第四項 鳴り響く地響き
いや、まじ高い。
電柱じゃないか。ってくらいには高い。
おかしいでしょ。
騎馬も騎手も縦にデカい、と言うか長い。
後ろに身体を逸らされたら、もう絶対に届かない。絶望的に届かない。
むしろ手を伸ばしたら、先頭騎馬の顔を殴っちゃうのではないかと言うくらいの距離感。だって、首に筋が出るくらい必死に顔をあげないと相手の顔が見られないのだ。
なのに、絶対届かないのに、私に手を出せと無茶振りする委員長。本当に嫌だ。
だけれど委員長命令に逆らう勇気、私には無い。絶望的に無い。
「ううう……わかりましたよ。無駄だと思うけどなあ。えいっ!」
委員長に急かされて、無駄だと思いながらも高層ビル並みに高い敵の顔に向けて手を伸ばす。
私の全歴史上、最大に身体を伸ばす。
――スカッ!
ほらー!
言ったじゃーん!
だから言ったじゃーん。
無駄だって言ったじゃーん。
じゃーん。
ほれ見たことか、である。
恥ずかしいなあ、もう。
こう言う時に限って、決定的瞬間をアルバム委員に撮られちゃって、卒業アルバムに載せられちゃったりするんだよなあ。
中学生の時も通学時に何も無いところで転んだ瞬間をアルバム委員に激写されたと言う痛い思い出がある。
そして、本人の許可無く卒業アルバムに載せられてしまったのだ。
先生のチェックはなかったのか。
これは、一生の汚点だ。
もうお嫁に行けない。
だから、中学の同窓会に呼ばれても行かないことを心に固く誓ったのは、まだ新しい記憶である。
ああ。
この一瞬の間で、中学時代の思い出がフラッシュバックされてしまった。私は、いじめられっこの典型でなのである。何回、カバン持ちをさせられたことか。
はああ……
私も背が高くなりたかったなあ。
胸の膨らみよりも背丈が欲しすぎる人生だった。
なんで、こんなに無駄に胸が大きくなってしまったのだろうか。
ちなみにお母さんも背が小さくて胸が大きいから、きっと遺伝なのだろうと言うことは、うっすら気づいている。
こんな遺伝いらんわ。
中学時代、陸上の大会に出ていたときも、ユニフォームがセパレート型だったから、胸が超目立ってしまった。そうすると必然的に観客からの目線は私の胸に集中する。
つーか。記者!
カメラマン!
写真撮りまくり。
県大会1位のランナーよりも私の胸の写真をあからさまに優先していた。
やーめーてーっ!
お陰で、県1位に白い目で見られて恨まれたことは、今でも記憶に新しい。むしろ今となっては、黒歴史でしかない。
……と。
私が過去のフラッシュバックをしている最中、理亞ちゃんは私の右手を見て言うのだった。
「うわっ! 由宇ちゃんそれ!」
「え、何?」
委員長は、バスケット部の騎馬を眺めながらニヤニヤと笑って言うのだった。
「ふふふふふ……でかした。西園寺由宇。手を見てみろ。」
ん?
手?
――きゃあっ!
悲鳴をあげるバスケット部の騎手。
あれ?
私は、じっと手を見る。
「え、これ……ビ、ビキニ!!」
私の手にはギュッと大事そうに、ビキニのブラ紐が握られていたのだった。
お、おうふっ。
全っ然気づかなかった。
まるで私、変態みたいでは無いか。
これでは、委員会の他のメンバーと同類に見られてしまうでは無いか。
信じてっ!
私は普通なの。
ノーマルなの!
信じて!
私のことを変な目で見ないで!
観客の冷たい視線が私に向けられている……気がする。
いわゆる被害妄想大炸裂である。
むしろ妄想であって欲しい。あってくれ。
見ないで。
私を見ないで。
もっと言うなら、私の右手を見ないで!
慌ててビキニを丸めて右手の中に隠す私。
――リア充爆ぜろ委員会、バスケット部のビキニ、ビキニを奪いました!
――ビキニです!
やめて!
場内アナウンスやめて!
煽らないで!
ビキニを強調しないで!
私を、そっとしておいて!
私が、オロオロと定まらない視点で挙動不審な様子を見せていると、生徒会長がイラついた様子で私に向かって叫んだ。
「ほら、何ボーッとしてるのです?! 敵がひるんで前屈みになっているうちにハチマキを取ってしまいなさい! 早く!」
そうだった。
今は、騎馬戦の戦闘中なのだった。
すっかり忘れていた。
私は我に返って、再びバスケット部の方に向き直った。
おお。
バスケット部の騎手は前屈みになって、両腕で胸を隠すことに必死だった。なんなら、騎馬よりも頭が低くなっている。
うん。
これだったら背の低い私でも届きそうだ。
「え、あ、はいっ! ええいっ!」
――スッパーン!
