サガシモノ
夜3時。
草木は眠り人も眠るが、虫だけは起きていて音を響かせる時間帯。
誰もが眠っている丑三つ時の暗闇の中、一人の少女が電柱脇に座っていた。
少女はまだ義務教育を終えるどころか年齢が2ケタに届いてなさそうだというのに、近くに保護者らしき人物はいない。
それどころか、ここ数時間は電柱と目と鼻の先の道路を車すら通過していなかった。
心細いのか少女は肩を震わせてしくしく、しくしく、と泣いていた。
そんな時だった。
「こんばんは」
いつの間にか少女の目の前には奇妙な青年が立っていた。
奇妙というのは青年の格好だ。シルクハットにステッキという中世の西欧貴族かはたまた手品師かのような怪しい格好をしていた。
だが少女は珍妙な格好に反応をせず、泣いている。
「お嬢ちゃん、どうかしたのかい?」
青年は腰を曲げて少女との目線を合わせようとするが、それは叶わない。
「何か困ってるのかい?」
その言葉でようやく少女は首をあげて青年に応える。
失くしちゃったの、と悲しげに涙をこらえられないとばかりに応えた。
青年は少女が応えてくれたことで満足そうに微笑む。
「何を失くしたんだい?」
大切なものなの、あれがないとお家に帰れないよ。
少女は子供特有の少し的が外れた返事をした。
青年はそれを聞くと大げさに手の平を見せるようにして驚く。
「お家に帰れないなんて困ったねえ。靴でも鍵でも、失くしちゃったら帰れないからね」
その無神経な言葉に少女はまた肩を落として泣き始めた。
青年は鈍感なのかそれともただ無神経なのか気にせずに、少女に話しかける。
「僕がその失くしたもの、探してきてあげようか?」
その言葉で、ようやく少女は青年に興味を持って首をあげた。
本当? 探してくれるの?
「本当だとも」
青年はさっきと変わらない笑みを見せる。それはなぜかチシャ猫の笑い顔を連想させた。
少女はここでようやく、目の前の青年が自分の知らない人間であることに気付いた。母親には知らない人と話をしてはいけない、と言われていたが少女は母親の言いつけよりも目の前の青年への興味を押さえられなかった。
あなたは、誰?
「僕? 僕は、まあ探偵みたいなものかな」
青年は今までの笑い顔から照れたような顔になる。初めて素の表情が覗いたように見えた。
たんていさん、なの?
少女はたんていというのは事件を解決したり謎を解くアニメの名探偵を想像しながら聞いた。
「そう、探偵だよ。探し物専門だけどね。だから、君の大事なものも見つけてきてあげるよ」
本当に?
「だから、今日の所はお帰り………って、家に帰れないんだよな。なら、ここで待ってなさい。夜が明けないうちに何とか持ってくるから」
青年は笑いながらステッキをくるくる回し立ち去ろうとする。しかし、少女のか細い声が聞こえて足が止まる。
あの、私、お金ない……………。
少女はアニメからの頼りない知識で探偵はお金をもらって事件を解決する仕事だとわかっていた。しかし、着の身着のままの少女には支払えるようなものは何もない。
ふっ、と青年が息を吐くように笑った。
「ああ、いいよ。気にしなくて」
目を細めて、楽しそうに、でもどこか厭な感じに。
「お代は、君の笑顔ってことで」
翌日、朝の新聞には、こう書かれていた。
『9歳の少女(仮名・Aちゃん)の遺体を遺棄して指名手配されていた男の死亡が確認された。
男は整形をして遺体が発見された街に潜伏して模様だが、今日未明にAちゃんの遺体が遺棄されていた場所で死亡しているのが発見された。死因は不明である。
なお、犯人が所持していると思われていた、Aちゃんの見つからなかった頭部も一緒に発見された。
このことから犯人は懺悔の意味で―――――――』