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紺の導師  作者: 燐火
4/6

【1-2】



肩を震わせて口を片手で覆うウィズに俺はじとりと目を向ける。

かれこれ5分ほどこのようにウィズは笑い続けているのだ。歩きながら。もうすでに呆れの範囲までに入っている。


「あー、笑った笑った」


ちなみに、何に笑っていたかというと、俺が入り口の方向もわからずに足を踏み出して、そのくせ、〈3〉の[直感]のおかげか、その方向に入口があった、ということで、だ。


「ったく、どんだけ笑ってんだよ」


やれやれ、と首を振る。


ようやく見えてきた、周囲の木々よりも2回りは大きく、太い幹を持つ木。その木は、根元のところが大きく裂けていて、その裂けている間が虹色に染まっていた。染まった範囲は、縦に5メートルほど、底辺が3メートルほどの二等辺三角形の形をしていた。それが、地中大迷宮の入り口であった。


「大迷宮は時間がなくて来たことなかったんだよな」

「あぁ、僕がいたとはいえ、時間かかりそうだって判断してたもんね」


まぁ、あの頃はいろいろあったのだ。その時に、話題となった大迷宮は一通り調べてあった。当時のウィズが[全知]や[情報網]を最大値で持っていたから、迷うことはあり得なかった。だが、その結果を見たところ、どうにも攻略するには時間がかかることがわかり、あきらめたのだ。ここはまだましなのだが、ほかの大迷宮はより大変らしいのだ。


「これって、転移門か!」


虹色の部分をじっくりと見てつい、口に出していた。これは膜のように木の裂けめの部分にはられていて、通るだけで別の場所に出ることができる門の役目を果たしていることが見て分かった。


「大迷宮だからだろうねー」


と言いつつ、よりじっくりと見ようとして立ち止まった俺を抜かしてさっさと進んでいくウィズ。


「おい、まて」


もうほとんど消えかけているウィズの背に手を伸ばしたが、時すでに遅く、ウィズは膜の向こう側に消えた。


「あー……」


がしがしと頭を片手で掻き毟る。


だから、性能退化した[全知]で少しは分かっているんだろうけれど、どこにつながっているか、本当に地中大迷宮の入り口か確実にわからないものにあっさり入ってるんじゃないよ!


……いや、わかっているからこそ、か。


ウィズの事はもう転移門を抜けてしまったから仕方がない。もう少しだけこの転移門を見てから行こう。


ん?

これって、現代ではまず組むことができないといわれた式が混ざっている?ってことは、古代の存在がこれを組んで利用しているか、近現代の天才が組んだか、のどっちかが最有力だな。ウィズに調べてもらった当時はこの迷宮の主については聞いたことなかったしなぁ……。でも、道具系ではなさそうだ。


この転移門がつながっているのは……地下、か?迷宮だし、それなら問題はない、かな?ま、迷宮探索や冒険なんてリスクは当然のものだしな……。


さて、いこう。


数歩足を進めれば、もうそこが膜だ。まぁ、このようなものに入るのは慣れてはいるのでさっさと入った。


虹色の膜は、水のように滑らかに体表面を流れてゆく。抜けた先は、巨大な木の洞の中の様で、奥に見える出口には結界のようなものがはってあることが分かった。


「遅かったねー、アキ」


ムウとした表情を作ったウィズがふわふわと前で浮いている。けれど、目はにやにやとした色を携えていた。


「ウィズ、此処の主はわかるか?」


打って変わって、へ?と意表を突かれた表情になるウィズ。なぜ、そのことを今聞く?とでもいうように訝しげな表情を前面に出しつつ[全知]で見たようだ。目を閉じて、肩をすくめて言う。


「……規制がかかっている範囲だから、わからないよ」


やはり、わからない、か。


「どうしてきいたの?」

「いや、特に気にしなくてもいい、と思う」


そう、ただ気になった。今はきっと、気にしなくてもいいこと。


「ふーん、アキがそういうなら、いいけど」


興味なさそうに結界の向こう側をちらりと見る。薄い透明な膜の向こう側には、さっきと同じぐらいに大きな木々が無秩序に立っていた。


ウィズの言ったことが正しければ、ここは地中大迷宮の一階のはずだ。ならば、ここの間の出口にはられている結界は何なのだろう、と不思議になって、近づく。


「この結界は……」

「どうも、ここの階層にいる魔物は通さないみたい。一種の安全地帯っぽい。まぁ、ここの主の配慮、かな?初っ端で殺されても目覚めが悪いのかもしれないね」


すぐ後ろ、少し上の方からウィズの声がした。まだ浮いているらしい。


「そろそろ降りろ、ウィズ」

「はいはーい」


しぶしぶといった声に、振り返って、ウィズが地に足をつけたのを確認する。


「此処にいる魔物は?」

「んー、各階層ごとに4種類だね。この階層はフィールドでいうと巨木の林。巨大な狼、巨大な梟、巨大な蛇、巨大な兎がいるっぽい。で、それぞれ固有技能があるようなんだけれど、この迷宮独特みたいでそこまでは……」


