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銀の槍のつらぬく道  作者: F1チェイサー
紅い霧と翠の眼
102/175

銀の月、脱出する

「てやっ!」

「うわわっ!?」


 試合開始と同時に、銀月はいきなり萃香の上に移動して首を狙う。

 萃香はそれを慌ててしゃがみこんで回避した。


「ああもう……せっかく不意を打っても避けられちゃあなぁ……」


 銀月は素早く距離を取ってそう呟く。

 その速さはとてもただの人間が出せるものではなかった。


「びっくりした……人間だと思って油断してたよ。こりゃちょっと本気出さないと危ないかな?」


 萃香はその速度に呆然とした表情でそう声を漏らした。

 人間が出せるはずのない速度に、少々驚いているようであった。

 驚いたのは萃香だけではない。周囲の観客達も、目の前の人間の取った行動にどよめいていた。


「……あれ、本当に人間?」

「信じられないのは分かるでござるが、そうでござるよ。銀月殿は身体能力の強化は大得意でござるからなぁ。それにしても、以前より速度が増している気がするでござるなぁ……」


 パルスィの質問に、涼はそう言って答える。

 その横で、勇儀が銀月を見て面白そうに笑った。


「へぇ……涼の言うとおり、ただの人間じゃなさそうだねえ。これは面白くなってきた! 萃香ぁ~! 早く代わっとくれよ!!」

「冗談じゃないよ! せっかくこんな面白そうなのが相手なのに勿体無い!!」


 勇儀の野次に萃香は銀月の攻撃を捌きながら答える。

 銀月は手にした札で息もつかせないような連続攻撃を萃香に見舞う。

 札は銀月の霊力によって銀色に鋭く光り、萃香の髪に触れると音も無く切れた。

 萃香はその攻撃を余裕を持って捌いていった。


「人間にしちゃやるね。けど、それじゃ私には勝てない!」

「ちっ……」


 萃香は銀月の攻撃の間を縫って銀月の腹に拳を突き出す。

 銀月はそれに素早く反応して後ろに飛びのく。それと同時に、手にした札を萃香に投げつけた。

 札は萃香の足元に突き刺さり、その追撃を一瞬止めた。


「それなら……」


 その間に銀月は四つの札を周囲に浮かべた。札は銀色の光を纏い、宙に静止する。


「そりゃ!」

「ふっ!」


 そこに攻め込んでくる萃香の攻撃を銀月は右前に跳んで回避する。

 そして手にした札から鋼の槍を取り出し、左手で一気に突き込んだ。


「よっと!」


 萃香は背後から繰り出される槍を容易く掴んだ。

 すると銀月はそれを見越していたのか、右手を高く上げた。

 その手には、いつの間にか黒い槍が握られていた。


「やばっ!」

「でやあああああああ!」


 気合と共に銀月は黒い槍を振り下ろし、それと同時に萃香は危険を感じて鋼の槍から手を離して横に跳ぶ。

 唸りを上げる黒い槍が地面に叩きつけられると、地響きとともに激しい土煙が上がった。


「はあ……これで終わってくれれば楽だったんだけどなぁ……」


 銀月は神珍鉄の黒い槍を少し重そうに持ち上げると、札に戻した。

 萃香はそれを見て、大きく息を吐いた。


「本当にびっくりさせてくれるね、あんたは。次は何を見せてくれるの?」

「言ったら面白くないでしょう? 見てからのお楽しみだ!」


 銀月はそう言うと今度は両手の甲に札を貼り付けた。その瞬間、銀月の拳が銀色の光を帯び始める。

 そして、一息で萃香に向かって跳んで殴りつける。


「そこだぁ!」

「ぐっ!!」


 萃香は一直線に飛んでくる銀月に拳を突き出した。

 その拳は脇腹を捉えたが、銀月は跳んできた勢いのまま萃香の肩に右の拳を当てる。

 すると銀月の拳の札が凄まじい銀色の閃光と共に爆発し、両者を吹き飛ばした。


「きゃあっ!?」

「ぐっ……」


 吹き飛ばされると、萃香は素早く体勢を立て直した。

 爆発が起きた左の肩には火傷の跡があり、ダメージが無いわけではない。

 一方の銀月は、打たれた腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 こちらはカウンターを決められているので、かなりのダメージがあったようである。


