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恋文を燃やす

作者: 小笠原留守

窓の外では,彼女が恋文を燃やしていた。




「とても好きだった人なんです。」




近所のバーで知り合った女性。



意外にも同じ町内会,いや,それどころか向かいの家のかただった。




彼女が東京の大学進学の際に父親の転勤と会い重なって一家が東京に引っ越し,しかし就職で彼女がこちらに戻り,一軒家に一人暮らしだという。




そして今日,僕が浴衣をおろした日,彼女からの誘いだった。




「ねえ,今ちょうどいい時なの写真を撮ってくださらない」




「ええと,いいのですが,いま浴衣を着てまして…」




「かまわないわ,むしろそれでいらして。今,燃やしている今を写真に収めてほしいの。」






そして僕は,彼女と燃える恋文の写真を撮った。





彼女の家も僕の家同様,古い家屋だ。

昭和の家,昭和ロマン。




彼女も家に似つかわしく,質素で品のある装いだった。




白いブラウスに,紺のスカート。




しかしなぜ,いったいぜんたいなぜ




僕は彼女が恋文を燃やしているところの写真を撮らねばならぬのだろう。








20分ほどの撮影会。



恋文はすっかり灰になった。






僕は居間に案内され,彼女は紅茶をいれてくれた。





「一体全体,何のことだとお考えでしょう?」



彼女が切り出した。僕は紅茶をすすりながら,彼女を見た。



「ごめんなさい,あなたしか頼める人がいなかったの,わかるかしら,その,なにか儀式が必要だったの。それほど大切な人だったのよ。写真ができたら自分を見てみたいの,写真を燃やしている自分。それだけのことなのよ。あなたならわかってくれる気がするの,わかってくださるかしら。」





「ええ,たぶん。ある種の儀式が必要なのはわかります。でないと…」




「手詰まり,先へ進めない」




「そうです。」




「私たち気が合いそうね。わかってたわ。」




「私こそあなたのような素敵な方に読んでいただいて光栄です。」




「かしこまらないで,あなたの方が年上なのよ」




「そうでした,でも,礼儀の問題なんです。」





一週間後,彼女の家は再び空き家になった。



何でももうこの家自体を壊して更地にするらしい。



確かに,彼女一人で住むには広すぎた。



おそらく彼女はもっとこぎれいなマンションに引っ越したのだろう。




連絡先は知っていたが,特にこちらからきくことではない。





さらに二週間くらい経ってからだろうか,彼女からはがきが届いた。




新しい住所は幾分遠いところだったが,まだ市内だった。




はがきにはきれいな字でこう書いてあった。





「今度,お食事にでも行きませんか」






おそらく彼女は自分の写真,あれほど見たがっていた恋文を燃やす自分の姿を見たに違いない。



そして何かが静かに動き始めたのだ。




そしてそれは僕にも波及している大きな波だった。




「はい,喜んで」




アジサイの挿絵の入った絵葉書に僕はありったけの力をこめてていねいに字を書いた。




あの恋文を燃やす儀式は実は僕のためでもあったのかもしれない。




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