ウィズは、指を立てつつ説明し、申し訳なさそうにへにょりと眉を下げた。

俺はウィズの言葉を聞いてにっと笑う。


「いや、十分だ。それにしても、巨大なのに加えて、固有技能、ねぇ」


ってことは、それが独特にさせている原因の可能性が高いな。


「アキ、ここで考えていても意味はないから行こうよ」


意味はないとは言いすぎだと思うが、確かにそうだ。


「ん、いこうか」


ハスルがきちんとついてきているのを確認して、結界の外に出た。


「此処の迷宮の第二階層へ行くための階段か、転移門か、条件を探さないといけないな」


周辺の気配を探りながら、魔導がいつでも放てるように魔力を準備する。

巨大な木々は、見通しを悪くして、遠くがほとんど見えない。時折降ってくる巨大な葉も対処を間違えれば大怪我間違いなし、だ。


「確か、ここのは転移門を探す、だったような?」


眉を顰めつつウィズは言う。思い出せないことだけでなく、微妙に沈み込む、気持ち悪い地面の感触が気に入らないようだ。

いくつかの気配を感じつつ、見つからないように気配を薄める。


「見つかったらやろう」

「りょーかい」


俺もウィズも、こちらから特攻していく策は考えていなかった。そんなものは体力の無駄だし、そうしたとしても自分たちの力がわかるとは思わない。


「ん?」

「どうしたの、アキ」


俺は違和感を感じて立ち止まり、気配察知のほうに集中する。


気配?


どうにもすぐというほど近くはないが、確認した4種類の魔物とは違う見知ったような気配が一つある。


「人型の気配だ」

「えっ!?」

「しかも、追われている?」


ならば、その人はなぜここに?


考えている間にもその気配はこちらに向かって走ってくる。巨大な魔物の気配をいくつか連れて。っていうかこのまま来たら俺たちにぶつかる?


「あー、これ、迎撃しなきゃいけないっぽいぞ」

「じゃあ、僕はその気配の子を守ろうか」


アー、ハイハイ。やればいいんでしょう、やれば。

っていうか、ウィズだけ逃げやがって。後でいっぱい(魔物を)やらせたる。


気配の持ち主が近づく。もう、目の前の木の後ろにいる。


「ここ、どこ~!!!」


叫ぶ声は女性のもの。

っていうかここどこって……。正規の方法で来たわけではないのか?


走る気配の主が現れる。

日本で言う巫女服のようなものを身に纏う10代後半に見える黒髪の少女。ただ、常人と違うのは狐耳としっぽがあること。

獣人族の狐人か。


「こっちへ!」


ウィズがその少女に叫び、誘導する。真赤な目を見開いた少女は足を速める。


ウィズのところまで瞬く間に走った少女。ウィズは少女の手を取って、[浮遊]を発動した。ふわりと浮いて、後方へと下がってゆく2人。いきなり宙に浮きあがった感覚に驚いたのか、えぇ!と少女は声をあげたが、ウィズがなだめたようだ。


向かってくる巨大な獣たち。狼が6に、梟が3。蛇と兎は、いないな。


縦方向に4メートル以上はありそうな狼とか恐怖でしかない。しかも、大きいからといって速度が落ちたわけではない。っていうか、あの少女はよく走って逃げられたな!?そして、梟は地味な嫌がらせを仕込んで追い立てるようだ。足元が悪くなったり、向かい風が吹いたり、といった。いや、本当にあの少女の能力は高いようだ。ならば、なぜ迎撃しなかったんだ?