「いったぁ……霊力で防御してなかったら危なかったな……」

「あいたた……普通、鬼の拳を受けたら人間無事じゃすまないんだけどなぁ?」


 萃香は爆発を受けた肩を軽くさすりながら銀月に話しかける。

 元来、強大な鬼の力はその腕力だけでも人間を用意に死に至らしめることが出来るものである。

 しかし、銀月は霊力で防御したとは言え、即座に立ち上がってきたのだ。

 その光景は、萃香の闘争心を更に刺激するものであった。

 銀月はそれを聞いて、光の消えた右手を振った。


「まあ、ちょっと痛いかな。けど、来るって分かっていれば防ぎようはあるさ。今のは避けないことで当てられる一撃だったから、かなり分の悪い賭けだったけどね」

「あはは、考え方が人間的じゃないね。人間って痛いのは嫌いなもんなんだけどなぁ?」

「でも、痛みの先に望むものがあれば喜んでそれを受けるのも人間だよ。それよりも、直撃を受けてその程度か……やっぱり鬼は強いな……」

「当たり前よ。強いから鬼なんだからさ!」


 そう言って不敵に笑うと、今度は萃香が銀月に攻め込む。下から滑り込むように銀月の脚を狙う。

 すると銀月は上に跳んで攻撃を躱し、下にいる萃香に未だに銀色に光る左拳を繰り出した。


「はあっ!」

「おっと」


 萃香は横に転がることでその攻撃を避ける。

 地面に拳が突き刺さると、再び眩しい閃光と轟音と共に爆発が起きた。


「やああああ!」


 その閃光の中から間髪入れずに銀月が鋼の槍で攻撃を仕掛けた。

 重量の乗った重い攻撃が萃香に迫る。


「そりゃあ!」


 萃香はその攻撃を拳で撃ち落した。

 銀月は衝撃に身体を持っていかれ、背面を見せる。


「そこだ!」

「うわわっ!?」


 そこに、銀色の光の玉が四つ飛びかかってきた。それは先程銀月が宙に浮かべていた札であった。

 それを察知して、萃香は攻撃を中止して回避する。


「行けっ!」


 銀月は回避した萃香に更に札を投げつけた。


「ああもう、めんどくさいなぁ!」


 萃香はそう言うと腰につけた瓢箪の酒を口に含み、炎を噴出した。

 その炎は銀月の札を焼き尽くし、更に銀月に迫る。


「っとお!」


 銀月は迫り来る炎を後ろに下がって躱すと、再び四枚の札を宙に浮かべた。

 速度を上げるために槍を札にしまい、戦場を駆け回る。

 その速度は慣れていないものであれば眼で追えない速度まで上げられており、相手を撹乱しようとする。

 しかし、その中心に立っている萃香は楽しげに笑った。


「おお、速い速い。けどねぇ……」


 そう言うと、萃香は素早くそこに手を伸ばした。

 次の瞬間、その手には白装束の少年の脚が握られていた。


「くっ!?」

「速さだけで勝てると思うな。そらっ!」

「ぐあっ!!」


 萃香は銀月を思い切り放り投げた。

 銀月は勢いよく鬼達の人垣に突っ込み、地面に落ちて土煙を上げながら転がる。


「くっ……まだまだぁ!」


 銀月は素早く立ち上がって萃香の前に戻ってきた。

 手には鋼の槍が握られており、萃香に向かって構える。

 頭を打ち付けたのか額からは血が流れており、銀月の顔を濡らしていた。


