第三項 虫けらと話す口は持っていないのだが。
――お前ら待ていっ!
「ほら、今日も待ち合わせがあるんだ。早く委員会室に帰るぞ。」
「またあー。彼女ですかあ?」
後ろから、私たちを呼ぶ声が聞こえたのだけれど、委員長は華麗にスルーした。理亞ちゃんも委員長の惚気に反応し、同じくスルー。
結構大きな声なのに聞こえないのかな?
それとも、自分たちを呼んでいることを自覚していないのか。理亞ちゃんの場合、どっちもありそうなので今のところ、どちらかはわからない。
平和主義の私は暫く様子を見ることにした。
――だから待てって!
「いやあ……まあ、彼女なんだけどな。」
「ほんーと、お熱いことで。」
「ふふふ、まあな。」
――聞けー!
――人の話を、聞けへぇー!
声が裏返っちゃってるよ。
これ、間違いなく呼ばれてるよね私たち。呼ばれちゃってる訳ですよね。ご指名ですよね。
しょうがない。
ここは、私が一肌脱いであげよう。
このまま付いてこられても面倒だし。
「あの委員長、なんか……呼ばれてるみたいですよ?」
「ん、なんだ?」
「あ、いや、後ろから男の人が私たちのことを呼んでるみたいですよ?」
「あ、ああ……私は虫けらと話す口は持ってないものでな。」
虫けら!
まさかの虫けら!
見ず知らずの男のことを虫けらと言い切った!
と言うか、実は委員長の知り合いだったりするのかな?
理亞ちゃんは、虫けらのキーワードを大層気に入ったようで、イケイケどんどん状態だ。
「さすが委員長、かっこいい!」
「まあ、それほどでも……あるがな。あはははは!」
「ですね。あははははっ!」
いやー楽しそうだな。
それはもう、ツッコミが居ない無法地帯だ。
まあ、ここは私がツッコミの役目を担うところなのかも知れないけれど、なんか、もう、2人のノリについていけないのが正直なところだ。
もはや、男はぶち切れ状態、今までで一番大きな声で叫ぶ。
『だから、聞け! 枯石零!!』
男は、委員長のフルネームを力一杯叫んだ。
フルネームで呼ばれた委員長、さすがにそこまでのスルースキルは無かったようで、鬼のような形相で振り返る。
「ああん……?」
理亞ちゃんも委員長と同時に振り返り、空を指さした。
「あ、あそこです、委員長! ジャングルジムの上!」
「本当だ! ワルトラマンのお面を被った男がジャングルジムの上で、仁王立ちしてる!」
そう、ジャングルジムの天辺で、ワルトラマンのお面を被り腕を組み仁王立ちしている男が、そこにいた。首にはスカーフが巻かれパタパタと風に靡いている。
その姿は、まるでB……いや、C級特撮ヒーローもののようだ。
それにしても、ジャングルジムの骨組みに手をつかず仁王立ち出来るなんて、身体バランスは良いようだ。
それでも理亞ちゃんは、ドン引きの表情だ。
「頭わるそー。」
「バカがうつる。帰るぞ。」
「ですねー。これ以上バカになったら困るっす。」
委員長に促され、私と理亞ちゃんは学校の方に向き直り歩こうとした。
すると。
『だから、待てと言うのに。……とうっ!』
突然、私たちの目の前に、男が舞い降りた。
さすがに驚く理亞ちゃんと私。
「うわっ! 目の前に飛んで来た!」
「ジャングルジムの頂上から、私たちの目の前に? すごいジャンプ力。」
それでも委員長は動じない。
「……帰るぞ。」
「おいっ!」
男のことを無視して通り過ぎようとした委員長だったが、男から呼び止められ、明らかにイラッとした表情だ。
委員長って意外と感情が、顔に出る人なのかな。男に対して限定なのかもしれないけれど。
「しつこいヤツだな。虫けらと話す口は持っていないのだが。どいてもらおうか。」
「その言葉、この顔を見てからでも、同じ事が言えるかな……?」
委員長の言葉を受け、男はお面に手をかけた。
理亞ちゃんと私は、想定外の展開に驚いた。
「あっ! ワルトラマンのお面を……」
「取った!」
委員長に晒される顔。
イケメン? どうだろ、よくわかんない。少なくとも私の趣味では無い。
でもお面を取った行動と、男の言動だと、委員長の知り合いって事だよね。
お面を取った男はドヤ顔で言う。
「どうだあああっ! 思い出したかあああっ!」
『しつこいヤツだな。虫けらと話す口は持っていないのだが。どいてもらおうか。』
うわっ。
委員長っ!
「同じこと言ったっ!」
「委員長、真顔だ。超ウケる!」
ここまでドヤ顔で言ったのに、委員長から同じセリフを繰り返された男は明らかに狼狽する。
「わ、忘れたとは言わさんぞ! 全国カポエイラ大会で毎回決勝で戦っているのだからなっ!」
「……ん?」
カボエイラ大会の決勝で?
ここまで言われても委員長だったけれど、顎に手を当てて首を傾げて考えている。頭には?マークが複数浮かんでいるようだ。
理亞ちゃんはお腹を抱えて笑う。
「委員長! これは本気でわかってないヤツ! ウケる! おなか痛い。助けて……あははははっ」
「理亞ちゃん、そんなに笑っちゃ悪いよう。」
「だって。だって……お面取っても顔晒しても思い出してもらえないとかウケる! ひーひー。」
笑いのツボにハマってしまったようで、理亞ちゃんは酸欠状態になっている。
委員長は、男に見覚えが無いようだけれど、果たして男は何者なのだろう……?