第10話 記憶の写真
東栄町の空には、分厚い雲が垂れ込めていた。今にも、この町が抱えるすべての闇を洗い流すかのように、激しい雨が降り出しそうだった。俺、佐藤悠真は、**「森川寫眞舘」**の前に立ち、深く息を吸い込んだ。
店のドアを開けると、そこには、祖父の日記を抱え、涙を流している森川菜穂の姿があった。俺は、小泉から聞いた真実を、すべて彼女に告げた。祖父が犯した「罪」の真相。それは、自分の命と引き換えに、祐介を助けなかったという、あまりにも重いものだった。
「…おじいちゃんは、一人で、こんなに苦しんでいたんですね…」
菜穂の声は、悲しみと、そして、祖父の苦悩を理解したことによる、深い愛に満ちていた。
「記事にしましょう。この町の、隠された真実を。そして、おじいちゃんの、本当の思いを」
菜穂は、涙を拭い、まっすぐな目で俺を見つめた。その決意に、俺は胸を打たれた。
俺は、支局に戻り、書き溜めてきた取材メモを広げた。祐介の失踪、父親の借金トラブル、東出商店の不正、そして、祖父の日記と、藤原からもらった写真。点と点が、一本の線でつながっていく。俺は、徹夜で記事を書き続けた。
そして、朝日が昇る頃、記事は完成した。
『忘れられた写真館が暴く、20年の闇』
そんな見出しをつけ、俺は、その記事を、支局長に提出した。
支局長は、記事を読み進めるうちに、眉をひそめ、やがて、険しい表情になった。
「…これは、東栄町に、大きな波紋を呼ぶぞ。本当に、これでいいのか?」
「はい。これが、真実です。そして、この真実を、多くの人に知ってもらいたい」
俺の言葉に、支局長は、しばらく黙り込んだ後、大きくため息をついた。
「…分かった。本社に回してみよう。だが…お前、覚悟はできているな?」
俺は、静かに頷いた。
記事は、翌日、全国紙の一面を飾った。東栄町を覆い隠していた分厚い沈黙は、この一枚の写真によって、一気に引き剥がされた。
記事が掲載された日、東栄町は、騒然となった。町の人々は、新聞を手に、顔を見合わせ、ざわめいた。東出商店には、マスコミが殺到し、東出は、顔を真っ青にして、何も語ろうとしなかった。
そして、その日の夜、俺は、**「森川寫眞舘」**で、菜穂と二人、静かに過ごしていた。店の外は、取材陣や、この騒動に驚いた町の人々で、ごった返している。だが、店の中だけは、穏やかな時間が流れていた。
「…おじいちゃん、喜んでくれるかな…」
菜穂が、ぽつりと呟いた。
「きっと、喜んでくれます。おじいさんは、この真実を、誰かに、いつか、見つけてほしかったんですから」
俺は、そう言って、彼女を励ました。
その時、店の電話が鳴った。菜穂が受話器を取ると、その顔が、驚きに満ちた表情に変わった。
「はい…山下、と申されますか…」
俺は、胸が高鳴るのを感じた。
「…はい、この記事を書いた者です…はい…はい…」
菜穂は、電話を終えると、震える声で俺に言った。
「…佐藤さん。祐介君から…でした」
俺は、信じられない思いで、菜穂の顔を見つめた。
「…生きて…いたんですか…?」
「はい…記事を読んで、連絡をくれたそうです…」
その瞬間、俺の目から、熱いものがこぼれ落ちた。20年間、行方不明だった少年は、生きていた。
祐介は、あの夜、菜穂の祖父に助けられ、その後、町から逃げ延びたという。そして、東出商店の魔の手から逃れるために、名前を変え、ひっそりと生きてきた。彼は、この記事を読み、20年前のあの夜の真実が明らかになったことを知り、連絡をくれたのだ。
菜穂は、涙を流しながら、祖父の日記を抱きしめた。
「…おじいちゃん、見てる?祐介君、生きてたよ…」
その日の夜、俺は、最後に、祐介が写っていた写真を見つめた。あの、はにかんだような笑顔。その笑顔は、今、20年の時を経て、再び、この町に光を灯した。
真実を暴くことが、正義か、それとも残酷か。
最後に残されたのは、一枚の写真——そして、その中の少年は、もう少年ではなかった。彼は、この町に、そして、菜穂の祖父に、許しと、希望を与えてくれた。
俺は、この町の記者として、これからも、この町の過去と未来を、見つめていこうと心に誓った。そして、**「森川寫眞舘」**は、店をたたむことなく、この町の歴史を、未来へと伝え続けていく。




