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ハトに恋する捜査手帳《ラブレター》

作者: ナ月

「えへ。イチゴフェア最高。旬限定のあまあま特製白イチゴパフェ……えへ、えへ」


 両手で抱えるほどの大きなパフェを、ほくほく顔で町を歩いているのはモモ。白いもちもちの頬を膨らませて、極上のスイーツをこれでもかと満喫している。

 年は19歳。都内の専門学校に通うが中退し、自身の『とある才能』に気づきフリーターとして生計を立てている。


「つみれ市連続殺人事件の犯人、まだ見つかってねぇんだって」

「怖いねぇ」


 そんな物騒な会話も聞こえるのは、ここ神奈川県つみれ市。

 駅周辺はそこそこ店もあり栄えているが、市の半分は山に囲まれているような田舎である。

 モモはこの町で生まれ育った。


「んー」


 甘いスイーツを堪能しながら、頬っぺに付いたクリームを細い指ですくってぺろりと舐め取り、町を覗き込むように大きな瞳を半分閉じた。


「事件の香りがする!」


 モモのアンテナが、びびんと何かの電波を受信していた。


***


「事件だってね、ヨモギくん」

「はぁ、刑事ですから」


 警察署のオフィスで、そんな身も蓋もない会話がされた。

 ヨモギと呼ばれた男は書類を整えながら、声をかけてきた上司へ相槌を打つかのように、ぺこりとお辞儀をする。小さな仕草ながらも丁寧な動作で、彼が些細なことも気にしながら毎日を生活しているのが垣間見える。

 すらりと背が高く、繊細な顔立ち。


「はっは! そりゃそうだ。ただの暴力事件。でも難航しそうだってね。痴情のもつれだろ? 男が女殴って逃げたやつ。ガイシャの方はアゴの骨が折れたって言うじゃない。怖いねぇ」

「ええ、本当に。許しがたい蛮行です」


 息を吐くように、悪を嫌う。

 涼しい顔をしている裏には、燃えるような正義が彼の心にはある。


「うん、とっちめてやらないとね」

「ええ、とっちめてやりますよ」

「アテはあるのかい?」

「ええ、まぁ」


 そう言って、ヨモギはすくりと立ち上がった。


「餅は餅屋、ですよ」


***


 つみれ市某所。

 ショッピングモールのアイスクリーム屋のベンチに、桃色のワイシャツに白いカーディガンを着た少女と、パリッとしたスーツ姿の青年が座っていた。

 優秀な刑事には、優秀な情報屋がいるものだ。特にその情報屋のことを「ハト」と隠語で呼んだりもする。

 モモは優秀なハトの一羽だった。


「ヨモギん久しぶりー」

「そのアイス代は前金だからな」

「分かってる分かってる~。で、どんなお仕事?」

「男を探している」

「痴情のもつれ?」

「そんなとこだ」

「そっちが持ってる情報は?」

「女の住所」


 ピ、とヨモギは英単語の暗記に使うような小さなメモ帳をモモに渡す。


「男の名前は?」

「シュウジと名乗っていたそうだが、偽名の可能性もある」

「ふーん。一緒に住んでたの?」

「ふた月ほど同棲していたらしい。日毎に暴力が増えて、ついに女性を怪我させるほど殴ってしまい、逃走した」

「ふむふむ。分かった。このモモにまっかせっなさーい」

「……」

「どしたの?」

「……いや、高校を卒業してから、お前、変わったなと思って」

「えー、止めてよ昔の話は。全く。これだから幼馴染は……! 私が小学生の時、中学生だったくせに!」


 アイスを食べているのに少し顔を赤らめながら、モモがそう返す。


「いや、良い変化だ。今の方が女の子っぽいというか……その……」

「やめやめーい。昔の話はやめ! 仕事、行ってきます」


 そういって敬礼をすると、モモはアイスを持ったままギコちない大ぶりな動作で歩いて行った。その後ろ姿を、ヨモギはどこか見惚れるように見送り、ふ、と微笑んだ。


***


『いいか、モモ。目を凝らせ。耳をそばたてろ。肌を張りつめろ。自然は、必ずそこに生き物の痕跡を残している。それを感じ取るんだ』


 モモは過去に祖父から言われた言葉を、まるで今、耳元で囁かれているかのように鮮明に思い出し、うん、と頷いた。


「わかってるよ、じーじ」


 そしてマンションの一室の前に立ち、インターフォンを鳴らす。


「……ぁぃ?」


 しゃがれた声が響き、チェーン付きではあったが扉が開いた。

 左頬に布を当てて包帯を巻いた、やつれた女性が顔を覗かせた。

 その女性の顔を、モモは、しかと観察する。その大きな瞳で。悪魔みたいに尖った耳で、もちもちの肌で、須らく、感じ取る。

 すぅ、と大きく鼻で呼吸をすると、モモは、パッと笑顔を作った。


()()()()()()