「いいねえ、その根性! じゃあ次は……」

「そこまででござるよ、萃香殿」


 萃香が次を仕掛けようとしたところに、涼が割って入った。

 赤い柄の十字槍の切っ先を銀月に向け、石突を萃香に向けている。

 そんな涼に、萃香は不満の声を上げた。


「ちょっと、涼! これから面白いところなんだから邪魔しないでよ!!」

「駄目でござる。これ以上萃香殿が本気を出したら、銀月殿は死んでしまうでござるよ。あれでも人間なのでござるからな」


 涼は興奮状態の萃香をそう言って諌める。

 萃香は本気を出しつつあるが、未だに手の内を見せていない。

 それを知っている涼は、銀月が取り返しのつかない怪我をする恐れがあると感じて止めたのであった。


「……姉さん、止めないでくれ。俺はまだ戦える」

「銀月殿。もうやめておくでござる。銀月殿は拙者の様な亡霊とは違って人間なのでござる。間違って死ぬようなことがあれば、どうしようもないでござるよ」

「……くっ……」


 銀月は涼の言葉を聞いて、悔しげに俯いた。

 銀月も相手が手の内を見せていないのは分かっている。つまり、この時点で涼が止めるという事は自分では勝てないということを示していることになる。

 父親の名前を出しておきながら負けた。そのことが悔しくて仕様が無いのだ。

 そんな銀月の肩を、涼が軽く叩いた。


「銀月殿。悔しければ強くなれば良いんでござる。強くなって、それから本気の萃香殿と勝負をしても遅くは無いでござろう?」

「ええ、その通りですよ」


 突然聞こえてきた声に、全員そちらの方を向く。

 するとそこには、白と緑を基調とした服を身にまとった女性が立っていた。


「初めまして、銀月さん。鬼の頭領をさせていただいている鬼子母神、薬叉 伊里耶と申します。どうぞ宜しくお願いします」

「……銀月です」


 恭しく挨拶をする伊里耶に、銀月は頭を下げる。

 しかしその声は沈んでおり、先程の悔しさがにじみ出ていた。

 そんな銀月に、伊里耶は微笑み掛けた。


「さて、銀月さん。先程の戦い、しっかり拝見させていただきました。はっきり言って貴方には驚かされました。貴方はきっと厳しい修行で身体能力を鍛え上げ、技も磨いてきたのでしょう。貴方は人間でありながら、その身体に宿した力はそれから大きく逸脱したものでした。きっと私の子供達を相手にしても互角以上に戦えるでしょう」

「……ありがとうございます」

「ですが、それだけに貴方には荒削りな部分が目立ちました。恐らく、まだ萃香と同じくらいの相手との経験が足りていないのでしょう。発展途上、今の貴方はこのように感じました」

「……はい」


 伊里耶の言葉に、銀月は肩を落したまま答える。

 伊里耶の言うとおり、銀月は戦闘経験を積んではいるが、まだ本気を出した門番達やその上の者と戦った経験は少なかった。

 自分の経験不足に落ち込む銀月の姿を見て、伊里耶は笑ってその肩を抱き寄せた。


「ふふふ、落ち込むことはありませんよ。人間が正々堂々と戦って萃香に傷を負わせるなんて何年ぶりか分からないんですから。それはそうと涼さんと銀月さん、少しお話があるんですけど良いですか?」

