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とどのつまり、頭脳派公爵令息は最愛の為なら結局力(物理)で全てを吹き飛ばす所存です

作者: 桜田紗々子
掲載日:2026/03/05

ご覧頂きありがとうございます!


マクモロー侯爵家の長女シャルロット・マクモローは、今まで生きてきた中で1番驚いていた。

幼馴染でハインドマン公爵家の嫡男、サイラス・ハインドマンに求婚されたからだ。


「…結婚?どなたとどなたが?」

「もちろん君と僕が。学院を卒業してからね、出来れば婚約は今すぐしたいけれど」

「え?」

「うん?」

「え、ええ?」

「…そんな驚く程かい?入学前に婚約する者もいる」

「だって」

「ああ…君って本当、僕を結婚相手にどうかな?なんてちらとも思ったことないよね…。僕は今、口から飛び出そうとしている心臓を必死に抑えてるっていうのに」

「それは、だって」


口元に扇子を寄せ目を丸くしたシャルロットを、常より赤い顔をしたサイラスは、まるで不満そうな顔で見つめた。


今日は2人で放課後、王立庭園に今が見頃の薔薇を見に来ていた。

あの赤い薔薇は“騎士の誇り”という名前だねとか、“精霊のため息”の花弁は本当にまるで消えそうに繊細ねと感想を伝え合いながら歩いていたら、少しの沈黙の後サイラスが長い手足を七節虫のようにじたばたさせたかと思うと、しゃんと背筋を整え、シャルロットに向かって跪き、そして求婚した。


突然の求婚に立ち止まってしまったシャルロットを、まだ耳が赤いサイラスは薔薇に囲まれた近くの四阿にエスコートし、そっと長椅子に座らせた。

自身は隣に腰掛け、卓上の鈴を鳴らして庭園給仕を呼ぶ。


「2人分の紅茶を。すまないが、すぐ飲める程度の温度で頼む。」

「かしこまりました」


一礼し、準備の為去って行く給仕を見つめながら、シャルロットは申し訳なさそうに口を開いた。


「置いておけば、ぬるくなるからそれで良いのに」

「それだとシャルロットは直ぐに飲めないじゃないか。今日は少し歩いているし、水分をとったほうがいい」


なんとか顔色の落ち着いたサイラスは、そう言いながらシャルロットを見つめ、いつもの様に優しく目を細めた。

そんなサイラスを見つめながら、彼は一体どうしてしまったのかしらとシャルロットは思った。



王家に連なる由緒正しき名門ハインドマン公爵家の嫡男サイラス・ハインドマンは、乙女達どころか国中の人間の憧れの的で、学院の廊下を歩くだけでそこかしこから思慕や尊敬を込めたため息を贈られた。

みんなが皆んな、出来ればどうにかお近づきになれないか、何かとんでもない幸運が起きて、サイラスが自分に興味を持ってはくれないかとそわそわ様子を伺っていた。


それはサイラスにとって幼い頃からの日常だったけれど、楽しいものではないだろうとシャルロットは思う。

彼の一挙手一投足を、常に皆が見逃さんとしてくるのだから。


ただそれも致し方ない事ではある。

歴史に名を残す数々の賢者を輩出してきたハインドマン家の中でも歴代一なのではと囁かれる程の才気を持ち、17歳の今や学友である王太子はもちろん国王からも絶大な信頼を寄せられていて、しかもまだ学生の身であるにも関わらず国務大臣補佐官に最年少で大抜擢された脅威の奇才が、サイラス・ハインドマンその人なのだから。


