悪役令嬢の本領発揮
報復はこれからが本番だ。
今まで散々好き放題されたのだ。相応の報いは受けてもらう。
「そのお言葉を聞けて安心いたしました。……ああ、そうそう。エフモント様、わたくしからも大事なお話があったのです。聞いてくださいますか?」
「なんだ」
「先日、あなたの弟君とお話しする機会がございまして。帳簿と実際のお金の動きに不可解な点があると相談を受け、一緒に謎解きをしたところ──」
「あ、アナベル……ッ!」
きつい口調で制止されたアナベルは、片手を頬に当てた。
悪いことなど何もしていないとばかりに。
「なんでございましょう?」
エフモントは周囲の目を気にしつつ、口元にぎこちない笑みを浮かべた。ただ、それでも憤りが収まらないのか、拳は強く握られたままだ。
「君は無知だから仕方ないが、本来、会計記録は領地経営に関わる重要な書類だ。このような公の場でする話ではない」
「まあ、うふふ。ご冗談はおよしになって?」
「……なに……?」
「公衆の面前で婚約破棄しておきながら、自分に都合が悪いときだけ人目を避ける。女の評判はいくらでも落としてもいいけれど、自分の面子は守りたい。なんて浅ましい考えなのでしょう。皆様もそうお考えになりませんこと?」
アナベルは上品に笑い、エフモントの証人たちを見渡す。
目が合った若者は気まずそうに視線を逸らした。だが年長者は楽しげに瞳を細め、話の行方を静かに見守っている。
「わたくしは相談に乗っただけです。後ろ暗いことがないならば、別に問題はございませんでしょう? 計算ミスという可能性もありますし。それとも皆様には聞かれたくないお話でしたか? このまま逃げるように場所を移せば、認めたも同然ですわよ」
「だっ、黙れ! 婚約を解消した以上、もはやアナベルは赤の他人。帳簿の件は君にはまったく関係のない話だ。部外者は黙ってもらおう」
エフモントは有無を言わさぬ態度で、両腕を組む。その鋭い眼光はギラギラとしており、か弱い小動物ならばすぐさま森へ引き返すだろう。
けれども、王族との私的なお茶会に頻繁に招かれているアナベルにとっては、ただのそよ風に等しい。同年代の視線ごときで屈服させられると思ったら大間違いだ。
「……エフモント様。大変申し上げにくいのですけれど、それは承れません」
「なんだと?」
「すでに内密に処理できる段階ではないからです。この件につきまして、弟君とわたくしの連名ですでに書状を認め、宰相閣下へ報告しております。国からの補助金に手をつけ、伯爵家嫡男が着服したなど、わたくしたちだけの胸に秘めるには大きすぎますので。……国を揺るがす不祥事ですもの。近日中に取り調べが始まるでしょう」
実の弟が署名している以上、これは内部告発だ。
身内の名前だけでは握りつぶされる可能性があったため、公爵令嬢であり嫡男の婚約者でもあったアナベルもサインした。
(ただの公爵令嬢と侮るのは自由だけど、わたくしには前世の知識がある)
温室育ちの貴族令嬢と一緒にしてもらっては困る。
前世では商業高校に通っていた。簿記の資格も取得している。経理の実務経験はなくとも、最低限の知識はあるし、帳簿の見方ならばわかる。
元プログラマーの意地をかけ、気になる箇所をピックアップし、徹底的に調べ上げた。社畜時代に比べたら、この程度の仕事量、朝飯前である。
「伯爵家の嫡男ともあろう方が横領を繰り返していたなんて、あなたのお父様が知れば、どうなることか。汚名返上の機会が得られればよいですわね」
どんな言い訳をしても無駄だ。証拠はすでに国の中枢に送りつけている。
よほど息子に甘い愚鈍な貴族でなければ、勘当は避けられまい。貴族名鑑から除籍され、平民落ちはほぼ確定だ。
幸いなことに、エフモントには優秀な弟がいる。跡継ぎの心配はいらない。
(さて、そろそろ第二段階と参りましょうか)
エフモントたちは夜会でアナベルの断罪をするつもりだったのだろうが、そうはいかない。今夜、断罪されるべきは彼らなのだから。
「意気消沈のところ申し訳ないのですけど……。エフモント様、夜遊びはほどほどになさったほうがよいと思いますわ」
「……な、何のことだ」
あからさまに視線を泳がせる姿は、なんと滑稽だろう。
「なんでも、下町で親切な方々とお友達になったとか。それ自体は罪ではありませんが、賭け事に没頭すれば、身の破滅に繫がりかねません」
「う、うるさい。オレは負けなしだ。君に心配されるようなヘマはしていない」
「そうでしょうね。だって、エフモント様は生粋の貴族ですもの」
「…………何が言いたい?」
執事に命じた調査対象はヘンリエッテだけではない。エフモントについても入念に調べさせた。
ゲームでは語られなかったが、彼には悪い遊び仲間がいる。
お忍びで下町に出かけた際、スリに遭ったところを偶然その場に居合わせた青年に助けられた。お礼に食事を奢り、仲を深めた。
(……よくある手口だけど。この反応、自分がカモにされているとは気づいていないのでしょうね。きっと今も友人だと信じているはず。スリの犯人が仲間だと思いもせずに)
知らないほうが幸せだっただろう。
だが、彼はヘンリエッテに唆されてアナベルの悪評を広げた。同情の余地はまったくない。最初は罪悪感があったとしても、家のお金に手をつけるばかりか、帳簿を改竄するのは立派な犯罪だ。
歯止めが利かなくなった彼を、誰かが止めなければならない。
「今まで負けなし? それは当然でしょう。あなたが友人と思っていた方にとっては、お金を落としてくれる上客に過ぎなかったのですから。育ちのよい貴族が気持ちよく賭け事をしてくれるように、手心を加えられていたのですよ」
「手心だと?」
「そうですね。わかりやすく言い換えましょうか。要するに、あなたが勝つようにイカサマをしていたのです。楽しく賭け事ができたのは、それが接待だったから。今までの勝敗はすべて偽物の勝利です。平民の手のひらで転がされていた……なんて無様なのでしょう」
明確な侮蔑を受け、エフモントの頬がかっと紅潮する。だがその反応すら楽しむかのように、周囲から嘲笑のさざ波が押し寄せた。
他人の不幸は蜜の味。くすくすと笑う声が重なり合い、ホールの中心にいたエフモントたちを値踏みする視線が行き交う。誰もフォローに入る様子はない。
なぜなら、彼らはアナベルを断罪する側から、断罪される側へあっけなく転落したのだから。
(これでエフモントに味方にする者はいなくなった。次でチェックメイト、ですわね)
アナベルは扇をパシンと閉じ、とびきり美しい笑みを浮かべた。
「元婚約者として最後の忠告をいたしましょう。──その女、多額の借金がございますよ」





