坂井さん
どう考えてもあり得ない。嘘に決まってる。
それなのにこいつらは見たと言う。
彼女が知らない男と楽しそうに手を繋いで肩を抱いてキスまでして。
想像しただけで怒りが込み上げて来る。
公衆の面前で何て恥ずかしい。待てよ…… こいつらただ覗いていただけでは?
モテないものだからその腹いせに覗いていた?
だとすると最低最悪なのはこいつらと言うことになる。
するとそんな奴らの話をまともに聞いてやる必要などどこにもない。
「落ち込むなって山田。女など星の数ほどいる。気にせず新たな恋に走ればいい」
クールに何を勝ち誇ったように。ふざけた連中だ。
自分が関係ないからそんなことが言ってられるんだ。
アドバイスも慰めもいらない。もう黙っていて欲しい。
しかしなぜこいつらは僕に優しくする?
確かにこの情報を仕入れたのは奴だがそこまで親しくもない。
僕は何と言っても第三の山田なのだから。
「分かったよ。それで二人は付き合ってる人はいるの? 」
両方とも目立たないので女性人気なさそう。山田軍団と言われても不思議はない。
「いや…… そんな奴いない。なあ? 」
「まだかな」
ダメだこいつら。てっきり彼女がいるとばかり。何の励みにもならない。
これなら自分にだってできる。まったく頼りにならないんだから。嫌になるぜ。
まだ光が言うなら納得もするがこいつらでは説得力がない。
「ありがとう二人とも」
「いいって。俺らはお前のことを心配して…… もう坂井のことは潔く諦めろ」
坂井? あれさっき碓氷って言ってたが。聞き違いか?
「坂井? 碓氷さんじゃないの? 」
「ああそうだった。ついお前が昨日から碓氷さんに絡んでたから間違えた。
碓氷じゃなくて坂井な」
苦笑いしながら訂正。今更そんなこと言われても困る。
どうやら昨日の恥ずかしい告白の件を聞かれていたか。
ハーレム好きの変態気象予報士。
それが頭に残っていて間違えた? それもあり得るか。
しかしよりにもよって碓氷さんに間違えなくてもさ。
「坂井? それで坂井さんがどうした? 」
坂井さんと言えば彼女のお友だちで僕も話をする間柄。
聞き上手でよく笑ってくれるので助かる。大体どうでもいい話をしている。
ただ坂井さんの本名さえロクに覚えてないからな。
クラスで自然と話すようになった女の子。
そう言う意味では大田原さんと同じようなもの。
喋り易さから言えば断然坂井さん。そう言えば大田原さん元気かな?
「坂井が…… お前が憧れの坂井さんが信じられないことに男と歩いていた」
修羅場を目撃したかのような重苦しい雰囲気。それを打ち消すには努力が必要。
その男は兄や親ではないらしい。確実に恋人だったと主張する。
でもそれが本当であろうと僕とどう関係してくるのだろう?
坂井さんが仮に誰と付き合っていようとどうでもいい。それは彼女の自由。
僕は坂井さんの彼氏でもなければ親兄弟でもない。
残念ながら友だちの一人でしかない。
「落ち込むなって山田。夢を砕いて悪いと思ってる。今度から気をつけるからさ」
励ましてくれるのは素直に嬉しいけど随分と勘違いしてるらしい。
どうやら人違いらしい。本当に迷惑。最初からおかしいなと思ったんだよ。
でもクラスメイトを悪く言えない。間違いは誰にだってある。
罵倒も悪口だって控えるべきだろう。
ただ今度から気をつけるとは? 第三の山田だからってふざけやがって。
「悪いけど坂井さんが誰と付き合おうと関係ない! 」
ついきっぱりと言ってしまう。これでは面白くないんだろうな。でも仕方ないさ。
「はあ強がりはよせよ! お前が坂井さんにご執心だって知ってるんだから! 」
彼らも意地があるので譲らない。どうすれば理解してくれるんだよ。
「坂井さんはよくお話しするお友だち。もちろん大切だし大好きなお友だちだ。
でも坂井さんは僕の好みじゃない! 」
ついはっきり言ってしまった。もし聞かれていたら悲しむかな。
僕にはやっぱり彼女しかいない。こいつらの目撃証言はただのミスリード。
あーあ残念だ。実に残念だよ。おっとこんな戯言に付き合っていられない。
急いで帰らないと。用事があるんだからさ。
ああ彼女への疑いが晴れて嬉しいような悲しいような。
何とも言えない気持ちになる。
彼女の好きな人は結局誰なのか。僕だといいけどそんなはずないよな。
認識されてからはなぜか避けられてる感じがする。
これはただの思い過ごしではない。悲しいが疑いようのない事実。
でもなぜ彼女はそんなことをすることになったのか。
僕が嫌いなら毎日のようにハイタッチはしないよな。
それでもする場合もあるか。それはそれ。繋がらない。どうして拒絶する?
うーん。あれここはどこだ?
ぼうっと彼女のことを考えてたせいで迷ってしまった。情けないがよくあること。
まさか高校生になってまで迷うことになるとは思わなかった。
自覚はあるがこれも仕方ない。どう仕方ないかと言うと……
「うん君は? 」
ついに彼女と奇跡の遭遇。こんな偶然本当にあるの?
笑顔が引きつった彼女を見ると悲しくなってくる。ああ辛いよ。
でも再び僕と言う存在を記憶に強く刻み込んだだろう。
それが嬉しくて堪らない。柄にもなく浮かれている。
続く




