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元・聖女ですが、旦那様の言動が謎すぎて毎日が試練です  作者: おてんば松尾


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14

朝の支度をしていると、ダリアが音もなく俺の部屋へ入ってきた。


「おはようございます。本日奥様のご予定は観劇でございます」


妻の予定を尋ねたわけではない。それでも彼女はわざわざ報告してきた。


シャツの襟を指で整えながら、鏡越しにダリアの姿を見て軽く頷く。

この数日、彼女の態度が冷たく感じられる理由は分かっている。

俺の妻への態度がなっていなかったことが原因だろう。

それでも謝る機会すら与えられない現状では、どうにも手の施しようがない。


執務をするために取っていた休暇も今日が最後だ。長く放置していた仕事は、俺の代わりにステフが大方片付けてくれていた。

残ったものはミドルに任せれば十分だろう。


「今日は観劇か。昨日は買い物に出かけたのではなかったか?」


「奥様は修道服しかお持ちではございませんでしたので、揃えるべきものが多かったのです。本来であれば仕立てるのが望ましいのですが、時間がかかりますので、昨日は洋品店へ行かれたのです」


「別に出かけることに文句はない。好きにすればいい」


言葉にはしたものの、買い物なら俺も付き合えたはずだ。彼女が望むなら高価な物でも買ってやれただろうに。

それとも、まるで屋敷にいたくないかのように出かけるのは、俺と顔を合わせたくないからなのだろうか。


「観劇はフォード子爵夫人のミリア様と行かれるそうです」


フォード子爵夫人。その名には覚えがあるが、顔や姿までは思い出せない。確かフォード子爵家は薬草の栽培に成功した家柄だと聞いたことがある。

ステフはいつ彼女と知り合ったのだろう。


「フォード夫人とステフは友人なのか?」


「それについては奥様から直接お聞きになるのがよろしいかと存じます」


ダリアの丁寧な口調の中に、皮肉が混じっている。

俺が彼女と顔を合わせられる状況ではないことを承知の上で、そんな勧め方をしてくるのだから。


「帰りは何時頃だ?話があるから、今日は夕食を一緒にとるよう伝えておいてくれ」


俺の言葉に、ダリアは静かに頭を下げた。

俺は一応主人なのだから、妻であれば従うだろう。

そうしてもらわなくてはいつまでたっても話ができない。


「奥様のお帰りは、昼頃ではないかと存じます。夕食の件はお伝えいたします」


出迎え以来、妻と一度も顔を合わせていない。

共に屋敷に住んでいるというのに、まるで別居しているかのようだ。

冷たい態度だったことを詫び、執務の感謝を伝え何かプレゼントを渡そう。

そうすれば彼女の機嫌も直るだろう。

今日は久々に王都へ出る予定がある。魔法学会の会議に顔を出し、そのついでにステフへの贈り物を選ぶつもりだ。


考えてみれば、彼女に贈り物をした記憶はほとんどない。

唯一覚えているのは、彼女の誕生日に花束を贈ったことくらいだ。

それもセバスチャンに任せたものだ。

修道女だった彼女には質素な贈り物しかしてこなかった。


「ダリア、ステフの好きな花は何だ?」


少し考えた後、ダリアは淡々と答えた。


「……旦那様、それは存じません。ただ、誕生日には毎年チューリップが贈られておりました。奥様は春の生まれでしたので」


彼女が5月生まれだ。

ちょうどチューリップは手に入れやすかったのだろう。

そう考えると、今まで、希少な物や高価な物、趣向凝らしたプレゼントなどは贈ったことがなかったのだな。


「……チューリップは今の季節には咲いていないな」


「ええ、時すでに遅し、ということでしょうか」


……どういう意味だ?妙に含みを感じる。


「まあいい。花屋に行けば何か良いものが見つかるだろう」


俺はネクタイを手に取りながら、次の準備に取り掛かるのだった。


***


彼女はシンプルなドレスを着て、うすく化粧をし、食堂のテーブルに座っている。


久しぶりに彼女をじっくり見たが、どこの婦人にも負けない際立った美しさを持っていると感じた。


まだ23歳で十分若い妻だ。

日に当たることが少ないからか、透き通るような白い肌、そのきめの細やかさは陶器のようだ。

大きな瞳は、ただ美しいだけでなく、凛とした知性や強さを感じさせる。


「ステフ、一緒に食事ができて良かったと思っている。君に話さなければならないことがある」


使用人たちは今日の晩餐に力を入れたのか、いつもより豪華な食事がテーブルに並んでいた。


「はい。お誘いいただきありがとうございます」


俺は苦笑した。

そして彼女に向かって静かに切り出した。


「君が公爵家の家政や執務を手伝ってくれたことで、俺の仕事が大幅に楽になり、かなり助かった。本当に感謝している」


彼女は小さくうなずき、「恐縮です」と礼儀正しく頭を下げた。


「君が神殿から帰った日に屋敷を空けていたこと、それに迎えに出てくれたのに冷たい態度を取ってしまった。そのことを謝りたいと思う。これは詫びと言っては何だが、君に買ったものだ。どうか受け取ってほしい」


