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3話 帰れまテン

 僕は引きつけられるように、ステージの方に戻った。

 立ち見の観客に混ざろうというところで、腕を引かれた。

「ミドリ、どうしたの?」

 藍が心配そうな顔で僕を見ていた。

「ああ、ちょっと知り合いが――」

 言いかけたところで、試合がはじまった。僕は観客を押しのけるようにして最前列まで行く。

 ステージ上、2つの長テーブルに並ぶパソコンの前に4人づつプレイヤーが座っている。スクリーンを挟んだ右側のテーブルにβ。左側のテーブルが白幡さんを含んだチャレンジャーチーム。白幡さんはその一番左側の席にいた。ヘッドフォンをつけて、ディスプレイを見る目は真剣そのものだった。

 僕は試合なんてそっちのけで、彼女だけを見ていた

「ブザビ!モク焚いて!こっちがケース取りたい!」

 彼女の声は観客席までよく聞こえた。

「Bから来る、Bから来る!テクター見てる!?報告してよ!」

 必死の形相で指示を飛ばす彼女。チームメンバーは顔をしかめている。観客も場違いな熱量の彼女を見て失笑していた。

 いつの間にか隣にいた藍が言った。

「なに必死になってんだろ。たかがゲームなのに」

 心臓に悪いことを言う。ゲーマーに袋叩きにされてもおかしくない。

 でも、藍の言うことを僕は否定できない。

 たかがゲームだ。暇つぶしのために生まれた娯楽だ。そんなものに声を荒げる彼女はどうかしてる。

 なおもステージで喚き、睨み、戦う少女から目が離せなかった。

 君はどうして「たかが」ゲームにそんな必死になってるんだ?

 バスケのときもわからなかった。

「そこカバー遅すぎ!」

 勝った試合に喜ぶわけも、

「ファイター、ロー!激ロー!」

 負けた試合に泣くわけも、


 ――お前には一生わからないんだろうな。


 僕はどうしてあのとき、シュートを打てなかったんだろう。


『β強し!チャレンジャーチーム、惜しくも敗退~!』

 気づけば白幡さんは負けていた。

 僕は知らずに握りしめていた拳に気づく。

『それではここで対戦相手の方にインタビューしていきたいと思います。まず一倍声を出していた白幡さん。いやぁ、惜しかったですねぇ』

 インタビュアーがマイクを向ける。彼女は無言だった。

『白幡さん?しろ・・・はたさん?白幡さん!?』

 彼女は壇上から降りた。観客の群れに道ができる。彼女は顔を俯かせたまま、体育館の外へと消えていった。

「なにアイツ。ちょ、ミド――」

 僕は彼女を追いかけていた。体育館の外に出る。彼女の姿はなかった。直観的に体育館の裏に行った。そこに彼女はいた。そこで僕は見てしまった。

 崩れ落ちて泣き叫ぶ彼女を。

 子供みたいだ。いや、子供だってあんな大口開けて泣かない。

 悍ましいような、美しいような、得体の知れない感情で彼女の涙を見ていた。

 しばらくして、人の泣き顔を見るのは趣味が悪いと思った。しかし、遅かった。目が合ってしまった。涙をそのままに彼女は睨んできた。

「な゛に゛見゛て゛ん゛た゛よ゛ぉ゛~!!!!」

 