サイラスに使われる身になった大人の役人達は彼が自分達より圧倒的に歳下である事を気にしない。

それどころか口々に彼を讃えた。サイラスは常人の3倍の速度で仕事をこなす。数歩先を見通した指示は的確で、皆の効率まで上がっていると。

莫大な知識と柔軟な発想力、そして決断力がそれを可能にしていた。


その上、何にも染まらない強い意志の象徴のような漆黒の髪に、見る者全てを魅了する藍色の瞳の、これまた端麗な容姿の持ち主でもある。


そしてここまでくればもちろん剣術も魔術の腕前も際立って優れており、魔力量は無尽蔵、騎士団からの懇願に近い誘いも絶えない。

つまり誰もが認める傑物を実体化させたのが、サイラス・ハインドマンという青年だった。


シャルロットは、こんなに完全無欠の稀代の超人が昔と変わらず、今もシャルロットの優しい幼馴染であり続けてくれる事に感謝している。


国中の誰よりも完璧な頭脳を持っているのに、シャルロットには難しくサイラスには欠伸が出る程簡単な数式も優しく分かりやすく教えてくれるし、学院生としての生活に加え国務大臣補佐官という激務の合間を縫ってこうしてお花見やお茶にも付き合ってくれるのだ。これを感謝せずにいられようか。

サイラスはそうやってずっと、小さな子供の頃からシャルロットに優しかった。


首元に飾り紐の付いた白のブラウスと紺色の半ズボンを履いて膝小僧を覗かせていた頃は、幼いながらも利発さを感じさせる瞳をキラキラさせてにこにこ微笑み、サイラスだけが使う愛称でシャルロットを呼んだ。


並んでいた身長に差をつけられ始めた頃か、いつからか彼は愛称呼びをやめて優しく穏やかに、シャルロット、と呼ぶようになった。

シャルロットは頑張り屋さんだね、でも無理はしないで、何かあれば僕を頼るんだよ、と同い年のシャルロットに言う。


だからシャルロットも、いつも皆に期待されて望まれるサイラスが少しでも一息つけるよう、幼い頃に2人で拾いシャルロットの家族に加わった猫のピッピロイが今日はどの部屋の壁紙で爪を研いだか教えたり、サイラスが人目を気にせず過ごせるよう、静かな森の湖へお互いの愛馬を走らせに行こうと誘った。

サイラスがいつも幸せであるように、シャルロットは願っている。



「自分で言うのも情けないが、僕は人気があるんだ」


優しくシャルロットを見つめていたかと思えば、そうそうと思い出したように、サイラスは珍しく少し大きな声で言った。


「適齢期の男子諸君の中で1番の有望株と言われているんだぞ。君だって初めて僕と会った時驚いた顔をしていたじゃないか、あれは格好良いなだとかなんとかそういうのじゃないのか」

「あら、ええそうね。あなたくらい美しい方を見た事がなかったもの。素敵だなぁと思ったわ」


サイラスはびしっと、石のように固まった。


サイラスとシャルロットが出会ったのはお互い5歳の時。

両親同士が親しく領地も近かったので、頻繁に会っては仲良く遊び、同じ学院に進学し、学び、成長してきた。

そんなお互い1番近くで過ごしてきたと言っていいシャルロットとサイラスだったが、シャルロットがサイラスの美醜について述べたのはこれが初めてだった。


しかも彼女は美しいと言った、サイラスを。素敵だなぁと。

誰もが褒めそやす自分の顔について、どうせシャルロットは目と鼻と口がついている程度にしか思っていないんだろうとサイラスは思っていた。

どれだけ有象無象に伊達だ美麗だと言われようと、シャルロットの好みでないのならなんと無価値な顔面かと嘆いていたサイラスにとって、それは稲妻を受けたかのような衝撃だった。

僕が美しい?彼女は僕を素敵だと思っている?