「……はい、何でしょう?」

「このスペルカードルールってこういう戦闘に使えると思うんですけど、どうでしょうか?」


 伊里耶は銀月と涼に向けてそう尋ねた。

 それを聞いて、尋ねられた二人はキョトンとした表情を浮かべた。


「……そういえば……」

「……原理から言えば、使えそうでござるなぁ……」


 この二人、「スペルカードルール=弾幕ごっこ」だと思い込んでいたようである。

 だから萃香達に教えた際も、そのように教えていた。

 しかし、実際はスペルカードルールとは誰も怪我をすることの無い結界を事前に張って行う決闘のことである。

 そのカードの収集のしやすさから弾幕ごっこが主流なのは確かではあるが、このような殴り合いの決闘が出来ないわけではないのであった。

 萃香は伊里耶の発言の真意が分からず、質問をすることにした。


「母さん、それがどうかしたの?」

「いえ、それが本当なら人間に本気を出しても相手が死んだり怪我したりしないので、遠慮する必要がなくなるってことですよ」


 それを聴いた瞬間、萃香と勇儀の眼が光った。

 そしてその手は、銀月の肩をポンと掴む。


「そうと分かれば第二回戦と行こうか、銀月!!」

「その次は私な! 怪我も無いんなら、連続でいけるだろ!!」


 二人の鬼の眼は期待に輝いており、銀月を見つめる。

 どのくらい輝いているかといえば、見てるほうが眩しく見えるくらいの輝きであった。


「……今度は負けない!!」


 銀月はそれに力強く答えて死地へと再び赴く。

 こうして、銀月は再び萃香と勝負することになった。












「死ーん……」

「銀月殿……生きてるでござるか~?」


 数時間後、元の酒場にくたびれ果てた姿の銀月が横たわっていた。

 あの後、銀月は萃香や勇儀に能力などをフルに使われて揉みに揉まれた後、我慢できなくなった鬼達を片っ端から相手にしていったのであった。

 その結果、銀月は指一本動かすことが出来なくなるほど疲れ果て、涼によって酒場に運ばれることになったのだった。

 まさに『銀月は力尽きました』と言う状態である。


「いや~、銀月は凄いね! 人間なのに私達についてこられるなんてさ!!」

「おまけに戦っている間にどんどん強くなるし、これから先が楽しみだねぇ!」


 萃香と勇儀はご満悦の様子で酒を飲む。

 倒れても倒れても闘争心むき出しで立ち上がってくる銀月は、鬼達にとって好印象のようであった。

 また、銀月は通常では考えられない速度で相手に対応していくため、再戦を望む声も数多くあったのだ。


「あんたは頑張ったと思うわよ。まあ、それが良かったかどうかはさて置いてね」

「……どういう意味です、パルスィさん?」

「……そのうち分かると思うわよ」


 銀月の枕元に座っているパルスィが意味深な言葉を投げかける。

 銀月が気だるげにパルスィに視線を合わせると、その視線はどこか哀れむようなものであった。


「おーい、銀月! そんなところで寝てないでこっち来い!!」

「無茶でござるよ、勇儀殿! 人間があれだけ連戦すれば疲れ果てて当然でござる!!」

「……いや、もう大丈夫。疲れならもう取れたよ」


 銀月は涼の言葉に反してゆっくりと起き上がる。

 自身の能力で回復力の限界を超えさせたために、体力はほぼ回復していた。

 そんな銀月を見て、銀月の能力の正体を知らない涼は頭を抱えた。


「銀月殿……お主はまた無茶を……」

「ああ、そうか。涼姉さんはまだ俺の能力を教えてなかったね。能力のお陰でもう回復したよ」

「っ!? 分かったんでござるか!?」


 銀月がそう言うと、涼は驚いたように顔を上げた。

 その反応の大きさに、銀月は思わず笑い出した。


「あはは、大げさだよ姉さん。まあ、詳しいことは帰ってから話すよ。じゃないと……」

「銀月! 呼ばれたんならさっさと来い!! 駆け足だ!!」


 涼と銀月が話していると、再び勇儀から声が掛かる。

 その声を聞いて、銀月は苦笑した。


「ね。……はいよ! 十秒でそっちに行く! とうっ!!」


 銀月はそう言うと、机を飛び越え天井を蹴って鬼達の机に向かった。

 忍者もかくやと言った芸当に、鬼達は大いに盛り上がった。


「よーし、そんなに元気ならまずは飲んでもらうよ! ささっ、ぐぐーっといっちゃって!!」

「はいはい」


 萃香に杯を渡され、銀月は一気にそれを飲み干す。

 その景気の良い飲みっぷりを見て、鬼達は囃し立てた。


「おお、良い飲みっぷり! じゃあもう一杯行ってみようか!!」

「はい、それじゃあいただきます」


 銀月は鬼に合わせて次々に酒を飲んでいき、鬼達はその様子に湧き上がる。もうすっかり鬼達のお気に入りと化してしまったようである。

 そうして鬼達を盛り上げる銀月を、パルスィが冷ややかな眼で見つめていた。


「……馬鹿ね、倒れていたほうが楽なのに。あの無鉄砲さが妬ましいわ」

「鬼の相手は人間にはきついでござるからなぁ……銀月殿、死ななければ良いんでござるが……」