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「マジでサイテー。女子の泣き顔見るとか。ずびっ」

 白幡さんが鼻を啜った。

 僕らはファミレスに来ていた。

「ごめんて。ほら、なんでも好きなものを頼んでおくれ」

 僕はそんなにお腹は減っていなかったからドリンクバーだけを頼んで、白幡さんにパッドを渡した。乙女の泣き顔を見てしまった罰はファミレスを奢ることで手打ちになった。

「ふん。これで済ますだけ優しいと思うけど。世が世なら切腹だから。切腹」

 この令和の時代を生きてることに感謝だなぁ。

 白幡さんは長いことパッドを操作していた。こういう注文悩むタイプなんだろうか。しばらくしてパッドを充電器に戻した。

「ねぇ、気まずいんだけど。なんか面白い話して」

  うーん。なかなかに無理を言う。仕方がない。負い目があるのはこっちだ。ここは一つ噺を打ちますか。

「昨日のことだ。母さんから言われたんだ。恐怖の味噌汁だからって。いったいなんだそれは。若竹家でいったいなにが起こるんだって僕は思ったわけだ。するとね」

「今日、フの味噌汁でしょ。お前マジか。一発目の話しそれか」

「・・・じゃあ白幡さんはあるのかい?」

「はぁ?なんでわたしが。まぁいいけど。それでは聞いてください。悪の十字架」

 同レベル。

 そんなこんなしていうちに料理が運ばれてきた。次々と。ハンバーグにポテトフライ、パスタ、ピザetc…実に10品が白幡さんの前に並んだ。

「お詫びなんでしょ?」

 苦笑いする僕の向かい、白幡さんはにんまりとしていた。財布を見る。諭吉が一枚。ああ、しかし君ともお別れ。会計が終わった頃には数人の野口さんとご対面だ。

 それにしても凄い健啖家だ。こんな量のご飯がいったいその小さい身体のどこに入るんだろう。

「お腹いっぱい。あと食べて。じゃ、わたし帰るから。ばいな~ら~」

 ……まぁ、そうだよね。なんとなく白幡さんってそういう子だと思ってた。

 全部、中途半端に口をつけて白幡さんは席を立った。その腕を捕まえる。

「食べるまで帰れまテン」

 謝罪はちゃんと腹に落としてもらわないと困る。


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 ファミレスを出たのは夜の7時を過ぎてからだった。そこまで遅い時間でもないけど、なにかあっても嫌だ。僕は家まで白幡さんを送ることにした。「うざ。送り狼か。このムッツリロールキャベツ」と罵倒されたが、付いてくるなとは言われなかった。

「うぇぇ。吐きそう超えて産まれそう」

 反応に困る下ネタはスルーして。

「君が頼み過ぎるから。僕もけっこうきついよ」

「はぁ?お前、わたしよりずっとでかいんだから余裕だろ」

 背が高いから大食っていうのは誰が言い出したことなんだろう。僕は少しその人のことが嫌いだ。

 バイパスを少し歩いたところで立ち止まった。まだ街中だ。民家は見えない。あ、もしかして。

「ビニール袋ならあるよ」

「しね。乙女の沽券にかけて吐くか。ここだよ、わたしの家」

 白幡さんの視線を追う。そこにあるのはネットカフェだった。

 僕が何かを言う前に白幡さんはネカフェのなかへ入ってしまった。自動ドアの越しに白幡さんが振り返る。「ついてこないの?」と聞かれているみたいだった。

 僕は急いで自動ドアをくぐった。

 白幡さんはスタスタと行く。僕は受付の前で止まってしまった。こういうところ来ないからわからないけど、受付しなきゃいけないんじゃ。

 受付には綺麗な大人の女性がいた。彼女は僕をみて微笑んだ。行っていいのかな?

 白幡さんはまた僕の方を振り返っていた。今度は若干めんどくさそうに。たぶんあれは「いちいち立ち止まんな、めんどくさい。しねボケカスクソ!」と言ってるな。昨日今日の付き合いですごい解像度だ僕。

 白幡さんはスカートからカードを取り出すと、202の個室に入った。角部屋だ。

 もたついてたら今度はどんな目をされるか分からない。僕も足早にその部屋に入った。

「ふぃ~愛しの主人が帰って来たぞぉ~マイルーム~」

 白幡さんはリクライニングのシートにダイブした。

 一目でここが彼女の部屋だってわかった。学校の教科書とか、部屋着みたいなのが散乱してる。お菓子のゴミとか、空き缶とかも。汚いなぁ。

 白幡さんは仰向けになった。土間に突っ立っている僕を不機嫌そうに見る。

「立たれてるとウザいんだけど」

 僕は立っているだけでウザいみたいだ。靴を脱いでリクライニングに上がった。

「お前、わたしのこと知りたいんでしょ」

 ああ、僕を上げたのはそういうことか。昨日の約束を律儀に覚えていたらしい。ゲームで勝負して、負けたら一つ言うことを聞くという約束に、僕は「君のことを教えてほしい」と言ったんだ。

