夜雨の春に
そうだ、謝らなくちゃ。
そう思ったのは、吸い込まれるように夜の下闇に消える冷たい雨を眺めていたときだ。
改札口から引き返して僕は走った。連絡路を戻って、階段を飛ばし降りして、やっと反対方向の電車に飛び乗れた。雨に濡れたいつもの街が遠ざかっていく。夜の雨が吸い込まれていくようにどこまでも、そこへ戻ることだけ考えた。
そうしようと思ったのは決して初めじゃない。今さら言い訳にしか聞こえないと思うけど、僕だって別にいつまでもこだわっている気はなかったのだ。
少しボタンをかけ違えたみたいなものだったと思う。そんな感じを積み重ねていくのを見送って最後は、違う行き先の電車に乗ってしまったようになっただけだ。
僕も悪かったし、君も悪かったときがあった。
でもそれは今、言わないようにしよう。僕は僕の悪かったところだけ、謝るよ。だって僕が君にひどいことを言ったり、やったりしたことは、事実なんだ。謝るべきことだ。
だってそれはしたされたとか、誰の方が悪いとか、決して差し引きの問題なんかじゃないんだから。
とにかく君が心を開いてくれるのを僕は待つんだ。そう言えばわたしも…って、思い直してくれるまで。今の僕なら待てる。だってちゃんと大事なことに気づいたんだから。君も気づいてくれるまで、分かってくれるまで。君の言い分だって、一晩中でも聞くよ。
でもさ、どうしてだろうね。
僕たちはどうしてだんだん「自分は」「自分だけが」になってしまったんだろう。笑って許せたことが、ささやかな感覚の違いが、気づけないことが、どうして爆弾の導火線になっちゃうんだろう。
ずっと近くにいたいと思うことが、ありのまま本当の自分で一緒にいたいと思いすぎることが、なぜいつしか距離を置きたいほどのストレスに変わってしまうんだろう。
二人に戻りたい。
たまには、一人でいたいと思うことだってあるだろう。でも今は一人にしかなれない。これじゃもう二人には戻れないんだよ。だから話し合いたい。
これまで積み重ねた来たことよりも、これからどうするかと言うことを。最初から相手にしてくれないかもとも思ってる。でもせめてこの雨が止むまでは、隣で話をしていたいんだ。
すっかり眠っていた。
電車はまだ駅に着いていなかった。思わずシートから立ち上がってみてびっくりした。僕は見慣れたいつもの駅に着くところだったのだ。
そうか。
あれは夢だ。ただの夢だ。僕は改札口を戻ってなどいない。反対方向の電車になんか乗っていなかった。
春の雨を見ていたところから全部、夢だったんだろうか。
いや、他も全てが夢だ。
だって僕は思い直すことなどなくて生きていたのだ。初めからずっと。ずっとここまで。そんなこと、考えたこともなかった。とにかくただ、生きていってしまった。それだけなんだ。
だってあれはもう、一昨年のことだったじゃないか。