わたくしに異議はございません
蝶ネクタイを着けたエフモントが女性を伴い、大ホールに姿を現した。
当然ながら、その腕に手を絡めているのは婚約者のアナベルではない。ヘンリエッテはふわふわの亜麻色の髪をなびかせ、ぱっちりした水色の瞳で会場を眺めていく。
彼女に微笑まれた男性陣の一部が色めき立ち、女性陣は冷たい視線を向けた。
「……へえ。美人かつ高貴で優美な婚約者がいながら、別の女性をエスコートして登場とはね。爵位もない伯爵令息がずいぶんと偉くなったものだ。あの脳みそはすっからかんなのかな。貴族の義務を放棄し、己の欲求のみを満たそうとしているようにしか見えないねえ」
「お兄様。後半は全面的に同意いたしますが、公の場です。本心はもう少し包んでくださいませ。お兄様の評判に関わります」
壁際でアナベルと談笑していた兄は、妹に窘められ、肩をすくませた。
「これは失礼。愛しの妹への礼儀がなっていない男を目にすると、どうも口が悪くなってしまうらしい。だが、不愉快な思いはこれで最後。妹が覚悟を決めたんだ。兄として最後まで耐えてみせるよ」
「お兄様ならきっとできますわ。このアナベルが保証いたします」
「ふっ、そうか。妹がそこまで断言してくれなら心強い。……そうだ、今夜はアナベルに会わせたい人がいるんだ。あとで時間を取ってもらえるかな?」
兄から紹介されるなんて珍しい。
わざわざこの夜会で場を設けるということは、それなりの人物なのだろう。
兄の面子を潰すわけにはいかない。アナベルはすぐさま承諾した。
「ええ、もちろん。構いませんよ」
「ありがとう。じゃあ、いっておいで」
優しく送り出され、アナベルは優雅に一歩を踏み出す。
大理石の床がカツン、カツンと高い音を奏でる。深紅のドレスの裾をさばくと、周囲の視線が集まり、人波が左右に割れた。
婚約者のもとまで一直線に進むと、エフモントが爽やかな笑みで出迎えた。
「ああ、アナベル。今夜は君に大事な話があるんだ」
「ごきげんよう、エフモント様。お話でしたら別室で伺いましょう」
「いや、ここでいい。皆には証人になってもらいたいからな」
エフモントの腕にひっついているヘンリエッテが勝ち誇ったように笑った。
(あらあら、品の悪い。本心が透けて見えましてよ?)
純粋な恋に一喜一憂するヒロインは、悪どい笑みなど浮かべない。目の前の女はヒロインに成り代わった、ずる賢いだけの小娘だと再認識する。
アナベルは広げた扇で口元を隠した。
「エフモント様。……証人、というのは?」
可愛らしく小首を傾げてみせれば、鼻で笑われた。
人を小馬鹿にした態度はエフモントの標準装備だ。ちっぽけなプライドを保つための自衛手段なのだろうが、制作陣はなぜこれを攻略対象にしたのか甚だ謎だ。
好感度が高くなれば甘い言葉も囁くが、穏やかな好青年フィルターは恋人専用だ。その他女性に対する態度は正直、目に余る。
(性格に難ありのイケメン、ねえ……。このゲームにハーレムエンドはない。専用ルートはフラグを満たしたキャラから選べる仕様だった。つまり、今夜のエスコート相手でルートが確定する。ハーレム状態から彼を選んだということは、こういう顔が好みなのかしら。生涯を共にするパートナーを顔だけで選ぶとか、どうなの? 頭がお花畑なの?)
心の中で、アナベルはつい毒づいてしまう。
だが、案外お似合いの二人かもしれない。似た者同士、さぞ馬が合うのだろう。
「君も薄々気づいていたはずだ、アナベル」
「何のお話でしょう?」
「今この場で、婚約していた二年間に終止符を打とう。男を立てることを知らないうえ、知ったかぶりの知識をひけらかし、オレに恥をかかせた。極めつきにはヘンリエッテに対し、悪意に満ちた嫌がらせを繰り返す始末! 君ほど悪女という言葉が似合う女はいない!」
到着したばかりでお酒はまだ飲んでいないだろうに、自分に酔ったような言動だ。
けれども、ここで口を挟むのは得策ではない。
アナベルは静かに目で続きを促した。
「清らかな心を持つヘンリエッテへの横柄な振る舞い、権力を笠に着た言動、もう我慢ならない。君には人の心がない。到底わかり合えるわけがない。……残念だがアナベル、君はオレの妻には不適格だ」
「……なるほど。それで、終止符、でございますか」
「そうだ。婚約は白紙に戻す。オレにはヘンリエッテがいる。オレたちは真実の愛を育んだ。父も納得してくれるはずだ」
このシナリオもヘンリエッテが描いたものだろうか。
だが、こちらとしても都合がいい。
「わかりました。わたくしに異議はございません。婚約は解消いたしましょう」
「……えっ」
「は?」
エフモントは情けない声を出し、ヘンリエッテは瞳を丸くしている。
(あらあら。わたくしが婚約破棄を受け入れるのが、よっぽど意外だったのかしら。あいにく伯爵夫人の座に興味なんてないのよ。エフモントの家は見栄を張っているだけで、それほどお金に余裕はないもの。うちの資金援助がなくなればどうなるか。……まあ、ヘンリエッテが贅沢な生活を夢見るのは自由だけど)
記憶を取り戻す前なら、動揺していたかもしれない。
けれども、同じ転生者であり、悪意をぶつけてきた相手に容赦する道理などない。
元婚約者とともに徹底的に潰す。今ここで。
「わたくしの結婚が前提だった融資のお話は取り消しになりますが、構いませんよね?」
「……あ、ああ」
「損害分はしっかり補塡していただきますよ」
「覚悟はしている」
賠償金の請求を突っぱねるようなら考えがあったが、どうやら不要の心配だったらしい。
(言質は取ったわ。……とりあえず、第一段階はクリアね)
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