志は弁当をじっと見据えた後、箸をつけた。

 弁当の内容は冷めても美味しく食べられ、なおかつ栄養のバランスが取れた内容になっていた。


「……どうかな?」


 銀月は将志に評価を求める。

 すると、将志は一つ頷いて答えた。


「……味に関して言えばこのレベルならば問題は無いだろう。これならば売り物として十分通用するはずだ。強いて言うならば、見た目がもう少し食欲をそそるような盛り付けに出来れば言うことはない」

「うん、それじゃあもう少し工夫してみるよ」


 銀月はそう言うと、見栄えよく見せるための手法を考え始めた。

 そんな中、将志は一つため息をついた。


「……しかし、お前も随分と上達したものだな。一番最初に教えたのは芋の煮付けだったか?」


 将志は感慨深げにそう呟いた。

 すると銀月は顔を上げ、当時を懐かしむような表情を浮かべた。


「そうそう。あの時の味は今でも覚えてるよ。初めて作った料理の味だもの」

「……今にして思えばどうだ?」


 将志が問いかけると、銀月は視線を上に向けて思い出す仕草をした。

 そして、懐かしそうに笑って答えた。


「美味しかったけど……ちょっと甘かったかな?」

「……だが、初めて作ったにしては中々だったぞ? 最初のうちは加減が分からず、塩辛くなったりすることが多いからな。よくもまああの塩加減を作れたものだ」

「あれ、父さんが煮物を作る時に入れてた醤油の量を何となく真似したんだ」

「……成程、最初の最初で分量を盗んでいたわけだ。それならばあの味も納得と言うものだ」


 将志は納得したようにそう言って頷き、笑った。

 そして、大きくため息をついた。


「……思えば、お前がここに来てから早十年か……光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。銀月、お前は銀の霊峰の門は潜らないのか?」

「家族としては潜るけど、組織としてなら入るつもりはないさ」


 将志の質問に、銀月ははっきりとそう答えた。

 それを聞いて、将志は笑みと共に質問を重ねた。


「……ほう? それは何故だ?」

「組織の一員としての体は邪魔になることがあるから。俺は大切な人達のために、いつでも駆けつけられる状態で居たい」


 銀月は自分の考えをしっかりと述べる。それは、自分を育ててくれた家族のことを一番に考えた結果のものであった。

 それを聞いて、将志は愉快そうに笑い出した。


「……ははは、お前は本当に俺に似ているな。成程、確かに俺がお前の立場でもそうするだろうな」

「……やっぱり、永琳さんが気になる?」


 将志に対して、銀月はそう話しかけた。

 銀月にとって家族が大切であるように、将志にとって一番大事なものがあることを知っていたからだ。

 それを聞いて、将志は大きく頷いた。


「……当然だ。俺は銀の霊峰の首領である前に、建御守人と言う守り神である前に、八意 永琳の従者なのだからな。本来ならば銀の霊峰の仕事など一切を他に任せて、ただ主のためだけに働きたいところだ」

「でも、父さんは今や幻想郷の重鎮。あまり自由には動けないんだよね」

「……ああ。立場とは面倒なものだ。正直、自由なお前が羨ましい」


 将志はとてももどかしそうに、呟くようにそう言った。

 将志にとって、未だに最優先事項は永琳のことなのだ。そんな彼にとって、銀の霊峰の仕事は必要なことではあるが、大きな枷にもなっていた。

 そんな将志に、銀月は真正面から向き合った。


「だから、自由な俺は父さんを支えたい。動けない父さんの代わりに、俺が父さんの手足となって手助けをしたいんだ」

「……そうか。その気持ち、ありがたく受け取っておこう」


 銀月の言葉を聞いて、将志は嬉しそうにそう言って微笑んだ。

 そして棚から二つの黒い漆塗りの杯を取り出した。


「……銀月。酒でも飲まないか?」

「父さん?」

「……なに、明日はお前の門出だ。たまには親子二人で杯を交わすのも悪くは無いだろう?」

「そういうことなら、付き合うよ」


 二人は笑いあうと、酒を持って夜空の見える場所へと移動した。

 そして、心ゆくまで二人だけの酒盛りを楽しんだ。






 翌日、銀月は全ての準備を終えて銀の霊峰の社の門の前に立っていた。

 その後ろには、見送りに来た面々が並んでいた。


「身体には気をつけるのよ。寂しくなったらすぐに帰ってきてね。そしたら私がじっくりねっとり味わって「こういうときぐらい自重しろテメェ!!」きゃいん!!」

「あはは、大げさだよルーミア姉さん。週に一度は帰って来るんだし、住んでる場所だって近いんだしさ」


 普段と変わらないやり取りをするルーミアとアグナ。

 その言葉に、銀月は笑みを浮かべる。


「銀月殿、あまり無茶をしてはいけないでござる。何事も程ほどにしておくんでござるよ」

「……涼姉さん、善処するとしか言えないな、それは……」


 涼の忠告に対しては、乾いた笑みで応対する。

 どうやら、無茶をしないことに関して保障はしかねるようだ。


「銀月、戻ってきたらまた遊ぼうぜ!!」

「ああ、楽しみにしておくよ、アグナ姉さん」


 アグナとはそう言って笑いながら拳を突き合わせる。

 アグナは特に何も心配していないようで、銀月が戻ってくることを疑っていないようだ。


「決して巫女に隙を見せるんじゃありませんわよ。男が狼なら、女は蜘蛛。どこに巣を張っているか分かりませんわ」

「あ~、うん、一応気をつけるだけ気をつけておくよ、六花姉さん」


 六花の助言には困ったような笑みを浮かべる。

 アグナとは対照的に、六花は銀月が無事に戻ってくるか心配なようである。


「僕からは特に言うことはないかな♪ 銀月くん、頑張ってね♪」

「うん、まあやれることは頑張るよ、愛梨姉さん」


 楽観的な愛梨の言葉には、軽く頷いて答える。

 愛梨は愛梨で特に心配するわけでもなく、なるようになると考えているようだ。


「……再び共に暮らせる日を楽しみにしておく。しっかりと修練に励め」

「ああ、必ず帰ってくるよ、父さん」


 将志の言葉には、しっかりと頷いて答える。

 返す言葉は力強く、並々ならぬ決意が感じられた。


「では、今までお世話になりました!!」


 最後にそう言うと、銀月は銀の霊峰の社から飛び立っていった。

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