(1/2)行方不明の我が子
『セトの星』『リンカの星』の続きですが、単独で読んでも大丈夫です。
セトのお母さんクローディア=アデンは悲しみに沈んでいました。
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クローディアの国では赤ん坊は星とともに産み落とされます。
星は最初薄いピンク色をしているのですが、日がたつにつれて徐々に輝きを増してゆきます。白く強い光をピカピカと放つようになれば『大人になってよい』という合図でした。
満月の良い晩を選んで子供たちは星を飲みほします。やがて眠りにつくと、星から放たれる糸がまゆとなって柔らかなベットのように子供たちをおおいます。目を覚ました彼らは大人の姿でまゆを破ってでてくるのでした。
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クローディアには2人の子供がいました。
アビーとセトです。
アビーは女性。現在24歳。15で羽化して、18で幼馴染と結婚。実家のそばに住んでいます。5歳の娘エルシーがいます。
セトは17歳。男の子です。
何をどうしているのか……。わかりません。
セトは15歳で羽化しました。
子供たちは星を飲んでまゆになると、全て溶けてしまいます。脳だって溶けてしまうのです。
まゆから出てくることを『羽化』といいます。子供のころとはまったく違った姿になります。触角を持ち背中に4枚の蝶のような羽をつけるのです。その際ほとんどの記憶が失われてしまう。
何かは覚えているのですが、何を覚えているか選ぶことはできませんでした。
だから『忘却の子供たち』と呼ばれているのです。
セトは『忘却の子供たち』にしては上手に羽化しました。『記憶』はなくしていたけど、基本的なこと、食べるとか寝るとかトイレに行くとかをすぐ再学習しました。
算数や国語と言った『知識』も1年も学校に行けば再学習できる見込みでした。
『羽化』は大変なんです。なにが起こるかわからない。中には人間だったことすら忘れ獣のようにはい回る子供すらいました。
ところがそのセトが、羽化後3ヶ月でとんでもないことをやらかしました。
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この国には神がいます。月と星の神です。神殿には月の神を中心にしてたくさんの星の神が祀られていました。
神事を取り扱うのが神官とアクラス(巫女)
神官は成人した男性と決まっていました。アクラスは御宣託で選ばれます。だいたい5歳の少女です。
選ばれたアクラスは親元から離れ神官のところで修行をします。
アクラスの星は神の御前に捧げられ、どれほど光ろうとも飲み干されることはありません。
アクラスは大人にならず、結婚もせず、子もなさず、当然恋もしないで一生を終えるのです。
ところが、そのアクラスが(リンカという名前の15歳の少女でした)セトと一緒に逃げてしまったのです。
ある日、セトが家からいなくなっていたのです。羽化直後の子供はみな不安定ですから何か事故に巻き込まれたのかもしれません。
村中の大人が探しました。その過程でリンカまでいなくなっていたことがわかったのです。
空っぽの神殿にセトが持っているはずの人形が落ちていた。さらに『リンカの星』がなくなっていました。
それ以前大勢の目の前でセトはリンカに抱きついていたのです。
「リンカ好きだっ!!」と言っていたのです。
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森の奥の儀式に使う洞穴に『まゆの残骸』が発見されたのはそれから3ヶ月もあとでした。
神官が神事を行うために入って見つけたのです。神聖な場所なので普段は誰も立ち入りません。
こんなところで『まゆ』になる子なんていないんです。『まゆ』はとても壊れやすいので家の中の安全なところで作られるのが常識だからです。
誰が『まゆ』になったのかは明白でした。リンカです。
恐ろしいことです。リンカとセトは神に背いたのでした。
不思議なことに村中探してもリンカもセトも見つかりませんでした。
周りの村にもいない。大陸中を探すのは広すぎて無理でした。
それにしたってまだ羽化して3ヶ月と羽化したばかりの子供が2人。煙のように消えてしまったのです。
『神隠し』の噂が絶えませんでした。
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セトのお母さんクローディアとお父さんのクレイグは神官の前にはいつくばって詫びました。
しかし。あまりにことが重大だった。
詫びたくらいではすまないのです。なにせアクラスを奪ってしまったのです。取り返しつかないのです。
リンカの両親になじられました。
「リンカをっ! 娘をどこにやったのっ!!」と泣きながらリンカの母親は2人を叩いた。
「セトが脅してリンカを連れていったのよっっ」
羽化して3ヶ月ではまだせいぜい8歳くらいの知能しかありません。そんなことできないのですが………。
セトの両親は謝るばかりでした。
この事件は驚きの決着を迎えました。セトの姉アビーの娘。5歳のエルシーが次の『アクラス』に選ばれたのです。
セトの両親は真っ先に『報復人事なのでは………』と思いました。
しかし『アクラス』に選ばれるのは大変な名誉でした。叔父であるセトのあまりに重大な過失もあります。この決着が最善の策であることは誰の目にも明らかでした。
一人娘を奪われて泣き続ける自分の娘アビー。張り裂けそうな気持ちでクローディアはエルシーを神殿に送り出しました。
5歳のエルシーの『星』は神殿に捧げられました。大人になることもなく結婚もせず子もなさない子がまた1人誕生しました。
クローディアの家は神殿に卵を収める役割をになっていました。
毎日のように新鮮な卵を持っていくとエルシーが自分の身長ほどの神剣を抱えて『ヨイショ、ヨイショ』とでできました。
「ばあばー」
エルシーが笑う「えるしーすごいでちょー」
「すごい、すごい」と抱きしめました。エルシーは何もわからないのです。自分がこれから送る一生について理解していないのです。
エルシーを悲しませないようにクローディアは精一杯笑顔で対応しました。
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それにしてもセトはどうしたのでしょうか? 生きているのでしょうか? リンカは?
