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浮気者の婚約者には報復を  作者: 仲室日月奈


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7/8

駆け引きや噓が苦手な彼

(……変わっていないところもあるのね。少し安心したわ。もともと他者に反発する性格ではないみたいだけど、びくびくした様子だったのは元婚約者の影響があったのかも。彼女、相当我が強かったようだし……)


 結婚して家を乗っ取ろうと企むような女だ。

 ヘンリエッテも相当ヤバい部類だが、レンブラントの元婚約者はそれ以上だった。偶然、化粧室でその計画を知ったときは心臓が飛び出るほど驚いた。そのときは顔は知らなかったが、レンブラントの名前だけは知っていた。よく兄の会話に出てきていたから。


 けれども、当時はお互い婚約者がいる身。


 二人で密談をしていることが世間に知られたら、批判がこちらに向く。

 アナベルは自分が見聞きしたことをメモした用紙を小さく折りたたみ、ハンカチを拾ってくれた彼の手にそれを滑り込ませた。本当は口で説明できればよかったのだが、お互い婚約者に勘づかれるわけにはいかない。


 だが苦肉の策は功を奏した。

 しばらくして、彼の婚約は破談になった。兄からその話を聞いたアナベルはほっと胸を撫で下ろした。

 威丈高な婚約者と話し合うのは容易ではない。当然、反対されただろう。弱腰で挑んで勝てる相手ではない。毅然とした態度を貫くために、かなりの勇気を振り絞ったはずだ。

 強気な相手に怯まず婚約破棄を勝ち取ったレンブラントは、勇気のある人だ。

 目の前にいる彼は、今にも泣き出しそうな顔をしているが。


「……格好がつかなくて申し訳ありません。でも本当なんです。信じてください」

「わ、わかりました。信じますから」


 アナベルが優しく微笑むと、レンブラントは一瞬呆けた顔をした後、頬を染めた。

 彼は恥ずかしそうに頭をかきながら、眉尻を下げた。


「あ、ありがとうございます。僕は駆け引きとか、そういうのが苦手でして。噓をついても顔に出ちゃいますし、貴族としては致命的な欠点が多く、友人に助けられてばかりなんです。情けないですよね、こんな男……」

「そんなことはありません。平気な顔で噓をつける方よりも、あなたのような素直な方のほうがわたくしは好きですよ。うわべだけでなく、本音で語り合えるということでしょう?」


 貴族としては致命的かもしれないが、彼とは肩の力を抜いて話せるということだ。言葉の裏を読まずに済む相手は貴重だ。

 短所であると同時に、長所でもある。

 そう励まそうとしただけなのに、レンブラントはぼんと湯気が出たように、首まで真っ赤になった。


「すっ……すすす、好き? ああああの、早まってはいけません。僕たちはまだそういう段階では」

「ええと。先ほどの『好き』は人間的に好ましい、という意味です」

「…………。な、なんだ。そうでしたか。すみません、うろたえてしまって」

「いいえ。どうぞお気になさらずに」

「僕はこういう性格ですから、押しが強い女性に言い負かされることが多くて。情けない話、流れに身を任せて生きてきました。そのほうが楽ですから。ですが、アナベル嬢と出会って僕の人生が変わったんです」


 訴えかける眼差しは切実だ。

 その気迫に呑まれ、自然とアナベルの背筋が伸びた。

 レンブラントは昔を懐かしむように、ぽつりぽつりと語り出した。


「初めて婚約者に意見しましたし、両親とも腹を割って話しました。もっと早くに話し合いをすべきでした。あのままでは、僕はずっと両親に誤解されていたままだったでしょう」

「……誤解、というのは?」

「我が家の家督についてです。僕は研究に夢中になると、他のことは疎かにしがちです。だから従兄弟に家督は譲り、独身を貫くつもりでした。そうとは知らない両親は、結婚適齢期を過ぎても研究室で寝起きする僕に焦り、結婚相手を見繕ってきました。結婚後も研究に専念できるよう、領地経営を妻に任せられるような商家のお嬢さんを探してきて」


 その判断が、息子の命を脅かし、家の乗っ取りを招いた。

 子どもを心配する親心は理解できるが、今回の出来事は不運としか言いようがない。


「お相手の顔を潰すわけにもいかず、顔合わせは無難に済ませました」

「なるほど。では、婚約者としてずっと関係を?」

「…………あの頃は論文の締切が迫っていて、研究室に入り浸っていました。お恥ずかしい話ですが、あまり交流らしい交流はした記憶がありません。それもよくなかったのでしょうね……。婚約者を放置するような男は捨てられて当然ですから。あなたから彼女の計画を知らされるまで、僕は婚約者の異変にも気づかず、のうのうと研究に明け暮れていました」


 締切が迫っているときの心境はアナベルにも理解できる。

 余裕がなくなるにつれて判断能力が低下し、寝食を削る勢いで作業に没頭してしまう。人間らしい最低限の生活を送るには、周囲のサポートが不可欠だ。強制的に作業を中断させ、片手でつまめる食事を用意しなければ、食事すら平気で抜いてしまう。

 恋人への連絡や睡眠など二の次である。よくある話だ。


(研究室に寝泊まりしていたのなら、レンブラント様の脳内は研究で埋め尽くされていたのでしょう。本音を言えば、その研究について詳しく聞いてみたいところだけど。今はひとまず置いておくしかないわね)


 アナベルは長いプラチナブロンドの髪を耳にかけ直す。


「……ともあれ、レンブラント様は元婚約者とも縁が切れ、お家の乗っ取りも未然に防げました。快挙ではありませんか。あなたのような優秀な人が、変な女に引っかからなくて本当に安堵いたしました」

「い、いえ。アナベル嬢のお導きがあってこそです。本当にありがとうございます。実は今日、妹の婚約が解消されるかもしれないと友人から聞いて、急いで駆けつけました」

「……まあ。そうだったのですね。直接お礼を言うために、でしょうか?」


 義理堅いのだなと感心していると、レンブラントは頭を振った。

 まるでアナベルの心を見透かすように。

 彼は視線を逸らさず、迷いのない声で言い切った。


「それもありますが、一番の目的はあなたに求婚をすることです」

「……? ちょっと待ってください。……求婚、ですって……?」

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「ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!」


(イラスト:雨月ユキ様)
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