愛の女神の憂鬱
※※※で視点が変わります。
わたくしは愛の女神、ラナテアと申します。
世界中に愛の祝福を届けるのがわたくしの役目。
人々は祝福をもらう為に祈り、そして受けた祝福に感謝を捧げる為にまた祈る。
そうして愛が世界を循環していくのです。
本日は毎日心地良い愛の祈りを送ってくださる少女を見守りにいきましょう。
彼女はわたくしが祝福を与えた小国の侯爵令嬢です。
とても信心深く、毎日朝と晩に祈りを捧げてくれておりますの。
幼い頃から毎日欠かさず送ってくれるその祈りは、とても小さいですが擽ったくてとても可愛くてわたくしの力を満たしてくれる程心地よいものなのです。
そんな少女に惜しみなく愛の祝福を振りかけてあげるのがわたくしの楽しみですのよ。
周りの大人を真似ていた愛らしい頃から幾ばくか時が過ぎ、美しい少女へと成長した今。
彼女は何か悩みを抱えているようで、祈りの前にため息を溢すようになったのです。
彼女の婚約者はこの王国の王太子。
身分と歳の近い令嬢の中から選ばれたそうですが、少女はなんだか憂鬱そう。
わたくしの祝福を一身に受けた少女の憂いの原因を知りたくて千年振りに人の国へ降り立つことにいたしますわ。
「殿下。みだりに女性に触れることはおやめくださいと何度申し上げれば理解してくださるのですか!」
「ええい、うるさいうるさい!私に指図をするな!」
少女の背後に降り立ったわたくしはその現場を目撃してしまいましたの。
少女の前にいる二人の男女。一人はこの国の王太子であり少女の婚約者。目を吊り上げながら少女に聞くに耐えない暴言を吐いています。
その王太子に腰を抱かれピッタリとくっついているのはピンクブロンドの可憐な容姿をした少女。目を潤ませ青褪めたお顔を王太子の胸に埋めていますが、お口だけ笑っておりますわね。
ピンクブロンドの少女がわたくしの愛し子に虐げられたと涙ながらに訴え、王太子が糾弾している場面の様ですわね。
真実の愛と叫んでおりますが、二人からは愛とは別の、醜悪なオーラが滲み出していてわたくし吐き気が込み上げてきましたわ。
薄っぺらいその愛が真実の愛だなんてわたくしを馬鹿にしていらっしゃるのかしら?わたくしの祝福を与えたこの国の王太子とは思えない言動に酷く憤りを感じてしまいましたわ。
何よりわたくしの愛し子を傷つけた罪は償ってもらわないといけませんわね。
でもわたくしは愛の女神。過激な天罰は与えられませんの……。
それでもやらないわけにはまいりません。わたくしの愛に誓って愛し子の愛を守って差し上げますわ!