「わたしは天才ゲーマー・白幡黒音。好きなものは嫌いなもの以外。嫌いなものは好きなもの以外。はい。自己紹介終わり」

 名前以外なにもわからないなぁ。

「質問してもいい?」

「はぁ?ダル。3つまでね」

「ありがとう。これは質問というか意見なんだけど、天才は辞めた方がいい。それか自称をつけるか――おっと」

 空のペットボトルが飛んできた。僕はそれをキャッチしてゴミ箱に捨てる。

「ごめん。ちょっとしたジョークさ。君の家は本当にここなの?」

「マジでそう思ってるならお前ヤバいわ。絶賛、家出中。はい1」

「なんで家出しちゃったの?」

「……お前ってさ、ノンデリって言われない?」

「え、なんで知ってるの?」

 1年に5回くらいは言われるんだよなぁ。気を付けてはいるんだけど。家出の理由を聞くのはノンデリカシー、と。心のメモ帳にメモした。

「ああ、えっと、答えたくなかったら大丈夫だよ」

「………はぁ。わたしプロゲーマー目指してるの。それを親に言ったら大喧嘩。で、いまここ。はい2。あと1つ」

「へぇ、プロ目指してるんだ。凄いね」

「うっ、ぐっ…!お、お前ってさぁ、絶対に知らぬ間に人をキレさせてきたタイプだよな…!」

「それも当たりだ。凄いな、メンタリスト?」

「―――――ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 どうしてか白幡さんはリクライニングに顔を埋めて叫んだ。

「大丈夫?」

「しね!とっとと最後の質問しろ!」

 何を聞くべきか。なぜプロゲーマーに?お金はどうしてるの?よくこの高校入れたね?

 違うな。僕にはどうしても聞きたいことがあった。でも、それは皆が言うとこのノンデリだし、彼女を傷つけてしまうかもしれない。

「なんだよ。キモいな。女子高生をジロジロと。窃視罪に該当するぞ」

 不思議と僕はそれを彼女に聞いても良い気がした。これだけ悪口を言われてるからかもしれない。

「さっき、君はどうして泣いていたんだ?」

 白幡さんの顔がみるみる赤くなっていく。泣いているのを見られことを掘り返されたのが恥ずかしいのかな?

「そんなのわかるだろ!!!負けて悔しいんだよ!!バカぁ!!」

 今度は空き缶が飛んできた。涙目で白幡さんが部屋にあるものを次から次へと投げてくる。

「わからないよ」

「はぁ!?」

 クッションが顔面にあたった。「あ、ごめ」と白幡さんがモノを投げるのを止めた。

「ずっと、わからないんだ」

 負けて、悔しいから泣く。そういう感情の仕組みは知ってる。けれど、それが自分に起きることはなかった。手酷く負けても、圧倒的に勝っても、僕の心が動くことはなかった。

 1年前、それは自分自身の欠陥だと受け止めた。

 喜びも悲しみも分かち合えない僕は、そこにいるべきじゃないと思った。

 だから、バスケを辞めた。何気ない日常を過ごすことを選んだ。

 そう選んだはずなのに。「わからない」と諦めたはずなのに。

「どうしたら僕は君みたいに涙を流すことができる?」

 今日、目の前の少女に憧れてしまった。

 沈黙が降りて、我に返る。僕は何を言ってるんだ。白幡さんはポカンとしてしまっている。

「ごめん。質問は3つまでだったね」

 乙女の部屋に長居するのも紳士じゃない。僕は逃げるように立ちあがって靴を履いた。ドアに手をかけたまま言う。

「プロゲーマーの夢。応援してるよ」

 「ちょ、ちょっと!」と白幡さんに呼び止められるけど、聞こえないフリをした。

 彼女は彼女で、僕は僕だ。ロボットが人間になれないみたいに、憧れようとも叶いやしない。だったら、その問いに意味なんてない。僕は馬鹿なことを聞いた。

 さようなら、白幡さん。

 学年も違う、連絡先も知らない僕らが、また会うことはないだろう。娯楽研究会には……一度、道場破りに失敗したんだ。余程の恥知らずでもなければ、再び訪れてくることもないはずだ。

 扉を閉めた。

 僕は自分自身が選んだ日常へと帰った。


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