幼馴染からの告白
「ずっと、好きでした。付き合ってください」
幼馴染に、そう告白された。少しもじもじとしながら、頬を染めて。夕日に、そっと照らされながら。期待に胸を膨らませているかのように、俺の手を握って。
よく見ると、制服が新品のようになっていた。かなり気合いを入れて準備したのかもしれない。
「どうして、いきなり……?」
そんな事を聞くと、相手は目を真ん丸にしていた。予想外の質問だと、全身から伝わってくるよう。ただ、俺にとっては青天の霹靂だった。幼馴染とはいえ、恋人となることを想像したことはない。
相手は、少し目を伏せる。考え込むように何事かを呟いて、そして俺の目をまっすぐに見てきた。心から満たされたかのような笑顔を見せながら。まるで、俺の答えが決まっているかのように。
そのまま、弾んだ声で返事をされる。
「準備ができたからかな。君に想いを届けるだけのね」
そう語る瞬間の顔は、未来への幸福を信じ切っているようで。だけど、俺はまだ心の準備なんてできていなかった。
ただ、何も返さないというのも違う。少し悩んで、俺は答えを返した。
「心の整理をする時間をくれないか……? 受けても断っても、今すぐになら後悔しそうだ」
「どの道、後悔はすると思うけれどね。結婚するとしても、嫌なことはあるはずだし」
当たり前のように、彼女は語る。言っていることは、分かる気がする。常に順風満帆とはいかないだろう。ケンカもするかもしれない。もしかしたら、浮気なんかをされるかもしれない。無いとは思いたいが、可能性はゼロではないはず。
だが、だからこそ俺はしっかりとした答えを出したかった。流されるのではなく、自分で決めたかった。
そんな気持ちを込めて、まっすぐに相手の目を見て、しっかりと頭を下げる。
「頼む。少しだけ、待ってくれ。明日には、答えを出すから」
「うん、良いよ。あなたのためなら、私は何でもするよ。待つことなんて、軽いくらい」
ふわりと微笑む姿は、とても晴れやかで。心から、俺を信じているように見えた。きっと、俺は告白を受けるのだろうな。そう感じる気持ちが、心のどこかにあった。
だから、俺は笑顔で返したんだ。
「じゃあ、明日の放課後に返事をするよ」
「高校受験の時もそうだったよね。同じところに行こうって言ったら、一日待ってって」
「そうだったな……。また、よろしく頼むよ」
「じゃ、指切りしよっか。明日、ちゃんと返事をしてね」
俺たちは約束をした。穏やかに微笑む姿は、未来が分かっているかのようだった。手を振る姿に見送られながら、ゆっくりと帰っていく。
自宅にたどり着いて、自室で頭を悩ませる。幼馴染だけあって、良いところも悪いところもよく分かっている。今さら、関係が壊れるほどの事実を知ることはないだろう。
なら、やっぱり受けるのも悪くないのかもしれない。せっかく俺を好きになってくれたというのもあって、気持ちとしては前向きだった。
とはいえ、他の人の意見も聞いてみたい。例えば両親なら、あいつの知らない一面を教えてくれるかもしれない。そこで、夕食の時に相談することにした。
両親と一緒に鍋をつつきながら、俺は軽く相談していく。
「なあ、あいつから告白されたんだ。父さんと母さんは、どう思う?」
そう言うと、両親は顔を見合わせた。そして、ふたりとも真剣な目で俺を見てくる。まずは母さんが、重苦しい雰囲気を漂わせながら口を開いた。
「あんな良い子から告白を受けておいて、悩むの? そもそも、自分の立場をわきまえているの? 月とスッポンじゃない」
思ったより強い言葉を返されて、少し居心地が悪くなった。父の方を見ると、こちらも深刻な顔をして語りかけてくる。
「断るというのなら、学費は出せない。バイトでも何でもして、自分でどうにかしてもらう。その覚悟はあるのか?」
とても厳しい目で、父はこちらを見ていた。
母の方を見ると、真顔で頷いている。そこまで、あいつは両親に気に入られていたのだろうか。疑問に思うところはあったが、これ以上問いかけることはできなかった。問答を繰り返せば、もっと悪くなるような気がしたからだ。
その後は無言で食事が進み、あまり味を感じられなかった。結局、それからは両親と話をすることもなく、自室に戻る。
何もやる気が起きなくて、すぐに布団に入る。それなのに、夜中になっても眠ることはできなかった。
そして次の日。俺は両親にあいさつもせずに学校に向かい、休み時間に先生に相談する。生徒指導室で話すことになった。
どこかで、別の答えが返ってくることを期待していたのかもしれない。あるいは、逃げたかったのかもしれない。
先生は俺を軽くながめて、次にじっと見てくる。俺は、自分の気持ちを素直に吐き出した。
「あいつに告白されて、悩んでいるんです。俺は、どうすれば良いんでしょうか」
「成績が1になっても良いのなら、断ればいいぞ」
間髪入れずに、そんな答えが返ってくる。全身から、力が抜けるのを感じた。椅子の背もたれに、強く寄りかかってしまう。
先生はめんどくさそうにため息をついていた。それを見て、俺は部屋から飛び出していた。明らかに、何かがおかしい。でもどうすれば良いのかも分からない。逃げ出すように、俺は駆け出していく。廊下に映る俺は、真っ白に見えた。
学校から出ていって、ただふらふらと歩く。気づいたら、ベンチに座っていた。公園に来ていたみたいだ。どれだけ経ったのかも分からない。ただ、子供の声が聞こえる。
