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2話 "β"present 絹ヶ丘高校ゲームフェスティバル!!!

 放課後。僕は教室のうしろに貼られた掲示物を見ていた。

 春休があけてまだ3日。2年生の教室にも部活勧誘の張り紙がいくつか貼られていた。

 娯楽研究会も募集した方がいいかな。5人以上で部にできるらしいし。

 そういえば。

 昨日のことを思い出す。突如として娯楽研究会の扉を蹴破った少女。天才ゲーマーを自称しながらも3戦3敗、涙目敗走をきめた白幡黒音さん。

 たしかあの子は1年生だった。誘えば入ってくれるかな。

 なんてことを考えていると、チャイムが鳴った。時計を見る。もう4時だ。待ち合わせに遅れてしまう。僕は教室をあとにした。

「ミドリ?」

 廊下に出てすぐだった。後ろから声をかけられた。どういうわけか上の名前で呼ばれることの多い僕をそう呼ぶ人は限られていた。

 振り返ると、そこには予想通りの人物がいた。

「やぁ、久しぶり。藍もこの高校に入ったんだ」

 彼女はぎこちなく微笑んだ。肩までの綺麗な黒髪も、切れ長の目も、前にあったときとあまり変わっていない。変わったのはセーラー服がブレザーになったくらいだった。

「うん。久しぶり」

 彼女は――早田藍は年下の幼馴染だった。家が近所で、部活も女子バスと男バスだったから、よく一緒に帰っていた。僕が高校に進学してからは会う機会はめっきり減ったけど、母さんから「藍ちゃん、あんたと同じ高校に入るみたい」とは聞いていた。

「これから部活かい?」

 肩に下げてるエナメルバッグをみて聞く。藍は首を振った。

「今日はオフ。なんか体育館でゲーム部?のイベントやるからって」

 藍は冷え切った目で体育館のある方を見た。

「いい迷惑。なんでゲームで体育館を使わせなきゃいけないんだろ」

 僕は苦笑いした。こういう好き嫌いをハッキリ言うのも相変わらずだ。

「ミドリはさ」

 藍の声が上ずった。目が合う。数秒の沈黙のあと、先に目を逸らしたのは藍だった。

「……これからどっか行くの?」

「うん。ちょっとね。友達と待ち合わせてて」

「友達って…女?」

「同じ研究会の人たちだよ。男子と女子」

「へぇ」

 なんだろう。背中がぞくりとしたぞ。

「私も付いて行っていい?」

「え」

「ダメなの?」

「そうじゃなくてね。えっと、なんていえばいいんだろう」

 上手い言い訳を探したんだけど……うん。ダメだ。思いつかない。

「君たちの練習を潰したイベントに行くんだけど、ほんとについてくる?」

 気まずい空気が流れる。だから、言いたくなかったんだよね。


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 藍はついてきた。「どんなのか興味がでた」そうだ。

「おーい。おせぇぞ――って。げっ、早田」

 集合場所にしていた中庭には既に久保寺がいた。乃木はまだ来てないみたいだ。

「久保寺先輩。お久しぶりです。相変わらず無駄に大きいですね」

 僕と同じ佐良志奈中学バスケ部だった久保寺も藍とは面識があった。

「お、おう。早田も変らず。―――若竹ちょっと来い!」

 藍が愛想よくニコリと挨拶したのに、久保寺の顔は引き攣っていた。

 久保寺に肩を組まれる。藍に背を向けて、コソコソと耳打ちをしてきた。

「お前、なにおっかないもん連れて来てんだよ。乃木を危険にさらす気か!」

「ははは。大袈裟な。たしかに藍は人見知りだけど、そんなことしないって」

「若竹よ。お前になぜ中学校3年間、彼女ができなかったか。不思議に思ったことはないか?」

 え、なんだその話。僕に彼女ができなかったのには、なにか理由があるのか。

 聞こうとしたとき、背後から藍が覗き込んできた。

「久保寺先輩。なに話してたんですか?私も混ぜてもらってもいいですか?」

「あ、あぁ。ちょっとした怪談をな。あ、あー!俺ちょっと用事思い出したから、あとは二人で楽しめよ!」

 また久保寺に耳打ちをされる。

「俺は乃木と二人で回るから、お前はアイツと二人で回れ」

「なぜ?」

「流血沙汰を起こさないためだ」

 そう言って久保寺は行ってしまった。

 変な奴。昔から久保寺は藍の前だとあんな感じなんだよなぁ。


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 体育館の周りには簡単な屋台がでていた。入り口は人でごった返して、まるで、祭りのような賑わいだった。

