ノルカ村の厄災 3.グルースの真実
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―【臆病者】アイリス視点―
「よーし、皆無事に集まったな。さて、みんなの話を聞こう。」
ユッケは壊れたシンボルの破片を椅子がわりにしながら話を進めた。
順番的に俺からが良いのかも知れない。
「俺から話そう。まず、此処の町には幾つもの種類の家がある。物凄く綺麗な家、蛻のカラの家。……そして、ボロボロで虫が湧いている家。」
「……えっ? なにそれ気持ち悪っ!」
「それはそうだが……なんかヘンじゃないか? 殆ど人が居ないんだ。それも、1日そこらで皆消えたような……そんな気が……。」
ユッケ達は頭を抱えて考え込む。
ユッケ達も大体同じ様な光景を見てきたのだろう。
ただただ不気味過ぎて、この先何が起こるのかずっと警戒するほど怖かったのだ。
「……で、色々探しているとグルースっていう男の子に出会った。この時に俺はユッケに連絡した。」
「ああ、その後どうなった?」
「グルースの好意で俺はベラルーさんの家に呼ばれた。それで、この村の事について聞こうとしたら……鍬を持ってまでして無理矢理追い出された。」
「追い出された?」
「『早くこの村から出ていけ!』って叫びながらだ。でも、ベラルーさんは何か隠してた。良からぬ何かがあるのは、まず間違い無いと思う。」
「なるほど。」
ユッケは何処からか紙とペンを取り出し、俺の言葉をスラスラとメモを取る。
「ああ、それと。ベラルーさんの家はモークの探していた場所の家だった。モーク、ベラルーさんを見たか?」
「……えっ? 俺、見落としが無いように一軒一軒虱潰しに探したけど、ベラルーさんの顔すら見なかったよ? そもそも全部ボロ家だったし。」
「「えっ!?」」
俺とユッケはモークの発言と同時にモーク凝視する。
モークが突拍子もない俺の発言に困惑しながらも、衝撃の事実を告げたからだ。
何時もふざけて悪口ばかり言っているイメージしかなさそうなモークだが、今回は冗談抜きでマジな顔付きだった。
めんどくさがり屋のコイツも、一度本気を出せば俺達より物凄い。
「単に見落としがあっただけじゃないの? こんな時に冗談はキツイよ?」
「だから、本当に全部調べたよ? 隅から隅まで、全部!」
「うーん……。アイリス、モークはウソいってないよ。もしかしたら魔物の可能性も……。」
「そうだとしたら……色々ショックだな。」
アリスはモークの話が信じられず、目を見つめながら強く念押しして聞いてみる。
……が、先程と変わらぬモークの決意なる目を見て信じ始めた。
そして、俺はアリスの可能性をあながち否定出来ずに頭を抱えて少し気分を下げる。
「この話は一旦保留だ。モーク、何か他にあったか?」
ユッケはモークの不可解な話を一旦置いておき、新しい情報を求めた。
「そうそう。ボロ家が多過ぎてなーんにも無くて物凄く落ち込んでたら、4人の冒険者達にあった。」
「4人の冒険者達に会ったのか。それで……どうなった?」
「全部話すね。」
モークは冒険者達に会った事の経緯を述べた。
ユッケと俺は、モークの「剣が僕の体をすり抜けて地面に刺さった。」と言う証言と、剣士の放った言葉に違和感を覚える。
「以前行方不明になった勇者パーティーか。それが今、どうして此処にいる?」
「それに、剣士の言葉の中の『奴』っていうのが気になる。魔物か何かって事になるよな?」
「……人間っていう事もあるよね。」
アリスの提言する人間説も否定出来ない。
ただ、人間ならばこの広大な村全体に幻覚魔法を使う程の強者がいるという事になる。
まぁそもそも、こんな村にそこまでするメリットは無い。
進展も無さそうと判断したユッケは、モークの話を一旦置いてアリスに質問する。
「次にアリス、お前の報告を聞きたい。」
「まず、コレをみてほしい。」
アリスは収納魔法から紙切れを取り出し、それを俺たちに見せた。
所々よく分からない文字が紙の両端と真ん中あたりに円を書くように繊細に刻まれていた。
筆跡を見るに、間違いなく手書きだ。
「コレがとある部屋に2000枚くらいあった。ちょっと貰ってきちゃった。」
「呪術式か何かかな?」
「まあ、そうなんだろうが……こんな文字は初めてだ。サングラスに聞くか。」
「確かに気になるかも。」
俺はサングラスに聞いてみる事にした。
おい、サングラス。
見てるか?
