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銀の槍、家族に会う

 将志が愛梨と旅に出て、かなりの時間がたった。

 最初の方こそ時間を数えていたが、今はもう数えるのをやめている。

 その旅の間、辺りの景色は長い時間をかけてゆっくりと、時には時代の濁流に流されるかのように激しく移り変わっていった。


「ガアアアアアアアッ!」

「……来い……!」


 ある時点では眼の前に立つ巨大なトカゲを相手にして、将志は槍を構えた。

 その日の夕食は、オオトカゲのステーキと相成った。


「…………」


 ある時は、水中鍛錬のついでに海洋生物を狩っていた。

 たゆまぬ鍛錬の末、将志は水中でも滅茶苦茶な機動力と攻撃力を持つようになった。

 陸海空全域対応槍妖怪とはこれいかに。


「将志くん、大丈夫?」

「……だ、大丈夫だ……」


 ある時は、飽くなき食への探求心から未知の食材を食し、毒に当たった。

 その看病は全て愛梨の役割である。

 こいつはいつになったら自重をするのか。


「うわぁ~♪ これは凄いや♪」

「……ああ」


 ある時は大自然の雄大な景色に愛梨と二人で感動を覚えた。

 巨大な滝、空を覆うオーロラ、荒々しく活動する火山、生命の溢れる巨大な森など、世界の至る所を回った。

 移り行く世界の美しさを心に刻み、旅を続ける。


「それじゃあ、行くよ~、将志くん♪」

「……来い」


 ある時は二人で永琳の研究所時代のように特訓をした。

 その結果、将志は弾幕を避けるだけでなく斬り払うことも覚え、愛梨は様々なバリエーションの弾幕を会得した。


 その長い旅の間、将志と愛梨はいつもどんなときも一緒だった。

 そして、それはこれからも続くのだろう。

 少なくとも、二人はそう思っていた。




 ある日、その二人きりの旅に変化が訪れた。

 その日はいつもの通り、手ごろな洞窟で一夜を過ごすことにした。


「キャハハ☆ いっぱい濡れちゃったね、将志くん♪」


 うぐいす色の髪から水を滴らせながら、愛梨は楽しそうに笑う。


「……全く、突然の雨は困る」


 その一方で、銀色の髪から水滴を落としつつ将志がそうぼやく。

 突然の雨にぬれた二人は濡れた服を着替え、濡れた服を適当なところに広げておいた。

 将志はその日の夕食を作るべく、自分の鞄から包丁を取り出そうとした。


「……っ」


 そして、鞄の中を見て将志は眼を見開いた。

 その眼は明らかに動揺しており、冷や汗が額に浮かぶ。

 そんな将志の様子に、愛梨が気がついて声をかけた。


「おや、どうしたんだい、将志くん?」

「……無い」

「え? 何が?」

「……包丁が、無い」


 すこし悲しげな声で将志はそう言った。

 料理人にとって、包丁はとても大切な宝物の様なものである。

 それは将志とて例外ではなく、将志もあの包丁を大切に手入れしながら使ってきたのだ。

 それがなくなったのだから、将志の落胆はどれほどのものであるか想像もつかない。

 それを知って、愛梨は驚きの声を上げた。


「嘘ぉっ!? ついさっきまであったはずだよ!?」

「……その筈なのだが……ご覧の有り様だ……」


 将志はそう言っていつも自分で大事に持ち歩いている、黒いウェストポーチのような鞄の中身を愛梨に見せた。

 鞄の中身は、確かに空っぽだった。

 それを見て、愛梨は腰に手を当ててうなった。


「う~ん、ホントに無いや……どうするんだい? これじゃ料理は厳しいよ?」

「……久々にやるか」


 そう言うと、将志は自分の本体である銀の槍を取り出した。

 それを見て何がしたいのか察して、愛梨が唖然とした表情を浮かべた。 


「……将志くん……君、まさか……」

「……離れていろ」


 将志はまな板の上の食材に対して槍を向けた。

 眼を閉じ、精神を集中させると、将志は眼を見開いた。


「……はっ!」