サイラスの心臓はまた口から飛び出そうと試み始めた。


「それにサイラスが皆から想いを寄せられているのも知ってるわ。あなた人によって態度を変えたりしないし、何より子供の頃から粛々と勉学も剣術も魔術も誠実に学び続けてるじゃない。領民の為に、国の為に、何が出来るのか自分の責任を子供の頃からいつも心に置いているのでしょう?そのあなたの姿勢が誰よりも格好良いもの。人気どころか建国以来の唯一無二なんじゃないかしら」

「僕は君のそういうところが本当に憎いよ」


公爵令息らしからぬ大音を立てて紅茶の横に突っ伏したサイラスは、続けて拳でゴンゴンと卓上を打ち付けた。


「僕をそんな、無駄に褒めるくせに!僕の事ちっとも意識もしないんだ。それに僕が人気なのは僕が王家に連なる血筋で、優良資源だらけの領地と莫大な資産を持つ公爵家の嫡男だからだよ。みんな僕の肩書きや持っているものが好きなんだ。僕自身じゃない」

「あら違うわ」


さっきから目を丸くしたり、彼はどうしたのかしらと心配げな表情を見せていたシャルロットだったが、サイラスのこの発言にはぴくりと反応し直ぐ様否定してみせた。


「あなたの大部分はあなたの努力が作り上げたのよ。あなた以上に自分にも周りにも誠実な人を私は知らないわ。わたし見てたもの」

「そういうところ!それなら何故僕に夢中にならないんだ!君が憎いよ」

「まぁ…」

「まぁてなんだい」


まんまる目で自分を見つめるシャルロットを見たサイラスは、瞼を閉じるとゆっくり大きく息を吐いた。

大きな声を出してすまない、とシャルロットに謝罪してから、サイラスは視線を足下に落とした。


「…どうせなら君が、努力が嫌いで楽な方に流される性分だったら良かったのに。もしそうだったら地位も資産もある僕に嬉々として擦り寄ってきてくれたかもしれない。

そうしたら、そのままさらって僕のシャルロットにしてしまえる」


そう言って、自分のよく磨かれた靴を見つめて動かなくなってしまったサイラスに、シャルロットはいよいよ困惑した。


だって。


「…あなたが、…婚約しないのも釣り書きを全て断っているのも…」

「そうだよ。君以外と一緒に生きたいなんて思った事もない。それにシャルロットだって全て断っていると聞いた」

「私は…王族仕えでも住み込みの家庭教師でも、仕事をしながら1人で生きていこうと思っていたの。私は、結婚に向いていないから」

「何故そんな」

「私には、魔力が無いんだもの」


ちゃんと口角を上げられているかしら、とシャルロットは思う。



魔力がない。

それはこの国の貴族にとって致命的だった。


有力な貴族であればあるほど魔力量が多く質も高い。

国防も産業も、要の部分は貴族だけが持つ魔力で担う。

それがこの国の常識で、結婚はより強い魔力を求めて戦略的に結ばれる事も高位貴族なら尚更多かった。

そんな中、侯爵という高位貴族家でありながら魔力を持たずシャルロットは生まれた。


魔力無しは何代かに1人、ぽつりとどこの一族にも現れる事がある。マクモロー侯爵家に150年ぶりに現れたそれがシャルロットだった。

家によっては辛い人生となる魔力無しもいるが、マクモロー家は父も母も兄も変わらずシャルロットを愛した。


学院では魔術の授業は座学のみを受け、皆が魔術実習の時間は空いている教授陣から様々な座学の個人授業を受ける事が出来た。

真面目なシャルロットはそのおかげもあり、筆記試験の総合成績は在学中常に2番を維持していたので、卒院後の就職のお誘いは多方面から届いた。


けれど、結婚となると話は別だった。


下位貴族や爵位を持たない有力商会から釣り書きが届く事はあるがそれも少なかった。今まで交流もなかった顔も知らない相手と、そうまでして結婚したいとシャルロットは思わない。