早速だが、この文字を解析してほしい。
《解析完了。一部方言混じりですが、古代龍言語の一つであると断言します。》
古代龍言語?
ドラゴンが使っていた言葉か?
《はい。しかし、古代龍言語は発音によって意味が変化するので、解読には10分程時間が掛かります。宜しいですか?》
ああ、頼む。
解読してくれ。
《了解。》
サングラスに解読出来るまでの間、アリスは話を続ける。
「ユッケに一応報告はしたけど、ひとりのおじいさんに出会った。」
「ああ、聞いた。何でも木製の扉をすり抜けたらしい。」
「……えっ? 魔法とかじゃないの?」
「……聞いたことないな。そもそも、扉すり抜ける程度の魔法なんて一体どこで使う?」
「んー、強いて使うなら隠密かな? でも、おじいさんみた感じ普通っぽいし……魔法じゃないと思う。」
扉をすり抜けたという原因を探ろうとしたが、アリスがおじいさんを見た限りは魔法使う人ではなさそうであるという結論以外出ることは無かった。
「あとね、ちょっとこの村……マズイかも。」
「まあ、さっきから通常の村では無いことは色々分かってるが……何だ?」
「私、ノド渇いたから井戸水を汲んで飲もうとしたの。そしたらその井戸の中に……。」
アリスは非常に険相深い顔をしてうなだれた。
そして、その表情を崩す事なく告げる。
「人間の……死体。それも……たくさん。」
「……なるほど。」
「……それは、やばいね。」
「ああ、ここは一刻でも早く退散した方が良いな。」
「そうだな。」
俺を含め、皆の顔が一瞬凍り付く。
このまま居れば俺達もそうなってしまうのでは?という焦燥感に駆られた気分だ。
「よし、皆の報告は以上だな。結論から言うと、早々にこの村をおさらばしよう。流石の俺でもお前ら3人を同時には守れない。無茶な戦闘は避けたい。」
俺達はユッケの考えに頭を縦に振った。
アイロンに行く前に死んでしまっては全く意味が無い。
「よし、昨日止まった洞窟に器具を色々置きっぱなしだったな。それを取ってから退散……誰だ?」
突然、後ろから物影の音が微かに聞こえた。
俺達の話を聞いていたのは間違いない。
「そこにいる者、済まない。此方から素直に出て来てくれると嬉しいのだが……。」
「……。」
すると敵意は無いのか、素直に姿を表す。
どこかで見た事があるような子供
……ってか、えっ?
俺はその子供の顔を見て思わず言葉を呟いた。
「……グルース?」
「……アイリスさん、ごめんなさい。ホントは追い出したく無かったんだけど……お父ちゃんが『仕方無いからやれ』って……。」
グルースは申し訳無さそうに真下を見つめながらもじもじする。
だが、「仕方無い」というベラルーさんの発言に引っかかった。
やりたくてやった訳じゃ無いと言うことなのだろうか?
「……此処で話すのはマズいかな?」
「……うん。付いて来て。」
俺達はグルースの後に付いていく事にした。
罠の可能性も多少ながらあったものの、何も起こることなくとある大木の木陰へ付いた。
ノルカ村から5分も立たない所であった。
随分使われていない為ボロボロではあるものの、付近には子供達が遊べるような木の遊具がちらほらと伺える。
「やあ、俺はアイリスの冒険仲間のユッケだ。今から俺達に分かるように説明して貰おう。お前の知っている事全部話してくれ。」
「……うん。」
グルースは色々悩みながらも、自分の知る限りの事の詳細を語ってくれた。
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要約するとこうだ。
今から1年程前、野菜類で生計を建てていたこのノルカ村に突如として化け物が襲ってきたらしい。
何でもこの化け物。
自分達が寝ている間に限って夢に現れ、村の人々に残虐な行為を至り尽くせりしているという。
攻撃が通らず、魔法もすり抜け、魔除けの代表である聖水ですら効かないという。
ただし、化け物が現れるのは夢の中だけ。
夢の中で化け物に腕を引きちぎられようが、足をもがれようが、翌日の朝には何事も無く五体満足で済む。
しかし、夢の中で起きた痛みの記憶は忘れる事が無いため、村の人達は苦しんでいるという。
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「それに……一度化け物に目を付けられたら、このノルカ村から絶対外へ逃げられなくなる。」
「なるほど。と言うことは、モークが見たあの勇者達も化け物に目を付けられたのか。」
「えっ? 勇者を見たの?」
「ああ、そこのモフモフがな。」
「うん。立派な盾と剣持ってて強そうだったね。」
「あの人達は、依頼で此処へ来たと言ってた。目を付けられる前に村長さんがお願いしたんだ。」
なるほど。
つまり、モークが見た勇者は討伐の依頼でこのノルカ村に来て……捕らわれているのだ。
だが、もしそうなら変な話が1つ。
モークは勇者の近くにいた剣士が剣を振って、剣がモークをすり抜けたという。
何故【実体】が無いのだろうか?
