触れてはいけない存在
無色個体に関する、暗黙の了解がある。
――近づきすぎるな。
物理的な距離の話ではない。
感情の距離のことだ。
観測はいい。
記録もいい。
ただし、そこまで。
それ以上踏み込んだ者は、
決まって“壊れる”。
「過去にも例はあります」
ルミナは、非公式の資料を読んでいた。
表には出ない、失敗例だけを集めたデータ。
無色個体と長時間接触した研究者。
過度な会話を試みた警備員。
名前を与えようとした技術者。
結末は、すべて同じだった。
――配置転換、記録抹消、失踪。
「……接触すると、何が起きるんですか?」
ルミナの問いに、
年配の研究員は肩をすくめた。
「説明が難しいんですよ」
「無色はね、感情を“映す”んです」
「映す……?」
「こちらの感情を、増幅して返してくる。
共感、罪悪感、保護欲……そういうものを」
それは、兵器よりも厄介だ。
意図せず、人を狂わせる。
「だから、触れてはいけない」
それが結論だった。
その日の巡回中、
カイルはまた白い部屋の前に立っていた。
――立ち止まるな。
わかっている。
それでも、足が動かない。
少女は、今日は床に座っていた。
壁にもたれ、膝を抱えている。
近づくな。
見るな。
「……警備員さん」
また、呼ばれた。
小さくて、頼りない声。
でも確かに、自分に向けられている。
「……なに?」
答えてしまった。
それだけで、
一線を越えた感覚があった。
「きょうは……ひと、すくない」
「そうかもな」
会話としては、意味がない。
内容も薄い。
それでも。
少女は、少しだけ安心したように息を吐いた。
「……ありがとう」
その一言で、
カイルの胸の奥に、鈍い痛みが走る。
礼を言われるようなことは、していない。
ただ、そこにいただけだ。
それなのに。
「……触れては、いけない」
自分に言い聞かせる。
少女は、しばらく黙っていたが、
ぽつりと呟いた。
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
「はなしかけると……こまる、って」
その言葉で、
カイルははっきりと理解する。
この少女は、
自分が“迷惑な存在”だと知っている。
知った上で、
それでも誰かを求めている。
――ああ。
これは、危険だ。
無色個体は、
武器でも、兵器でもない。
ただ、人の心を壊す。
だからこそ、
この世界は彼女を切り捨てた。
そして、
それでも近づいてしまう者を、
決して許さない。
カイルは、ゆっくりと背を向けた。
それでも、
背中に残る視線が、
離れなかった。