ただマクモロー侯爵家にとって益となるなら断る気はなかったけれど、父も母も兄もその必要はないと言ってくれたので有り難く1人で居続けた。


魔力が無い。

シャルロットは、これまでの人生でその事実を嫌というほど突きつけられてきた。

何故、どうして、と何度も思ったけれど、それでも受け入れるほかなかった。


サイラスが国務大臣補佐官として圧倒的手腕を奮い、国の大掛かりな構造改革に着手した結果、一般市民の住む地域にあったスラム街はなくなったけれど、まだ貧困に喘いでいる平民がいなくなった訳ではない。

それに比べて、自分は食べるものにも住む場所にも仕事にも困らない。充分恵まれているのだ、これ以上望んではいけない。


たとえ、愛する人に想いを伝える事はできなくても。



「魔力が無い事が、君を損なう事はないよシャルロット」


いつのまにか俯いていたらしいシャルロットは、サイラスの凛とした声にはっと顔をあげた。

サイラスが、まっすぐにシャルロットを見ていた。


「魂の底からそう思っている。だが、魔力が無いという事がこの国の貴族に生まれた者にとってどれだけ困難であるかは、息が苦しくなる位に理解出来ているつもりだ。だから僕は、」


まるで射抜くような強さで藍色がシャルロットを見つめた。


「この国を変えようと思うんだ」


シャルロットはひとつ、小さく息を飲んだ。


「僕が何人も揺るがす事の出来ない地位を求めて、建国以来初の学生身分での国務大臣補佐官になったのも、これから力を、権力と言っても良い、出来る限り最速で立場をより盤石なものにしようとしているのも全てその為だ。その努力を惜しむつもりはないよ」


シャルロットはどう返答するべきか分からず、サイラスを見つめ返した。



それはまだ2人の身長が同じだった頃、あの日。

高位貴族のパーティで、サイラスは同じ年頃の少年達と、シャルロットは少女達とお茶の時間を過ごしていた。

お茶といってもその実幼い頃から人脈を整えたり、将来に向けてマナーや社交術を学んでいく場ではあったが、見知った少女達とのお喋りは楽しいものだった。


「シャルロット様、それで、サイラス様は森で見つけた子猫をどうなさったの?」

「私にはとても弱っているように見えて死んでしまうのではないかと震えたの。でもサイラスが大丈夫だからって。きっとお腹が空いているだろうからまずは携帯食の肉の練り物をあげてみようって。ジャケットを脱いで子猫を包んだのよ」

「まあ!ジャケットを」

「私には無理だわぁ、侍女に何か布を貰うかも」

「サイラス様はお優しいのね」


少女達はいつもサイラスの話を聞きたがった。

けれどシャルロットは、サイラスが自分を話題にされる事が好きではない事を知っていたので、サイラスが話されても嫌じゃない事の中から出来る限り少しだけ伝えるようにしていた。