「……ぇ?」

「アゴ辛いですよね。大丈夫ですよ。何も喋らなくて。ここには新藤ヨモギ刑事から伺ってきました。私は情報屋……探偵みたいな感じです! えへん」

「はぁ……」

「では、失礼します」


 そして、モモは両腕を翼みたいに広げる不格好なお辞儀をして、その場を去った。

 そして、彼女は、信じられないことをブツブツと呟いていた。


「犯人は男性。26歳。身長178cm。体重75㎏。右利き。顔立ちはよく育ちも良い……特徴は……」


***


 事件があった場所からすぐ近くの十字路。そこを見下ろせるように建っている大型の商業ビルの中で、ドリンクをすすっている少女がいた。

 舌にひとつ、口にふたつ、耳には合計13個のピアスを開け、人差し指にブランド物のアーマーリングをはめている、黒髪ロングの少女。

 すぱ、と煙草を吸いながら、昼間からストローでハイボールサワーを飲んでいる。


「ちょっと、そこの君。身分証出して」

「成人だ。超早生まれなんだよ」

「あっと、これは失礼……」

「くだらねーことしてねーで仕事しろや、この税金泥棒どもが」


 ケッ、と唾を吐くような態度を取る少女だったが、桃色の少女が近づくと、パッと顔を輝かせた。


「イーローリーちゃんっ」

「モモちゃーん! あ、ごめん。今仕事中なんだ」

「お酒飲んでる」

「しー。遠くから見りゃジンジャーエールに見えんだよ」


 モモは相席に座り、イロリという名の少女は、時折窓ガラス越しに眼下の町を見る。


「お仕事?」

「今はカラスって仕事をやってる。ティッシュ配りのやつらを監視する仕事だ。ウチらカラスを見張るフクロウって役職もある。遊んでるわけにはいかないんだ」

「そっか。私もお仕事」

「用件は?」

「3日前の16日の18時頃。25歳の、背丈は180cmくらいで、そこそこ顔立ちの良い、私服姿の男、通らなかった?」

「私服のセンスは?」

「灰色のシックな感じ」

「ふん。帰宅ラッシュの時間帯にそんなホストみてーな格好してるやつがいたら、さすがの私でも気付けるね」

「さすがイロリちゃん!」

「あっち。交差点の向こうを歩いてった」

「ありがと!」


 モモはそれだけ聞くと、ガタリと席を立った。


「お礼は出世払いで頼むぜ」

「任せといて! いつものオカマバーで奢ったげる!」


 ガッツポーズで挨拶を交わし、モモは去っていく。

 イロリは元気に飛び跳ねるように歩いていくモモの後ろ姿を見て、くすりと笑った。


「さすが、マタギの爺様に鍛えられたやつは、エネルギーが違うわ」


***


「お願いします! 痴情のモツレってやつで、ここの監視カメラ、見させてもらえないでしょうか!」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます!」


 モモはコンビニエンスストアのバックルームに突撃し、店長から監視カメラ映像の閲覧許可を取っていた。

 大抵のコンビニは外に置いてあるゴミ箱や来店者が見えるようにカメラを置いている。結果として、外を行き交う人を撮っている場合が多い。


「それにしても珍しいね。いつもは愛想のない刑事さんなのに」

「実は私、探偵、みたいなやつなんです!」

「へぇ、若いのに偉いねぇ」


 太っちょの店長は、興味あるのかないのか、適当な返事をする。

 モモは監視カメラの時間を巻き戻し、事件当日のカメラを早送りで再生する。

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』被害者女性の傷跡からピッタリの時間を逆算し、そして見たこともないはずの男の顔を、まるで分かっていたかのように捉える。


「見つけた」


 ぱしゃ、とスマホでその画像を写真に収める。


「オッケーです。ありがとうございました!」

「もういいの?」

「はい! あ、特選豚まん買って帰るんで!」

「そりゃ毎度あり」


 豚まんを買って、モモはほくほく顔でコンビニを出た。

 次に向かうべきは、小学校だ。


***


 モモはお爺ちゃんっ子だった。猟師をやってるお爺ちゃんの元で、大自然から情報を読み取る能力を授かり、その後天的技術と先天的な才能が化学反応を起こした結果、その才能が開花した。モモにとって、人が起こした事件も一目見れば、まるで逆算するように答えが分かるのだ。

 異常なまでの洞察力。それがモモの才能だ。


 モモは地元の小学校の門をくぐり、我が物顔で職員室の扉を開けた。


「おっ邪魔っしまーす!」

「あら、八坂(ヤサカ)さん。また来たの?」

「ちょっと卒アル見たくてー」

「また? まぁいいけど。減るもんじゃないし」


 地方の小学校ほどセキュリティはぜい弱だ。母校ならなおさら。

 モモは迷うことなく自分より七つも上の代の卒業アルバムを取り出し、ページをめくる。

 そして、スマホに残った画像と比べて、かすかに面影がある程度の児童の顔を、ぴたりと指さした。


田辺銀次(タナベギンジ)


