魔族四天王
目の前に広がる世界地図を見て今までの冒険を思い出す。
波乱万丈で危機一髪の状況を何度も乗り越えてここまで来た。勇者として転生したのは驚いたが、元々がゲーム好きの俺は割と自分の立場を受け入れることに抵抗が無かった。
転生する前はただのサラリーマンだった。安い給料で碌に休みも取れず、気が付いたら30過ぎて独身。身体はボロボロで毎日が苦痛だった。或る朝起きて出社しようとベッドから起き上がったら、目の前が急に暗くなって・・・そこから先は覚えていない。
目が覚めたらマリウスと言う名の15歳の少年になっていた。当初は見慣れない金髪碧眼に違和感がかなり有った。名前を呼ばれても自分の事だとなかなか気付く事が出来なかったのを覚えている。慣れるまでは随分掛かったものだ。
この世界では勇者はあからさまに特殊な存在で、どこかで急に発生する。両親や家族は存在せず、過去が存在しない。最初、俺は自分の名と、勇者という自覚しか無かった。勇者を見分ける方法は簡単で、右腕の肘から指先に掛けて特有の紋様が刻まれている。この紋様は自分の意志で出したり消したり出来る。非常に分かり易い特徴だ。
この世界での勇者の位置付けは明確で、誰もが理解している様子だった。皆の認識は勇者は魔王を倒すために存在するというもの。唯一無二ということで非常に丁寧に扱われていた記憶がある。まぁ、一部には過大な期待を押し付ける輩も居たが、それも勇者が切り札的な存在だと理解していたからこその反応だ。
飲食に困った覚えは無いし、良く考えたら周りが相当親切にしてくれていたと今更ながら気付いた。最初の街ではしばらくタダで宿屋に住んでいた様なものだしな。
言われるまま、請われるままに魔物討伐を続け、自身を強くしながら旅を続けた。旅の中で多くの人に沢山の知識を教えてもらい、この世界について学んだ。技も魔法も便利な道具も、勇者の仲間と分かると皆隠さず教えてくれた。勿論、覚えられないもの、使えないものも沢山有ったが。
大陸では種族ごとに国を創って生活している。エルフとドワーフの国がハイランド、獣人の国がアラミス、人間の国がミッドランド、有翼人の国がカルーア、それぞれが大陸で領土を持ち、各種族の王が統治している。国境も決まっているが、俺達は例外だといつも何もせず通してくれた。不仲な国同士でもこの点だけは一致していたな。どこも等しく魔物の被害は受けていたからな。魔王討伐という目的のために勇者に協力するのは、どこの国でも優先事項だったということだろう。
ある程度強くなると一人で魔物を倒すのが難しくなった。一体当たりの強さが増した事も有るが、数の力に対処出来なくなったのだ。必然的に旅の仲間を募ることになり、最終的には五人で組んで旅を進めた。司祭だったアンナを初めとして各種魔法を得意とするエルミノ、重量級武器の使い手ガロウラン、弓の名手オルバス。各地で得た強力な仲間と共に俺達は魔物を倒し、皆で強くなっていった。
「そういや、あいつら一人も来ないな。まさか全員負けたのか?」
魔王城に入ってしばらく進むと、強力な魔族が待ち受けていた。全て何度か相対して来た敵だった。俺達が何度も煮え湯を飲まされた奴らだ。どういう理由かは分からないが、奴らは特定の部屋から出て来ず、俺達を追って来なかった。
不思議に思って城を隅々まで探索したところ理由が判明した。魔王の間に通ずる扉は特定の条件を満たさないと絶対に開かないのだ。仕組みは単純で『魔族の居る部屋の中央に設置されたレバーを全て倒す』だった。とある小部屋に隠されていた古い日記を調べて分かった。問題はレバーがしばらく経つと戻ってしまうことと、一度倒した魔族がレバーの復帰と共に復活すること。加えてレバーを倒すと同時に入口が閉じて出れなくなること。
何度か個別に魔族を倒してレバーの固定を試みたが、非常に強力な魔法制御が施されていて戻りが阻止出来なかった。
結局、四部屋全てに一斉に入ってレバーを倒す他に方法が無く、それぞれ相手が出来そうな魔族の部屋に入ってレバー操作をするという結論になった。仲間の勝利を祈りつつ、一斉に各部屋に突入した。
日記の記述の通りに魔王の間への扉は開き、俺は聖剣を手に魔王へ挑んだ。勝つには勝ったがアレは討伐したことになるのかね?結果として魔王はまだここに居る。昨日まで勇者だった俺が今は魔王だ。意味が分からん。
俺の仲間は皆がそれぞれに強い。魔族とは何度かやり合ったが彼らが倒せない相手じゃないはずだ。ここへと続く扉は開けたまま。そろそろ誰かは来てもおかしくないと思うんだが・・・。あれ?それはそれでマズイか。今の姿を見たら問答無用で襲って来そうだ。俺が魔王に倒されたと判断して逆上しそうな予感が・・・。いや、今の俺は無敵のはず。聖剣も無いしな。話ぐらいする余裕はあるだろう。聞く耳持つかは分からんが、苦労を共にしてきた仲間に手を挙げるのは気分が悪い。とは言うものの、会話が出来るかも怪しいところだよな。魔王を含む魔族が喋る姿を見た記憶が無いし。喚き散らすのはあったが。