高位貴族といえどまだ幼い彼女達は好奇心に正直で、それでそれでと頬を赤くしながらいつまでも聞きたがった。

現在のシャルロットの話す事・話さない事の取捨選択が秀逸で滑らかな社交話術は、この頃の経験ですこぶる上達したと言える。


「はぁ…本当にサイラス様って素敵よねぇ、幼馴染のシャルロット様が羨ましいわ」

「でもシャルロット様、そんなに仲が宜しいのに、サイラス様と結婚出来ないなんてお辛くありませんの?」


シャルロットは最初何を言われたのか分からず、けれど心臓が痛い程打って崩れていく何かの音を聞いた。何か恐ろしいものに身体を潰されていくような心地がした。


「本当に。私だったら泣き暮らしてしまうかもしれないわ」

「あら、私だったらサイラス様と夫婦になるなんて出来が違いすぎて苦しいわぁ。幼馴染で親しく出来れば充分ね」


少女達、高位貴族令嬢達に悪気はなく、ただ真実としてシャルロットに問い掛けただけだった。

それがこの国にとって公然の事実であり、自分達にとってあまりにも当たり前の事だと隅々まで教育されている事の証でもあった。


「シャルロット様は魔力が無いですものね」


ただでさえ高魔力が望まれるのに、ましてや魔力の無い者は有力貴族との結婚は望めない。

それが建国以来の傑物、サイラス・ハインドマンであれば尚更。


シャルロットも頭の隅では分かっているつもりだった。

けれど家族に愛され、そしてシャルロットにいつも優しいサイラスと過ごす時間は何年経っても心地良く、重ねるにつれより深い絆をシャルロットは感じていた。


だから思ってしまったのだ。


このままずっと、サイラスと共に歩んでいけるのではないかと。


それが全くの幻想、愚かなシャルロットの妄想でしかなかった事を、この日幼いシャルロットは叩きつけられた。

苦しくて苦しくて、どうにかなってしまうと思った。


私はサイラスとは結婚できない、その門口に立つ事さえ許されない。


私には、魔力が無いのだから。



あの日の痛みを、昨日の事のように覚えている。

本当は今も痛み続けている。

許されるなら、言えるなら言ってしまいたかった。

どうか私を選んではもらえないかと縋りたかった。


けれどもし優しいサイラスに知られたら、驚き悩みそして困ってしまっても、幼馴染のシャルロットの願いを叶えようとするかもしれない。


それが、彼の望まない事であっても。


だから言えない、絶対に。

用心深く心の奥底に仕舞い込んで隠し通さなければ。

誰にも気付かれないようにしなければ。

そう決心してシャルロットは生きてきた。




「サイラス…あなたはハインドマン公爵家を継いで、そして繋いでいく人だわ」


どうか声が震えませんように。まだ涙がこぼれませんように。シャルロットは祈りながら真剣な眼差しのサイラスに伝える。


「貴方と結婚するのは、魔力の高い御令嬢だと皆が思っているわ。マリアベル様や、エルドライド様のような」


彼女達の聡明で美しい横顔を思うと胸がきりきりと痛む。

その隣で優しく微笑むサイラスを想像してしまう。


「公爵家の責任の重さは重々承知しているよ。周りの理解を得るのに時間がかかるなら、家督は弟達に譲る。既に公爵家の了承は得ているんだ」

「そんな!だめよ」


シャルロットは悲鳴のような声を上げた。


「あなたは建国以来の賢者様になる人よ。きっと多くの事を成し遂げる。皆がそう思ってる」

「シャルロット」

「あなたはこの国に、誰よりも必要な人よ。でも、でも私はそうじゃない」

「シャルロット、お願いだ。自分を傷つけようとしないで」


サイラスは優しく穏やかに、けれどシャルロットの言葉を止めた。


「この国に誰よりも僕が必要だと言うのなら、僕にとって誰よりも必要なのはシャルロットだよ。シャルロットだけが必要なんだ。シャルロットだけが欲しい」


シャルロットの胸に、いつも感じていた諦観とは違う、僅かな明かりのような物が灯る。いいえ、だめよ。


「僕はこの国を変える、僕の代で必ず変えてみせる。

魔力だけがこの国を守るわけじゃない。貴族達も本当は、魔力を過信してそれだけに依存していてはいつか国が衰退するのではと薄々気付いてきているはずだと僕は思っている。

少なくとも陛下と殿下、それから我が公爵家、家族もそう思っている。

魔力を持たない南の小国で、勢いを増しているラーダ国を知っているかい?」


「ラーダ国…ええと…面積も資源も少ない国で、案じた先々代の国王が国民の教育に力を入れた結果、研究職が国民性に合っている事が分かってそこに多く予算を付けた。その結果画期的な生活必需品や軍事品が次々開発されている国だわ。国民へ行った教育の徹底・底上げという投資が理想的な形で返ってきた好例で参考にすべき国ね。外交学と社会学で習ったわ」


心がきりきり痛んでいたのに、真面目なシャルロットはサイラスの問いかけに極めて真面目に答えてしまう。

その様子にサイラスは優しく目を細め、頷きながら先を続けた。


「彼らは魔力を持たないが、科学力で魔法に匹敵するような発明を次々生んでいるんだ。科学で作った物なら誰でも使える、輸出にも積極的で外貨獲得率が飛躍的に上がっている。