 将志はまな板に槍の柄を叩きつけた。

 その衝撃でまな板の上の食材が跳ねる。


「……ふっ、ふっ、ふっ、は!」


 その宙に浮いた食材の間を、銀の線が幾重にも描かれていく。

 槍がかすめるたびに食材は下に落ちることなく切れていき、段々と細かくなる。

 最終的に、まな板の上には賽の目に切られた食材が揃っていた。


「……まずまずだな」


 将志は残心を取ると、まな板の上の食材を見てそう言った。

 それを呆然と見つめる瑠璃色の視線。

 目の前で曲芸師も裸足で逃げ出すような芸当を見せられたのでは、そう言う反応にもなるであろう。


「ねえ、将志?……ひょっとして包丁要らないんじゃないかな?」

「……いや、あれがないと飾り切りが出来ない。それに、あれで切ったほうが楽だ」


 将志はそう言って布で槍の刀身を拭きながら、包丁を探して辺りを見回しながらそう言った。

 愛梨はそんな将志が何処まで技を持っているのか知りたくなって、質問をした。


「……えっと、一応聞いとくけど、どんな切り方が出来るんだい?」

「……一通りの切り方は出来る。イチョウ切り、小口切り、乱切り、千切り、短冊切り、この他にも基本的な切り方はこいつで出来る」


 つまりこの男、スペースや飾り切りを考えなければ包丁など要らないのである。

 何でこんな技を覚えたのかと言うと、試しに愛梨を驚かせようと考えて練習をしていたのだ。

 その効果は大いにあったようで、愛梨は楽しそうに笑い出した。


「キャハハ☆ それは凄いや♪ それじゃあ、ご飯が食べられなくなる心配は無いね♪」

「……ああ」


 その日二人は普通に食事を取り、少し遊んでから休息を取ることにした。




 翌朝、いつものように槍を抱えて座って寝ていた将志の肩を、揺らす影があった。


「お兄様、お兄様、朝ですわよ?」

「……む」


 少し低めの色香を含んだ女性の声で起こされ、将志は眼を覚ます。

 将志は立ち上がって軽く伸びをすると、いつも通り槍を振るって稽古をする。


「……♪」


 透き通った黒い瞳からのご機嫌な視線を受けながら、将志は気にせず槍を振るう。

 しばらくしてそれを終えると、今度は朝食の準備に取り掛かる。


「……はっ!」


 将志は昨日と同じように槍で食材を刻み、着々と支度を進めていく。


「すごいですわね。包丁なしでもここまで出来るものですの?」

「……それは練習次第だ」


 質問に淡々と答えて朝食の準備を済ませ、将志は愛梨を起こしに行く。


「……愛梨、朝だぞ」

「う……ん……もうそんな時間か~……」


 愛梨は眠そうな目をこすりながら今日の食卓へと歩いていき、将志はその横をついて歩く。

 愛梨の玉乗り用のボールの中から机と椅子を取り出して並べる。

 そして三人揃って席に着くと、アルトの声が号令を掛けた。


「来ましたわね。それじゃ、食べましょうか」

「「「いただきます」」」


 そうして朝食が始まった。

 今日の朝食は魚のソテーに、木の実の粉で作ったパンにスープと言う、シンプルなメニューだった。


「で、将志くん♪ 今日はどこに行くのかな♪」

「……そうだな。今日は東の方に行ってみよう。あの方角はもう長いこと行っていない筈だ。何か変わったことがあるかもしれない」

「へえ、それは面白そうですわね」

「……反対意見は無いのか?」

「無いよ♪ 君と居ればどこだって楽しいよ♪」

「私も特にありませんわ。それじゃ、早く食べて準備しましょう?」


 朝食を食べながらその日の段取りを決めていく。

 今日はどうやら東の方角へ進むようだ。

 そんな中、愛梨が笑顔で将志に声をかけた。


「ところで将志くん♪」

「……なんだ?」

「君の隣の子は誰かな♪」


 そう言われて、将志は自分の隣に座っている人物を見た。


「……(にこっ♪)」


 将志に見つめられて、少女は満面の笑みを浮かべる。

