(2/2)蛍が運ぶ思い出
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ミセスアデン。ダンです。
お久しぶりです。あなたとはありえないくらい不思議な出会いでしたね。お話ししていた物が完成しました。よんきのかえを用意しています。ぶきです。じきにあなたの役に立つことでしょう。
まえはまきを焚べるようになっていて、ごきろめえとるも走れます。てんきも関係ありません。
いつあえますか。いえにお越し頂いても構わない。おしえてください。てきは全て殲滅します。あるきながらだって説明しますよ。
その日を楽しみにしています。
トリトニアえき前で
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『なんだこりゃ』と思いました。
まず内容が物騒です。小学生の妄想のようなことが書いてあります。
ぶき?『武器』ですよね。なぜ武器の話など?
『よんき』もおかしい。普通なら『4機』でしょう。数字が文字として書いてあるのがおかしい。さらに『ごきろめえとる』これなんか小学校低学年の書き方です。『5キロメートル』でしょう。大人が『メートル』を『めえとる』なんて書くわけがない。
子供のいたずらか? と思いましたがそれにしては『殲滅』なんて難しい字を織り込んでいます。
一言でいえば荒唐無稽でバランスの悪い文章でした。
クローディアは首を横に振りました。ため息。
一旦手紙を置いて、お茶を飲もうと台所まで行き窓を見ました。
クローディアの家は川のそばです。闇の中に緑の光が点滅しています。
チカ……チカ………
『…………ホタルだわ……』
思い出してしまう。セトと過ごしたいく晩もの夜。
その時。
『あっ!』
クローディアの目の前にパアーッッと光が広がりました。それはきらめく深い緑でした。
セトの目の色! 生まれてから1度も変わることのないあの子の瞳!!
『ウエッティ』!! そうだわ!!
クローディアは転がるようにセトの部屋に入りました。あの子が消えてから何一つ動かしていない持ち物。
本棚の中から1冊の本を出しました。
『パンパンッ』とホコリを払う。
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ウエッティはかせのちょうせんじょう
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そうです! どうして気づかなかったのでしょう。
セトはお話の大好きな子だった。夜は物語をせがみ昼は絵本を読んでもらいたがった。
特にこれはお気に入りの本でした。
『ウエッティはかせ』が読者に様々な挑戦をする。
例えばこれ
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これはあんごうじゃ。みんなわかるかな?
おこそとこでこげこんきよこくあここそぼこう
ことりより
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これは『こ』『取り』です。『こ』という字を『取れ』と言っているのです。
つまり
『おそとでげんきよくあそぼう』になる。
セトはこの言葉遊びの本が大好きでよくクローディアに『挑戦状』をたたきつけたものでした。黒板になにやら文字を書く。
それから得意気に持ってくるのです。
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ままへ
たいたつたもたあたりたがたとたう
たぬきより
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『ぶっっっっっ!!!!』
もうクローディアは笑いをこらえるのが大変で。明後日の方角をみながら切れ切れに「そうねぇ…………難しい暗号だわ」と言ったものでした。
見上げるセトの瞳が期待に輝いている。
しばらく考え(るフリをし)ました。
「あ、ひょっとしてあれかしら?『た』
『抜き』だから『た』を抜くのかな?」
セトの瞳がらんらんとしています。無言で首を縦にブンブン振る。
ちらっとセトを見て(吹き出さないように)右手を口に当てると「『ママへ。いつもありがとう』………かしら?」
セトがクローディアの腰のあたりに抱きついて「だいせいかーーーいっ!」て言うんですよ。
「まあ! セトありがとう!」クローディアはセトの頭を抱きしめ返す。2人でいっぱいに笑いました。
この手紙は暗号だったのです。『暗号鍵』は『思い出』です。2人だけの温かな記憶がなければすぐには解けないのです。
内容はクローディアが気づくようにわざと荒唐無稽にしてある。
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これはあんごうじゃ。みんなとけるかな?
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ダン=ウエッティ。私わかるわ。
手紙の最後に
『トリトニアえき前で』と書いてある。
つまり『え』と『き』の前の文字を拾えと書いてあるのよ!
クローディアは文字を拾い始めました。
「えーっと…りえ…んき…」
やがて指先から震え始め止められなくなりました。
涙が手紙の上にいくつも落ち、ゼリーのように固まってプルプルとしました。
慌てて手で払うとそのままバラバラとテーブルの外に散らばって落ちました。手紙は濡れなかった。
ダン=ウエッティはセトだわ。間違いなくセトよ。思い出してくれたのね。
何年も昼間は絵本を読み聞かせ。夜はお話を眠りにつくまで続けた。
セトの瞳の色のようなホタルが闇を飛んできたこともあった。幸せで温かな子育ての記憶。
忘却の子供よ。思い出してくれたのね。
セト。セト。
親とはなんと、愚かな生き物でしょうか。
こんな重大な結果になってもまだ子供のことが気がかりなのです。けして嫌いにはなれないのです。心配でならないのです。
何があってもセトことを愛さずにはいられないのです。
離れていてもいい。会えなくてもいい。何をしてくれなくてもいい。親が子供に望むことは一つしかありません。
どうか幸せでいて。
クローディアは震える指でもう一度セトの言葉を拾いました。
りんかぶじ まま ごめん あいしてる
(終)
お読みいただきありがとうございました!
【江古左だり他品】
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2020年11月10日初稿