第五項 男は、性欲の塊だからな。
委員長は、私たちお供2人を引き連れて、学校から歩いて数分の公園までやってきた。
そして委員長は、公園に入ったところで歩みを止める。
こんなところで何をするつもりだろう?
健康的にラジオ体操でもするのかな?
文化部でも基礎体力は必要だ。ってことなのか。
真意を委員長に聞いてみる。
「ここは?」
「夕暮れの人通りの少ない公園。カップルのイチャつきスポットだ。」
イチャつきスポット……!
言い方!
この公園を作った自治体さんの気持ちも汲んで欲しい。きっと子供達が、きゃっきゃうふふする光景を思い浮かべて公園を作ったことだろう。
なのに、女子高生から「カップルのイチャつきスポット」と揶揄されている。このことを知ったら、きっと自治体さんは大いに悲しむに違いない。
今となっては委員長の腰巾着となった理亞ちゃんは、当たり前のように賛同する。
「あーなるほど。カップル、特に男は人通りの少ないところに行きたがりますもんね。」
「ああ、多くの男は、性欲の塊だからな。隙あらばイチャつこうとする。サル以下だな。いやサルに失礼か……虫けらだな。」
虫けら!
言い切った。清々しいほどに言い切った。
何か男に関するトラウマでもあったのだろうか。
怖くて聞けないけれども。
今は、夕暮れ時。辺りは、薄暗くなっている。
カップルがイチャつくには都合が良い。
斯く言う私も、彼氏と薄暗い公園で……うふふ。
ああっ!
ごめんなさい!
うっかりお色気回想シーンに入ってしまうところだった。
危ない危ない。
話を戻そう。
理亞ちゃんは、そんな私をよそに委員長に深く賛同する。
「最低ですね。」
「だな。よって、天罰を与える。」
え、今、委員長、何て言った?
天罰……?
聞き間違いだよね。私は反射的に聞き返す。
「天罰?」
「まあ、良く見ていろ。」
「見てますけど……って、なにしてるんですか?」
委員長はカバンの中をガサゴソと探り、何か薄っぺらいプラスチックのようなものを出し頭に被った。
咄嗟に理亞ちゃんが、激しく反応する、
「そ、それは美少女戦士ペリキュアのお面?!」
え、どう言うこと?
意味がわからない。怪しい、怪しすぎる。
「そんなものつけてどうするんですか!」
「ほんの少し危険を伴うのでな。」
危険……何故?
この平和な雰囲気の公園で何が起こると言うのか。この地域、そこまで治安は悪くない。
なのに、理亞ちゃんが委員長のことをうっとりと見つめている。
「なんか、かっこいい……」
「いやいやいや! 理亞ちゃん、どんな趣味しているのよ?! むしろ怪しいよ。学校の制服を着てペリキュアのお面つけてるとか!」
……理亞ちゃんの性癖が明らかになった瞬間。
私の反論に対して委員長は動じることも無く、冷静に私のことを諭した。
「何言っているんだ。今度、君たちにもやってもらうからな。」
「ええっ!」
ええっ?!
私にペリキュアのお面を被れって?
どう考えても無理でしょ。
私は思春期真っ只中の15才ですよ?
パパのおパンツと一緒に、私の服を洗って欲しくないお年頃ですよ?
――ママッ! パパの服と一緒に洗濯しないで!
繊細なんです。
ペリキュアのお面を被るなんて、恥ずかしくてお嫁にいけないじゃないか。黒歴史が1つ増えてしまう。
だがしかし、下っ端の私の反論なんて、委員長の耳に届く訳もなく華麗に聞き流される。
「さて、あそこの木の陰で抱き合っているカップルがいるな。けしからん。」
「けしからん! 委員長! これから何するかわかったもんじゃありません!」
「そうだ。だから間違いが起こる前に、未然に防がなければならない。」
理亞ちゃんと委員長の上下関係は、完璧に確立されているようだ。台本があるかのようなテンポ良いやり取り。
って、そうじゃないと思うのよね。
「むしろこっちが間違いを起こそうとしてるんじゃあ……」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもないです……」
もう、ペリキュアのお面を被った女子高生に対抗する勇気なんて、私は持ち合わせていない。
勝手にしてくれ。
理亞ちゃんは涙ながらに、委員長のことを見送る。
「委員長、どうぞご無事で……!」
「ああ。任せろ。」
どんな茶番だ。
委員長は、イチャつくカップルの方に向かい、ゆっくりと歩みを進める。
夕暮れ時、委員長の姿は赤い夕陽に包まれ、長い髪とスカートが風に靡いていた。そのシルエットはポートレートにでもなりそうだ。
あくまでも、後ろから見た姿である。
前から見たらどうなるか……なんてことは、怖くて考えたくも無い。
理亞ちゃんは、委員長を眺めて呑気に呟く。
「うっわー。怪しいなあ……夕暮れ時にペリキュアのお面付けた女子高生とか、普通におまわりさん案件だよね。」
「そう思うんだったら止めなさいよね。」
「止めたら、つまらないじゃん。」
「ひどっ!」
やはり、理亞ちゃんは面白がっていただけなのだ。
自分が楽しければ何でも良いの、ご都合主義。
私自身、良く理亞ちゃんと付き合っていけてるなと思うこともしばしばだ。
いや、私が理亞ちゃんと付き合っているのでは無くて、ことごとく理亞ちゃんが私にちょっかいを掛けてくるだけだ。
基本、私は断れない女。
都合の良い女だった。
理亞ちゃんは私の肩を手早くぽんぽんと叩き、委員長の方を指さした。
「ほら、委員長がカップルの背後に回ったよ!」
「ホントだ。どうするんだろ。間を突っ切るのかな?」
「それって、さっきの由宇ちゃんと変わらないでしょ。あれ初級編って言ってたし。」
理亞ちゃんの言うとおり委員長は、スッと美しい所作で音も立てずにカップルの背後に回り込む。
カップルはイチャつくことに集中しているのか、全く委員長のことに気づかない。
「だったら、委員長、どうすんだろ。……あっ!」
「動いた!」
「なに? あの動き……」
何か委員長が、カップルの方を向いたまま、身体を捻り、ゆっくりと前屈した。
ストレッチでも始めたのか?
私は、両手の拳を握りしめて委員長に注目する。
理亞ちゃんも興味深くゴクリと唾を飲み込む。
「うわっ、前屈して、右手を地面について、顔を地面すれすれまで下げ……」
「ええっ?! そのまま足を振り上げた!」
委員長の足が、綺麗に高く振り上げられる。
顔は、カップルの男に向けられている。
そして。
――ドゴォーッ!
「委員長が男の首筋を……」
「蹴ったーっ!!」
「蹴ったーっ!!」
私と理亞ちゃんは、信じられない光景を目の当たりにして声を合わせて絶叫した。