どんな贈り物よりも
レンブラントは騎士の誓いのように、アナベルの前で跪いた。
「僕はアナベル嬢を尊敬しています。僕を愛してくれなくてもいい。契約結婚でも構いません。一生をかけて、あなたに尽くさせてください」
「尽くす……?」
「どうか、僕と結婚してください」
聞き間違いかと思ったが、レンブラントの目は真剣そのものだ。
アナベルは迷った末、深く息を吐き出した。
「改めて言う必要もないと思いますが、わたくしは悪女です。どこから噓でどこまで本当かわからない悪評がまみれた女なのですよ」
「…………悪女、ですか」
「ええ。やられたらやり返しますし、黙って微笑むだけの令嬢をお探しなら、他を当たってくださいませ」
「…………」
「求婚のお言葉は嬉しかったですけれど、レンブラント様にはもっと可愛らしい方がふさわしいです。先ほどのお話は聞かなかったことにしますね」
くるりと背中を向けると、焦ったような声がかかった。
「お、お待ちください、アナベル嬢!」
「なんでしょう?」
「……僕は、……僕は……ッ! あなたが好きです。ずっと憧れていました。優雅で、堂々としていて、時に苛烈で。決して折れない強い瞳に惹かれました。……それに、本当の悪女は自分のことをそんな風に言いません。あなたは思いやりにあふれた、とても優しい女性です」
美辞麗句を並び立てただけの言葉とは違う。
ひとつひとつに心がこもっていた。彼は誠実な人だ。噂に振り回されず、自分で見たものを信じるタイプなのだろう。しかし。
「…………。レンブラント様。失礼ながら、それは幻想かと思います。わたくしは愛想よく振る舞うタイプではありませんもの。自分で言うのもなんですけれど、可愛さの欠片もございません。普通に微笑んだつもりでも、あくどい笑みと受け取られることが多いですし」
すでにアナベルは悪女のレッテルを貼られている。
先入観というものは厄介だ。一度固定されたイメージはそう簡単に覆せない。こちらが和やかに話しかけても、警戒した相手は悪女としてアナベルを見るのだから。
(悪女扱いされるようになってから、群がっていた取り巻きは蜘蛛の子を散らすようにいなくなったし。わたくしには、心からの友人と呼べる人はいないもの……)
わかりやすく説明したつもりなのに、レンブラントは不思議そうに瞬いた。
「ひとつ疑問なのですが、悪女はそんなにも悪いものでしょうか?」
「……え?」
「人を騙したり貢がせたり仲違いさせたり、そういう行いはよくないと思いますが、アナベル嬢は違うでしょう? 弱い者いじめもしませんし、誰彼構わず悪意をばらまいたりしませんし、僕が忌避する悪女のイメージと違いますから」
「で、ですが……。世間一般に、わたくしは悪女と呼ばれるのが当然でして……」
説明しながら胸がズキリと痛んだ。
けれども、レンブラントは静かに首を横に振った。
「僕はそう思いません。先ほどの断罪劇も圧巻でした。凜とした佇まいは痺れましたし、相手を完膚なきまでに叩きのめす姿は、その……とてもかっこよかったです。やはりあなたが好きだと改めて実感しました」
「そ、それは……どうも……?」
返すべき言葉がわからず、曖昧に答えることしかできない。
貶されてはいないようだが、これは褒め言葉と捉えていいのだろうか。素直に喜べないのはなぜだろう。複雑だ。
戸惑うアナベルにレンブラントは柔らかく微笑み、星屑がきらめく夜空を愛おしむように見つめた。
「……僕は天文学を学んでいる最中なのです。趣味は天体観測です」
「そ、そうですか」
とりあえず頷くと、決意を秘めた瞳と目が合う。
射抜かれたように視線がそらせない。
「いつか新しい星を見つけたときに、あなたの名前をつけてもいいでしょうか?」
「…………わたくしの名前を?」
「はい。いつもアナベル嬢はひときわ輝いています。そんなあなたの名前を後世にも残したい。僕自身に大した力はありませんが、あなたを想う気持ちだけは誰にも負けません。新しい星の名前をあなたに捧げます」
百本の薔薇でもなく、大粒の宝石でもなく、星の名前を捧げる。
これが彼なりの愛情表現なのだろう。お金では計れない、真心がこもった贈り物だと思う。
瑠璃色の瞳は天の川のようにきらめき、アナベルの姿だけを映し出す。
ひたむきに熱を帯びた視線が注がれる。目頭が熱くなった。
(……レンブラント様の想いに応えたい……。だって、彼ほど自分を愛してくれる人なんていない)
理屈ではなく、本能で悟った。自分を幸せにしてくれるのは彼だけだ、と。
「わたくし、これほど感動したのは初めてです。どんな贈り物よりも素敵です」
「……で、では……っ」
「あなたのもとに嫁ぎます。レンブラント様、末永くよろしくお願いいたしますわ」
「幸せにします! いえ、一緒に幸せな家庭を作っていきましょう」
◆◆◆
一年後、悪女アナベルの噂を口にするものは誰一人いなくなった。
大聖堂で結婚式を挙げる花嫁は、お祝いに駆けつけた友人や知人に囲まれる。花びらのシャワーを浴びながら、花婿と幸せそうに微笑み合って。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。これにて完結です。
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ただ今、「ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!」を連載中です。美麗な表紙イラストはページ下に掲載していますので、未読の方はぜひご覧ください。