「……なんでゲーム部がこんなに」

 流石の藍もこの盛況ぶりには目を丸くしていた。

 このイベントの関係者ではまったくないけど、鼻が高い。バスケ一筋の藍は知らないだろう。うちのゲーム部はただのゲーム部ではないのだ。

「僕らも行こうか」

 藍をつれて体育館のなかに入る。入り口の屋台でカップのコーラを買った。お祭り気分でサイリウムも買いそうだった。

 館内は爆音で音楽が鳴っていた。照明が落とされて、色とりどりのスポットライトが館内で踊る。まるでクラブにきたみたいだ。ソワソワした気分で一面に並べられたパイプ椅子に座った。会場は満員とまではいけないけど、8割くらいの席は埋まっているようだった。ところどころで僕が買わなかったサイリウムが光っている。うーん。僕も買えばよかったかなぁ。

「――――の?」

 隣に座る藍がなにかを言ってるけど、音楽にかき消されて聞こえない。耳に手をやった。

「――――いつ始まるの!?」

 僕はステージの方を指した。

 大きなスクリーンに『"β"present 絹ヶ丘高校ゲームフェス 16:15 開会!』と映し出されていた。

「―――βって!?」

「すぐにわかるよ!」

 僕が言った直後、スポットライトが消えた。スクリーンが消えた。音楽が消えた。

 一瞬の無が訪れる。そして、期待を孕んだざわめきが暗闇に満ちていく。

 バッとスクリーンが光る。白地に黒い文字。それを読むためにまた館内は静まる。


 ―――Welcome to Kinugaoka high school Game Club!!!!

 

 館内の人間がちょうどその意味を認識したタイミングで、また音楽が鳴り始める。その演出に観客はほとんど反射的に歓声を上げた。どこに仕込んでいたのか白い煙と共に紙吹雪が噴射された。館内のボルテージは最高潮。骨太な洋楽とともにスクリーンにはゲームのクリップシーンが映し出され、最後「絹ヶ丘ゲームフェス 開演!!」の文字に今日一番の歓声が上がった。僕も叫んだ。痛いくらいに手を叩いた。

 徐々に音楽が絞られて、舞台の中央にスポットライトが向く。そこには物販で売られていたTシャツを着た生徒がマイクを持って立っていた。

『ウェルカムトゥ絹ヶ丘ゲームクラブ!絹ヶ丘ゲーム部へようこそ!お前ら、盛り上がってるかー!?』

 彼の呼びかけに「うおおお!!!」と声が返ってくる。こういうのアドリブだとなんて返していいかわからなくなって叫びがち。でも楽しければOKだ。

『本日、ゲームフェスの司会を務める河合です!今日は盛り上がっていきましょう!!』

 司会の扇動にまた声があがる。やばいな、今日、声枯れるかも。

『それでは早速、このフェスの主催者に登場してもらいましょう!心の準備はいいですか?βの皆さん、ご登場ください!!』

 舞台袖でから青と黒のユニフォームに身を包んだ4人が登場する。

 会場の歓声は心なしか先ほどよりも小さい気がした。

「誰?」

 たぶん藍の呟きだった。もしかしたら他の人のかもしれない。

 まぁ、そうだよなぁ。このゲームフェス自体に興味があっても、彼らには興味がないって人もこの規模になると多そうだ。

 4人のうち、むかって一番左側。つんつん頭の爽やかそうな男子生徒が司会の人からマイクを受け取った。

『はーい。みなさんこんにちは!こんな沢山の人に集まってもらって嬉しいです!』

 観客席にいても盛り下がったのがわかったんだ。ステージからはより感じるだろうに、舞台上の好青年は気にせずニカッと歯をみせて笑った。

『オレはゲーム部部長の木村です。えーっと。知ってくれてる人もいるかもですけど、はじめましての人にオレらが何者なのか紹介します。オレたち、みんな同じ服着てますよね?別に仲良しだからじゃないんです。あ、いや、仲はいいんだけど、な?』

