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死神のおしごと~タナトスの場合~  作者: ミズアサギ
第1章 私のざまぁは気づかれない

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第2話

 

 何をすれば、ニコルを痛い目に遭わせることが出来るのだろう。

 そのことで頭がいっぱいのリディアは、いつの間にか自宅であるフォード伯爵家に辿り着いてしまっていた。


 リディアは両親に帰宅の挨拶をするために、エントランスからホールを抜ける。使用人や侍女とすれ違ったが、皆リディアとは目も合わさない。

 屋敷中に話が広まっているのだろう、あの頃からリディアをまともに扱ってくれる者などいない。リディアはため息を吐き、ラウンジへと向かった。どうやら両親以外に兄もいるらしい。三人の話し声が漏れ聞こえる。



「ただいま戻りました」


 リディアは少し開いていたドアから声を掛けた。母が会話を切り上げる。リディアは緊張しながら誰かの言葉を待つ。

 しかし、誰もリディアを見ようとしない。父は難しそうな表情を浮かべて目を閉じ、兄は両手で顔を覆ってしまう。リディアは礼をすると踵を返した。


 事業のための婚約とはいえ、三人はリディアの結婚を楽しみにしてくれていた。変わってしまった家族の態度にショックを受けたが、半年も続くと悲しみよりも虚無感の方が強くなる。リディアは自室へ向かった。



 自室には専属侍女のマリーがいた。マリーはドレスを数着丁寧に片付けている。

 マリーとは仲が良かった。が、最近のリディアはマリーにすら声を掛けていない。どうせ腫れ物に障るかのように扱われるから。

 リディアは一人で夜会用のドレスを脱ぎ、マリーが出していたドレスをひとつ選んだ。半年もあれば、一人でドレスを着られるようになるものだ。部屋には衣擦れの音だけが響いた。

 素早く着替えたリディアが姿見の前に立つと、マリーは無言でその姿見にレースを掛け部屋を出て行ってしまった。

 リディアは憮然として椅子に腰掛けた。


「婚約者に相手にされないと、こんなに酷い扱いを受けなきゃいけないの?」


「そうかもね」


 ふと溢したひとりごとに返事が返ってきたことに、リディアは飛び上がらんばかりに驚いた。

 振り返ると、公爵家で別れたはずのタナトスが立っていた。マリーと入れ違いで入って来たらしい。リディアは呼吸を整えた。


「あなた、うちの使用人だったの?」


 公爵家の使用人だと思っていたリディアは納得した。最近では使用人と顔を合わせることすら少ない。知らない使用人がいてもおかしくはない。

 リディアにタナトスを付けてくれたのは父だろうか、母だろうか。まだ自分は心配されているかもしれないと、リディアは嬉しくなった。


 リディアの問いかけには答えないでキョロキョロと部屋を見渡していたタナトスは、ドカッとリディアの向かい側の椅子に腰掛けた。


「……あなた、使用人としての礼儀から学ぶべきね」


「それより、何か仕返し思いついた?」


 リディアの嫌味を無視して、タナトスが尋ねた。リディアは返答に詰まる。何一つ良い案が浮かばないのだ。


「まだだけど……でも明日、月に一度のお茶会があるの。仲良しの令嬢だけが集まるお茶会。しばらく招待されていなかったけれど、きっと私なら入れてもらえるわ」


 仲の良い令嬢たちに現状を訴えてやる、と鼻息を荒くするリディアを見てタナトスが言った。


「上手くいきそうにないけどね。ついて行ってあげる。目立たないところにいるからさ」


「あなた、面白がっているだけなんでしょう?」


「一応仕事だから」


 皆に何から話せば良いかしら……リディアが考え込んでいるうちに、いつの間にかタナトスは姿を消していた。



 *



「皆さん、聞いて! 私よ、リディアよ!」


 翌日。マーシャル伯爵家の屋敷前には、門前で叫ぶリディアと少し離れた木の影に立つタナトスがいた。

 おかしい。

 屋敷に入っていく馬車は、どれも昔からお付き合いのある家門のものばかり。リディアが一人で立っていようものなら、皆馬車から降りて声を掛けるはずだ。それに、顔見知りの門番も馬車を迎える使用人たちも、リディアのことが見えないかのように徹底して無視し続ける。


