【1-3】
ルーチェがようやっと息を落ち着かせたので、俺は居住まいを多少正してルーチェに尋ねた。
「ルーチェはここ、地中大迷宮の事をそもそもから知らないってことでいいな?」
はい、と神妙に頷く彼女が自身のパーティーメンバーであったならば、容赦なく物理で混乱を収めたのに……。
ふと思ってしまったことに、パーティーメンバーの安否が少々気にかかった。
いや、自身のパーティーメンバーは強者揃いだからよっぽどのことがない限り心配はしなくてもいいか、……でも、みんな悪運強いからなぁ、よっぽどのことが起こっている可能性は無きにしも非ず……といっても、しばらくはここに拘束されそうだしな……。
そう考えている間にずっと固まっていたウィズが再起動して話を進め始めていた。
「現代でできた地中大迷宮を含む大迷宮は、調査や神託の結果、ほぼ古代において存在した大迷宮と同じものだろうといわれているんだ」
集中して聞き入るルーチェ。ウィズのすらすらと事実を並びあげていく様は、過去に[全知]や[情報網]で知ったことだろうととはいえ、さすが全知の魔導書と関していただけはある、と思った。
「まぁ、調査できたのはここ、地中大迷宮ではなかったようなんだけど。どこだったかなぁ……見つけるのも、入るのも物凄く容易いのに、攻略が滅茶苦茶しんどいって一時期噂になって、たくさんの高ランク冒険者が挑戦しては敗れた場所だったんだけど……」
「ぁ、あの、ウィズさん、続きを……」
俺たちが行ったわけではないから、覚えられなかったのか、回想に入ったウィズ。
痺れを切らしたルーチェによって強制的に話は戻される。
「はいはい。といっても僕も詳しくまでは知らないし覚えてないよ?」
苦笑したウィズはつづけて言う。
「ここ、地中大迷宮はマーレリア王国のメルノ侯爵領に存在する迷宮都市ソイン近辺の森にあるといわれているんだ。僕らも、ここへは正規ルートで入ったわけではないから、森のどこら辺にあるかは知らない」
っていうかここってまだ見つけられていないのだろうか?それとも、入るのに規制とかされてないのだろうか?
そのことも、ここから出た暁には考えて行動しなければならない。
ちらりとオレの顔を一瞬見たウィズ。
「今でも、この迷宮は見つけることが困難すぎることから、神託以外で存在証明はされていないんだ。多分、僕らがこの大迷宮の初めてのお客さんだよ」
きっとウィズの事だから、俺の聞きたいことを察したのか、[全知]で読み取ったのか……。まぁ、付き合いの長いこともあってか、知の魔導書であることもあってか分かったのだろう。
「しんたくって、神様からくだる、アレですか?」
そういえば、と今気が付いたかのように問うルーチェ。半信半疑に近いその声音は、神託の存在が信じられないことを物語っている。
「そうだよ?神託は絶対。外れていたことはないから、実質的には存在証明されていたことになるんだけれどねー」
そう、外れた神託はなかった。古代においても、神代においても、現代までに、一度も。……本当の神託は。
「そう、なんですか」
ルーチェは顔を伏せる。俺がそれを訝しむ間もなく、ルーチェは顔をあげる。その俺とウィズを見る瞳は真剣で、一切の迷いがない。
「あの、お2人はここを攻略するんですか?」
「あぁ、するが」
「うん、するけど」
即答して、重なった声に俺とウィズは一瞬だけ双方を見合って、ルーチェに視線を戻した。
「ならっ、私もつれていってください!」
その言葉は、予想していたものだった。だが、連れていくにしても、連れて行かないとするにしても、聞かなくてはいけない。
「なんで一緒に来たいの?」
剣呑な光を湛える目を細めてウィズは問う。なんとなく予想はしていたが、人の心情も[全知]の制限中の範囲内にあるらしい。
真剣な表情のまま、ルーチェは口を開いた。
「……。私がここに来るときにのった魔術陣は、私の師匠が設置したものだったんです。魔術陣にのる前、師匠はこう言いました」
曰く、世界に羽ばたけっ!ルーチェ・フォルス!!と。
遠い目をするルーチェ。
ルーチェもなかなかアレな子だとは思ったが、その師匠は師匠で濃いな……。
同じく遠い目をした俺とウィズ。
ルーチェはそれに苦笑して、また真剣な顔に戻って続けた。
「師匠は自分のところには帰ってくるなって言いたかったのでしょう……きっと。でも、私、ここから外に出るルートを知りませんし、町の場所も知らないんです。このままいっていたらきっと、のたれ死んでいたと思いますし、このままお2人と別れたとしても、死んでしまうだけだと思うのです。なので、ずうずうしいことはわかっているのですが、アキさんとウィズさんについていきたいんです」
なるほど。かなり切実なコトだ。
ルーチェの言葉に嘘が混じっていないことはなんとなくわかる。
ちらりとウィズを見て頷けば、ウィズは見て分かるように大きくため息をついた。
「はぁ……いいよ、ついてきても。でも、手助けはするけれど、自衛は自分でしなよ」