『早く進めろし』

『はい。俺たちはプロゲーマーです!エンバーランドっていうゲームのプロなんです!……あれ?反応薄いな。拍手拍手!』

 起こった拍手は彼らがプロゲーマーであることにではなく、偏に木村部長のトーク力に対してだろう。

 凄いこと、なんだけどなぁ。

 隣をみる。藍はスマホをいじっていた。

 舞台上にいるプロチーム"β"はエンバーランドというゲームで、日本で唯一高校生4人、それも同じ学校内で結成されたチームだ。僕もそこまで詳しくはないけど、昨年の高校生ナンバーワンチームを決める大会で優勝して、そのままプロになったらしい。

 そのときの勢いはすごかった。当時は10数名しかいなかったゲーム部は一気に50人規模になって、新聞に載ったり、テレビの取材が来たり、彼らは一躍時の人――になったのは、たぶん絹ヶ丘高校とゲーム界隈の間だけだったのだろう。

 恐らくこの館内の半分くらいしか彼らのことを知らない。その半分のうち、そのまた半分くらいしか彼ら4人の名前を知っている人はいないだろう。

 だとしてもだ。彼らが凄い人たちだってことは変わらない。全国規模で見てもここまで人を集めるゲーム部はいないだろう。僕は心の中で舞台上の4人にエールを送った。

『みなさんの思うゲーマーってどういうイメージですか?オタク?暗い部屋でカチャカチャやってる人?間違ってません!実際、俺もオタクだし、暗い部屋でカチャカチャやってます!』

 溌溂と喋る木村部長はとてもそんな風には見えない。グラウンドでサッカー部に交じってもわからなさそうだ。

『でも、そんな奴らでもヒーローになれる。年齢も国籍も性別も関係なく、ぶつかり合うことができる。それがEスポーツです!』

 その言葉は木村部長のEスポーツへの強い想いを感じさせた。

『世界のEスポーツの市場規模は1000億超え、最高賞金額は57億円、100万人以上の観客だって集めた。なんでゲームにそれだけの熱が集まるのか。そのワケをこのイベントを少しでもわかってもらえると嬉しいです!――それではゲームフェス開幕!!!』

 歓声と共に再び、紙吹雪が散った。僕は拍手もせずに舞台の4人を見つめる。

 僕にもわかるだろうか。

 その疑問の答えはもう1年前に出していた。

 藍を見る。彼女は最後までスマホから顔をあげることはなかった。


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「なにが面白いの。これ」

 藍の正直な感想だった。僕は苦笑いするしかなかった。

 ゲームフェスが開幕して、館内では色々な催しをやっていたが、どれも藍には刺さらなかったみたいだ。

 僕らはステージの前に座っていた。ステージではβと応募者によるエンバーランドのエキシビションマッチが行われていた。

『おおーっとここで七瀬選手のスーパープレーが炸裂だぁ!!』

 歓声が起こる。この一角はβのファンやゲーマーが多く、ほとんどの観客がステージの近くまで寄って立ち見していた。座っている僕らはやや悪目立ちしていた。

「なにやってるのかわからない」

 まぁ、藍の気持ちはわかる。僕もこのゲームは一度しかやったことがないから、ステージ上でなにが起こっているのかはわからない。けど、綺麗なグラフィックとスリルのあるFPSの視点は見ているだけでも楽しかった。

「帰ろ。そうだ。久しぶりにバスケしない?」

 とはいっても僕も飽きてきた。藍も限界みたいだ。タイミングよく見ていた試合が終わった。僕は椅子から腰をあげた。

 ――なんでゲームにそれだけの熱が集まるのか。

 残念ながら、木村部長の言っていたそのワケはわからなかった。

 ゲームが悪いわけでも、このイベントが悪いわけでもない。悪いのは僕だ。

 あの日の出来事がフラッシュバックする。振り払うように、僕は藍と一緒に出口にむかって歩き始めた。

 背後では次のエキシビションのアナウンスがされていた。

 


『次の挑戦者は中野良太、田井中循、()()()()、真田――』


「え」


 僕は足を止めて、振り返った。

 スクリーンには昨日の少女が写っていた。


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