 その笑みは花のように可憐であり、美しいという表現が良く似合う大人びた笑みであった。


「……誰だ?」


 将志は愛梨に向き直り、キョトンとした表情で問いかけた。

 その瞬間、愛梨は全身の力がガクッと抜けてずっこけた。


「今まで分かんないで喋ってたの!? 流石にそれはどうかと思うよ!?」


 即座に立ちあがって愛梨は将志に抗議する。

 一方、件の少女はと言うと相変わらずニコニコと笑いながら将志のことを見ていた。


「もう、酷いですわお兄様。もう数えられないくらい長い時間を一緒に過ごした私をお忘れになって?」

「……む……ぅ?」


 微笑を浮かべたまま将志の腕に抱きつきながら、少女はそう責めた。

 しかし、そんなこと言われても将志には少女が何者なのかさっぱり分からなかった。

 将志は再び少女のことを良く見てみる。

 少女は将志と同じ銀色の髪を長くのばしていて、眼も将志と同じ黒曜石の瞳に、非常に色気のある赤い唇で顔立ちは芸術的なほど整っている。

 身長は将志よりも少し低いくらいで、160後半くらいの身長。

 スタイルは出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、所謂スタイル抜群の人であった。

 おまけにそれでいて服装は赤地に桔梗の花が描かれた長襦袢に深緑色の帯、髪に小さな花がいくつか並んだ髪飾りと言う服装で、将志からは見えないが、何かが帯に挿してあった。


「……ああ、そう言うことか♪」


 将志が考え込んでいると、愛梨が何か思い当たったようだ。

 愛梨は少女の所に駆け寄ると、耳元で何かをしゃべった。

 すると、少女は楽しそうに笑った。


「ふふふ、正解ですわ」

「キャハハ☆ やったね♪ そう言うことなら早く言ってくれればいいのに♪」

「いきなり名乗っても面白くありませんわ。これくらいの余興があったほうが良いのではなくて?」

「それもそうだね♪」


 いきなり仲良く話しだす二人に、将志はますます訳が分からなくなった。

 その光景を見て、少女はくすくす笑っている。


「ヒントを差し上げますわ。ヒントは私の髪飾りですわよ」

「……む」


 少女に言われて、将志は少女の髪飾りを注視した。

 髪飾りは白い花が六つ円形に並んで居る髪飾りだった。

 それを見ながらしばらく考えていると、将志はとある名前に思い至った。


「……『六花』……?」

「何ですか、お兄様?」


 名前を呼ばれたらしい少女は、将志に対して嬉しそうに微笑んだ。

 将志はその少女の眼をじっと見つめた。


「……お前、俺の包丁か?」

「ええ、そうですわよ。自己紹介いたしますわ。お兄様の名字を借りるならば、槍ヶ岳 六花(りっか)。お兄様の妹であり、長年連れ添った包丁ですわ」


 そう言って、六花と名乗った少女は恭しく礼をした。

 それを聞いて、将志は更に首をかしげた。


「……俺の妹?」

「ああ、そう言えばお兄様はご存じないかもしれませんわね。私とお兄様は同じ刀匠が鍛えたものですわよ?」


 六花はそう言って自分の本体である包丁を見せた。

 その刃は、よく見てみれば刃の波模様である刃紋が将志の槍のものと非常に良く似ていた。

 このことから、少なくとも二人は同じ流派の人間が作り出したものであり、同じ刀匠が鍛えたものである可能性が極めて高いことが分かった。


「そういうことか♪ でも、何で六花は将志くんがお兄さんだって分かったんだい?」

「私、お兄様の兄弟槍を見てますの。その槍とお兄様が持っている槍がほぼ一緒なんですのよ。一目見て、兄妹だって分かりましたわ」

「……あの時、俺を選んだのか?」


 将志が言っているのはあの金物屋で包丁を買った時のことである。

 六花はそれを聞いて頷いた。


「ええ、もちろん選びましたわ。自分の家族が妖怪になって包丁を探しているなんて、運命を感じましたもの。それに大事に扱ってくれましたし、今でもあの選択は間違っていなかったと思っていますわ」