その言葉にぱぁと太陽に照らされたかのように一気にルーチェの表情が明るくなった。
「はい、ありがとうございますっ!」
大輪の花のように笑むルーチェ。
「じゃあ、戦闘スタイルの確認が必要かな?」
「そうだな」
ウィズが微笑んでいったことに俺は同意する。戦闘スタイルも知らないままに進むのは危険すぎる。主にフレンドリーファイア、味方から味方への攻撃とか。
「ルーチェの基本的なスタイルは?」
「えっと……ステータス見せ合うとかはしないんですか?」
ルーチェの言葉に俺とウィズは驚いて顔を見合わせる。
「……長くパーティとか組むんだったら、見せ合った方がいいけれど……」
難しい顔で、眉をひそめて考え込むウィズ。
「自分の切れる手札は隠しておいた方がいい。なんせ、[解析]や[看破]、[直感]を持つ人には[隠蔽]していたとしてもステータスそのものを見せたらばれたり、[隠蔽]していることを悟られたりすることもあるからな。だから、ステータスはあまり見せない方がいい」
俺が続けてそういえば、ルーチェはポカンとしたのちに、ふふっと笑った。
「わかりました、これからは気を付けます」
言っている言葉に反して、声音は軽い。
ウィズは苦笑した。
「で、ルーチェの戦闘スタイルは?」
「基本が、魔術と陰陽術で、一応武術として杖と薙刀が使えます」
空中に手を伸ばし、現れた黒い渦の中から身の丈に近い大きさの宝玉のついた杖を取り出す。
[インベントリ]から取り出したのだろう。木を素にしてつくられたその杖は素材が良く、魔術の補助としても、棒術や杖術で使うにしても、使いやすい良いものだと一目見てわかるものだ。
「んー、じゃあ、僕が前衛で、ルーチェは中衛ね」
杖を見て考え込んだウィズはよしとでもいうように頷き言う。
ルーチェが戸惑いつつも頷き返したのを見て、ウィズは俺の方を見て言った。
「アキは今回は完全後衛を頼むよ、気配察知と、危なさそうな時の補助を」
「ん」
了承の意を込めて頷く。
「じゃあ、ルーチェの魔力が完全回復したら行こうか」
「そうだな」
ウィズが言ったことは至極当然のことであったので、俺は同意して、すぐ後ろの木の壁に凭れ掛かった。
「え? あ、はい」
戸惑うように返事をしたルーチェは杖を木の壁に立てかけて、俺と同じように木の壁に凭れ掛かり、目を閉じる。
魔力は基本的に時間とともに回復する。また、体を休めたり、リラックスした状態や精神統一をした状態などにおいては、回復速度は上昇する。逆に、戦闘状態や精神的な衰弱状態であれば、回復速度は低下するのだ。
少しでも早めようとしているのだろう。
俺も、先ほど使ったのは微々たる魔力量であるとはいえ、回復はしとかなければ……。
いつ、何があるかわからないのだから。
ウィズが隣に座った気配を感じつつ、俺も、ゆっくりと目を閉じた。
***
魔力が身体に貯められる、今の最高値まで完全に回復したことを体感して、目を開ける。
ウィズは未だ目を閉じたまま、ルーチェも目を閉じたままである。見れば、ウィズは完全回復、ルーチェはあと少しといったところだった。
ゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをする。体をほぐすためにストレッチをすることにした。
「アキ」
大きな葉の上に足を延ばして座って、足の筋を伸ばす。
囁くような声だった。
ウィズへと目を向ければ、先ほどまで目を閉じていた彼はそのブルーの瞳を俺に向けていた。
「なんだ、ウィズ」
ルーチェの邪魔にならないように小声で返す。
ウィズが声をかけてくる理由はいまいち不透明であった。
「……夜営とかの準備はしなくていいの」
あ……あー……。
額に手を当てて、思わず空を仰ぐ。
久しぶりすぎて忘れていた。そうか、そうだった。一日でここを踏破できるわけでもないだろうし、夜営の準備は必要だ。
ってことは、昼食の準備も必要だったか。
うーん、俺の分は問題ないから、ウィズとルーチェの分か。ルーチェは[インベントリ]を持っていたから、用意してある可能性はあるが……一応作っておくか。
「そうだな、しなきゃいけない」
[インベントリ]から、カセットコンロのような魔術道具を取り出し、ナイフやまな板にフライパンや鍋、つくる予定のバーガーとスープの材料を取り出す。
スープの材料である野菜をナイフで切り分けつつ、俺は問いかける。
「そういえば、今は何時だウィズ」
ウィズは[インベントリ]からナイフを出して、バーガー用のバゲットに切り込みを入れつつ答える。
「んー、9時40分だよ」
ここ、リナレと地球の一日の時間は変わらず、24時間である。
呼び方は地域によって変わったりするが、基本的に何時何分といった形。一応、魔術道具ではあるが時計もあるのだ。
刻んだ野菜を鍋に放り込み、バターとともに炒める。
バターの豊かな香りが洞の中を漂う。
バゲットを切り終わり、ナイフを仕舞ったウィズ。