どちらにせよ、そのうち俺の仲間か魔族の姿は見る事が出来るだろう。全部相打ちってのは確率的に無いしな。仲間なら俺の様子を、魔族なら魔王の状況を、目的は違えど必ず確認に来るはず。俺はここから動けない。探しに行く事が出来ないなら待つだけだ。
「とりあえず、現状を確認するか。もう始まってるってことだしな」
俺は思考を切り替えて画面へと目を向ける。4色に色分けされた世界地図が画面中央に表示され、上部枠にはマナ量を示す数字が増減している。その下には各種コマンドが並んでいる。おそらくここを操作するのだろう。割と馴染の有るタッチパネル方式で助かる。
右端のボタンが点滅している。次はこれを選べってことだな。ポチッとな。お、別窓が開く方式なのね。どれどれ【勇者召喚】と・・・えぇ?勇者って俺が召喚するんか。マジですかぁ・・・まさか魔王が勇者を召喚していたとは・・・衝撃の事実が明かされましたよ、奥さん。いや奥さんって誰や。ナンてこった。とりあえず続けるか。お、候補が三人か。どれもイマイチだな。初期だから弱いのは仕方無いとしてスキルもステータスも平凡過ぎる。これって横の【≫】選べば変わったりしないかな?お、やっぱりそうか。ここを押す度に入れ替わるのな。ん?横の数字が今【3】から【2】に変ったぞ。回数制限付きかよ。出た中で一番マシなのを選ぶしかないか。う~ん、さっきと大して変わらんな。再度更新っと。お、こいつは良さそうかな。ステータスが若干割り増しだ。スキルは一律で同じものしか出ないから勇者は固定っぽい。実質アバター選択程度の意味合いしか無さそうだな。こいつでいいか。【オスカー】君、頑張ってくれたまえ。次は配置先の選択か。幾つか選べるけど・・・基本は人間族の街の近くだな。ここは無難に行こう。えらい山奥の秘境みたいな場所も選択肢に有ったけど、失敗したら洒落にならんからな。良し、ここでいいだろう。【召喚】と・・・お、出た出た。地図上に【勇者】が表示された。
「何やってんの、アンタ?」
急に話掛けられて顔を上げる。声の方に目を向けるとすぐ近くに魔族が立っていた。マズイ、こんな近くまで来てるのに気付かなかった。ダークエルフで豪奢なローブを着た女、こいつが来たってことはエルミノが負けたのか。一番堅いと思っていた彼女が倒されたとは信じられんが、現実ってのはこういうものだよな。現に魔族がここに居る。魔王に成った俺が唯一説得出来そうな相手だったんだが、そう上手くは行かないって事だな。
「ちょっとアンタ、今私を勝手に殺したでしょ。勘違いしてんじゃないわよ。アンタ、マリウスなんでしょ?私よ、エルミノ。見た目はこんなだけどね」
「へっ?」
「だいたいの説明は聞いてるから。使える魔法とスキルがガラっと変ったんで、しばらく練習してたのよ。闇魔法なんて使った事も無いから時間掛かっちゃったわ」
想定外過ぎて理解が追いつかない。目の前の魔族、声も外見も違うが口調はエルミノそのものだ。敵意も全く感じられない。どういう事だ?
「何その呆け面は。まぁ、私だってかなり戸惑ったし、そうなるのは当然かもね」
「本当にエルミノなのか。確かに俺がこうなってるんだから、無くはないが・・・」
「そのうちあいつらも来るはずよ。多分だけど見た目もこんな感じでしょうね」
あいつらってのは他の仲間のことか。えぇ・・・マジか。仲間が皆無事なのは良い事だけど・・・いや、これって無事と言っていいのか?何だか訳が分からなくなってきたな。
「何でアンタだけ座ってるのよ。私の椅子は?早く出しなさいよ」
うん、この感じは間違いなくエルミノだ。俺は魔法で簡単な椅子を造り出した。
「はぁ?何よこれ、背もたれも無いじゃない。こんなんじゃないわよ。もっといいやつ造って出しなさいよ。アンタ魔王なんでしょ?」
はい、速攻でダメだし食らいました。どうも採点が厳しい様で。仕方無いので作り直して、大きめの貴族風ソファを出してやった。今度はどうやら合格点をもらえたらしい。満足そうな笑みを浮かべてソファに身を任せると、彼女はゆっくりと目を閉じた。
再び静かになったので画面に目線を戻す。【勇者】はスタットヒルに入ったところだ。始まりの街とも呼ばれる、比較的安全な地域だ。好戦的な動物がおらず、魔物も少ない。まずはここで基本を覚えてもらわないとな。まともに剣も振った事が無いはずだし。
