表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その写真に写る君は、あのとき何をしていたのか  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 祖父の影

「おじいちゃんが、どうして…」

菜穂の震える声が、静かな写真館に響いた。彼女は、古本屋の藤原からもらったアルバムのページに挟まれた写真を見つめていた。焼け焦げた壁の前で、山下祐介に寄り添うように立つ、祖父の姿。その優しいまなざしは、いつもの祖父そのものだった。だが、この写真が、祖父を事件の中心人物へと引きずり込んでいる。

俺は、菜穂のそばに立ち、言葉を探した。

「もしかしたら、おじいさんは、ただ、偶然そこにいたのかもしれない。そして、困っている祐介君を助けようとしていた…」

俺の言葉に、菜穂は首を横に振った。

「そうならいいけど…でも、なんでこの写真、誰にも見せてくれなかったんだろう。なんで、倉庫に隠していたんだろう…」

その問いは、俺の胸にも重くのしかかった。確かに、もし祖父が、善意で祐介を助けようとしていたのなら、この写真を隠す必要はないはずだ。むしろ、警察に提出して、祐介の捜索に協力するべきだった。

「…祖父の日記を、もう一度探してみます」

菜穂は、そう言って、店の奥にある祖父の書斎へと向かった。

書斎は、祖父の性格をそのまま表したかのように、几帳面で整然としていた。棚には、年代物のカメラや、世界各地で撮られた写真集が並んでいる。俺と菜穂は、祖父が使っていた机の引き出しを片っ端から開けていった。

そして、一番下の引き出しの奥に、一冊の古いノートが見つかった。表紙には、何も書かれていない。菜穂は、慎重にそれを手に取り、埃を払った。

ノートを開くと、そこには、几帳面な文字で、日々の出来事が綴られていた。写真館の営業記録、町の出来事、そして、家族への思い。日記は、祐介が失踪した日に、不自然な空白ができていた。

俺と菜穂は、その空白の前後のページを、食い入るように読んだ。

「昭和60年8月22日、大雨。祭りの夜、私はカメラを手に路地裏を歩いていた。そこで、祐介君に会った。彼はひどく怯えていた。私は…彼を、助けようとした。しかし、力及ばず…」

「助けようとした…」

菜穂が、震える声でその文字を読み上げた。

「…力及ばず…って、どういうこと?」

俺も、その言葉の意味が分からなかった。もし祖父が祐介を助けようとしていたのなら、なぜ「力及ばず」と書いたのか。そして、なぜ祐介は、行方不明になったままなのか。

俺は、再び交番へと向かった。小泉は、俺の顔を見るなり、「また来たのか」と呆れた顔をした。

「小泉さん、ちょっと聞きたいことがあるんです。20年前、祐介君の失踪の夜、森川寫眞舘のおじいさんが、現場近くで目撃されていたりしませんでしたか?」

俺がそう尋ねると、小泉の表情が、一瞬で凍り付いた。

「…なぜ、そんなことを聞く?」

「日記に、祐介君を助けようとして、力及ばず、と書かれていたんです。それで、もしかしたら…」

俺は、正直に告げた。小泉は、窓の外をじっと見つめながら、重い口を開いた。

「…目撃情報があった。いや、正確には、俺が目撃したんだ。当時、俺は応援で、現場近くを巡回していた。そしたら、森川さんが、誰かと揉めているのを見たんだ。だが、すぐに引き離されて、相手の顔は…見えなかった」

小泉の言葉に、俺は背筋が凍るような思いがした。

「…揉めていた相手は、誰だったんですか?」

「それが…分からなかったんだ。だが、森川さんは、その相手に、何かを渡しているように見えた。そして、その相手が、祐介を連れて、どこかへ行ってしまった…」

小泉は、それ以上は語ろうとしなかった。彼は、その時の光景を思い出し、苦しそうに顔を歪めていた。

俺は、交番を後にして、再び写真館へと戻った。菜穂は、祖父の日記を読み返していた。

「ねえ、佐藤さん…これ…」

菜穂は、日記の別のページを指さした。そこには、祐介が失踪した日とは違う日付で、こんな記述があった。

「…祐介を助けられなかった。私は…彼の苦しみを知っていたのに、見て見ぬふりをしてしまった。私は…罪を犯した」

菜穂の顔から、血の気が引いていく。

「…助けられなかった、じゃなくて…もしかしたら、助けなかった…?」

小泉の言葉が、俺の頭の中を駆け巡った。

「助けられなかった」ではなく、「助けなかった」のでは。

その可能性が、菜穂の心を深く裂いた。

「そんなはずない…おじいちゃんは、そんな人じゃない…」

菜穂は、首を横に振りながら、日記を強く握りしめた。だが、その言葉には、確信が持てないことが、はっきりと表れていた。

俺は、どうすることもできなかった。彼女の祖父が、本当に祐介を見捨てたのなら、それはあまりにも残酷な真実だ。だが、この町の闇の深さを考えると、その可能性を否定することはできなかった。

優しい祖父の面影と、日記に滲む悔恨の言葉。その行間に隠された、もう一つの真実。

菜穂の心は、深く傷つき、揺らいでいた。

この町の真実を追い求めることは、彼女にとって、祖父の人生を、そして、彼女自身の人生を、否定することになるかもしれない。それでも、俺は、この謎を解き明かすことを、やめるわけにはいかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