「こら、そこの二人組み! そんなところでちびちび飲んでないでこっちに来な!!」


 隅でゆっくり飲んでいる涼とパルスィにも、勇儀から声が掛かる。

 その声を聞いて、二人は大きくため息をついた。


「……またか……あの傍若無人さが妬ましい……」

「お互い苦労するでござるなぁ……」


 二人はお互いに大きくため息を吐くと、鬼達の歓声が上がる机へと向かって行った。








「うきゅー……もう飲めないでござるぅ……」

「……また二日酔い確定か……もうイヤぁ……」


 鬼達と飲み始めてからしばらくすると、机に伏した屍が二つ出来上がった。

 その間にも、鬼達は店中の酒を飲み尽さんばかりの勢いで酒を飲み続けていた。


「涼姉さん、パルスィさん、大丈夫?」


 そんな酔いつぶれた二人に、銀月が水を差し出しながらそう言った。

 銀月は二人とは対照的で、未だほろ酔いの状態であった。

 どうやら、肝機能が限界を突破して働いているようであった。


「な、何で銀月殿は平気なんでござるかぁ……?」

「あ~……ちょっと能力で反則技を使ってるからね……うわあっ!?」

「うう……妬ましい……妬ましいわぁ……そうやって能力で楽できる貴方が妬ましいわぁ……」


 パルスィは銀月に這い寄り、恨みがましい眼で銀月の眼を覗き込んだ。

 ずいずいと迫ってくる彼女に、銀月は思わず眼を逸らした。


「ちょおっ!? そんなこと言われても困るって!!」

「ううっ……」


 銀月が下がると、パルスィは蒼い顔をして言いよどむ。

 それを見て、銀月は即座にパルスィの口を押さえた。


「これは拙い……パルスィさん、少し我慢してね」


 銀月はパルスィを姫抱きにすると、揺らさないようにしながら厠へと向かって行った。

 厠の前に着くと、銀月はパルスィを降ろした。


「……っ!!」


 するとパルスィは大急ぎで中へと駆け込んでいった。

 そんな彼女を見て、銀月はホッと一息つく。


「間に合って良かったぁ……後はパルスィさんが無事だと良いんだけど……」

「彼女なら大丈夫ですよ。走る元気があるなら心配は要りません」


 その後ろから、優しい声が投げかけられる。

 銀月がその声に振り返ると、いつの間にかそこには伊里耶が立っていた。


「あれ、伊里耶さん? さっきまで見ませんでしたけど、どこに居たんです?」

「そろそろ店の営業時間が終わりなので、迎えに来たんですよ。あの子達、こうなると時間のことなんて忘れてしまいますから」

「そうですか……もうそんな時間ですか。では、私も涼姉さんを連れて帰ろうと思います」

「そうですか……う~ん……」


 そこで伊里耶は銀月の身体をジッと見回した。

 その視線は舐めるようで、銀月は若干の危機感を感じた。


「あ、あの……どうかしましたか?」

「あとちょっと、ですね……」

「な、何がですか?」

「いいえ、何でもありませんよ。それよりも、将志さんに宜しく言っておいてください」


 伊里耶は何事もなかったかのようにそう言うと、銀月にそう話した。

 それを聞いて、銀月は怪訝な表情をしながらも頷いた。


「分かりました。父にはそのように伝えておきます。では」


 そういうと、銀月は涼を回収すべく酒場に戻っていった。


「……もっとも、あの子達から逃げられればのお話ですけど」


 伊里耶の呟きは、銀月に届くことはなかった。


「……悪趣味ね、鬼神」


 が、その呟きを聞いてパルスィが厠から出てきた。

 体調は幾分かマシになったらしく、先程よりは楽そうである。

 そんなパルスィに、伊里耶は微笑みながら答えた。


「悪趣味でもいいんですよ。涼さんも子供達と戦ってずっと強くなっていますし、銀月さんもきっと強くなれますよ」

「……そうじゃないわよ。貴方、銀月をどうするつもりだったのよ?」


 伊里耶の言葉に、パルスィは首を小さく横に振ってそう尋ねた。

 すると、伊里耶は浮かべた笑みを深くした。


「何もしないですよ? まあ、もう少し時間が経っていたらつまみ食いをしたかもしれませんが」

「……それが悪趣味だって言ってるのよ」


 伊里耶の発言に、呆れ顔で呟くパルスィであった。







 酒場に戻ると、銀月は相変わらず机に突っ伏している涼に小さく声を掛けた。


「それじゃあ、お店の営業時間の終わりも近いし、そろそろ帰るよ」

「……銀月殿、帰る時はばれない様に外に出るでござる。でないと……」

「ばれると、どうなるって言うのかな?」


 涼が銀月に忠告をしていると、後ろから萃香が話しかけてきた。

 その表情は眩しいくらいの笑顔であった。


「あ……」

「みんなぁー! 涼達が帰るってさ!!」

「よーし、野郎共! 絶対に逃がすんじゃないよ! 二人とも強敵だ、気を引き締めて掛かりな!!」


 萃香と勇儀の号令によって、あっという間に取り囲まれる銀月と涼。

 その様子を見て、涼はがっくりと肩を落す。


