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第1話 この村は破綻する

「……もう、食べるものがない」


子供の声だった。


腹を押さえながら、母親の袖を引く。


だが母親は、顔を伏せたまま動かない。


答えられないのだ。


——食べ物が、ないから。


坂井新之助は、その光景を見て、思考が止まった。


(……は?)


乾いた田。


ひび割れた土。


痩せ細った人々。


——飢餓。


その二文字が、現実として突き刺さる。


(日本で……?)


ありえない。


だが、目の前にある。


現実として。


「新之助! 立ってる場合じゃねえ!」


怒鳴り声が飛ぶ。


「年貢の取り立てだ! 役人が来るぞ!」


空気が凍る。


誰もが口を閉ざし、顔を強張らせる。


(年貢……?)


その言葉に、記憶がつながる。


ここは江戸時代。


そして、自分は——農民。


(……ふざけるな)


元の世界で、農林水産省にいた自分が。


なぜ、こんな場所で。


「来たぞ!」


土煙とともに、役人が現れる。


無機質な声が響いた。


「年貢を納めよ」


差し出された籠。


——ほとんど空だ。


「……足りぬな」


役人の目が細くなる。


「今年は不作で……どうか……」


男が頭を下げる。


その背中は、震えていた。


「関係ない」


冷たい一言。


「決まりは決まりだ」


役人が手を上げる。


「連れていけ」


空気が裂けた。


「待ってくれ! それだけは——!」


男が叫ぶ。


だが腕を掴まれ、引きずられる。


子供が泣き叫ぶ。


「父ちゃん!」


——その瞬間。


新之助の中で、何かが切れた。


「……待て」


気づけば、声が出ていた。


場が静まり返る。


全員の視線が集まる。


「誰だ」


役人が睨む。


新之助は、一歩前に出た。


心臓がうるさい。


だが、止まらない。


(分かってる)


このままじゃ——


「このままでは、この村は破綻する」


言い切った。


沈黙。


「……何を言っている」


新之助は続ける。


「今年は不作だ。ここで取り立てれば、来年はもっと取れない」


ざわめき。


「短期的には取れる。だが長期的には損だ」


役人の目が変わる。


「……貴様」


一歩、距離が詰まる。


「何様のつもりだ」


その瞬間——


頭の中に、数字が走る。


収量、人口、労働力。


そして未来。


(このままでは——)


「この村は、三年で潰れる」


断言した。


空気が凍る。


やがて——


役人が、わずかに笑った。


「……面白い」


その目が、試すように細くなる。


「ならば聞こう。どうする」


新之助は、息を吸う。


(やるしかない)


そして——


「収穫を増やす」


言い切った。


「方法がある」


一瞬の沈黙。


誰かが笑う。


だが、役人だけは笑っていない。


「……いいだろう」


やがて口を開く。


「やってみせろ」


その一言で、全てが決まった。


後には引けない。


だが——


新之助は確信していた。


(これは、再現できる)


現代で学んだことは、ここでも通用する。


ならば——


「やってやる」


その目に、迷いはなかった。


——江戸の片隅で、“政策”が動き出す。


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