「帰ろうよ、リディア。飽きた」


 馬車の列が全て屋敷に入り門が固く閉じられた頃、タナトスがリディアの側まで来た。


「ニコルの男爵家が手を回したのね。卑怯だわ。貴族令嬢としての矜持はないのかしら!」


「こんなところで叫んでいる貴族令嬢の矜持も、見ていて恥ずかしくって面白いよ」


 怒りで顔を赤くするリディアとは対照的に、タナトスは涼しい顔でリディアに帰宅を促した。


「何よ、私が恥ずかしい子みたいじゃない!」


「だからそう言ってるけど」


「か、帰るわよ! 作戦の練り直しよ!」



 *



 伯爵家突撃からしばらく経った。

 あれからのリディアは、思いつく限りの作戦を実行した。夜会では二人の前に立ちはだかり、招待客に不遇を訴え、時には二人の屋敷に直談判しに行った。タナトスは「仕事だから」と毎回それに付き合った。

 結果から言うと、リディアは誰にも相手にされなかった。さすがのリディアも心が折れ始める。



「そんなに私、悪いことしたのかしら? 心変わりされただけなのに」


 珍しく気弱なリディアに、タナトスは首を傾げた。


「本当に心当たりはないの? 何があったか覚えていないの?」


 リディアはキッとタナトスを睨む。


「まったくないわ! 急にニコルが現れて、あっと言う間にブラッドの隣を奪われたのよ」


 タナトスは何か考えていたが、急に立ち上がった。


「気分転換。散歩に行こう」


「とてもそんな気分に……」


「いいから行くよ」


 行くよ、嫌よ……

 腕を引っ張るタナトスに対し、机にしがみつき抵抗するリディアは激しくやり合う。少年とはいえタナトスの力が勝り、机の上のペンやら本やらを薙ぎ倒しながらリディアは引きずられて部屋を出た。




「タナトスとお散歩って。しかも、なんて良いお天気なの。それに、ブラッドとの思い出の公園だなんて……」


「元気だね。ずっと話してるよ。息継ぎいらないの?」


 文句を言いながらもしっかり歩くリディアの手首を、タナトスは噴水が見えるベンチの前で離した。リディアはハンカチすら敷かずに、ベンチに腰掛ける。タナトスも隣に座った。


「痛い。また手首に跡が。タナトスの記憶力は鳥と同じなの?……あっ、あれは!」


 文句を垂れていたリディアが、突然大きな声を出して前方を指差した。タナトスがその方向を見ると、仲睦まじく寄り添いながら噴水を見ているブラッドとニコルがいた。

 二人はこちらに背中を向けていたが、微笑み合う時には横顔が見えた。


「お似合い。仲良さそう」


 タナトスは思ったことを口にした。怒鳴られるかなと思ったが、意外なことにリディアは何も言わない。タナトスはリディアの顔をちらりと見た。リディアの顔には、怒りよりも困惑の表情が浮かんでいる。


「……ブラッドは、本当にニコルのことが好きなのかしら?」


 タナトスはもう一度ブラッドとニコルを観察してみた。が、リディアの言っている意味がピンとこない。


「いや、わからな……」


 タナトスが言い終わらないうちに、ブラッドが少し腰を屈めてニコルの額に唇を落とした。

 タナトスは横目でリディアを見る。リディアの顔はみるみる赤くなり、そしてスッと立ち上がった。タナトスは慌ててリディアを止めようとしたが遅かった。


 リディアがスカートのポケットから出した何かを、ニコルに向かって全力で投げつけた後だった。



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