まだ8歳と5歳くらいの知能しかない2人がまともに生きていく術などない気がしました。
『どこかでのたれ死んでいるのでは……』と思うとたまらなかった。しかし誰にも話せません。
セトの過ちだからです。
それを言うならリンカの両親はどれほど辛いでしょうか。
せいぜい人に見つからないように付近を捜索することくらいしかできません。
クローディアは誰にも言えない苦しみを抱えて毎日を過ごしました。
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思い出ばかりがよぎりました。
セトが生まれたのは雨の日です。母親のクローディアの陣痛は48時間も続きました。もうヘトヘトで水さえ飲めなくなっていた。
産婆さんが励まし続けてくれました。
意識が遠くなるころ娘のアビーがクローディアの手を握り(7歳でした)「だいじょうぶ。だいじょうぶ」って言ってくれた。
『どちらが親なんだか……』とうねる茶色の髪の娘をみて思ったっけ。
赤ちゃんのセトが生まれると姉母がつきました。『あねはは』というのはこの種族独特の習慣です。15歳で記憶を全て失ってしまうため、母親たちは子育てというのがほとんどわかりません。
近所の赤ちゃんを世話させてもらう(妹母という)と同時に、自分の子供の時は先輩お母さんがつくわけです。
セトは2番目だったので『姉母』はアビーの世話を主に見てくれました。
セトはよく熱を出す子だった。
うとうとするセトにおっぱいをあげながらクローディアもうたた寝しました。
坊や良い子だ ねんねしな
東と西の花畑
花蜜とるから ねんねしな
小さなお口に黄金の
甘い花蜜入れるから
坊や良い子だ ねんねしな
『とんとん』と赤ちゃんを手のひらで優しくたたいて子守唄を歌いました。もうろうとして何番歌ったかわからなくなってしまう。
セトは頭の重い子だった。ヨチヨチ歩き始めるとよく頭から転びました。その度激しく泣く。抱き上げてクローディアは頭のコブを確認しました。コブができたら大変! 川の水で冷やしました。
セトはフライパンで作る薄いパンが好きでした。小麦粉と水とふくらしこの簡単なパンに糖蜜をかけてあげるのです。
火のそばに陣取って「もっと、もっと」というから何枚でも焼いてやる。膨れた空気あとが大きい方がなぜか美味しいのです。生地を混ぜる時はなるべく空気を入れてやるのです。
初めてお祭りに連れて行ってあげたのは3歳のときでした。
1年に1回しかないから村人の何よりの楽しみで。その日だけはお肉が食べられます。
街まで飛んでいってあげる。広場に設置されるサーカスや移動遊園地。
セトは3歳なのでほとんどの物には乗れず、ブランコ(いつも広場にあるんですけど)をこいではしゃぎました。
バンドの愉快な音楽が1日中流れていて、大人たちはほろ酔いで肩を組んで馬鹿笑いしています。
子供たちが走り回っていたな。
空気が乾いていて、空はどこまでも高く青くて。アビーはとっておきのドレスで。ああそうです。アビーは10歳でした。
サーカスには大きなボールに乗るピエロとか、曲芸をする犬もいたな。輪っかをいくつ投げられても上手にとるんです。
最後には紙吹雪。人々は1年間使い古しの紙をため。建物から街一面に振りまきました。
初めて小学校に行くときに黒板とチョークを持たせました。紙は貴重なので授業には黒板が必要でした。お弁当も持たせました。パンとりんごの簡単な物ですよ。ほとんどの子がそうなので気になりません。
1+1は2とか。家に帰っても得意気に書いて見せてくれたっけ。古びた布でこすって消します。
しょっちゅう思い出すのは寝かしつけの記憶でした。
子供のころは羽がないのでベットで寝ます。大人はハンモックなので寝かしつけたら別々です。
セトは絵本が好きだったけど、夜は明かりがないから(油がもったいない)お話を聞かせました。
窓は眠るまで空いていて(月明かりを取り入れるから)ある日そこからホタルが入ってきました。
その日は新月で真っ暗でした。なんのお話だったかな?そうそう。お姫様が悪者に白鳥にされる話でした。王子様が羽に金の指輪をはめると白鳥の姿が七色の光に包まれて、お姫様の姿に戻るんです。