夢だけに現れるハズの化け物が現実に来ているというのか?
俺達の知らない所で。
久し振りに怖くなった俺はグルースに質問をぶつけた。
返答がこれだ。
「それはわかんない。でも、皆『早くこの村から出ていけ!』って言うのは、アイリスさん達を巻き込みたくないんだと思う。」
「なるほどな。だからベラルーさんは俺を無理矢理追い出そうとしたのか。」
まさかひょんな寄り道で非常に厄介な者に出くわすとは思っても見なかった。
更に悪いことがもう一つ。
俺達冒険者は依頼や討伐を受ける際は報酬というものがどうしても必要になってしまう。
こっちだって食べる金を稼ぐ為に命を張っている。
……だが、このノルカ村の化け物退治の報酬を貰うだけのものが此処にはあるはずが無い。
つまりこれはボランティア。
ボランティアが命賭けてやる仕事は正直キツイ。
ベラルーさんが俺達を追い出そうとするのも無理はない。
無償で命賭けて立ち向かう聖人の冒険者はまずいないのだ。
「お願い! 化け物が目を付ける前に……出て行って! これ以上人が巻き込まれるのは見たくない!」
「……。」
本当は助けてあげたいけれど……何日間此処で滞在するかも分からない状況だ。
「返答は今日の夕方でも良いかな? 俺だけじゃちょっと決めるのは難しいもんでな。17時くらいに此処にまた来てくれ。」
「……うん。お願いします。」
取り敢えず話し合いが必要だと思った俺は、時間を伸ばす事にした。
俺の勝手な思いを無理矢理モーク達に押し付ける訳には行かなかった。
俺達は無言のまま、一旦拠点へ戻る事にした。
拠点に着いた途端、モークが半分渋った表情で本音を話す。
「……勝っても報酬無さそうだね。」
「ああ、多分な。正直俺は滅茶苦茶悩んでる。」
「わたしもそうね。モチベーションって言うか……そう言うのがなーんにもない。」
モークに続き、ユッケやアリスも苦しい表情を見せる。
助けてやりたい。
だが、今回ノルカ村を探索して分かった事だが……相手は村の外観そのものを変えて幻想を作り出す離れ業をやってのけている。
つまり……最悪此処で死ぬのだ。
しかも勝っても恐らく報酬はなし。
普通なら誰もが絶対やらないし、したくもない。
ハッキリ言って自己犠牲なのだ。
だが……此処をのうのうと去ればグルースやベラルーさんはずっと何かに怯えたままの生活は止まらない。
どちらを選択すれば良いのか……俺達はそこを悩んでいるのだ。
「食料はどうするの? ここら辺に何かあるの?」
「……サングラス曰わく、少し離れた所に山菜ならあるらしい。勿論毒は無い。」
「正直お金はアイロンに着くまでは要らないけど……アイロンに着いたら資金が不足するわね。」
「それは最悪俺がクエストを掛け持ちすれば大丈夫だ。1ヶ月とかにならなければ、村長さんの食事でしばらくお金が無くても何とかなる。」
「一番の問題は僕達のメンタルだね。一度受けたら多分戻れないし。言わば……自己犠牲かな?」
「……ああ、そうだ。」
この会話の後、俺達はしばらくの間言葉を出せなかった。
メリットが優先か道徳が優先か。
どうすれば良いのか?
しばらく自分なりに考えたものの、黙っていては答えが出て来なかった。
「すまん。少しの時間、俺は少しあの村を歩いてくる。」
「いいよ。」
「どーぞ。」
「俺も空飛んでくるわ。」
アリスとモークは残り、ユッケは俺に乗る形で外へと出て行った。
ノルカ村を一人で軽く歩く俺。
(ふぅー、困ったな。俺一人の言葉で皆動かせる問題じゃない。デカ過ぎる。)
心の本音ではグルースくんを助けたかった。
あの歳で頭を下げてお願いされたら、どうやって背を向けろと言うのだろうか?