 どこか夢を見るような視線で六花は将志を見ながらそう言った。

 それに対して、将志は更に質問を続けた。


「……長い間残っていたと店主が言っていたが、何故だ?」

「ああ、それは単に良い相手が居なかっただけですわ。どうも、パッとしない人ばかりでしたの。あの時、半分諦めかけていたんですのよ?」

「……そうか」


 将志はそう言うと、食事を再開した。

 六花はそんな将志のことを、笑顔を浮かべたままジッと見つめる。


「……冷めるぞ」

「ふふ、それはいけませんわね。それじゃあお兄様の料理、頂きますわ」


 六花はそう言うと、目の前に置かれていた料理に手をつけた。

 ……何故ナチュラルに三人前用意してあったのかは気にしてはいけない。


「……ん~、おいしいですわ! お兄様の料理初めて食べましたけど、こんなにおいしいとは思いませんでしたわ!」

「……そうか」


 将志の料理を食べた六花は、絶賛しながら大はしゃぎした。

 初めて食べた料理がおいしかったことが嬉しいようだった。


「キャハハ☆ そりゃあ、料理の妖怪ってあだ名が付く様な料理人だもんね♪ でも、将志くんこれでもまだ修業中って言うんだよ♪」

「そうなんですの?」


 愛梨の一言に、六花は将志の方を見た。

 将志は眼を閉じ、ゆっくりと頷いた。


「……道を究めることに、終着などない。どこまで上り詰めても、たとえ自分の上に誰も居なくなったとしても、上ろうと思えばどこまでも上ることができる。槍も料理も、俺は存在が無くなるまで修練を続けるつもりだ」

「ひゅ~ひゅ~♪ カッコイイこと言うね、将志くん♪」

「お兄様、素敵ですわ♪」


 将志の言葉を聞いて、愛梨は笑顔ではやし立て、六花は眼を輝かせた。


「……うるさい」


 それに対して、将志は静かにそう呟いてそっぽを向いた。




 食事が終わると、三人は食器を片づけて出る支度をした。

 荷物を愛梨のボールの中にしまい、その上に愛梨が飛び乗る。


「ところで六花ちゃん♪」

「何ですの?」

「今まで聞いてなかったけど、君は本当に僕達について来るのかな?」


 愛梨はボールの上にしゃがみこんで、六花に問いかける。


「ええ、もちろん。私はお兄様の包丁、そうでなくてもたった一人の家族ですもの」


 それに対して、六花は迷うことなく笑顔で頷いた。


「そっか♪ 歓迎するよ、六花ちゃん♪ それと、笑顔ごちそうさまだよ♪」


 六花の返答を聞いて愛梨は嬉しそうにボールの上で跳ねた。

 その横で、将志は眼を瞑って立っていた。


「……家族、か……」


 将志はふとそう呟く。思い出すのは月に向かった主のこと。

 離れ離れになってしまっているが、それまでは家族のように暮らしていたのだ。

 それを思い出して、将志は再び主と再会することを心に誓う。


「どうかしまして、お兄様?」


 そんな将志の呟きに、六花がその顔を覗き込んだ。

 それを受けて、将志はゆっくりと首を横に振った。


「……いや、何でもない。では、行くとしよう」


 将志はそう言うと、前に向かって歩き始めた。

 その足取りはとても力強い。


「あ、待ってよ将志くん♪」

「おいてかないでくださいまし、お兄様!」


 その後を、二人の少女が続いていく。

 こうして、二人で続けてきた旅に、新たなメンバーが加わった。











「ところで、東ってあっちだよ♪」

「……あら?」

「……間違えたか」


 ……お後が宜しいようで。



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