王子様が指輪を白鳥の羽にはめようとするところで、緑の光が迷い込んできたのです。
「ホタルだ!」7歳のセトが言った。
「ホタルだわ!」お母さんのクローディアが言いました。
ホタルはゆっくり、ゆっくり闇を回ってベットサイドに止まりました。
セトがそーっと顔を近づけるとわずかにセトの瞳が映りました。
「キレイだね……」セトがホタルを脅かさないようささやき声で言った。
「本当ね」クローディアも小さな声で言いました。
優しい子でした。
決してホタルを捕まえようとはしなかった。ホタルが窓から再び外に行くまで黙って緑の光を見つめていました。
あの日のホタルのように消えてしまったあの子はどこにいったのでしょうか?
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この社会は、『戸籍社会』です。
15歳で瞳の色以外は全て変わってしまうため厳密な戸籍の管理が行われます。
具体的に言うと生まれた時に名前、誕生日、髪の色、瞳の色が登録されます。
赤ちゃんの『星』に登録証がつき親に渡されます。親は厳重に『星』と『登録証』を保管します。
星を飲んで大人になったらまた登録に行きます。
羽化した日と、髪の色と、瞳の色を登録する。
全てがそこに基づいて配慮されるわけです。例えば小学校には登録がないといけないのです。
市役所の戸籍課には優秀な人しか入れませんでした。最低9年学校に行ってないと配属されないと聞いています(大体の子は6年で働き始める)この国の人々がいかに『戸籍』というものを大事にしてるかということです。
もしセトとリンカが無事で結婚したとしても、赤ちゃんはどうなるのでしょうか?
戸籍のない親の子は戸籍が作れない。
親子3人で街から街へ彷徨うしかないのですか?
仕事だってまともなものにはつけないでしょう。
ドロップアウトするというのはそういうことなんです。
セトは羽化して3ヶ月はほとんどの記憶を失っていました。『お母さん』という言葉は知ってたけど『クローディア』が『お母さん』だと結びつけられなかったのです。
クローディアはセトがリンカのことを好きだと知っていました。卵を届けに行く度リンカを見つめていたことを知っていました。
でもあまり重大だとは考えなかった。
『羽化』するときに忘れてしまうだろうと思っていたからです。
現にセトは今までの記憶を全て忘れて『羽化』しました。
全てを忘れたのならリンカに対する恋心も忘れてしまえばよかったのに。それだけがセトに残っただなんて。
そしてこんな重大な事態を引き起こしてしまっただなんて。
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ある日のことです。クローディアの元に手紙が1通届きました。
トリトニア駅のスタンプが押されてました。ここから船に乗って3週間もかかる場所にある駅です。
差出人はダン=ウエッティ
『どこかで聞いたことある名前………』と思いましたが、具体的には思い出せませんでした。
手紙を開封して驚きました。
「何これ!?」
読めるには読めるのですが、内容が荒唐無稽というか、クローディアの人生と全くかすらないというか、意味がわからないというかとにかくおかしな内容でした。
あ然として再び手紙を最初から読みました。
やっぱり意味がわからない。
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ミセスアデン。ダンです。
お久しぶりです。あなたとはありえないくらい不思議な出会いでしたね。お話ししていた物が完成しました。よんきのかえを用意しています。ぶきです。じきにあなたの役に立つことでしょう。
まえはまきを焚べるようになっていて、ごきろめえとるも走れます。てんきも関係ありません。
いつあえますか。いえにお越し頂いても構わない。おしえてください。てきは全て殲滅します。あるきながらだって説明しますよ。
その日を楽しみにしています。
トリトニアえき前で
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【次回 最終回】蛍が運ぶ思い出