カイルは知っていた
カイルは、感情を切り離すのが得意だった。
そうでなければ、この仕事は務まらない。
施設警備。
観測対象の管理。
逸脱行動があれば、即時対応。
それが彼の役割だ。
「無色個体、本日も安定」
モニターに表示された文字列を見て、
カイルは小さく息を吐いた。
――まだ、何も起きていない。
それは安心であり、同時に警告でもある。
この施設で“何も起きない”状態は、
いつも突然、終わる。
カイルは、過去を思い出さないようにしていた。
思い出せば、引き金が重くなる。
それでも。
通路を巡回中、
彼は白い部屋の前で足を止めてしまう。
無色個体。
扉越しに見る少女は、静かだった。
眠っているのか、それとも起きているのか、
判別がつかないほど、動かない。
「……」
カイルは視線を逸らす。
――見るな。
そう決めている。
対象を見るほど、判断が鈍る。
それを、彼は知っている。
過去に一度だけ、
“見てしまった”ことがある。
その時、彼は救おうとした。
結果は――失敗だった。
世界は、感情を持ち込む者を許さない。
それを、彼は骨身に染みて知っている。
「警備員さん」
微かな声が、聞こえた。
気のせいだ。
そう思った。
無色個体は、
呼びかける意味を持たない。
けれど。
「……あの」
もう一度、確かに聞こえた。
カイルは、ゆっくりと扉の方を見る。
少女が、こちらを見ている。
視線は定まらない。
それでも、必死に。
「……そこに、いる?」
その一言で、
カイルの中の何かが、音を立てて崩れた。
ああ、そうか。
この子は、
“誰かがいるか”を確認している。
存在を、確かめようとしている。
それは、名前を持たない存在が、
決してしてはいけない行為だった。
「……いる」
答えてしまった。
即答だった。
考えるより先に、声が出た。
少女の顔が、わずかに明るくなる。
「……よかった」
その表情を見た瞬間、
カイルは理解した。
――ああ、これはもう駄目だ。
自分は、また同じ過ちを繰り返す。
「聞こえなかったことにしろ」
自分に言い聞かせる。
「これは、仕事だ」
それでも、
少女の声が耳から離れない。
その日以降、
カイルは知ってしまった。
無色個体は、
世界を壊すほど、静かな願いを持っている。
そして――
それを知ってしまった者は、
もう元には戻れない。




