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紺の導師  作者: 燐火
6/6

【1-4】


一度目に結界の外に出てから一時間ほどしかたっていない外の景色に変わりはない。

不自然なほどに大きい木々の間を周囲を警戒しつつ抜けてゆく。俺の前を身の丈ほどの杖を握りしめて歩く少女、ルーチェの身長は女性の平均を超える程度だろう。狐耳も入れて160ぐらいか。


「ウィズ、次の階層への最短経路は?」


空気をあまり震わせないように小声で魔力も手伝って届かせる。届いた声にちらりとこちらを振り返ったウィズは一瞬いぶかしそうに眉をひそめて、あぁと納得したようにうなずいた。


「わかったから先導するよ」


俺と同じような方法で答えて、ウィズは前に向き直り、足を進める。地面を構成する大きな葉は、ところどころに大きな足跡が残っている。大きな狼や、兎に似ている、魔物の少しへこんだ足跡の少なさにほんの少し違和感を覚える。だが、ウィズの予想外に早い歩みにその思考はどこかへと埋もれてしまった。


おいおい、通常よりも早いが体力配分とかは大丈夫なのか?


不安になるも、ルーチェはほぼ問題なくついていけているさまを見て、口に出すのは控えることにした。なんせ、ウィズのことだ。何かしら知ってしまっていたとしてもおかしくはない。


ルーチェの歩みはいつもよりも早いウィズの歩みに問題なくついて言っている。慣れた足捌きは、普段からよく森へと行っていたのではないかと思わせた。ただ、さすがにこのような大きな葉の上を歩くことはなかったのか、はじめのころは戸惑っていたのが分かった。それに慣れたといっても、まだほんの少しぎこちなさが残っている。疲労によっては、この階層でいったん休んだほうがいいかもしれない。そう思うが、それと同時にそうしてはいけないとも思う。……この階層には、何らかのギミックでもある……ような気がする。


がさり、大きな音を立てたのはウィズの足元。あ、とほんの少し呆然としたのち、ウィズは俺のほうを口を半開きにした微妙な表情で見てきた。前方から5体ほどの魔物の気配が寄ってくるのを感じる。


あぁ、どこか地に足つかずだったのもあって、なんかやらかすかもしれないとは思ったが、本当にやらかすとはね。まぁ、それはいい。とりあえずは固まったままのウィズを再起動させて、対応でもしてもらおう。いい力試しになるはずだ。……いや、現状把握、かな。


「ウィズ、よろしく」

「…………はい?」


間を置いて、再起動したウィズはこちらを振り返る。苦笑したままの顔で、目が笑っていない俺に、ウィズは顔を引きつらせる。


「ウィズ、さん。大丈夫、ですか?」


ルーチェが心配してかけた声にウィズは大きくため息をついて、足元で葉がたてる音を気にせず、より前に出た。そのウィズに追従しようとするルーチェの腕をつかみ、後ろに下がる。何するんですか、と目線で訴えかけるルーチェをそのままに、ウィズを見ろを無言で示した。

諦めたように大きく息を吐きだして、きっと狼と梟たちを睨む。


「……はぁ、やるか」


前方にぬぅと表れた巨体の狼が二匹と梟が三匹。魔力を身にまとわせ、矢のように飛び上がる。狼の巨体を飛び越え、梟の飛ぶ位置の手前で最高地点に到達する。そのまま右の手を下にいる巨体の狼のほうに向け、左の手を上の梟に向ける。


『光弾』


呟くと同時に、ウィズの両の掌に白い光の弾丸が複数生成され、飛ぶ。二体の狼と三体の梟の脳天に白い弾丸が肉にめり込む音とともに吸い込まれてゆく。


「わ……」


思わず、声を出したルーチェ。目から命の光が消えて、魔素へと還ってゆく。くるりと空中で一回転して音もたてずにほんの少し離れたところ、魔素が舞う中にウィズは着地をした。


「どうだ、ウィズ」

「あー、うん。ちょっとあれだけど、戦う分には問題はない、かもね」


手を開いたり閉じたりしつつこちらを振り返る。イハルを背後に漂わせ、一応用意しておいた隠した術式を知られないように霧散させる。


「なら、いい。先へ進もう」

「はいはい」


声をかけ、ルーチェに目を向ける。こくりとうなづいたのを確認して、先に進むウィズを追いかけた。


***


それから幾度か避けられぬ戦闘を行い、そのほかは全て避けつつ、二時間ほどは過ぎた。立ち並ぶ木々の間が初めと比べるとだいぶ狭くなったことに気づく。

とはいえ、先に進むウィズの足取りに淀みは一切ない。いや、それどころかだんだんと早くなっている。


「ウィズ、おまえ……」


ふっと浮かんだ考えに、思わず声にだす。なんとなくではあるが感じていた違和感。そして、ここにきて与えられたそのかたちに少なからず恐怖する。


「……アキも気づいてたの?」


立ち止まってばっと振り向く。ただ、足は止めずに[全知〈ー〉(制限中〈9〉)]によって前方(ウィズには後方に当たる)障害物をよけていく。その足は焦りからかだんだんと早くなっている。そう、なぜか上から差し込む光がだんだんなくなっていっているようにも思えるのだ。それこそ、木々が増えたにもかかわらず、異常にも思える速度で暗くなっていっている。


