第六項 百合だが、悪いか?
「え、なに? 何が起こっているの?!」
「男、ぶっ飛んだよ?」
「女の子、ぼー然としてる……」
委員長のキックを首筋にまともに喰らい、呆気なく吹っ飛ぶ男。信じられない光景を見て、私達は呆気にとられた。
人間って、あんなに綺麗に吹っ飛べるんだな。
男は、綺麗な弧を描いて、放物線状に飛んでいった。
それこそコメディ漫画のように。
その光景を一部始終見ていた由宇ちゃんが、ボソッと呟いた。
「あれ、カポエイラだ……」
「カポ……なに?」
なんだその呪文みたいな言葉?
聞いた感じ、炎系つよつよの呪文っぽい。
ま、まさか委員長は魔法使い?!
そして、ここから異世界ファンタジーの話が展開されるとかっ?!
私、結構、異世界もの好きなんだよな。
でも残念ながら私の見解は間違っていたようだ。
理亞ちゃんは私に向けて残念そうな表情をして、呪文の正式名を言い直した。
「カポエイラ! ブラジル生まれのダンス要素が合わさった武術だよ。」
ああ、呪文じゃなかったか。
そりゃあ、当たり前か。
カポエイラ?
なにその愉快な名前。
「ふーん……聞いたこと無いな。スマホで調べてみよっと。」
シュッシュシュッと……
気になることがあったら、即スマホのグルグル先生に頼るクセがついている私。
カポエイラ……検索ポチっと。
本当だ。
ポルトガルでブラジルが植民地となっていた時代、奴隷達が娯楽として生み出したダンス。……で、手枷をはめられていた奴隷達が手を使わずに戦う手法として編み出した。
編み出されたのか! たのかっ!
奴隷すげー。生命力最つよ。
私が奴隷だったら、悪目立ちしないように端の方でちまちま働くよね。
あー……全国大会とかあるんだ。
思ったよりメジャーな競技なのかな?
…………
…………
…………
って、えええええええっーーー?!!
「え、え……何? うそっ?! うそでしょ?」
「ね、カポエイラすごいでしょ。」
目を丸くして驚く私に向けて、ドヤ顔で笑う理亞ちゃん。このお気楽少女めっ! 私が驚いているのは、そう言うことじゃあないのだ。……ないのだ!
「違う違う! カポエイラ全国大会、男女混合優勝、枯石零。これって……もしかして、もしかしなくても委員長?」
「う゛ぞっ?!」
理亞ちゃん「う」に濁点ついとるやん。全角2文字使わなきゃ発音できない奴やん。カタカナだったら「ヴ」1文字で表現できるのに、ひらがなだと何故か「う゛」2文字使うタイプのヤツやん。
人は本当に驚いた時に「う゛」と発音するのだ。……って、嘘だけど。
ようやく理亞ちゃんも、私がカポエイラの記事を見て驚いた真意を理解したようだ。そりゃあ、目の前で男を蹴り飛ばした委員長が「カポエイラ日本一」って、驚かない方がおかしい。
そもそも理亞ちゃんカポエイラ良く知ってたな。かなりマイナーなスポーツみたいだけれど。
私は記事を読み進める。
「カポエイラ界に彗星の如く現れた女子高生。成人男子を次々と倒していく彼女は、まさしくカポエイラ界の星である。って、うそーーーっ?!」
「そ、そんなすごい人だったとはっ! サイン貰おう。宛名抜きで。エルカリで高く売れるかな。」
こんな時にでも、商売っ気を忘れないゲスい女理亞ちゃん。そう言うことじゃないだろう。つーか、絶対売れないよ。
「なに呑気なこと言っているの?! そんな人が後ろから騙し討ちとか普通に犯罪でしょ!」
「そっかー。じゃあ、気づかなかったことにしよう。」
「そ、そうだね。」
「どうかしたか?」
うわっ!
