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第4話~何人目で

 火は消えた。

 だが、画面の中では、まだ燃えていた。

〈一人だけ?〉

〈ヒーローって何〉

〈選んでるよね〜何様なん〉

 スクロールするたびに、言葉が増える。

 指を止めても、残る。

 平蜘蛛一縷は、スマートフォンを伏せた。

 見なければ、消えるわけじゃない。

 だが、見ても何かが変わるわけでもない。

 目を閉じる。

 ――ドン。

 あの音が、すぐに戻ってくる。

 止まるはずだった。

 止められると思った。

 それでも、落ちた。

 腕には、まだ別の体温が残っている。

 一人。

 それ以上は、持てなかった。

 息を吐く。

 吐ききれない何かが、胸に残る。

 外に出たのは、逃げるためだった。

 夜。

 人通りはまばらで、

 昼間のざわめきが嘘みたいに静かだ。

 コンビニの明かりだけが、妙に白い。

 自動ドアが開く。

 冷たい空気。

「いらっしゃいませー」

 どこにでもある声。

 どこにでもある場所。

 それが、少しだけ楽だった。

 飲み物の棚の前で、手が止まる。

 何を飲みたかったのか、忘れる。

「迷ってる?」

 横から、声。

 軽い。

 距離が近い。

 振り向くと、

 知らない女が、同じ棚を覗き込んでいた。

 年齢は、よくわからない。

 ラフな服装。

 視線だけが、妙に合う。

「……いえ」

「顔、出てるよ」

「……」

「“最近よく見る顔”ってやつ」

 平蜘蛛は、少しだけ息を止めた。

 女は、気にした様子もなくペットボトルを手に取る。

「大変だね、ヒーロー」

 あっさり言った。

 声に、重さがない。

「……違います」

「違わないでしょ」

 笑う。

 軽い。

 だが、外していない。

「ニュースも見たし、動画も回ってきたし」

 キャップをひねる音。

「一人だけ、助けた人」

 平蜘蛛は、何も言わなかった。

 言えなかった。

「ねぇ」

 女は、少しだけ顔を寄せる。

「どっちが重かった?」

「……え?」

「助けた一人と、助けなかった複数」

 問いは軽いのに、

 中身だけが鋭い。

 平蜘蛛は、視線を落とした。

「……わかりません」

「嘘」

 即答。

「わかってる顔してる」

 間が空く。

 冷蔵庫のモーター音だけが鳴る。

 「報われないよねえ」

 平蜘蛛の指が、わずかに動く。

「人助けしたのにさ」

「……」

「まるで人殺しみたいな扱い」

 平蜘蛛は、初めて女をちゃんと見た。

「……なんで」

「あ、私は思ってないよ?」

 肩をすくめる。

「そう思ってる人、いるよねって話」

 軽い。

「ねぇさ」

 女は、棚に背を預けた。

「“一人でも多く助けたい”って思ってるでしょ」

 平蜘蛛は、黙る。

「でもさ」

 少しだけ、声の温度が下がる。

「実際は“一人しか”だったらさ」

「……」

「それって、きついよね」

 肯定でも、否定でもない。

「……それでも」

 平蜘蛛は、言った。

 小さく。

 だが、止まらずに。

「それでも、助けたいです」

 女は、少しだけ目を細めた。

「いいね」

 即答だった。

「そのままでいて」

「……え?」

「変に正しくならないで」

 意味が、すぐにはわからない。

「みんな、正しさで叩いてくるからさ。

 そこで正しくなろうとすると、壊れるよ」

 キャップを閉める。

「ズレたままでいい」

「……ズレてる、ですか」

「うん」

 笑う。

「“一人しか救えないのに、全員救いたいと思ってる人”って、

 だいぶズレてる」

 レジに向かう。

 ピッ、という音。

 会計を済ませて、袋ももらわずに戻ってくる。

「これ、あげる」

 スポーツドリンクを差し出す。

「……え?」

「脱水っぽい顔してるし」

「いえ、いいです」

「いいから」

 半ば強引に押しつける。

 平蜘蛛は、受け取った。

 冷たい。

「またどっかで会うよ」

 女は、そう言って背を向けた。

「……名前」

 思わず、呼び止める。

 女は振り返らないまま、手だけ振った。

「あぶくちゃん、でいいよ」

 軽い声。

「すぐ消えるから」

 そのまま、店を出ていく。

 自動ドアが閉まる。

 静寂が戻る。

 平蜘蛛は、手の中のボトルを見た。

 冷たさが、少しだけ現実を引き戻す。

 スマートフォンを取り出す。

 画面は、まだ燃えている。

 だが――

 さっきまでとは、少しだけ違って見えた。

 店の外。

 少し離れた場所で、泡は立ち止まる。

 スマートフォンを取り出し、短く打ち込む。

「接触完了。対象、認識良好。

 自己矛盾を自覚済み~。引き続き経過観察しまーす」

 送信。

 既読は、すぐについた。

 返信は、来ない。

 それでいい。

 泡は、画面を閉じた。

 自分の指の甲をカリッと噛む。

「何人“目”で『自分』を選ぶのかなあ?」

 小さく笑う。

 その声は、

 誰にも届かない。

 夜の中に、溶けた。

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