第2話:古書の来訪者
午前の光が店の木枠の窓から差し込む。埃まじりの光に、棚の古書が静かに輝いていた。
メアリは革表紙の古書を抱え、開いた頁の折れ目をじっと見つめる。
「……誰かが、ここに何かを隠したのね」
その時、店のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
振り返ると、年若い男性が入口に立っていた。黒い外套に身を包み、冷静な瞳で書店を見渡す。まるで棚の隅まで観察しているようだ。
「古書を探していると聞きました。特別な本を、少しだけ扱っていると聞いて」
彼は低く、整った声でそう告げた。普段の客とは違う雰囲気に、メアリは一瞬身構える。
「……ええ、どのような本でしょうか?」
男性はゆっくりと袋を取り出す。中には何冊かの古書があり、どれも外見は普通の書物だ。しかし、彼の手元で光を受けた頁には、微かな折れや薄いシミがあった。
「この本に、奇妙な印があるのです。調べてもらえますか?」
メアリは本を受け取り、頁を指でなぞった。古書の匂い、紙の厚み、インクの色の濃淡……。すべてが手掛かりになる。
「……ふむ。確かに、普通の書物ではありませんね」
彼女は静かに頁をめくり、折れ目のパターンを確認する。数カ所、規則的に折られた跡。微かに残る指紋のような跡。インクの色の違い……まるで暗号のように情報が散りばめられている。
「……なるほど、これは手がかりになるかもしれません」
男性は小さく頷くと、店内の棚を見渡した。
「ここに通じる情報は、他にありますか?」
「ええ、少しずつ整理しているところです。古書には、前の持ち主の手がかりや、時には秘密の記録も隠されていることがあります」
男性の瞳がわずかに光る。
「それを解き明かせるのが、あなたなのですね」
メアリは頷き、手元の書物に集中する。ページの折れ目を順番に確認し、古い文字と記号を照合する。紙の質やインクの滲み方から、書かれた時期や環境まで想像できる。
「……この折れ目は、地図の印。インクの濃淡は、筆者の意図を示しています」
男性は驚きを隠せなかった。
「そんなことまで……普通の書店員には不可能な技術ですね」
メアリは小さく笑った。
「私はただ、本を読み、記録を解釈しているだけです。それに、ただの書店員ではありませんから」
その瞬間、店の外で小さな騒ぎが起きた。通りに並ぶ商店の客がざわつき、遠くから誰かが駆けてくる足音が聞こえる。
「……誰かが来るようです」
男性も警戒を強める。二人が店先を見ると、駆けてきたのは王都の制服を着た小さな少年。息を切らして駆け寄ると、メアリに向かって言った。
「お嬢様! すぐに来てください! 不審な事件が――!」
メアリは書物を抱えたまま立ち上がる。
「わかりました。すぐに行きましょう」
書店の静寂が一瞬にして切り裂かれ、古書の香りとともに、新たな謎の影が王都から差し伸べられる。
小さな書店の棚に、再び未知の事件が忍び寄っていた──。