俺一人ならば即答で「よし、分かった」と告げたのだが。
仲間がいる中で押し通すのは間違っている気がした。
彼らを本気でそうさせないとこの問題は解決出来なそうだったから。
何か本気にさせる何かが見つかれば良いのだが……。
俺は頭を抱えながら中央広場の乱雑になっている石の一つに落ちるように腰掛けた。
(そういえばこの中央広場……中央に何か銅像があったんじゃないか?)
ふと俺は乱雑に散らばった石の数々と微かに残る中央の土台と思われる物に目を光らせた。
ゆっくりと立ち上がり、その土台をじっくりと見つめた。
すると、ある事に気がついた。
「……ん? 何だコレ?」
壊れた土台の真ん中に明らかにどかせそうな物が見つかった。
多少欠けているが、元々この銅像を作るに当たって予め制作されているものなのは間違い無かった。
早速その物をどかすと、何とも胡散臭いボロボロの小さな木製の箱が出て来た。
(一回持ち帰ろう)
俺は収納魔法の中にその箱を入れ、持ち帰った。
「おいアイリス、これは一体何だ?」
「中央広場にあった土台の真ん中辺りにどかせそうな物があったから、どかしたらあった。まだ中身は開けてない。」
「えっ? もしかしてお宝? お宝?」
「へぇー。やるじゃない。」
アリス達はボロボロの箱を興味津々に見つめていた。
「取り敢えず、呪いであったら困るから魔法をかけて中身を確かめる」とユッケは告げ、魔法を掛ける。
「【透明化】!」
紫色の魔法が箱全体を包むと、突然箱全体が透明になった。
中はどうやら、小さな紙切れと思われる何かが一枚あるだけであった。
「呪いは無し。中身は手紙か何かだな。」
「開けるぞ?」
「ああ、どうぞ。」
俺はユッケの合図の後、錆び付いた箱を少し力を加えて開けた。
ユッケの読み通り、中身は一枚の手紙のようなものであった。
カルナ言語ではなく、何語で書いているかは理解出来なかったが、サングラスが翻訳してくれた。
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ノルカ村の皆様。
私はノルカ村の七代目村長のウルヴァ村長だ。
恐らくこれを読んでいる頃には、ノルカ村に危機が訪れている頃であろう。
この手紙を読んでくれたそこの君だけが頼りだ。ノルカ村を厄災から救ってくれ!
ノルカ村を厄災から救う方法はただ1つ。
先祖代々受け継がれてきたノルカ村に伝わる【対厄災の秘宝】から奴の攻撃を防ぎ、本物の御札を奴の心臓に突き刺す必要がある。
【対厄災の秘宝】の地図と本物の御札の在り方をこの手紙の裏に記しておく。
厄災を倒せば秘宝は君に服従するだろう。
平和を守ってきたノルカ村に幸あれ!
村長 ウルヴァ・ナトリ
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俺達は手紙の裏に書かれていた【対厄災の秘宝】と御札の地図と思われる図を見つめる。
サングラス曰わく此処からそこまで離れては居なかった。
更には秘宝とハッキリと書いてある事実にモークとアリスの目が光っていた。
そんな状況の中、俺は皆の意見を聞くことにした。
「皆、この一件に乗るか? 一人でもダメだと言ったら諦めるが……。」
「お宝あるじゃん。貰えるって言ってるし……やろ!」
「どんな秘宝かしら? 私もちょっとやる気出てきたー!」
「ほぅ……じゃあ、俺も秘宝を見てみるとするか!」
「よし、決まりだ。本来の予定とは反れるが……俺達は暫くの間、魔物退治ではなく、厄災退治だ。覚悟はいいな?」
「オッケー!」
「さんせーい!」
「久し振りにいいものが見れそうだ!」
こうして俺達は、全員参戦の中で厄災退治を決めるのであった。
ただ、厄災を倒せる秘宝を手に入れたいが為に。
この時はまだ、知る由もない。
俺達はこの時、長い死へのカウントダウンに足を踏み入れたのだ。
決して戻れない、生か死の道へと。
決して語られない。
俺達だけの外伝が始まったのだった。