ハスルに魔力を送り込む。ハスルは魔導発動補助器具としても優秀なものだ。魔力をイメージ通りに配置する。


こちらに飛びかかろうとする狼の姿が見える。梟が滞空して、魔法の準備をしているのが見える。それらを総無視して俺は前を見据える。


イメージ補完と、発動のきっかけとするために言葉を用いた。


『風刃』


巨大な狼に対する大きな風刃が6つ。梟に対しては、弾幕のように展開する。


梟のほうは滞空したままだったがゆえに全滅、だが、狼のほうは直前に察知したのか避けて、3匹が傷を負って血を流しているとはいえ無事、か。


狼のほうは固有技能のおかげだろうな。梟の方の技能がわからなかったのは残念だが仕方がない。とはいえ、空にいるという厄介そうな方を先に片づけられたのはいい。


地に落ちたり倒れた死骸は光となって魔石を残して消滅した。


もう一度魔力をハスルに送り込み、今度は言葉すら用いずに、イメージをそのまま叩き込む。同じように、見えない風の刃を今度は四方から狼に向けて飛ばした。


いくつも展開された風の刃の内一つは避けるも、よけきれずに致命傷を負い倒れる狼。すうと光にかわって、魔石だけが残された。


魔石を魔力を使ってこちらに飛ばし、[インベントリ]に入れる。周囲に気配がないことをもう一度確認して、ウィズの行った方向、ウィズの気配が感じられる方向へと向かう。

ウィズは、あのままでは狐人の少女と話ができなさそうなことを踏んで、入り口の安全地帯まで戻っていた。

結界を通り抜ければ、謝り倒す少女にウィズが困り果てているのが見えた。


「すみません、ほんっとうに、迷惑をかけてすみません」

「いや、謝んなくていいから……」

「いえ、私のせいなので、すみませんっ!」


あー、もうっ!とても言いたげなウィズは、俺の姿を見とめて、息をついた。


「アキ、やっと来たんだね」

「おいおい、倒してきたのにその言い方は何なんだよウィズ?」


じゃれあいじみた掛け合いをして、俺はウィズの隣に座り込む。顔をやっと上げた少女にウィズは声をかけた。


「で、君は誰?」


少女は数度瞬きをして、その赤い目を見開く。慌てて居住まいを正し、苦笑して少女は告げた。


「す、すみませんっ!……わたしは、ルーチェ。ルーチェ・フォルスっていいます」


見て分かる通り、狐人族です、と加えて。


「俺はアキ・イルア。人族だ」

「僕はウィズ。よろしくねー」


一応自己紹介を終えて、緊張のせいか、顔色が薄白いルーチェに問う。


「ルーチェは、ここの事をわかっていないようだが、ここに来た経緯はわかるか?」


すっと顔をそらしたルーチェ。じっと俺とウィズは見つめる。


「えっと……その……」


怯えと羞恥が入り混じって、垣間見える瞳から見えた。


「実は……魔術陣に乗ったら、ここの上空に飛ばされたんです」


は?

語られたことは、一瞬思考能力が飛んだほどに驚くこと。

魔術陣に乗ったら転移したということは置いておこう。多分、魔術陣ではないだろうし。

……上空に飛ばすとは、その魔術陣(仮)を設置した人は鬼か!?


「で、死なないように魔術とか使っていろいろしてたら、無事に地上には降り立てたんですけど、着地したうえが、まさかのあの巨大な狼の上で……しかも、魔力使い果たしかけちゃって……あ、あと、降りるときに梟たちも怒らせちゃって……」


魔力を使い果たしかけていたから、対処ができなかったのか……。

……っていうか、落ちている途中に梟を怒らせることといい、落ちたのが狼の上なことといい、かなり踏んだり蹴ったりじゃないか。


「……よく、生きてたね」

「身体強化をかけるぐらいの魔力は残っていたので……」


しみじみとつぶやくウィズの顔はルーチェへの同情にあふれている。


身体強化ができるぐらいの魔力では、あの魔物たちは倒せないものな。


「ここのこと、何も知らないんだよね?」

「そうですけど……ここってそんなにやばい場所なんですか!?」


詰め寄って聞くルーチェにウィズは深刻そうな顔をやめて、慌ててその場から飛びのく。それでもなお詰め寄っていくルーチェにまた、ウィズは飛びのく。ウィズの様子を見かねて、口を出すことにした。


「ルーチェは、地中大迷宮は知ってるか?」


詰め寄るのをやめて、ルーチェはきょとんとした顔をして首をかしげた。


「ちちゅうだいめいきゅう……大迷宮は知ってますけれど、その種類ですか?」

「……そう、だ」


……地中大迷宮を知らないのか。でも、大迷宮は知っている?辺境の地で生まれたか、記憶から抜けているのか、の二つに一つ、かな?


そう判断した俺だが、次の瞬間ルーチェの口から放たれた言葉で覆されることになる。


「っていうか、大迷宮って今あるんですか!?」


え?


俺はもちろんのこと、ウィズも固まった。


確かに、大迷宮は古代、それも神代に近い年代の産物であり、近世に入るまでにはすべて攻略などによって消えてしまっている。だが、近代に入ってから今までに、何らかの事情によってつくられた大迷宮があり、それらは未だに攻略されていないのが現状だ。


ルーチェはタイムトリップでもしたのか?それとも、ルーチェの住んでいたところが現代の情報が全く入らない本当の僻地であるとか?それか……ルーチェが封印されたりなんかして、現代の情報が手に入っていないとか?


……考えうるのはまだまだあるが、まさか、現代の情報を持っていなかったとは……。


「今、大迷宮は存在しているよ。現にここが地中大迷宮なのだし」


そういったウィズにルーチェは顔を伏せた。

だいじょうぶ?と言いつつ、ルーチェの肩を触ろうとするウィズ。

ばっと顔をあげたルーチェ。ウィズはさっと手を引っ込めた。


「ししょーのばかーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


大音量で天に吼えた。


キーンとした耳を抑える。


あぁ、この子、とんでもない子だなぁ…………いろんな意味で。


そう思って、未だに憤っているルーチェをしり目に結界の外を遠い眼で眺めた。






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