表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編


「なぁ、刑事さんよ。

 何でオレ、こんなトコで取り調べ受けてんだ?」


 ろくに暖房が効かない狭い一室。

 ブラインドで締め切られた窓からは、殆ど光が入らない。

 部屋の中央に設えた小さな机。それを間にして、俺とその若い男は向かい合い座る。

 仄暗い電気スタンドに顔を照らし出されたその男は、ふてぶてしくも俺をじろりと睨んだ。


「オレぁ、やるべき『ざまぁ』をやっただけなんだが?

 わざわざジムに通って、身体鍛えてよぉ」


 あつかましい台詞と態度に反し、痩せぎすの身体。

 美容院どころかろくに洗ってもいなさそうな黒髪。

 やたら太いフレームの黒ブチ眼鏡。ぎょろりと飛び出した眼球は白目が充血している。

 ろくに日にあたっていなさそうな肌は青白く、顎は無精ひげが目立つ。

 しかしジムで鍛えているというのは嘘ではないらしく、それなりに筋肉はついていた。


 ――こんな男に。


 俺は震える拳をぐっとこらえながら、静かに言い放った。


「当然だろう。

 別れた恋人の家に君は強引に侵入し、妊娠中の彼女に見境なく暴行を加えた。

 つわりでろくに動けない彼女に対し、顔の形が変わるまで一方的に殴る蹴るの暴行。

 しかも、妊婦の腹まで容赦なく何度も蹴とばした……

 間違いないか」

「けっ。

 オレはNTR行為に対して、当然のざまぁをしただけなんで」

「その上、相手の男性を執拗に探し出して襲いかかり、アキレス腱をぶった斬った上でやはり一方的に暴行。

 さらに眼をくりぬき、指を数本切断。とどめに陰茎切断ときた。

 NTRだかざまぁだか知らんが、君がやったことは立派な犯罪だ。それも非常に重大な」


 俺の眼前でふんぞり返るこの男――

 阿野妻あのつまオレノは猛然と反論する。


「だってあの女ぁ、彼氏たるオレを裏切ったんですよ!

 オレを裏切って、別の男とデートして、あまつさえ子供まで作りやがった!

 オレから全てを奪っておいて、とんでもねぇアマだ」


 なるほどな。

 それでこの男は、相手にフラれたのを根に持ち、NTR――いわゆる寝取られたと思っているわけか。

 そして相手とその男に、見事復讐を果たした。


「へへ、刑事さんよぉ。知ってるか?

 最近のweb小説界隈じゃ、こんなの当然なんだぜ?

 これ以下になると手ぬるすぎて、ざまぁが足りないとか言われるレベルだ」


 ぺろりと舌を出して嗤い続ける阿野妻。

 どうやらこの男、今web小説サイト界隈で流行りの「ざまぁ」「NTR」と言われる小説を参考に、犯行を企てたらしい。

 それも、かなり猟奇的なものを――


「オレの読んでたあの小説、かな~り読者人気高いんだぜ? 

 アンタも読んでみっか、刑事さん? 一度ハマるとやめられないぜぇ、ざまぁとNTRは」

「それで君は模倣してみたというわけか、その小説を。

 だとしても――

 妊婦の腹を何度も蹴りとばすのは、やりすぎだとは思わなかったのか」


 それでも阿野妻の表情に、反省の色は一切ない。


「当然じゃねぇか。クズどものガキなんて、クズにしかなんねぇんだから。

 むしろクズに生まれる前にブチ殺して当たり前じゃね? 逆に刑事さんたちには感謝してほしいくらいだね、この国のクズが減ったんだから。

 流行りの異世界恋愛モノでも、裏切りクズ王子の一族郎党皆殺しとかよくあるんだろ?

