第二項 綺麗な顔って言われたのが例え虫けらからでも照れますね、委員長!
「おっと、動くなよ? 動いたら、こいつの綺麗な顔に傷がつくぜ?」
爆さんから羽交い締めにされる理亞ちゃん。
これ、まずい。
絶対にヤバいやつ!
理亞ちゃんも、さぞ生きた心地がしていないことだろう。可愛そうに。
理亞ちゃんたらガタガタと震えて……
震えて……
震え……
震え……てない。
え?
理亞ちゃん……?
「うわー。綺麗な顔とか、例え言われたのが虫けらからでも照れますね、委員長!」
「そうか。よかったな。」
震えるどころか照れていた。
両頬を両手で包んで照れている、照れまくっている。見るからに乙女である。
このままSNSに投稿出来そうである。
ミンスタ映え確定である。
って、おい!
首筋にナイフを当てられて、キャッキャ照れる女子高生とかどこにいるのだ?
……ここに居た。
そう、その女子高生の名は風祭理亞。
慶蘭女子高等学校一年生である。
違う。
そう言うことでは無い。
むしろ頬に両手を当てたことで、爆さんの手の甲が押されてナイフが首筋に近くなっているじゃないか。それはもう理亞ちゃんの首筋を切っちゃうんじゃないかと見ている私の方がヒヤヒヤする。
流石の爆さんも、想定外の展開に焦っているようだ。
「お、おいっ! お前ら、今の状況がわかってるのか! 俺は本気だぞ!」
「今の状況? なんの状況だ?」
「見ればわかるだろ! このナイフで、お前の後輩の首筋を掻っ切るってことだよ!」
委員長も状況が分かっていないようだった。
この委員会、ちょっと一般常識からは外れたところに意識があるようだ。
同じく一般常識から大きく外れている理亞ちゃんは、元気に右手を挙げた。
だから、爆さんのナイフ!
危ないって!!
「いいんちょーっ! 質問があるんですけどいいですかー?」
「おい、お前、黙れ!」
理亞ちゃんの言葉を遮ろうとする爆さんだったが、委員長は平然と質問に応じる。
「なんだ?」
「明日、ジャージで登校しても大丈夫ですかー?」
「やむない理由があれば大丈夫だが、どうした?」
いやいやいや、ジャージって!
この状況でする質問じゃ無いでしょ?
このシチュエーションで理亞ちゃんが質問するとしたら、「助けて委員長!」だ。これが正解だ。
むしろ質問では無くて、「助けて委員長」と泣きながら懇願するのが正解だ。点数配分3点くらいで文章問題の最初に出てくる簡単な問題だ。
明日の登校の事なんて、後で質問すればいいのだ。今聞くことでは無い。
そんな私の優しい心遣いが伝わる訳も無く、ジャージ登校の理由を平然と述べる理亞ちゃん。
「ちょっと制服に虫けら菌がついて気持ち悪いからクリーニングに出したいんすよ!」
「なんだと!」
この「なんだと!」は爆さんのセリフだ。
理亞ちゃんはナイフへの恐怖以前に、爆さんに触れられていること自体に嫌悪感を抱いていると言うことか。
自分の命と、虫けら菌。
彼女の脳内天秤では、虫けら菌の方が重いようだ。
信じられない。
流石の委員長も顎に手を当てて考え込んでいる。
そりゃそうだ。状況を分かっていないアホな後輩に、何を言えば良いか考えているのだ。
そして、委員長は、何かを決心したかのように口を開いた。
「なるほど、それは、これ以上ないほどのやむない理由だな。」
そっち?!
そっちなん?!
後輩の命より虫けら菌の除去?
こいつら絶対ヤバい。
理亞ちゃんは両手を挙げて喜んだ。
だからナイフっ! 危ないって!
フリでも良いから、怖がって!
マジ危ないって!
ヤバいって!!
ジャージで登校なんて、爆さんから解放されたらゆっくり委員長とラブラブ話せば良いじゃないか。
今は、命最優先。
命、大事、絶対。
それに理亞ちゃんが死んじゃったら、私と委員長2人だけになっちゃうじゃないか。
私、委員長と2人でやっていく自信ないよ?
きっと馬車馬のように働かされるに決まっているのだ。
だから、理亞ちゃん死なないで。
生きて。
私のために生きて。
お願い。
私と委員長を2人きりにしないで。
なんて、私の身勝手な願いが理亞ちゃんに届くわけが無く。
もっと身勝手な理亞ちゃんは、委員長の承諾が得られたことで上機嫌なのだった。
「やったー。了解です! すみません。それに早く帰ってシャワー浴びたいんですよ。」
「うむ。委員会の早退を許可する。」
「ありがとうございます! それで、もう1つお願いが……」
「お前ら、いい加減にしろよ?」
爆さんもブチ切れ寸前だ。
ナイフを持つ手が震えている。
いつ逆上して、理亞ちゃんの首を掻っ切るかわからない。
だがしかし、相変わらず委員長は冷静だ。
「なんだ?」
「クリーニング代って、委員会費用で落ちますか? 委員会活動中の不慮の事故ってことで。最近お小遣いがピンチなんですよ。」
「うーん……そうだな。何とかしよう。クリーニング、最高のコースで、ちゃんと除菌もしてもらえよ。」
「わーい! 了解です! ありがとうございます!」
「ふふふ……かわいいヤツだ。」
喜ぶ理亞ちゃんに、照れる委員長。
普通にラブコメだ。
委員長視点では、爆さんの存在を完璧に無視したラブコメ萌え萌えシチュエーションになっているらしい。
ワナワナと震える爆さん。
ついにブチ切れたようだ。むしろ遅いくらいだ。根は良い人なのだろう。
どちらかと言えば委員長たちが、爆さんのことを煽っているように見える。
「お前ら! 俺が刺さないと思ってるんだろ!」
「はあ……やはり虫けらの言うことは理解できないな。もし風祭理亞に傷をつけたら、死、以上の苦しみを貴様に与えてやる。」
こわっ!
委員長の鋭い目線こわっ!
その目は、野生の虎を思わせるような鋭い眼孔だった。
だがしかし爆さんも、ここまで来たら引っ込みがつかない。男としての、カポエイラ全国2位としてのプライドもあるだろう。例え委員長から瞬殺されていたとしても2位は2位なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
爆さんは、気が狂ったように大きな叫び声を上げた。
「うっ、く、くそがあああああっ!」
「きゃあ! 理亞ちゃん危ない!」
爆さんは右手に持っているナイフを振り上げ、理亞ちゃんの胸に突き刺そうとした。
瞬間。
委員長は爆さんと私の叫び声に即座に反応し、男に向かってジャンプした。
「うわあっ!」
思わず、悲鳴を上げる理亞ちゃん。
だがしかし、理亞ちゃんは、爆さんの左腕でしっかりとロックされていて、顔を伏せるのが精一杯。
もーっ!
呑気に委員長と会話してるからあ!
委員長のジャンプ、理亞ちゃんの胸に向かって光るナイフ。
その光景はスローモーション、コマ送りで進んでいく。
神様お願い!
理亞ちゃんを助けて!
ナイフは、理亞ちゃんの胸まで、あと数ミリメートル。
「うわあああっ!」
再び絶叫する理亞ちゃん。
委員長のキック炸裂寸前だけれど、距離を考えると流石に間に合いそうにない。
「理亞ちゃんっ! いやあああっ!!」
もうダメだ。
どうしよう……
絶望感に襲われたその時。
――爆さんに向かって、空から一筋の光が急降下した。