 モモの目には見えている。

 猟師の目だ。

 過酷な大自然の中では、僅かな兆しさえ見逃せば人の身など一瞬で死んでしまう。そんな極限状態を常に発揮できるモモにとって、この程度の感性、なんてことはない。


 パシャリ、とその顔も写真に収め、卒業アルバムを棚に戻す。


「お邪魔しましたー!」

「あら、忙しないわね」

「また来まーす!」


 ガラガラ、と元気よく扉を開け閉めするモモの姿を見て、教員はふぅと嘆息した。


「小学生の時より小学生してるわね、八坂さん」


***


 モモにとって。

 推理とは、必要のない物である。なぜなら見ただけで答えが読み取れてしまうから。ゆえに探偵も不要なものである。彼女にとっては逆算するだけの作業でしかないから。

 それがどんな人物か、どのような境遇を経て、どのような感情を有し、どのような人生を歩んで、どのように道を外れてしまったのか。その全てが手に取るようにわかるのだ。


 モモは件名なしで二枚の画像と彼の自宅の電話番号をメールの本文に乗せ、ヨモギに宛てて送る。

 そして―――。


 さぁ、と風がなびき、モモは肩にかかるくらいの自分の髪を抑えた。

 そして、公園のベンチに座り、ペンを取って手紙を書く。

 これは業務に関係のない、ただの私事だ。

 余計なことだと分かっている。だけど、モモには止められなかった。

 誰よりも犯人のことが分かってしまうからこそ、止められない。

 モモはペンを走らせ、手紙を書いていた。

 他の誰のためでもない、犯人のために。


***


 田辺銀次。


 五人家族の次男坊。手間のかかる兄と、可愛い妹の間に生まれて育った。

 貴方は手間のかからない子供だった。何故なら手間のかかる兄を見て学び、先んじて親の迷惑にならないよう行動していたから。

 貴方は賢くて、気が利けて、思いやりのある人だ。

 でも、ふとある時に思い出した。自分が手間を、()()()()()()()()()()()()()

 だから貴方は、愛されたかった。

 でも、親から愛を受け取るには、貴方は年を取り過ぎていた。

 だから他者から愛されることを望んだ。皆もそうしてる。でも世の中は、一般的な世の中は「愛されたい」と願う女の子ばっかりだ。もしかしたら、貴方のその願いは女々しいと思われたかもしれない。

 愛するばかりで、愛されていないと不安に駆られる夜もあっただろう。

 貴方は男としての重圧に耐え切れず、自分は愛されていないと思い込んだ。

 本当は、誰からも愛されていたはずなのに。

 思い出して。貴方は、恋人からも、家族からも、友人からも、世界からも、愛されていたことを。

 貴方の彼女は貴方を探しているよ。裁きたいんじゃない。貴方に会いたがっている。貴方を、愛しているから。

 みんなそうなんだよ。

 貴方を愛しているから。

 だから、顔を出してあげて。


***


 ヨモギが田辺銀次の自宅のインターフォンを鳴らすと、本人が出てきた。

 ヨモギは事情聴取するまでもなく、涙ですすり切れている男の顔を見て、察した。


「刑事さん……自首させてくれ。俺、俺は、こんなにも愛されていたのに……酷いことをしてしまったんです……」


 ヨモギは嘆息し、頷いた。


「数日はご家族とも話せなくなるかもしれない。事情を話してきなさい」


 銀次はしかと頷いて、涙ながらに刑事に感謝した。


***


 某アイスクリーム屋の前のベンチにて。

 いつか見た光景のように、今日は青と白のオーバーサイズセーターを着て、ロングスカートを履いているモモがチェリーショコラとバナナ&アップルの二段アイスを食べていた。


「モモ。お前、また余計なことをしたろ」

「お手紙書いただけだよ」

「捜査手帳の提出は、俺だけにしろ」

「欲しいの?」

「そ、そういう意味じゃないっ。俺には、いらない!」

「そうなの?」


 大きく慌てたヨモギは、チョコチップアイスを落とさないよう気を付けながら、こう言い足す。


「お前のは捜査手帳じゃなくて、ラブレターなんだよ!」


 ふふん、とモモは余裕っぽく笑う。


「見えないだけで世界は愛に満ちているのだよ、明智君」

「……~っ。そうかよ、ワトソン君。それじゃあ、こいつは今回の礼だ。ちゃんと確定申告しとけよ」

「アイサー、オフィサー」


 そう言いながらも、可能な限り小さく丸めた万札の束を見て、モモは苦笑する。

 こんな秘密のやり取りをしておいて、法を守れだなんておかしなことを言う。

 モモは報酬を手に、えへへと笑って、アイスを持ったままウキウキでステップを歩く。


「今夜はやっきにっくだー♪」


 約束をしていた、イロリと一緒に行くことを思い描きながら。


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