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元・聖女ですが、旦那様の言動が謎すぎて毎日が試練です  作者: おてんば松尾


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5

神殿では急遽会議が開かれ、会議室には厳粛な空気が漂っていた。


長いテーブルを囲んで神官たちが着席し、その中央には神官長が威厳をもって座している。

フィリップ殿下は、神殿に対して強い反感を抱いているようで、初めから喧嘩腰だった。


その強引な態度が、場の緊張をさらに高めていた。


「神殿はこれまで多額の寄付を受けてきた。その資金は、今後は民間の医師や薬師に回すべきだ」


神官長は鼻で笑い、すぐに言い返した。


「民衆の善意を、国に納めろと?それこそ神への冒涜ではありませんか」



「聖女が力を失ったことを公表し、薬品開発の発展に力を注ぐべきだ」


殿下は、神殿が私の魔力喪失を隠していることに怒りを感じている。


実際、彼の言うことは正しい。

隠し通せるはずがないのは事実だ。


その発言に対し、神官の一人が反論した。


「それはまだ分かりません。ステファニー様が聖女としての力と記憶を取り戻す可能性もあります」



(その可能性は本当にあるのか?)そう問いただしたい気持ちを押し殺し、私は黙って座っていた。


「では、聖女の治療で得た収益はどうなっている?税を納める義務はないとしても、今後は薬剤の研究に使うべきではないのか」


「寄付金は民衆の善意によるもので、奉仕活動や困窮する人々の救済に使われています」


別の神官も続けた。


「癒しや祈りを通じて、人々の健康と幸福を支えることが私たちの使命です」


フィリップ殿下は神官たちを鋭く睨みつけた。


「神殿はこれまで、外部からの監視を拒み、国の指摘を神への冒涜として無視してきた。健康を支えていると言うが、それは主に貴族や富裕層の者たちだけではないのか?」


神官長は冷静に、堂々と答えた。


「我々は民の心を守り、神殿の使命を果たすために最善を尽くしています。すべてを救うことはできないことは、殿下もご承知のはず。たとえ理解されないことがあっても、目的はただ一つ――民の健康と平和のためです」


神官長の言葉には重みがあり、一見すると理にかなった主張のように響いた。

その場にいたのは、神官や修道女たちだった。

皆、納得したように力強く頷いていた。


神殿は長年にわたり、民衆や王国に深く根を張り、大きな支持を集めている。

この場で殿下が多数派を覆すのは難しいだろう。


それでも、フィリップ殿下は一人でこの問題に立ち向かっていた。

会議室には緊張が張り詰め、不穏な空気が漂っていた。


会議の静けさを破るように、私は口を開いた。


「あの……寄付金が奉仕活動に使われたというのなら、その証拠を示せばよいのでは?」


私の一言で空気が変わった。


神官たちは互いに視線を交わし、神官長の顔には一瞬、苛立ちが走る。


「それは……当然使われています。詳細については……今ここではお見せできませんが」


事務担当の神官が答えるが、言葉は頼りなく、説得力に欠けていた。


思わぬ援軍が現れたことに、殿下は驚いたようだったが、すぐに神官たちへの追及を強めた。


「証拠がなければ、誰にも信じてもらえない。寄付金の用途について、具体的な説明を求める」


神官たちはそわそわし始める。

私は悪気のない口調で、さらに揺さぶった。


「誰がいくら寄付したか、とか……帳簿につけてありますよね?」


殿下が追い打ちをかける。


「これまで詳細な収支報告は国に一切提出されていない。神殿は収益や寄付金を好きに扱い、不透明な運用を続けている。表向きは奉仕や治療のためと言いながら、裏では特定の聖職者の私利私欲が絡んでいる」


「殿下、それこそ証拠があるのでしょうか?」


神官長は悪びれる様子もなく、冷静に返した。

口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。


私はゆっくりと立ち上がり、静かに話し始めた。


「神殿の収支についてですが、ここ数年の詳細を覚えています。たとえば、昨年の寄付金総額は約十八億八千萬ゴールド。そのうち奉仕活動に使われたのは、わずか一億でしたよね。奉仕者の俸給を差し引いても、残りの資金はどこへ?」


会議室がざわめく中、私は続けた。


「さらに、聖女の能力によって得た寄付金の収益は年間およそ十五億。でも、その運用記録は曖昧で、私にかかっている費用も不自然に多いように感じました」


経理担当の神官は額に冷や汗を浮かべた。

神官たちは顔をこわばらせ、神官長の眉間には深い皺が刻まれていく。


「ステファニー!て、適当なことを申すな!記憶がないのだから、知るはずはないだろう」


神官長が声を荒げる。

私は、わざと困ったように首を傾げた。


「そうなんです。寄付金のことなんて何も分からないので、資料や決済報告書など、神殿にあるものはこの一か月ですべて暗記しました」


「暗記……?そんなことできるはずはない」


神官たちは明らかに動揺していた。


「寄付金って、全部奉仕活動に使われているって言いましたよね?すごいですね。具体的には、どんな活動ですか?ちなみに、聖女の支度金として毎月多額の費用が記載されていましたが、私の服装は修道服で、私物も質素なものばかりでした。聖女の支度金って、何に使われていたんですか?」