俺もそうだったが、最初は簡単に格は上がるものだ。適度に狩りさえすればそれなりの強さにはすぐに辿り着く。ステータスもサクサク上がって、戦闘行動に対応できるようになるはずだ。彼の今の装備は【短剣】と【布の服】と。格も1だからこんなもんか。
「1で相手出来る魔物ってどんなのだっけか。魔物検索っと・・・これかぁ」
表示されたのは【グラスバグ】と【ホーンラビット(小)】の二つ。虫と兎だったか。既に覚えてもいなかったわ。早速マナを使って配置してみる。指示は【徘徊】でいいか。ポチっとな。地図上に赤い点が表示された。なるほど、こんな感じなのね。
こうやって適度に勇者のエサになる魔物を配置して、まずは彼の格を上げて行く。1のままじゃ話にならんしな。ってあれ?画面から赤い点が消えている。何が起きた?勇者はまだ街から出ていないんだけど・・・。履歴を見てみるか。
『【グラスバグ】は【カルロ】に倒されました』
いや、カルロって誰よ?勇者と名前違うし。ええと、この辺りには・・・居た、こいつか。【カルロ:農夫 格12】ってそこらのおっさんに倒されたんか。えぇ・・・確かに害虫みたいなものではあるけどさぁ。
「マジか・・・配置のタイミングも考えないとダメなんか。結構ムズいな」
「なかなか面白そうだ。僕にもやり方を教えてもらえないかな?」
頭のすぐ右から聞きなれない声がした。振り返ると目の前に悪魔が居た。画面の方を興味深げに覗き込んでいる。悪魔の背には大きな蝙蝠を思わせる翼が生えている。仲間で翼が在る奴と言えば有翼人の彼しかいない。
「お前、ひょっとしてオルバスか?」
「ご明察、そういう君はマリウスでやはり合っているのだね。半信半疑だったので上から様子を伺っていたんだよ。そこに座っているのはエルミノかな?」
「正解よ。慎重なのが貴方の良いところよね。後の二人は遅いわねぇ、何してるのかしら。まだ掛かりそうだから貴方も座ってた方が良いわよ」
「僕はこの画面に興味があってね。マリウス、君の椅子って二人掛けに出来るかい?」
要は隣で視たいってことか。俺も硬い椅子よりソファのが楽だ。椅子を作り直してエルミノと同じデザインのソファを幅広めで作り出す。こんなものだろう。俺が座るとその横にオルバスも座る。
「ありがとう。それで、マリウスは何をしているのかな?随分と熱心に見ていたね。僕達にも分かる様に教えて欲しいのだけど?」
「あぁ、結構複雑な説明になるから揃ってからでもいいか?割と長くなりそうだ」
「構わないよ。そんなに待たずに揃うはずだし、何となくは想像がつくからね」
座りなおして画面へと目を向ける。勇者は街から出る気配が無い。これでは魔物を設置しても無駄だ。置いても周囲の一般人が倒してしまう。しかし、一般人が倒せない魔物では勇者の手には余るだろう。この状況をどうにか出来ないと何も進まない。
俺は最初の頃どうしてたっけ?あんまり考えず、適当にやってたら一般人よりは強くなってた気がする。格って戦闘以外でも上がったっけか?
「だいぶ悩んでいるね。何が問題なんだい?」
「こいつが街から動かなくてね。何とか単独で街から出したいんだけど、何か良い方法が無いかを考えてるのさ」
「ふぅん?出て来ないと困るのかい?だったら出て来ざるを得ない状態にすればいい」
「どうやって?」
「狩りの基本だよ。巣が安全じゃないと教えれば獲物は勝手に出て来るものさ」
なるほどな、街が安全地帯だから留まっているわけか。考えれば当たり前だ。その前提が崩れれば当然出て来るってことか。問題はどうやって崩すかだが・・・。
「例えばどんな方法が有るんだい?」
「追立猟の手法は火で巣穴を燻したり、大声で威嚇したりするね」
「後はどんなのが?」
「猟犬で追い立てるとかかなぁ」
全部却下だ。勇者以外の住民も全員逃げ出すだろ。単独で釣り出すのは諦めよう。何時までも街に篭っているはずがないし、外に出た時を狙う事にしよう。当面は様子見だな。
「おぅ、集まってんじゃねえか。揃って化け物になっちまったなぁ。こういうのは初めてなんで、どうしていいやら。困ったもんだな!」
「何でそんなに元気なんですかぁ・・・私未だに立ち直れないですよぉ・・・」
あれは・・・恐らくガロウランとアンナだな。でかいミノタウロスとリッチが二人並んでこちらへと歩いてくる。アンナは相当メンタルが凹んでいそうだ。元々デカい獣人のガロウランはあまり違和感が無いが、聖職者が死霊になったらキツイものが有る。
しかし、これで確定したな。ここに居た魔王と魔族四天王は元勇者達だ。こうやって中身だけ引き継がれて、神の代行者として働かされていた訳だ。何ともエグいシステムを作り上げたものだ。これからは俺達5人で協力し、この悪夢から解放されるために、次代の勇者達を導いて育て上げなければならない。真の【魔王討伐】のために。