 そりゃ全部、クズの種を断つためよ。オレは滅多に読まねぇから知らんけど♪」

「君のいる場所は異世界でも中世でもない」

「はいはい、現代日本は法治国家ッスもんねぇ~♪

 あ~あ、つまんねぇ。あの小説は司法なんて存在しないも同然だったから、好きなだけざまぁが出来たんだがなぁ~。

 現実はこうやって、サツにしょっぴかれて終わりかぁ。

 でも問題ないッスよね、刑事さん? だってオレ、こう見えてまだギリ17だし♪

 まだ少年法適用範囲内っしょ?」


 やはりこの男は、何も分かっていない。

 へらりと嗤って舌なめずりしながら、俺を値踏みするが如く上目遣いに眺めている。

 完全に、人を舐め切っている。


「ねぇ刑事さん。オレには今、新しい彼女いるんスよ。

 確かにやったことは犯罪かも知れないけど、オレはきちんとざまぁすべき奴にざまぁしただけッス。

 正当防衛ってことで、帰してもらえませんかねぇ? きっと彼女、待ってるんで。

 超絶カワイくて絶対オレを裏切らない、優しい素直なコなんスよ~。

 オレを裏切ったあんなクズのゲスのブスの中古女とは、比べるのもおこがましいっつーか?」


 恐らくそれも、件のweb小説の模倣。

 NTR野郎と元恋人に制裁を加えた後、主人公は新しい恋人とくっついてハッピーエンド。

 よくあるパターンだ。


 自分はざまぁ小説の栄えある主人公。裏切ったクズどもに復讐を完遂した勇者。自分だけを愛してくれるカワイイ聖女と、ハッピーになれるはず。

 なのにそんな自分が何故か警察につかまり、冴えないスーツのモブおっさん刑事――

 つまり俺に詰められている。

 ヤツにしてみれば、チョーゼツ理不尽な状況だろう。

 ――だが。



 俺は一発、机を平手でバァンと叩いた。

 それだけで阿野妻は、ビクンと椅子から跳ね上がる。

 まさか一介の刑事でしかない俺にこんな真似をされるとは、予想外だとでもいうように。


 ――しかし貴様にとって予想外なのは、ここからだ。



「……そうか。

 その、クズのゲスのブスの中古女とやらが……

 俺 の 妹 だったとしたら?」

「ふぇっ?」



 何を言われたか全く理解できていないのか、大きな眼をさらに見開いて音が出るほど瞬きする阿野妻。

 俺はそんな奴の胸倉を掴み、右腕だけで力まかせに引っ張り上げる。

 ――目一杯の恨みをこめて。


「それから、何を勘違いしているか知らんが。

 俺は刑事じゃないし、ここも警察じゃない」

「ふ、ふへぇっ!?」

「俺には方々に顔のきく友人が結構いてな。

 ひと芝居うつのに協力してもらったんだよ――

 俺の妹と姪っ子と義弟を散々な目に遭わせてくれたお前に、いわゆる『ざまぁ』する為になぁ?」

「ひぎっ……!!」


 ようやく事態を理解したのか。

 阿野妻の顔面が、哀れなほどに歪んだ。

 そんなヤツの耳元に、俺は語りかける。静かに、歌うように。


「もしかしてこの建物が警察署に見えたか? ここが取調室に見えたか?

 残念でした。全てまがい物だよ。

 その理由は、貴様なら一番よく分かっているはずだろう?」


 俺の右手で首根っこを絞め上げられながら、ワナワナ震える阿野妻。

 そして俺はもう一方の手でデスクの下から、ある物を取り出した――

 ガタン……ガツン。

 重く響きわたる鈍い金属音をたてながら、俺が引き出したのは


「ふぉえっ!?」


 それを見た瞬間、阿野妻の眼球が飛びださんばかりにひん剥かれた。

 ――それは、刃部分に大量の血塊がこびりついた、斧。


「な、なななんで、ソレがここに……?」

「あ~、覚えてたんだ。お前が使った斧だよ。

 俺の義弟の、アキレス腱と指とアレの切断に使ったヤツ。

 良かったぁ~、まだ使えそうで」


 斧をブンと空中で振ってみると、付着していた黒い血塊が思い切りヤツの頬に飛んだ。

 試しに二度、斧で床を叩いてみる――


 ガコン

 ガツン


「ひ、ひぐぅっ……!!」


 この音だけで大層ビビったのか、阿野妻の全身はガタガタ痙攣するように震え出していた。

 それでもヤツは必死でポケットを探る。多分スマホでも取り出そうとしてるんだろうが、そんなものは既に俺が取り上げている。

 いや、あったとしても役には立つまい。


「て、てめぇ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!

 け、警察を……!」

「お前は何を言っているんだ?

 来るわけがないだろう、警察なんて」

「へ?」


 もしかしてコイツ、まだ分かっていないのか。

 俺は阿野妻の首を軽々と絞め上げながら、その喉元に斧をつきつける。


「お前が参考にした小説には、警察などの司法組織なんて存在しないも同然だった。

 そしてお前がその小説を元に、『ざまぁ』とやらを実行した瞬間から――

 この現実でも、()()()()()()()()()()()()()んだよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