ラーダ国は小さな国だが、彼らの発明による軍事力と経済力・そして開発力は、今後どの国も無視出来なくなるだろう。もちろん我が国も」

「サイラス…あんなに忙しいのに小国の情勢までいつ確認しているの…。世界に目を向けて我が国のこれからの在り方を考えていたのね、すごいわ」


シャルロットの素直な賞賛に、サイラスは照れたように微笑んだ。


「ラーダ国を手本に、同じように国民全体の教育底上げ、自国産の開発品に着手する国が次々現れるだろうと思う。我が国も次の段階に移行する時がきているんだ、魔力に依存しないっていうね。国を作るのは魔力じゃない、人だって。

まぁ、本当の事を言えば、僕は我が国がどうなろうが心底どうっでもいいんだが」

「え?」


国務大臣補佐官らしからぬ科白が聞こえて、ぎょっとしたシャルロットは思わず聞き返した。


「ただ、シャルロットを傷付けるのが許せないだけ。

全く、本当に馬鹿げてる、魔力が何様だって言うんだ。本人の努力の積み重ねは無視で、生まれつきでしかない魔力量で何が決まるって?個人の魔力量に頼って国防や産業を維持して、その人の寿命がきたら?次代に魔力を持つ人間が現れなくなったら?僕の事を賢者だ建国以来の頭脳だと持ち上げるけど、もし僕が魔力無く生まれていたら見向きもされなかったろうね。

魔力魔力魔力、うわ言みたいに繰り返している間に世界に置いていかれれば良いんだ。いや、国力が落ちてシャルロットが不自由な思いをするのは絶対に容認出来ない。

貴族院のあいつら、あと1回でも魔力がーと言ってみろ。その魔力様で全て吹き飛ばしてやる。皮肉な事だが、僕の魔力量なら出来る気がする。確実に出来るだろうな、1回吹き飛ばしてみるか、多分とても爽快だと思う。だめだ、考え出すと腹立たしくて仕方がない、吹き飛ばしたい、許せない」


サイラスの眉間に、見た事のない数の皺が寄っている。


怒っている、サイラスが。


あの優しくて、小さな頃から周りの期待を一身に背負い、応え、いつも冷静なサイラスが怒っている。

一度も聞いたことのない乱暴な言葉で怒りを発露させている。

シャルロットのために。



これは



良いのだろうか。




「サイラス…」


その美しい瞳から藍色の焔が上がっているのではと思えるほど険しい顔をしていたサイラスだったが、シャルロットの小さな呼び声に当たり前のように気付き、どうした?と問い掛けるように優しく目を細めた。