※※※
私はこの国の王太子だ。十二歳の時に決められた婚約者がいるがとても地味で頭の硬い嫌な女だった。
母上がうるさいので定期的には会っていたが会話も弾む訳もなくつまらない時間だけが過ぎていく。
たいして仲が深まることなくお互いが学院へ入学する歳になった。
学院ではあまり交流がない低位貴族や特待生の平民もいてなかなか楽しい日々を過ごしていた。
そんな時出会ったのは艶々のピンクブロンドをツインテールにした、とても可憐な見た目の男爵令嬢だ。
令嬢は貴族らしからぬ言動でころころと笑い、時折さりげないボディタッチを仕掛けてきてどきりとしてしまう。弱音を吐いてもありのままの私を肯定してくれて令嬢と過ごす時間はすごく心地がよかった。
婚約者とは正反対なその令嬢に惹かれていくのに時間はかからなかった。
ある日令嬢が浮かない顔をしていたので訳を尋ねれば私の婚約者から嫌がらせを受けているらしい。
地味な癖に可憐な令嬢に嫉妬するとはなんて醜いんだ!怒りのままに婚約者を怒鳴りつけてやれば真っ青な顔をして去っていった。ざまあみろ。
その直後くらいからだろうか。奇妙なことがよく起こるようになった。
最初は気のせいかと思っていた。しかし地味に続いてしまうと何かがおかしいと思ってしまう。
例えば城を出る時、ブーツの紐が解けるのだ。
結べばいいだろうと思うが、結び直して十歩ほど歩くとまた解けているのだ。
そうして結び直すこと何十回、ようやく馬車へと着き乗り込もうとするがステップに足をぶつけるのだ。しかも小指辺りを。とても痛い。
そして学院に着き教室へ向かう途中に必ず滑る。何回かは派手に転んでしまった。まるでバナナの皮を踏んだように見事にひっくり返ってしまった。
目撃した学生は震えながら俯いて足早に去っていった。
これらの事が毎日同じように起こるので昨日から馬車に乗る時は幼子のように抱えられ、教室までの道は護衛騎士に支えられる事になった。
侍従や護衛に幼児のような扱いをされているせいか、身分のせいで遠巻きにされていたクラスメイトから益々距離が離れていった。
今日は安息日のため学院は休みだ。
久々にお忍びで男爵令嬢とで市井に降りていた。側近候補もいるが護衛替わりなので断じて連れではない。
令嬢は今日も可憐な可愛さを振りまいていてとても可愛い。学院ではツインテールにしている髪を今日はポニーテールにしているためかいつもの違う雰囲気を感じる。
新しくできたカフェで茶と菓子を楽しんでいた時隣に座っていた令嬢が気まずそうに声をかけてきた。
「……殿下、あの、えと」
「どうしたのだ?」
顔を覗き込むと思いっきり逸らされた。
首を傾げながら言葉を待つと予想だにしなかった事を言われた。
「その、右の、鼻から、鼻毛が、出ています……」
鏡を差し出されながら恥ずかしそうに告げられた。
一瞬何を言われたのか分からなかったが、理解した途端猛烈な羞恥心が襲ってきた。
鏡を受け取り確認すると確かに出ていた。右の穴から一本かなり長めの毛が飛び出していた。今朝きちんと確認して抜いてきたのに!
令嬢は何も見ていませんと、平常心を保つためか茶と菓子を無心で口に運んでいる。
身を屈めながら慌てて抜きとり、何事もなかったかのように顔を上げた途端、令嬢が口に含んでいた茶を吹き出した。
プルプル震える令嬢を呆然と見ていると、側近候補が近寄ってきて(コイツも震えていた)鏡を見るよう促してきた。
再び鏡で己の顔を確認すると、今度は左の穴から5本ほど、ちょび髭のように左右に曲がった鼻毛が飛び出していたのだった。
散々なデートから一ヶ月後、今日は学生主体の年度末パーティが開かれた。慰労会の様なもので、この日は身分も学年も関係ない無礼講となる。
このパーティで告白すれば末長い愛が得られるというジンクスもあり、各々が精一杯着飾り意中の人へアタックするのが恒例となっている。
今日まで不運に見舞われてきたのはあの地味婚約者のせいだと、王太子である俺はこの日婚約破棄の宣言をする為男爵令嬢の腰を抱いて会場へと足を踏み入れた。
勇み足すぎてトイレに行くのを忘れたが今のところ尿意はないしまあ大丈夫だろう。
※※※
「お前との婚約を破棄してやる!!」
少しは反省したかしら?と再び愛し子の元へ降り立ったわたくしは信じられない宣言を正面から浴びてしまいました。
なんと王太子が婚約を破棄すると叫んでいるではありませんか。
醜悪なオーラを放つ王太子と男爵令嬢は悪びれもせず、自分たちが正義と言わんばかりのドヤ顔を披露してらっしゃいますわ。
二人ともあんな目にあっておきながらまだ反省しないとは……。
わたくし、もう堪忍袋の尾が切れましたわ。
「お前の様な地味な性悪女より、可憐で心優しい彼女の方が我が妃に相応しい!」
大声で巻くしたてておりますがそうはいかなくてよ。
わたくしの怒りを受けるといいわ!