コソコソと話し合う私と理亞ちゃんの背後から音も無くくノ一の如く委員長が現れた。
「え! いつの間に戻ってきたんですか?!」
「たった今だが。どうかしたか?」
「何でもないです!」
いやもうここは知らぬ存ぜぬを通すしかない。下手したら私も共犯者になってしまう。
いやもう既に、暴力を黙認している時点で共犯者かもしれないけれど、見なかったことにしよう、知らなかったことにしよう。
私は何も見なかった。
私は何も見なかった。
コピペミスじゃないです。
大事なことだから2回言ったのです。本当です、信じてください。
委員長は、私の目を見て言いました。
我が子を見るような、とても優しい目で、ついさっき男を蹴り飛ばしたとは思えません。
「そうか。ちゃんと見ていたか?」
「見てました見てました。あの動き、さすが日本……」
「理亞ちゃん!」
「あ、ごめんごめん。てへぺろ」
おいっ!
私の「何も見なかった作戦」が台無しじゃ無いか。
理亞ちゃんは、「あ、そうか」と言う表情をして、てへぺろ顔で私に謝る。「あ、そうか」じゃないよ。てへぺろじゃないよ。気づけよ。可愛いな。
私たちのやり取りを委員長はキョトン顔で見ている。既にペリキュアのお面は外していた。
「ん? どうかしたか?」
「な、何でもないです! 委員長の素敵な動きに見とれてたってことですよ。」
「そうか。それは良かった。スグに君たちも出来るようになるさ。」
私の適当な褒め言葉に満更でも無い様子の委員長。確かに華麗なカポエイラの技は、素敵だったけれども、暴力に使っちゃダメでしょ。しかも後輩に犯罪勧めちゃダメでしょ。
犯罪、ダメ、絶対。
大事なことだから2回言う。
犯罪、ダメ、絶対。
まあ、口に出して、直接委員長に言う勇気はないから、2回言ったところで意味はないのだけれど。
理亞ちゃんは、委員長の言葉を真に受けたようで謙遜して返す。
「そんな全国レベルなんて無理ですってー。」
「全国……?」
「理亞ちゃん……! あーえっと。あの動きは全国のみんなに見せたいほどすごかったなって。」
「そうか……よく分からんが、ありがとう。」
やめろお気楽極楽理亞のすけっ!
本当やめてっ!
理亞ちゃん、余計なこと言わないでー!
委員長をその気にさせて、カポエイラ講習会なんてやられた日には、犯罪の片棒を担がされるに決まってる。
と言うか、私、文化部に入りたかったのに、これじゃ体育会系の部活と変わらないじゃないか。
ここは、もう話を逸らすしか無い。
「さ、さあ、もう今日は遅いですし終わりませんか?」
「そうだな。さすがに遅いし続きは明日にするか。」
「明日も?!」
「委員会なのだから、当たり前だろう。」
「あー……ですよねー。」
ああ、そうなのか。
委員会活動、週一回とか、月一回とか、年一回とかにならないかな。もう、明るい高校生活が、憂鬱な日々に置き換わっていくこの絶望感。
言いたいことが言えない性格が憎い。憎々しい。
そんな私の気も知らず、あっけらかんと言い切る理亞ちゃん。
「明日は由宇ちゃんも委員長みたいに、すぱーんって!」
「しないよっ! あんなに足あがらないよ!」
ジャスチャー付きで私を煽ってくる理亞ちゃん。
やめてくれ。余計なことを言わないでくれ。
それがフリになって、本当にやらなくてはいけなくなったらどうするんだ。例え足が上がったとしても、絶対にやってはダメなヤツだ。
私たちのやり取りを見て、とても楽しそうな委員長。
「あはははは。まあ、すぐに出来るようになるさ。」
「いや、出来るようになりたくないんですけど……」
(これでも)勇気を振り絞って、それと無く拒否ってみる。
委員長、怒るかな……とドキドキしていた。
が、私の言葉は委員長に届かなかったようで、華麗にスルーされる。
「さて、私は待ち合わせがあるから、これで失礼する。」
私の勇気返せ!
ドキドキ感を返せ!
もちろん、もう一度拒否する勇気なんて、私は持ち合わせて居なかった。
完敗である。
戦わずにして敗れる私……
太鼓持ち理亞ちゃんは、委員長の言葉「待ち合わせ」に激しく反応する。
「おつかれさまです! って、待ち合わせ……?」
「ああ、あそこに迎えにきてる。」
公園の入口の方を眺め指さす委員長。
そこには見るからに育ちの良さそうな美しい女子生徒が立っていた。あの人は確か……
理亞ちゃんも、綺麗系女子に反応する。
「ああーホントだ。綺麗な女子ですねー。」
あ、そうだ!