「ああ……またこうなったでござる……」

「……なるほどね、これで道を塞がれて帰れなかったと言うわけか……」


 銀月はそう言うと、冷静に周囲を見回す。

 周囲は完全に鬼達に囲まれていて、少しでも動こうものなら一斉に踊りかかってくるのは眼に見えていた。


「ちなみに涼姉さん、勝利条件と敗北条件について教えてもらえる?」

「……逃げ切れたら我々の勝ち、捕まったら向こうの勝ちでござるが……」

「OK、それなら何とかなりそうだ」


 銀月はそう言うと、眼を閉じて将志の力を身体に呼び込む。

 限界を超える程度の能力も使える範囲で使い、身体能力を上げる。


「えっと、まずはお店の人の迷惑にならないように外に出ませんか? それからでも遅くはないと思うのですが」

「おっと、それもそうだねぇ。親父、また来るよ!!」


 そう言って鬼達は外へと出る。銀月と涼も鬼に囲まれたまま一緒に外に出た。

 そしてその瞬間、涼は赤い漆塗りの柄の十字槍を構え、銀月は自分の周りに四枚の札を浮かべた。


「それで、どうするんでござるか?」

「う~ん、どうしようかなぁ……」


 銀月はそう言いながらナイフを三本取り出すと、それで眼を瞑ったままジャグリングを始めた。

 突然の銀月の奇行に、鬼達の眼は釘付けになる。


「あはは、器用だね。でも、その様子じゃ打つ手は無しかな?」

「ちょっと待って、今考えてるんだからさ!!」


 銀月がそう言った瞬間、銀月の回りに浮かべていた札が強烈な音と光と共に爆発した。


「うわっ!?」

「ひゃあ!?」


 鬼達はそのあまりの眩しさと甲高い音に悶える。

 その眼は眩んでおり、耳は耳鳴りを起こして使い物にならない。

 そこに、限界を超える程度の能力で即座に視覚と聴覚を回復させた銀月が涼に声を掛けた。


「さあ姉さん! 今のうちに逃げよう!!」

「眼がぁ~!! 眼がぁ~!!」


 銀月が手を差し出そうとすると、涼が眼を押さえて転げまわっているのが見えた。

 それを見て、銀月は即座に涼の槍を札にしまい、涼を抱えあげた。


「それっ!!」


 そして、銀月は地上へと向かって飛び出して行った。

 鬼達が気がついた頃には、もう銀月達の姿はどこにもなかった。







 銀月達は地底から脱出すると、真っ直ぐに家路に着いた。

 夜はどっぷりと更けており、頭上には下弦の半月が高く昇っていた。

 あと数時間もすれば夜明けとなる中、二人は銀の霊峰の社へと帰りついた。


「……ふっ!!」


 その境内では、銀髪の青年が槍を振るっていた。

 彼は銀月達が近づくのを察知すると、鍛錬を切り上げて迎え入れた。


「ただいま、父さん」

「ただいま帰ったでござる、お師さん……」

「……遅かったな、二人とも。さては、鬼と一戦交えたあとに宴会にでも付き合わされたか?」


 疲労困憊といった様子の二人に、将志は笑顔で声を掛ける。

 そのまるで見てきたような言い草に、銀月の視線が若干冷ややかなものに変わった。


「……父さん、さては最初っからこうなる事が分かって地底に行かせたな?」

「……鬼の性格上、そうなることは見えていたからな。だが、そう悪いものでもなかっただろう?」

「まあ、悪い人じゃなかったのは認めるよ。それに俺としても再戦したいしね」


 銀月はそう言って微笑み、将志の言葉を肯定する。

 それに対して、将志も苦笑いを浮かべた。


「……だが、気をつけろ。鬼はその強さゆえに傲慢なところがあるからな。娯楽に飢えた鬼は手に余るだろう?」

「それは確かに……でも、涼姉さんなら逃げようと思えば逃げられた気もするんだけどなぁ?」


 銀月はそう言って首をかしげた。

 実際、素の足の速さであれば涼は銀月よりもずっと早く走れるのだ。鬼も速いものは速いかもしれないが、それでも不意を打って逃げるくらいは出来そうなものである。

 その疑問に、将志はため息と共に答えた。


「……仕方があるまい。涼のことだ、どうせ帰すまいと道を塞ぐ鬼達を片っ端から相手にして、疲弊したところを四天王辺りにとっ捕まっていたのだろう?」

「うぐっ……」


 陥っていた事態をずばりと言い当てられ、涼は思わず口をつぐんだ。

 その様子を見て、将志は額に手を当てて首を横に振った。


「……涼。お前は門番としては優秀だが、自分一人となると途端に融通が利かなくなるな。三十六計に逃げるに如かず。銀月のように逃げる手法を考えておいた方が良いぞ?」

「……心得たでござる」

「……さて、涼には後で成果を報告してもらうとしよう。次は銀月、お前に関する話だ」


 将志はそう言うと銀月に向き直った。

 突然話を振られて、銀月も居住まいを正す。


「俺に関する話?」

「……ああ。単刀直入に問おう。お前はここを出るつもりでいるな?」

「……うん。俺、ここを出るよ」


 将志の問いに、銀月は意を決したように頷いた。

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