俺は王都のジュエリー店で選んだプレゼントの小箱に、小さなバラの花束を添えて彼女に渡した。


「お気遣いありがとうございます」


彼女は箱を手に取り、少し戸惑った様子を見せた。


「開けないのか?」


俺が促すと、彼女は「では……」と静かに答え、丁寧に箱のリボンを解き始めた。


中には、俺が時間をかけて選んだダイヤをはめ込んだ、チューリップモチーフのブローチが入っている。


彼女は箱を開けた瞬間、わずかに目を見開き、嬉しそうに微笑みながらその細工をじっと見つめた。

冷たい様子は薄れ、少し柔らかな表情が浮かんでいた。


「大変ありがたく思います」


小さく微笑んでくれたことに、ほっと胸をなでおろす。

俺は決意を込めて言葉を紡ぐ。


「正直に言うと、俺は仕事に追われて疲れ切っていた。それで君に冷たい態度を取ってしまった。君との関わりを避けたいと思ったのも事実だし、面倒ごとが増えることを望んでいなかったのも事実だ」


彼女は無言で頷き、俺の話を受け止めているようだった。

俺は言い訳になるがと話を続けた。


「そして、家政を仕切った経験がない君に公爵夫人の執務が務まるとは思っていなかった。けれど、今ではそれが間違いだと分かっている」


彼女は黙って頷いた。


「ステフに『好きにすればいい』と言ってしまった以上、君の行動に文句をつける筋合いはない。だけど、今一度、公爵夫人としてその役割を果たしてもらえないだろうか」


俺は彼女に頭を下げた。


「今後はしっかりと君と向き合い、どんな夫婦生活を築くのかを、共に考えていきたいと思っている」


家令たちにもかなり説教され、この3日睡眠時間を削って考えた。

……誠意は伝わっただろうか?


「旦那様、頭をお上げください……私は……」


彼女が口を開こうとしたその瞬間、食堂の扉が勢いよく開いた。


「ああ!レイモンドォ!」


リリアが食堂の中に走りこんできた。


「リ、リリア!」


目の前の予想外の出来事に俺は動揺する。

なぜ彼女がここにいるのか、俺にはまったく理由が分からなかった。


「もう!食事をするなら、私も呼んでくれればいいのに、仲間外れなんてひどいわ!」


「な、なんで?なぜリリアがここにいるんだ」


「え?だって好きに住んでいいって言っていたじゃない」


は?いつの話だ、もうずいぶん前だろう。

まだ彼女は屋敷にいたのか?


「おい、セバスチャン!なぜ、まだリリアが屋敷にいる?」


セバスチャンが苦々しげな顔を浮かべ、控えめに口を開いた。


「旦那様、リリア様を屋敷に泊めて良いとのご指示はありました。けれど、いつまでとは聞いておりませんでした」


「何を言っているの?ちゃんとレイモンドが帰った時に、迎えにも出たでしょう?疲れてるってあの時は冷たかったけど、私だってレイモンドに話さなきゃいけないことが、たくさんあったのよ」


リリアはセバスチャンの説明を遮るように話し続ける。

彼女は、俺の態度が冷たく見えたことに文句を言いながら、話があるという。


「いや、なんでまだリリアが屋敷にいるんだと聞いている」


「何言ってるのよ、レイモンドが忙しそうだから、遠慮して話に行かなかったんじゃない。やっと話せるわね」


「いや、おい、セバスチャン」


セバスチャンが一歩前に出て、礼儀正しい態度で応じる。


「はい。いかがなさいましたか?」


「今は、妻と話をしている。リリアは後だ」


「リリア様、お食事はお部屋に運ばせていただきますので」


セバスチャンはリリアを食堂から連れ出そうとするが、リリアはその場から動こうとしない。

それどころか、俺の席の横に堂々と腰を下ろした。


「いいえ、せっかくだから、私もここで食事するわ。だから、レイモンド、話を聞いてよ。今度城で王家主催の夜会があるでしょう?参加しなくちゃいけないんだから、ドレスの相談をしたかったのよ」


「いや、そんな話はどうでもいい。なぜ屋敷にいるんだ?確かに好きに泊まればよいとは言ったが、それはもう何週間も前の話だろう」


「え?でも帰れともいわれなかったし、ずっと住んでるわよ。ここの方が貴族街にも近いから便利でしょう?」


「いや……」


俺の心は乱れる。リリアの存在が予想外の混乱を引き起こしていた。


「旦那様、お話が急ぎのようですので、私は失礼します。家政の執務の件は承知しました。明日からできる範囲で手伝わせていただきますね」


そう言うと、ステファニーが食事も途中だというのに席を立った。


「いや、待ってくれ、話がまだ途中だろう!」


「リリア、君は出て行ってくれ。いつまでもここにいる必要はないだろう」


「だって、お部屋も素敵だし居心地がいいんですもの」


「何を言っているんだ」


「では、失礼いたします。リリア様、どうぞごゆっくりお話しください」


「ステファニー様、ええ、分かったわ、ありがとう」


くそっ!何なんだ。


「おい、セバスチャン!」


その場がリリアのせいで混乱した。

ステファニーは気分を悪くしたのか、俺が止めるのも聞かずに食堂から出て行ってしまった。


俺は心底苛立ちながらテーブルを拳で叩いた。


すべてがリリアの登場によって無駄に終わった。

ステファニーとの会話が台無しになってしまった。


せっかく真摯な思いを伝え、話し合いが上手くいきそうだったのに、一体どうすればいいのか。


俺はテーブル両肘をついて頭を抱えた。


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