少しうつむいて、これからのことを考える。先生も敵なら、学校は無理だ。それなら、誰か頼れる大人は。警察が、思い浮かぶ。そこで、交番を探しに向かう。
しばらくして、見つかった。助けてほしいという祈りを込めて、入っていく。
中には婦警がいて、笑顔で出迎えられた。
「どうかしたの? 今、学校よね? 何か、あったの?」
そんな言葉に、安心できたのかもしれない。よく分からないが、すぐに言葉が出てきた。
「幼馴染に告白されて。相談したら、親には学費を出さないって。先生には、単位を1にするぞって。おかしくありませんか?」
俺に対して、婦警は笑みを浮かべて頷く。ようやく理解者が現れたのかもしれない。俺はほっと息をついた。婦警は憐れむように俺を見て、返事をする。
「そっか、あなたが……。私の胸を触ったことになりたくは、ないわよね。それなら、諦めることね」
すべてを打ち砕かれる感覚がした。気づいたら、俺は逃げ出していた。ただ、走る。
他にも手を回されているのかもしれない。そんな考えが、振り払えなかった。もしコンビニに行って、そこの店員が俺の敵だったら。もう、どこにも逃げられないのかもしれない。そんな恐怖が、俺から選択肢を奪っていた。
駆けていく中で、人とぶつかる。呼び止められて、足を早めた。罪悪感はあったが、それよりも怖かった。今の相手も、敵なのではないかと。
少しだけ疲れて、近くを見回った。導かれたかのように、知っている場所へと来ていた。学校の近くに。
そのまま戻って、校舎裏に向かう。約束した待ち合わせ場所に。たどり着いた先で、あいつはただ立っていた。夕暮れの日に、照らされてながら。その姿が、黄昏時が呼ぶ何かに思えた。
俺の方を見て、とても透明な笑みを浮かべる。見た瞬間、真実にたどり着いた。いや、本当は分かっていたことを確信した。
目の前の女は、ただ微笑みながら語りかけてくる。そっと、どこまでも甘く優しく。
「ふふっ。答えを、教えてくれる? なんて、聞かなくても分かるんだけどね。ずっと、見てきたんだから。昔から、ずっとね」
「最初から、このつもりで……?」
否定してほしい。そう祈りながら、分かりきった問いを投げかける。あっけなく頷かれてしまう。
こいつが、黒幕だったということ。それを、強く突きつけられる。
ただ穏やかな笑顔のまま、じっと俺を見つめている。赤らめた頬に手を当てて、陶酔したように。初めて見た顔だ。そんな一面を、知りたくなかった。俺が拳をぎゅっと握りしめていることに、気づいてしまった。
「素直に受けてくれたら、知らせないつもりだったよ。そっちの方が、あなたも幸せだったでしょ?」
あんな手段を取っておいて、気づかいをしていたのか。にらみ返して、微笑まれる。なぜか、背筋が凍った。
こんなとこなら、何も知らないままで居れば。少なくとも、幼馴染を化け物だと知らずに済んだ。何の意味のない仮定が思い浮かんでしまう。
頭を整理できないまま、問いが出てきた。
「いったい、どうやって……?」
「ふふっ、どうしてだと思う? まあ、簡単だよ。この日のために、ずっと準備していたんだ。例えば、あの婦警さん。裸の写真も持っているよ。見る? なんてね」
とても綺麗に笑っている。それだけなのに、全身に震えが走る。まさか、告白の準備というのは。
いったい、どんな手段で写真なんて手に入れたというのか。他の人はどうやって。何も分からない。それが、どうしようもなく怖かった。
俺は何かを言おうとする。ただ、唇に指を当てられた。そのまま、ニッコリとした笑顔を向けられる。つい、一歩下がりそうになった。
「今から、好きな人に助けを求めていいよ? 友達でも、通行人でも、ね?」
そっと微笑んでいるのに、俺の背中には寒気が走った。こいつは確信しているのだろう。俺が何をしようと、確実に手のひらの上だと。
両親も、教師も、たまたま出会った婦警ですら敵となっていた。なら、クラスメイトや近所の人は。
俺の味方は、どこにもいない。それだけが、現実だった。ただ後ろを向くだけのことすら、できない。
そう。こいつと付き合うしかない。あるいは、身寄りのない新天地に逃げるだけ。そうして、生きられるのか? ただの無力な学生が?
結局、答えは決まりきっている。後はただ、受け入れるだけ。分かっていても、言葉がこぼれた。
「それが、告白のための準備だったのか……?」
「うん。あなたと結ばれるためには、なんでもする。それが、私の気持ち。愛だよ。ずっと、この時を待っていたんだからね」
冗談だと言ってほしい。笑いかけてほしい。そんな願いは、明るい笑顔とともに打ち砕かれていった。
きっと、逃げても無駄だ。そもそも、逃げるだけの気力すらない。今の俺は、へたり込まないだけで精一杯なのだから。
ただ、受け入れるしかない。そう、なんだ……。
「そうか……。嬉しいよ……」
俺は全身を震わせながら、ただ受け入れるだけ。断れば、もっと過激なことをされるかもしれない。いや、確実にされる。どこまで逃げても手のひらの上。そう、強制的に理解させられた。
なら、せめて自分で選んだと思わせてくれ。もし逃げて追いつかれたら、俺は……。
「これから、一緒に幸せになろうね。まずは、私の家でおうちデートだね」
花開くように笑って、俺に手を差し出してくる。ただ、握り返す。
「いずれは、結婚しようね。昔、指切りしたもんね。その時から、楽しみにしていたんだ」
そんな言葉が、心の奥底に浸透していく。暗みがかっていく空は、俺を覆い尽くすかのよう。そのまま、ただ彼女の家という牢獄へ向かって歩いていくことしかできなかった。