「え?なに、なんの話ですか?」


戸惑いつつも早足でついてくるルーチェ。ざわざわと木々の枝葉が揺れている音がやけに大きく聞こえてくる。上を時折確認しつつ、ウィズは早歩きから走りへと移行した。


「やばい、そろそろかもしれない、急いで!!」


全速力に近い速度で走り出したウィズは一つの方向を指し示す。そこには、虹色の膜の張った木の洞が見えた。ルーチェがついてきていることを確認して、俺も走り出す。


「えぇ、ま、まってくださいっ」


少しして、後ろを見ると、大幅に遅れそうなルーチェの姿が。

仕方がない、抱えるか。

オレは上を見てさとる、本当にもう、時間がない。


「いくぞっ」

「え、ええええ?!」


ルーチェを抱きかかえ、ウィズを追って走る。ざわざわとした音はもう無視できないほどに大きく、あたりに魔物の姿さえない。


大きな不安定な葉を踏みしめて走る。異様に獣の足跡の少ない地面を覆う大きな葉、踏みしめられた後のないその葉には、これまで遭遇した獣の数と彼らが踏みしめた後の葉を見た経験からもおかしいと分かるものだ。


そう、獣の数にしては踏みしめられておらず、新しすぎるのだ。


どうにかウィズに追いつき、ウィズとともに残りの50メートルほどを駆け抜け、虹色の膜を通り抜ける。


背後でばさばさばさと大きな何かが落ちる音が響いた。


背後の虹の膜はあるにはあれど、透明度は高くなく、向こう側も見えない。前方に見える、虹の膜は向こう側が見えるというのに、だ。


「あ、あの、なんで、私たち、急いだんですか?」


抱えられたルーチェを下ろし、ふうと息をつく俺とウィズに向かって投げられた質問。純粋になんでと問う瞳を見るに、ルーチェが答えを得ていないことに気が付く。


「あー……ルーチェはわかってなかったの、か」


なるほどーとでもいうふうに苦笑したウィズ。笑いながら、ルーチェに向かって言った。


「あの階層、一定の魔力を得るか一定の時間経過によって、木々の葉が落ちてくるようになってたんだ。見ての通り、あの葉ってかなり大きいし、ちょっと嫌な予感がしたからよけたほうがいいと思って」


キョトンとした顔がだんだん、驚愕にか目が見開かれる。


「え? そ、そう、だったんですか!? あ、アキさんも、気がついて……」


大きな目を見開いたまま、俺に顔を向けるルーチェ。そっと目をそらして、顔もそらした。


「えーっと、な……あそこについた時からなんか違和感はあったし、まぁ、気がついたのはウィズよりは遅いだろうけどな」


なお、一定の魔力を得るか、一定の時間によってかと決められないのは、そもそも、あの木々がどういう原理によって葉を落とすかはわからないからだ。魔力を吸収することで葉が大きくなって落ちるのか、それとも、時間がたつことで葉が大きくなって落ちるのかは。まぁ、ウィズが封印されていなければ分かったことではあろうが、まぁ、なんかしらのこういうギミックは迷宮には付き物だ。……たまにないのもあるが。


「えー、でも僕が気が付いたのはアキの不自然さゆえだからなー。きっかけはアキだよ」

「まじか」

「そう、なんですね……」


そこまで態度に出ていたのか、それは、まずい。もう少し表情を隠すか何かしなければいけない。“日常”で狂いでもしたのだろうか。いや、どっちかというならば狂うというよりは緩む、だな。

顔を前に戻せば、虹色の膜の向こうには通常サイズの木々が並ぶ薄暗い森であることがわかる。


「で、だ。ここからは第二階層か」

「そうだね」

「そのよう、ですね」


第一階層とは様変わりして薄暗い通常サイズの森。鬱蒼と生える林床の脛にかかるほどの長さのある草たちはかなり歩きにくいことがわかる。


「この洞の中の草が短いことが救いだね」

「そうだな……で、どうする。今日はここでやめにしとくか?精神的に消耗したし」


うーんと考え込んだウィズ。ようやっと息が整ってきたルーチェをちらりと見れば、彼女も同じく考え込んでいる。ふっと思い立つ。


「ウィズ、今何時だ?」

「え、えーと、午後1時過ぎ、かな」

「昼、食べるか」


不安定な草の上に置くのもあれなので、[インベントリ]から少し大きめの板を取り出しておき、その上にポーチから、今朝つくった食事をとりだして、[インベントリ]から食器類と、取り分けるために必要なものを取り出して置く。3つの深めの皿にスープを注ぎ、鍋の中に残ったスープは後日用に取っておくため、[インベントリ]にしまう。近くに座ったウィズが取ったのを横目に俺自身もスープの皿とスプーン、バーガーをとる。


「ほら」

「そう、ですね。ご相伴にあずかります」


躊躇しているルーチェを見かねて突きつける。申し訳なさそうに笑い、ルーチェはスープの皿とバーガー、スプーンを受け取った。


「さっすがアキ、おいしいよ!」


すでに何口か分消えているバーガーを両手で持ち、満面の笑顔を向けるウィズ。本来は食べる必要はないとはいえ、味に関しては意外とうるさいウィズのお墨付きだ。ならば、今回はかなりうまくできたと思ったのは間違ってなかったようだ。

俺も一口かみつく。……うん、上出来だ。


「あ、……ほんとうだ、おいしいです、アキさん!」


ルーチェはそういったかと思えば、息つく間もなく齧り付いて、ゆっくりと噛みしめながら満足そうに笑う。そして、飲み込んだかと思えば、また齧り付いて、同じように笑った。

ルーチェの姿にほんの少し、何とも言えない感傷が浮かび上がった気がしたが、無視して、食べ進める。あいつらがいればいいな、なんて、今ここで思ったとしても仕方がないから。

バーガーを食べきって、スープに手を付ける。一口飲んだ後、すでに食べ終わっていたウィズが口を開いた。


「で、今日はどうするの?」


先ほどの話の蒸し返しだった。







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