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第2章 消えた少年

 現像されたばかりのモノクロ写真が、新聞記事の横に置かれている。

 紙焼きされた写真の少年は、少しはにかんだような笑顔を浮かべて、カメラの方に手を振っていた。背景には、ひび割れたアスファルトの路地と、古い木の塀。

 それが、20年前に行方不明になった山下祐介少年だった。


 俺、佐藤悠真は、その写真と記事を交互に見ていた。

 記事は簡潔だった。小学六年生の夏、祭りの夜に家を出たまま戻らなかったこと。大規模な捜索が行われたが、手がかりは見つからなかったこと。そして、家族が事件後、すぐに町を出て行ったこと。


「ねえ、この子…本当に、誰なの?」


 菜穂が、店の隅で作業をしながら不安げに俺に尋ねた。彼女も、この写真に写っている少年が、この町の過去に深く関わっていることを感じ取っているようだった。


「20年前に行方不明になった、山下祐介っていう少年みたいです。この町の出身みたいですね」


 俺がそう告げると、菜穂は驚いたように手を止めた。


「そんな…祖父が、そんな写真を持っていたなんて…」


 彼女は信じられないといった顔で首を横に振った。無理もない。優しい祖父が、何かの事件に関わっているなど、想像もつかないことだろう。


「まずは、この町の人たちに話を聞いてみます。もしかしたら、何か知っている人がいるかもしれません」


 俺はそう言って、再び商店街へ向かうことにした。

 活気のない商店街を歩きながら、俺は取材の糸口を探した。まずは、この町に長く住んでいる人に話を聞くのが定石だ。

 八百屋の店主、魚屋の女将、和菓子屋の主人。どの店も、俺の「山下祐介」という名前に、一瞬、ぴくりと反応を見せるが、すぐに表情を曇らせ、「さあ、覚えてないねぇ」「もうずいぶん昔の話だからね」と、言葉を濁した。


 まるで、その名前がタブーであるかのように。


 どの顔にも、共通して見られる表情があった。それは、沈黙だった。口を開けば、何かを思い出してしまうかのように、あるいは、誰かに聞かれてしまうのを恐れるかのように、彼らは決して多くを語ろうとしなかった。

 

 俺は、取材の難しさを感じながら、もう一つの可能性を求めて、古本屋の暖簾をくぐった。

 店主の藤原誠司は、新聞記事の背景に写る少年の写真に目を向けた。


「ふむ…この写真は…」


 彼は、俺の質問を遮って、じっと写真を見つめた。その眼差しは、遠い昔の記憶を辿っているかのようだった。


「20年前、この町にいた少年だな。山下祐介。彼の家族は、事件の後、すぐに町を出て行ったよ。まるで、最初からいなかったかのようにね」


 藤原の言葉には、どこか諦めにも似た響きがあった。

 彼は、この町の歴史の生き証人であり、その裏側にある事情にも精通しているようだった。


「どうして、みんな何も話してくれないんでしょうか?」


 俺がそう尋ねると、藤原は口角をわずかに上げた。


「この町はな、何もかもが表に出ないようにできているんだよ。昔から、そういうしきたりがある。誰かが何かを話せば、町全体に影響が及ぶ。

 だから、みんな、口を閉ざすんだ」


 その言葉は、俺の胸に重くのしかかった。この町には、見えない壁がある。

 それは、人々が互いを監視し、秘密を守るために築かれた、分厚い壁だった。


 俺は、諦めきれずに、唯一、この事件について何かを知っているかもしれない人物を訪ねることにした。

 元刑事で、今は交番勤務をしている小泉亮介。交番の窓口で、彼は俺の顔を見ると、露骨に嫌な顔をした。


「20年前の、山下祐介君の事件について、少しお話を伺いたくて」


 俺がそう切り出すと、彼の表情が険しくなった。


「なんで今更、そんな昔の事件を掘り返すんだ。事件はもう解決済みだ」


「解決済み? でも、行方不明のままだと聞いていますが」


 小泉は、ため息をつきながら言った。


「当時は、不審死との関連も疑われたんだ。だが、結局、証拠不十分で終わった。上からの圧力もあってな…」


「圧力、ですか?」


 俺は聞き返した。小泉はそれ以上は語ろうとせず、「もう帰ってくれ」と、俺を追い払おうとした。

 だが、その言葉の裏に隠された、どこか苦しそうな表情が、俺の胸に引っかかった。


 その日の取材は、行き詰まりを感じながらも、俺の好奇心をさらに掻き立てた。

 町の人々は、なぜ口を閉ざすのか。小泉の言う「不審死」とは、一体何なのか。そして、この事件に隠された「圧力」とは、何だったのか。


 夜の東栄町は、昼間とは違う顔を見せていた。

 静まり返った商店街のシャッターに、街灯の光が反射している。俺は、再び「森川寫眞舘」の前に立っていた。


 扉を開けると、菜穂が一人、古い写真アルバムを整理していた。


「今日は、何も分かりませんでした。みんな、口を閉ざしていて…」


 俺は正直に告げた。菜穂は、どこか寂しそうに微笑んだ。


「やっぱり…そうですよね。祖父も、何も話してくれませんでしたから」


 彼女はそう言って、一枚の写真を取り出した。

 それは、菜穂が幼い頃に、祖父が撮ってくれた写真だった。そこには、満面の笑みを浮かべた幼い菜穂と、その背後で優しく微笑む祖父の姿があった。


「祖父は、どんな時も、私に笑顔でいてほしいと願っていました。だから、もしこの写真が、祖父の人生にとって何か大切なものだったとしても、私はそれを信じたいんです」


 菜穂の言葉に、俺は胸を打たれた。      

 この事件の真相を追いかけることは、彼女の祖父の人生に、そして、彼女自身の人生に、暗い影を落とすかもしれない。それでも、彼女は真実を知りたいと願っているようだった。


 俺は、菜穂の思いに応えるためにも、この事件の真相を突き止めることを決意した。

 消えた少年、山下祐介。

 彼はなぜ姿を消したのか。そして、この町の人々は、なぜ彼の存在を消し去ろうとするのか。

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