神殿が私に多額の費用をかけていたとは、とても思えなかった。


「聖女様は、質素倹約こそ美徳だと……」


神官がためらいながら、か細い声で答えた。


「そういえば、私への俸給は一分にも満たなかったんです。それなのに、支度金はその数倍もありました。……何に使われたのでしょう?」


神官たちは戸惑い、互いに視線を交わす。

その様子を見逃さず、私はさらに問いかけた。


「たとえば、昨年の寄付金の使い道など。教えていただけますか?はっきりすれば、殿下も納得されると思います」


経理担当の神官は冷静を装っていたが、額にはうっすら汗が浮かんでいた。

言葉を選びながら、慎重に答える。


「もちろん、寄付金はすべて民衆のために使われています。記録については……今ここではお見せできませんが、適切に管理されています」


私は首をかしげながら、さらに続けた。


「そうなんですね。でも、具体的な数字や活動内容が分かれば、もっと信じてもらえると思うんです。ちゃんと報告すればいいだけですよね。神に仕える者が不正なんて、ありえませんし」


無邪気な言葉が、神官たちをじわじわと追い詰めていく。

私の意図を察したのか、殿下は神官長に向かって言った。


「神殿の活動には、明確な監査が必要だ。聖女自身が不明瞭な点を指摘している以上、神殿はその意見に従い、透明性を確保する責任を果たすべきではないか」


私は頷き、静かに話を続けた。


「報告書に記録されていたことですが、神殿の資産の使い方について、具体例を挙げますね。たとえば、四年前の五月。ある神官が寄付金を使って個人的に鉱山を購入した記録があります。自宅の屋敷は豪華な造りで、一般の民が住めるようなものではありませんでした」


「そ、それは……」


「また、その年の冬には、別の神官が資金を使って盛大な宴を開き、富裕層や権力者を招いていたことも記されていました。お酒もふんだんに振る舞われたようです。他の神官も、宴は頻繁に開いていますね」


顔から血の気が引き、額には冷や汗が浮かぶ。視線は落ち着きなく彷徨い始めた。


「お、おい!」

「ステファニー様、それ以上の報告はお控えください!」

「ここでの議論は慎重に進めるべきです。あやふやな情報は控えていただきたい!」


別の神官も慌てて口を開く。


「そうです。我々は皆、神殿の未来を考えて行動しています。誤解を招くような発言は、控えていただきたい」


神官たちは焦りと後ろめたさが、隠しきれずに滲み出ていた。

フィリップ殿下はその様子を見逃さず、にやりと笑って言った。


「誤解を招くのは、ステファニーの言葉ではなく、透明性のない運用だろう。神殿の奉仕とは、見返りを求めず、他者や社会のために尽くす行為だ。決して私欲のために使うものではない」


「聖女の魔力で病が癒えた者が、その礼として寄付をすることに何の問題がありましょう。寄付で神殿の建て替えも予定されています」


「え?神殿は毎年補修工事をしていますよね。費用もそれほどではありませんし、建て替えなくても十分立派な建物です」


「それでも、他の場所にも神殿はある。ここだけではない」


「確かに、昨年は広大な土地に神官長の邸宅が建てられましたよね。王宮にも劣らないほどの豪邸だとか。あれは神殿ですか?それとも個人的な別荘でしょうか?」


「ステファニー!黙れ。あれは信徒たちも集えるように考えて建てたものだ」


「ならば、病を患った者たちの療養施設にするのは良い案かもしれません。貧しく住まいのない者たちに提供するとか、孤児たちに開放してもいい。なるほど、さすが神官長ですわ」


「ステファニー!」


神官長の怒鳴り声が響き渡った。

それと比べて私が冷静でいるせいか、会議室にいた人々は動揺を隠せなかった。


神官たちは次第に言葉を失い、震え始める。

まるで追い詰められた獣のようだった。


「では、多すぎる寄付や余剰金は、今後病に苦しむ民のために役立てよう。現状を打破できるのは、化学的な方法しかないだろう」


殿下は真剣な表情で結論付けた。


「それは、国がすべきことであり、神殿が関与することではない!」


神官長の顔が怒りに染まる。


「なぜでしょう? 寄付は苦しむ民のために使われるべきです。薬や薬剤の開発に役立ててこそ、国民のためになるはずです。だって、私はもう魔力を持っていないのですから」


このとき、私は完全に殿下の味方だった。


魔力を失った今の私は、もはや神殿の聖女としての役割を果たせない。

だから、神殿の余剰金を薬の研究に回すのは理にかなっている。


それに――(申し訳ないけれど、私はもうこれ以上、神殿とかかわりたくないのよね)


「聖女の奉仕が、純粋な善意ではなく、神殿の権威を維持する手段として利用されることがあってはならない。神殿の寄付金の使い方を、精査すべきだ」


フィリップ殿下の言葉には、王族ならではの威厳がこもっていた。

誰ひとり反論できず、会議室には重苦しい沈黙が広がる。

殿下は力強く言葉を続けた。


「神殿が民衆の善意を裏切るような行為を続けるならば、この王国の未来は暗いものとなる。私は王族として、この不透明な状況を見過ごすわけにはいかない」


神官たちは居心地が悪そうに視線を逸らした。

フィリップ殿下は毅然と立ち上がり、力強い声で宣言する。


「神殿の経理に対して、直ちに徹底的な監査を行う。隠蔽や不正があれば、必ず明らかにする。そして、民衆の善意が正しく使われるよう、透明性を確保する手配を進める」


神官たちは血の気が引いたように顔を青ざめさせ、動揺を隠せずに互いを見合った。


殿下の決意が揺るぎないものであることを、誰もが悟っていた。

もはや、反論する者は一人もいない。


この瞬間、殿下の言葉と行動が――神殿改革の第一歩となった。

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