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死神のしごと~タナトスの場合~  作者: ミズアサギ
第1章 私のざまぁは気づかれない

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1/6

第1話

毎日投稿します。15話完結予定。


*第1章3話までは、短編「私のざまぁは気づかれない」の修正版になります。

 

 まただ。

 今夜もブラッドは婚約者の私には声を掛けずに、ニコル・モーガン男爵令嬢をエスコートして夜会に参加する。


 リディア・フォード伯爵令嬢は今夜も壁の花となって、夜会会場である公爵家にいた。

  婚約者であるブラッド・コリガン伯爵令息とは、ともに十七になる。

 リディアの両親が事業拡大のために強く願った婚約であったが、リディアはブラッド自身をとても慕っていた。ブラッドは何度も好意を告げてくれた。本当は結婚までダメなんだよと言いつつ、ブラッドは会うたびにリディアの額に唇を落としてくれた。このまま幸せな結婚を迎えられる……

 半年前まで、リディアはそう信じて疑わなかった。



 雲行きが変わったのは、ブラッドからの連絡が突然途絶えてから。公の場にブラッドがニコルという男爵令嬢を連れて現れるようになった。その頃の記憶はほとんど無い。それほど、ブラッドの裏切りは衝撃的だった。


 癖ひとつないグリーンの髪を褒めてくれたブラッドは、今ではニコルのふわふわしたピンク髪を弄ぶ。

 今夜もホールの中央で堂々と踊る二人。ぼんやりと眺めることしかできないリディアの視界は、冷たい涙で滲んだ。

 周りの誰もリディアに触れない。婚約者に心変わりされた気の毒で間抜けな令嬢だと思われているのだろう。リディアは涙が零れないように、キッと前を睨んだ。



 いつもは泣きながら退散するのだが、今夜は違う。リディアは二人に一矢報いる覚悟でここに来た。

 そうしているうちにワルツの演奏は終わり、ニコルはブラッドから体を離した。ニコルは化粧室にでも行くのだろうか、一人でホールから出て行った。


  リディアはそっとニコルを追った。気づかれないように後をつけ、そしてリディアが待ち望んだ時が来た。化粧を直したニコルが、ホールに戻るために階段の踊り場に立ったのである。神が味方したのか、周りには人がいない。ニコルだけだ。公爵家なんて呼ばれる機会がなかった男爵令嬢のニコルは、うっかり人気のない化粧室に来てしまったのだろう。



 チャンスだ! 



 リディアはそっとニコルに近づいた。ニコルには気づく様子もない。

 人の婚約者を奪っておきながら、全く呑気なものだ……

 リディアは怒りでおかしくなってしまいそうだったが、なんとか耐えた。目の前にはニコルの背中。強く押してしまえばいい。ニコルさえ消えてしまえば、きっとブラッドは自分の元に戻ってくるはず。

 リディアにだって罪悪感はある。こんな状況に陥るまでは他人を恨むことはなかったし、ましてや危害を加えようなんて考えたことすらなかった。しかし、精神的に限界を迎えつつあるリディアは引くに引けない。

 リディアは意を決して、ニコルの背中へ手を伸ばした……



 手応えはなかった。その代わりに、リディアはものすごい力で手首を掴まれていた。


「っ!?」


 驚きと手首の痛さに声が出ない。手首を掴む手の先を見ようと顔を上げたリディアは、そのまま引き摺られて近くの部屋に押し込められた。


 薄暗い部屋でソファーに躓いたリディアは、そこで初めて恐怖を覚えた。

 公爵家の護衛にでも気づかれたか。あるいは、ニコルが一人になったこと自体が罠だったのか?

 そうであれば、もう八方塞がりだ。リディアの目からは、次々と冷たい涙が溢れた。


「あの人を消して、どうにかなるとでも思ったの?」


 閉められたドア付近から声が聞こえる。青年にしては高いような、でも声変わりはしているような不思議な声だ。リディアは涙もそのままに、声のする方に視線をやった。薄暗くても時間が経てば視界が開けてくる。


 声の主は、真っ黒なケープをフードごと被った人物だった。背の高さはリディアほどしかない。リディアより年下かもしれない。フードから見える金色のクルクルした癖毛は、その辺の貴族のものではなく位の高さを物語っている。リディアは息を呑んだ。


「もしかすると、王族かしら?」


 だったら何をしても手遅れ……そう考えたリディアの恐怖心は消えていく。開き直ったのだ。

 フードの少年は、ハーッとため息をついた。


「そんな訳ない。通りすがりの平民だよ」


 使用人か。リディアは全身から力が抜けて、ソファーの背もたれに体を預けた。少年はリディアに少し近づいた。


「で、あの人消したら何かが変わったの?」


 少年がもう一度問う。ニコルに怪我を負わせるにしろ命を奪うにしろ、今の状況は絶対に変わる。

 リディアは少年を睨みつけ、力強く頷いた。少年は呆れたように、しかし諭すように言った。


「人の心なんて簡単に変わるよ。男女なんて特に。今の状況を受け入れなくちゃ。悔しくたって自分も心を変えないと、いつまで経っても……」


「うるさい、うるさい、うるさい! あなたに何がわかるのよっ!」


 リディアは堰を切ったように、誰にも言えなかった半年間の出来事を泣きながらぶちまけた。

 あんなに想い合っていた婚約者の裏切り。何度も説明を求めたが無視されていること。誰一人としてリディアの味方になってくれないこと。婚約を大喜びしていた両親がまったく口をきいてくれなくなったこと……



 話し切ったリディアは、ふと冷静になる。なぜ平民の少年にこんな話をしているんだろう。その少年はというと、まったく興味なさそうに自分の爪を眺めている。リディアの話なんて受け流しているようだ。なんだか馬鹿馬鹿しくなり、リディアの肩から力が抜けた。


「大体ね。世の秩序を乱すのは、いつも男爵令嬢なのよ」


 リディアのとんでもない発言に、暇そうにしていた少年の目が見開いた。その瞳は、金色の髪からは想像もできないほどの漆黒。リディアは続けた。


「第二王子の婚約破棄も、あの侯爵家、子爵家の破談も……全部、男爵令嬢の仕業よ! しかも全員ピンク髪!」


「偏見が過ぎない?」


 少年は思わず吹き出した。笑った顔は幼い。リディアに見つめられていることに気づいたのか、少年はフードを深く被り直して言った。


「まあ、君がやりたいようにすればいいんじゃない? 気が済んだ時には、君の心も変わっているかもよ」


「私がブラッドを想う気持ちは変わらないけれど……」


 やりたいこと……リディアは考えた。やはりこのままでは悔しい。話してくれないのなら、せめてギャフンと言わせたい。


「やってみるわ。でもブラッドには嫌われたくない。だから、あの恥知らずのニコルを痛い目に合わせてやる!」


 声高に宣言したリディアは少年の方を向いた。


「あなた、名前は?」


「……タナトス」


「タナトス? 平民って不思議な名前をつけるのね。でも悪くないわ。あと、レディの手首を強く掴んじゃダメ。跡がついちゃったじゃない」


 手首をさすりながら文句を言うリディアを、タナトスはじっと見つめていた。





お読みいただきまして、ありがとうございます。

毎日1話、15話完結(予定)になります。

タナトスと共に幽冥の堺をお楽しみ下さい。


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