嫌われるようなこと
「私あなたのこと嫌い! 大っ嫌い! 」
突拍子もないことを。つい聞き返してしまう。
これはせめてもの抵抗。でもきっと変わらないんだろうな。
「嫌いって? 好きじゃないとか? 」
「はっきり言えば大っ嫌い! 」
はっきり言い過ぎだろう。本人目の前にして言うことか。
たとえそうでも笑顔を取り繕えっての。それでは笑えないし涙が溢れる。
実際は堪えてるけど苦しみはどれほどだろうか?
嫌いだと? 僕のどこが嫌いだと言うんだ? 答えて欲しい。答えろよ!
もちろん本人に直接言うのは違うと冷静な自分がいる。
これがいけないのかな? どうも現実感がない。
「そんな碓氷さん…… 僕はあなたに嫌われるようなことをしましたっけ? 」
後ろから密着は違う女子で…… いつもブツブツ言ってるのは聞こえるはずない。
ご飯食べる時に大口を開けて掻き込むのが生理的に嫌だとか?
口が臭いと? はげてる? 目つきがいやらしいとか?
いやそれは僕ではなくその辺で遭遇するサラリーマン風の親父だろう。
待てよ。それを持ち前の鈍感力で許容してたらどうなる?
そんな奴らよりも僕は嫌われていることにならないか?
「しました! 物凄い勢いでした! だから嫌い。大っ嫌い! 」
本気なのか? こんなに楽しい時間を過ごしてるのにそれをぶち壊す暴挙に出る。
いくらなんでも態度が悪い。まるで子供じゃないか。もう知らない……
しかし彼女への想いが消えることはない。逆に惹かれている自分がいる。
もう分かっているんだ。僕は特殊性癖の持ち主。マゾに違いない。
彼女にボロクソに言われてもぜんぜん堪えてない。逆に喜んでさえいる。
いや違う。我慢してるのだ。感情が爆発してしまわないように必死に抑えている。
もう告白の雰囲気じゃない。一体何が悪かったんだろう?
今日は結局ついてるのかついてないのか? それともまったく別の問題なのか?
「そんな…… 僕は君が…… 」
ダメだ。この状況で告白しても無意味。無風だ。無駄なことはしない。
嫌われてる状況では逆効果どころじゃない。
大嫌いな人間から告白を受けるのほど辛いものはない。充分に分かってるんだ。
「はいはい。あなたも私が嫌いなんでしょう? 分かってるんだから」
どう言う勘違いしたらそうなるんだよ? 僕が彼女を嫌うはずがないじゃないか。
第三の山田として接してきた。それが嫌なのは認識されないからだけ。
認識されずに辛いから大胆な行動に出ていた。後だってつけたさ。
それは悪いことかもしれないけど嫌われるようなことか?
彼女が僕を嫌ってるのがどうしても納得いかない。
それ以上に僕が彼女を嫌ってると思われてることが納得いかない。誤解だろう。
結局二人はすれ違うしかないのか? 関係修復はあり得ないのか?
完全認識されてから一日しか経ってないのにもう嫌われるなんてありかよ?
「ちょっと…… 」
無理矢理腕を引っ張る。だがそれでも彼女は頑なに姿勢を崩さない。
大体毎日のようにハイタッチしてるじゃないか? それもお預け?
もしそうなら僕はどうにかなりそうだ。すぐにでも理由が知りたい。
「放して! もうあなたなんか大っ嫌い! 」
おかしい。嫌われるようなことはしてない。それなのに嫌われた。
もしかして放課後に後をつけてるのがバレたか? そうだとしたら何も言えない。
「そんなこと言わないでくれよ。僕だって人間なんだ」
つい被害者ぶるがどう考えたって何かあったに違いない。
「ごめん。気が動転したんだよね碓氷さんは? 」
「はあ? 何を言ってるの? もういいでしょう? ついてこないで! 」
はっきりとした拒絶。完全拒絶されてはもうどうすることもできない。
おかしい。愛の裏返しとは到底思えない。どうしてしまったんだ?
今日はご機嫌がすこぶる悪いとか? もしかしてあの呼び方が気に入らないとか?
だったら先に行ってくれよ。
「待ってよ碓氷さん! 」
「もうついてこないで! 」
拒絶され絶望しかない。誤解であって欲しいと思うが彼女の目は本気だった。
楽しいはずの学園生活が暗転。もう夢も希望もない。ああこれからどうしよう。
大丈夫か。明日には忘れてるさ。だって彼女は忘れっぽいんだから。
「どうしたの元気? 」
家に帰ってもぼんやりしたまま。名前負けする落ち込みぶりは誰からも明らか。
「いや何でもないよ。それよりも父さんは? 」
「今日も遅い。どうやら家族で引っ越すことになるから覚悟してね」
父さんはビッグプロジェクトを外されて意気消沈していた。
最近は元気がなくて母さんとの関係も微妙。うるさくはないが雰囲気が悪い。
「考え過ぎじゃない? それに僕は一人で…… 」
「ダメよ。それは許しません! 」
まさか本気なのか? まだ正式発表じゃない。だが辞令が下れば直ちに。
できるなら後二年我慢してくれれば問題解決。しかしそれが難しいんだろうな。
僕にも母さんにもどうすることもできない。ただ待つしかない。
朗報と言うか辞令と言うか。このままだと通告になるのかな。
父さんの会社は都内にもう一社。北海道に一社と九州に二社。新しく沖縄にも。
そうすると僕がついて行く場合北海道か九州になる。あるいは沖縄に飛ばされる?
できるなら都内にあるもう一社なら問題ないはずだ。それが唯一の希望。
まあなるようにしかならない。
悪いことは重なるな。どうやら今日はついてないらしい。
とにかく来年のことは来年考えればいいさ。今の問題は彼女のこと。
嫌われた第三の山田問題。
それさえ解決すればすべてうまく。そんな気がする。
続く