思い出した!
あの人は……
「確か、生徒会長ですよね。」
「そうそう、よく知ってるな。」
「入学式で挨拶してて、とても綺麗な人だから覚えてました。理亞ちゃん、見てなかったの?」
「えへへ。生徒会長と仲良いとか、さすが委員長すごいですね!」
さては理亞ちゃん、入学式の最中爆睡してたな?
全く、彼女は緊張感ってものを持ち合わせて居ないらしい。
理亞ちゃんからのリアクションに、委員長は当然のように言い返した。
「仲良いも何も、付き合ってるからな。」
「付き合ってる! 女同士で?!」
「まさかの百合……?」
付き合ってるううううう……?!
なに、どういうこと?
リア充爆ぜろ委員会の委員長が、生徒会長と百合関係……?
委員長は悪びれもせず驚く私達に聞き返す。
「百合だが、悪いか?」
「リア充爆ぜろとか言ってるから、ぼっちなのかと。」
「何を言ってる。か弱い女の子を男から守るための委員会だ。」
あの暴力は、か弱い女の子を男から守るため、言い切った。
「なんて都合の良い設定……」
「なにか言ったか?」
「い、いえ何も。」
これ以上何か言ったら、やぶ蛇になりそうなので、スルーしておこう。
人のプライベートに物申せる立場でも無いし、ヒトツの恋愛の形として無理矢理にでも受け入れることにしよう。
この委員長、敵に回したらダメな人だ。
間違いなく。
委員長は、鞄から鍵を取り出して理亞ちゃんに手渡した。
「そうか。では、彼女が待っているからまた明日。委員会室の鍵閉めておけよ。」
「はーい。お疲れさまでしたー!」
「お疲れさまでした……」
今日、委員会に入ったばかりの会って間もない後輩達に部屋の鍵を預ける委員長。信頼されているのか、不用心なのか……
私は、委員長が見えなくなるのを確認して、理亞ちゃんに問いかけた。
「ねえ、本当にココに入るの……?」
「もちのろん! 今更後戻りできないし、何だか楽しそうじゃん!」
「だって、私たち彼氏いるしバレたらどうなるか。考えただけでも怖いよ。」
「だーいじょうぶだって! なんとかなるなる!」
「その自信はどこからくるんだろう……」
予想通りの反応だ。
期待を裏切らない……と言うか、むしろ期待を裏切って欲しかったのだけれど。
と、理亞ちゃんは、とんでもないことを言い出した。
「最悪、彼氏と別れちゃえば良いんだし。」
「ええ! そう言うものなの?!」
「いやー彼氏、マンネリだし何か女々《めめ》しくてさー、もう面倒くさいんだよね。良いキッカケかも。」
「ひどっ!」
まさかの!
だって、理亞ちゃん、最近までラブラブ言ってたじゃない!
何なら昨日も彼氏とSNS通話で寝落ちしたって、ラブラブアピしていたじゃないか。
それで、舌の根も乾かないうちに、別れるとか言ってるし。いやもうビックリしすぎて言葉が出ないわ。
理亞ちゃんは私に対して提案する。
「由宇ちゃんも別れちゃえば良くない? 最近ケンカしたって言ってなかったっけ?」
「いやいやいや、別れるほどでは……ないよ。」
何てことを言い出すんだ。
確かに、彼氏と順調かって言われると微妙なところだけれど、間違っても委員会を理由に別れるなんてことはしたくない。
理亞ちゃんは他人事のように、私の肩を叩く。
「そうなんだ……? まあ、頑張ってよ。リア充爆ぜろ委員会副委員長!」
「ああ、そうだったーーーっ! どうしよー!」
そうだった。
私、リア充爆ぜろ委員会副委員長。
今日、数時間前に入会したばかりなのに、副委員長。
リア充なのに、リア充爆ぜろ委員会副委員長。
彼氏いるのに、リア充爆ぜろ委員会副委員長。
一歩間違えれば、私の方が標的になってしまいそうだ。
こんな日々が毎日続くと思うと不安しかない。
何としてもこの委員会から抜け出さなければ!