バスケット部も抵抗する様子も無く、と言うか胸を隠すことに必死で、すっかり頭のハチマキはノーガードだった。
あっさりとハチマキをゲットする。
ハチマキ、ゲットだぜ!
「よっしゃー!」
私の勇姿を見て自分の手柄のように喜ぶ理亞ちゃん。
ちなみに、その雄叫びは本来なら私の役割なんだからね。美味しいところかっさらわないでよね。
「中々小ぶりで良い形の胸だったな。これだから、騎馬戦はたまらん。」
欲望を満たし、胸の解説をしながら満足気に微笑む委員長。
食レポかっ!
まったく、仕方の無い人だ。
「もう、目的が変わっているじゃないですか!」
「まあ、勝てば良いんだってー。あははははっ。」
騎馬をしていることで両手を拘束されて手を叩けない分、全力で笑い声をあげて喜ぶ理亞ちゃん。彼女は人の不幸を心から喜ぶタイプである。他人の不幸は蜜の味。それは、今までも、そしてこれからも変わることは無いだろう。
そんな中、生徒会長が、委員長に向けて叫ぶ。
「ぜ、零様! あちらをご覧ください!」
「……ん? ふふっ。来たか。」
来たか。
って、何が?
――ドドドドドドドッ!
地響きが鳴り響いている。
流石の理亞ちゃんも悲鳴をあげる。
「うわあああっ! 何だあれはーっ!」
「ぎゃあああっ! ラグビー部が敵の騎馬を蹴散らして進んでる!」
「敵に体当たりして騎馬をぶっ壊しまくってる! あれ、もう騎手必要ないんじゃない?!」
「どんどん敵が少なくなって行ってる!」
ラグビー部が装甲車の如く他部の騎馬を吹き飛ばしていく。
各部、文字通り吹っ飛んでいた。
どれだけ綺麗に吹っ飛べるか選手権をやっているのかくらいに、綺麗な放物線を描いてぶっ飛んでいる。
――うわあぁぁあぁ……!
ナナフシの様な細い身体の囲碁将棋部なんて、もう何mぶっ飛んだか距離を測りたいくらいだ。これはもうギネス級の結構な記録になりそうだ。
だがしかし、他人事では無い。
あんな巨大な肉塊にぶつかられたら一溜まりも無いことは、火を見るよりも明らかだ。
そんな光景を見ても呑気に笑う委員長。
「ははははっ、まあ、数多くの敵と戦う必要が無くなって楽じゃないか。ただ、ポロリが無くなってしまうのが非常に残念でならんがな。」
「何呑気なこと言ってるんですか! 私たちもぶっ飛ばされちゃいますよ!」
この人はホントに器がデカいと言うか、何も考えてないと言うか。
いや、この人は脳内お花畑。
百合畑なんだよなきっと。
あわよくば相手を百合の世界に引き込もうとする。
まあ、言うだけの器量があるから、と言うこともあるのだけれど。
生徒会長が後ろから私のことを諭す。
「小娘、何を言っているのですか? 零様の動きをちゃんとご覧なさい。」
ん?
どういうことだ?
私が頭に?マークを浮かべていると、こう言う時だけは勘の良い理亞ちゃんが呟いた。
「あ、委員長がラグビー部と一定の距離を保ってる。」
本当だっ!
「付かず離れず。効率的に最短距離で動いている……すごい。」
言われてみればラグビー部の突進する方向を見て、それに合わせて委員長は動いているようだった。
結果、私たちの行く道を阻む騎馬と戦闘する。と言う形を取っているようだ。
ふふんっと委員長は鼻を鳴らしながら言う。
「無駄な戦いは避けたいからな。だがしかし、非常に残念なことにポロリが……」
「だからポロリは、いいですって!」
委員長が、とても名残惜しそうにポロリが無くなることを嘆いていた。
ポロリに拘りすぎだ。
これは、騎馬戦であって、ビキニを奪う競技じゃないんですからね。そんな競技あったら、通報案件だよ。おまわりさんが吹っ飛んでくるよ!
理亞ちゃんは、辺りを見回した。
「とか言ってる間に、騎馬が居なくなりましたね……」
「うわあ……これってもしかして。」
私の視界には、壊された騎馬たちと、颯爽と立つ一騎の騎馬のみ映っていた。
ついに……
「うむ、ラグビー部との一騎打ちだな。」
委員長は、楽しそうに、そして嬉しそうに満面の笑みで言うのだった。