「私、良いのかしら…」

「シャルロット?」


シャルロットはサイラスを見つめた。

サイラスもシャルロットを見つめている。


「サイラス」


シャルロットの瞳から、どうしても堪えきれなくなった涙が、ぽろりと一粒転がり落ちた。


「!、シャルロット!?」


シャルロットは今までサイラスに涙を見せた事は無かった。

真珠のような涙をぽろりぽろりとこぼすシャルロットを見て、衝撃の余り冷静さを忘れたサイラスは、あわあわと大型の蟹のような動きで慌てた。


「私、本当は、あなたの大切なたった1人になりたくて仕方がなかったって」


また一粒、転がり落ちる。


「思っても良いのかしら」


小さな頃から、いつだって優しい幼馴染。

好きにならずにいられる訳がない。

ずっとずっと愛していた。だから自分の想いよりも、どうか彼がいつも幸せであるようにと願い続けてきた。



彼はサイラス・ハインドマン

不可能を可能に変えうる才幹を持つ男。


彼が変えると言うのだ。

魔力が無くても良いと言うのだ。


ぽろり、ぽろりと、シャルロットは一粒ずつ涙をこぼした。


「シャルロット!」

「あなたの最愛に選ばれたらどんなに嬉しいだろうって、私ずっと思っていたの」


シャルロットの言葉に一瞬動きを止め、呆けたような顔をしたサイラスだったが、直ぐにシャルロットの前で跪き、そして言った。


「君にずっと選ばれたかったのは、僕の方だよ」


触れても良いかい?とサイラスが断るので、シャルロットがぽろりぽろりと溢れさせながら頷くとサイラスは立ち上がり、シャルロットは背中と正面に優しい熱を感じた。

サイラスがまるで宝物のようにシャルロットを抱きしめたから、シャルロットの涙は一層止まらない。


「どうかまた呼ばせて欲しい。ロロ、僕の最愛」


シャルロットはぴくりと肩を揺らしてからサイラスを見上げ、目を真丸にして、それから百合が咲くように、涙の真珠を落としながら微笑んだ。


「またロロと呼んでくれるのね」

「いつだって、ずっと呼びたかった…。ただ、この国を変えると自分に誓った日に、君が僕を愛してくれるようになるまでこの大事な愛称は取っておくと決めたんだ」


叶って良かった、本当に…。そう言いながらサイラスは一層強くシャルロットを抱きしめた。


「サイラス。サイラス、愛しているわ。ずっとずっと言いたかったの」

「…夢かも知れない、思い詰めすぎて。ロロの事が好き過ぎる余り都合のいい白昼夢を僕は」

「小さな頃からずっと愛しているわ」

「んぐぅ」


シャルロットの肩に顔を埋めるようにしながらサイラスは呻き声を漏らした。


「ずっと…僕の事なんて、割と仲良くしている人間位の感想しか持っていないんだと思っていた。つまりどうでも良い、昔馴染みでしかないと」

「まだ同じ身長だった頃から愛していたわ」

「うぐぅ!隠すのが上手過ぎる!あまりにも!」


シャルロットを抱きしめながらも器用に片手でバシンと顔面を覆ったサイラスは、彫刻のような顔を捏ねくりまわした。


「もうちょっと、少し位うっかりぽろっとこぼしてくれても良いだろう。せめて僕には」

「あなたにだけは、絶対気付かれてはいけないと思ったの。私の大切な、優しいサイラスを困らせたくなかった」

「ロロ…」


まだぽろぽろと涙をこぼしながら、それでも心から嬉しそうに幸せそうにシャルロットが微笑むと、サイラスはグッと喉を詰まらせて、それでもなんとか優しくいつもの様に目を細めた。


「ロロ、世界の何より君が大事だ、僕の最愛」

「サイラス、愛しているわ。何回だって言いたいわ、サイラスの事がずっと好きなの」

「僕も今までもこれからもロロを愛してる。ああでもダメだ、君の愛の言葉を聞くたびに動悸がおかしい、僕の心臓がもたない。いやもたせてみせる。ロロが僕を愛してくれるなんてこんな幸運を逃す事は出来ない。僕はいつだって君には敵わないんだ、でも僕の全てで君を守り、幸せにすると誓う。

ああ、だからどうか、お願いだ」


絞り出すような声で、サイラスはシャルロットに乞い願う。


「…どうか一生、僕以外にロロと呼ばせないで」






マクモロー侯爵家の長女シャルロット・マクモローは、今まで生きてきた中で1番驚いていた。

幼馴染でハインドマン公爵家の嫡男、サイラス・ハインドマンに求婚されたからだ。


この日は、2人にとってこれまでの人生で最良の日と言えた。

しかもとても素敵な事に、2人の最良はこれからもいくつも積み重ねられていく。

シャルロットを好き過ぎるサイラスが、時々力で全てを吹き飛ばしながら。






読んでくださって本当にどうもありがとうございました!

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ありがとうございます。

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