その瞬間、男爵令嬢の履いていたヒールが両方折れ、バランスを崩し王太子を巻き込んで床に倒れ込みます。その際令嬢の髪留めを不自然にならない程度に外してあげましたわ。
すると頭頂部に綺麗に巻いていたお団子がばさりと解けて床に艶々なピンクブロンドが散らばりました。この髪だけは好感が持てますわね。
ふふふ、髪が解けた男爵令嬢の頭頂部に会場中の視線が集まっていますわ。
そう、視線を集めたそこは光っていたのです。ちょうどお団子になっていた場所は透き通るような素肌があり、何も生えていないのですから。
見事な円形のハゲが出来上がっていますわね!
「いやあああああああああああああああ!!!」
視線に耐えきれなかったのか男爵令嬢は泣き叫びながら会場から走り去って行きました。
折れたヒールであんなに走れるなんて素晴らしい脚力ですこと。
呆然と見送る王太子にももちろんとびきりの天罰を与えていますのよ。
床に尻餅をついたままの王太子でしたが、周囲のざわめきに違和感を感じ始めましたわ。
立ち上がり周囲を見渡すと何やら股間に視線が集中している事に気づいたよう。
自身もそこに違和感を感じたのでしょう。恐る恐る視線を向けると濡れた股間が目に入り、驚愕の表情になりましたわ。
この日の王太子の服装の色はグレー。差し色にピンクを使っていますが、ジャケットもトラウザーズもグレーなので濡れてしまうととっても目立ってしまいますわね。
倒れた時、男爵令嬢は王太子の下腹部に思いっきり手をついていたので、膀胱にあったものが少し漏れ出てしまったようですわ。
「あれって……」
「おいおい、あれが時期国王かよ」
「この歳でお漏らしとか……」
ざわめきの中、『お漏らし』という単語が聞こえた瞬間、王太子は反射的にこう叫びましたわ。
「違う!!これはお漏らしではない!!尿漏れだ!!」
語尾にエコーがかかったように会場中に響きましたわ。そして、一瞬の沈黙の後に大爆笑の渦が巻き起こったのです。
わたくしもおかしすぎて何百年ぶりかに声を上げて笑ってしまいました。
その後王太子はその位を取り上げられ、辺境で一兵卒として従軍しているそうです。
軍では『尿漏れ王子』と渾名をつけられて可愛がられているそうですわ。
男爵令嬢はショックで引きこもりになってしまい、男爵家の長兄に両親共々領地の片隅に押し込められてしまったそう。
どうも両親に甘やかされすぎていた為長兄からは嫌われていたようですわね。
そうそう、わたくしの愛し子はというと王太子との婚約はなくなり今は幼馴染の伯爵令息と良い雰囲気を気築いておりますわ。
伯爵令息もわたくしによく祈りを捧げてくださる敬虔な信者なのです。
この二人なら末長く、死が二人を分つまで愛を育むことができるでしょう。
微笑ましい二人にわたくしからとびきりの愛の祝福をお贈りいたしましょう。
わたくしは愛の女神ラナテア。
本日も愛の祝福を世界にお届けいたしますわ。
クラスメイトに遠巻きにされているのは身分のせいではないんだよ。
小話
この小国の初代国王は愛の女神に見初められた騎士。愛の力で国を纏めたと言われている。
この国で不貞を働こうものなら一生小さな不運に見舞われます。
王太子と男爵令嬢は不勉強なため知らなかった模様。
政略結婚でも徐々に愛と信頼を育めば大丈夫なので普通にあります。ただし相性はきちんと見るので不幸な結婚にはならない。
王太子と愛し子ちゃんは(側から見る限り)相性が良くも悪くもなくずっと様子見されてきたが王太子と男爵令嬢が接近し始めた頃くらいから解消の話は出ていた。
愛し子ちゃん視点でいくと少し事情が違うかもしれない。