野菜にある程度火が通ったところで、ウィンナーも入れて、再度炒める。
「ん……」
微かな声にルーチェの意識がまどろみから覚醒へと向かっていることを悟る。
鍋に目分量で[インベントリ]から取り出したポットから水を注ぎ入れて蓋をしたら、魔術道具ごとウィズに押し付ける。
えっと驚くウィズを無視して、もう一つカセットコンロのような魔術道具を取り出して、フライパンをのせる。
そこにバターを落として、それと同時に地球で下準備を終えて冷蔵した状態で[インベントリ]に仕舞った鶏肉を置く。
蓋をして、片面を焼き上げるうちに、ウィズが切ったバゲットに野菜を挟み込み、あとは鶏肉を挟むだけでおわるようにする。
「……おはよう、ございます?」
目をこすりつつ、体を起こしたルーチェは戸惑ったように俺とウィズの事を見る。
「おはよう? ルーチェ」
ルーチェは頷くとともに視線を料理へと向ける。
「あの、これは?」
「昼食」
鶏肉が焼けていることを確認して裏返し、また蓋をする。
じつは、フライパンもいろいろと複雑な機能の付いた魔術道具だったりするが、必要もないので割愛。
「えっと、今、何時かわかりますか?」
不思議そうなルーチェ。いや、まぁ、時間的にこんな時間に昼食の準備をするのは普通ならおかしいな。
……普通なら。
腰のポーチから、懐中時計を探り出し(たふりをし)て、開いて時刻を確認する。
「9時50分程度、だな」
ですよね、と言わんばかりにほっとした顔になったルーチェ。けれど、もう一度料理を見て、首を傾げた。
「なんで、今頃昼食を作っているんですか?」
うん、ある意味当たり前に聞くことだろう。どちらを含んでかはわからないが。この時間帯に昼食を作るのは早すぎないかという意味と、迷宮攻略なら、普通昼食を来る前に作っているものではないかという意味の。
「あー、朝作るの忘れてたからだな。ここには正規ルートできてないってウィズが言ってただろう、実はルーチェと同じく、ここに来る予定はそもそもはなかったんだよ」
小皿に取ったスープを飲んで、こくりと頷いたウィズはコンロから蓋をした鍋を下して、俺に渡してくる。
それを受け取ってポーチの中にいれる。
きょとんという顔をしたルーチェ。
もしかして、前者の意味で言ったのか?
ちらりとルーチェの顔を見れば、ぱちぱちと瞬きをした後納得したような顔になる。
……ルーチェはダンジョンに入ったり、遠出をしたことがないのだろうか。
……まあ、いい。
鶏肉が焼きあがったことを確認して、バゲットに挟んでバゲットごと[インベントリ]から出した昼食をいつも入れているバスケットに仕舞う。
フライパンに魔力を流して、機能の一つで汚れを消し、[インベントリ]に仕舞う。そのついでにバスケットをポーチの中にしまった。
あとは、夜営の準備か。
前準備した奴がポーチの中に残っていただろうか?
ポーチの内側についているボタンの一つを押す。音もなく、半透明のボードが宙に浮きあがる。
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・鍋
・バスケット(昼食用)
・ナイフ
・魔術道具[カスタムチェンジ](青)
・テント×2
・寝袋×7
・ランタン×3
・ロープ×7
・毛布×7
・袋×7
・治療セット
・68656570000リル
####
んー、多分大丈夫だろう。なくても[インベントリ]に仕舞われているものでいけるかな。
ボタンをもう一度押してボードを消して、立ち上がる。
「アキ、準備は終わったの?」
「あぁ」
立ち上がったルーチェの全身を視界に入れて、魔力が全回復していることを確かめる。
「ルーチェは昼食や夜営の準備はしてるの」
ウィズが首をかしげて聞いた。
傍らにあった杖を手に取ったばかりのルーチェはその姿勢で固まる。
「……あ」
おろおろとうろたえるルーチェをしり目に、ずっとふわふわとオレの近くで漂っていたイハルを右肩らへんで固定する。
「ルーチェの分も一応用意はしておいたが」
言葉の足りないウィズに代わってぼそりと付け足す。
「……すみません、ありがとうございます」
申し訳なさそうな顔のルーチェ。
……どうにも、一般常識がないようにしか見えない。これ、このまま街とかに飛ばされていたら、最悪食い物にされていたんじゃ……。
ってことは、ルーチェがここに飛ばされたのは結果的に良かったのか……。
「同行するなら、万全の状態で挑んでもらわないと生還率が下がるもんね」
やれやれといったウィズ。
……いつもよりもウィズはピリピリとしている。普通の人から見れば、そうでもないようにも見えそうだが、やはり、どこか違う。機能が制限されたことで知れたことが知ることができなくなったが故なのだろう。
ありがとうございます、とまた返すルーチェに行くよと声をかけたウィズ。
余裕がないようにも見えるが、大丈夫なのだろうか?
すたすたと追い抜き、結界を抜けるウィズの姿は変わっていないのにどこか不安定にしか見えなかった。




