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【第6話 市場を支配する】

「……負けた、か」


商人の男は、静かにそう言った。


市の喧騒はすでに引き、残ったのは売れ残りと、静かな余韻だけだった。


坂井新之助は、その言葉に頷く。


「ああ」


短く答える。


だが——


「終わりじゃない」


続けた。


商人の眉がわずかに動く。


「……何だと?」


新之助は一歩前に出た。


「これは始まりだ」


沈黙。


「一度勝った程度じゃ、何も変わらない」


静かに言う。


「仕組みを変えない限りな」


商人は黙って聞いている。


その目は、もう敵のそれではなかった。


「お前たちは、流通を握っている」


新之助は言う。


「集めて、運んで、売る」


「……そうだ」


「それ自体は、必要な機能だ」


商人がわずかに頷く。


「だが——」


新之助は続ける。


「今のやり方は、効率が悪い」


空気が変わる。


「何だと?」


商人の声が低くなる。


「農民から安く買い、町で高く売る」


「それのどこが悪い」


「無駄が多い」


即答だった。


沈黙。


「情報が遅い」


新之助は指を立てる。


「どこで何が売れているか、分かっていない」


商人は何も言わない。


「だから、余る。だから、値崩れする」


図星だった。


「……続けろ」


商人が言う。


新之助は頷いた。


「もう一つ」


「規模が小さい」


「は?」


「各々がバラバラに動いている」


静かに言う。


「だから、力が分散する」


空気が重くなる。


「……で?」


商人が腕を組む。


「どうする」


新之助は、はっきりと言った。


「まとめる」


沈黙。


「……まとめる?」


「そうだ」


一歩前に出る。


「農民も、商人も」


ざわめきが広がる。


「一つの組織にする」


「……できるわけねえ」


誰かが呟く。


だが、新之助は止まらない。


「役割を分ける」


指を折る。


「作る者」


「運ぶ者」


「売る者」


「そして——」


少し間を置く。


「管理する者」


静まり返る。


「情報を集め、判断する」


「どこに、何を、どれだけ出すか」


商人の目が、わずかに見開かれる。


「それを決める」


———


「……それは」


商人がゆっくり口を開く。


「お前がやるのか?」


新之助は首を振った。


「違う」


静かに言う。


「仕組みがやる」


沈黙。


「ルールを作る」


「それに従って動く」


「誰がやっても同じ結果になるように」


空気が変わる。


「……面白え」


商人が小さく笑った。


「だが、俺たちに何の得がある」


当然の疑問だ。


新之助は答える。


「儲かる」


一言だった。


「今よりも、確実に」


商人の目が細くなる。


「どうやって証明する」


新之助は言った。


「やってみればいい」


沈黙。


やがて——


「……いいだろう」


商人が頷いた。


「乗ってやる」


その瞬間、流れが決まった。


———


数日後。


町の一角に、人が集まっていた。


農民、商人、そして新之助。


「今日から始める」


新之助が言う。


「まずは情報を集める」


「何が売れているか」


「どれくらい売れているか」


紙に書き出す。


量、値段、場所。


すべてを記録する。


「次に、配分を決める」


「余る場所から、不足している場所へ」


「無駄をなくす」


人々が動き出す。


最初はぎこちない。


だが——


次第に、流れが整っていく。


「……売れ残りが減ってる」


誰かが呟く。


「値も安定してる」


ざわめきが広がる。


商人が、新之助を見る。


「……本当に変わりやがったな」


新之助は静かに頷く。


(まだだ)


これは、始まりにすぎない。


———


夕暮れ。


町を見下ろす場所で、新之助は一人立っていた。


(流れは作った)


だが——


(まだ弱い)


規模が足りない。


外に広げなければ、意味がない。


「……次は」


小さく呟く。


視線の先には、さらに大きな町がある。


「外に出る」


その一言で、方向が決まった。


市場を越え、より大きな世界へ。


——戦いは、次の段階へ進む。


――続く

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