第1話大いなる殺気
山鬼達と別れたアイリス達は、【鉄の王国アイロン】を目の前まで来ていた。
道中、悪しき心を持ってしまった魔物は確かにいた。
しかし、レベル40程度の相手ではアイリス達を止められるハズがなかった。
レベル90以上の魔物や人間と幾度も激戦を繰り広げてきたアイリス御一行が、こんな些細な所で躓くことなど油断以外に有り得ない話である。
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―【臆病者】アイリス視点―
俺は確認の為、サングラスにアイロンまでの距離を聞く。
よーし、サングラス。
アイロンまで後どれ位だ?
《後40キロ程で【鉄の王国アイロン】の境界線へ辿り着きます。
そこからしばらく先にある大きな街、【シルバーシティ】があります。
そこで滞在しましょう。》
うーん。
近いが、野宿しないと無理そうだな。
どこか寄っていける集落とか村は無いか?
《残念ながら、ここから半径15キロ圏内にある村は存在しません。
代わりに快適な場所がありますが、如何なさいますか?》
それでいい。案内してくれ。
《畏まりました。》
俺は他のメンバーに野宿すると言う。
「私、単独ならアイロンまで飛べたのになー。集団行動ってこれだから面倒くさいのよねー。」
「まあ、ここら辺に村は無いしな。仕方ない。」
「えー。また今日ものじゅくー? モフモフのベッドに潜り込みたいなー。」
集団が苦手なアリスはモフモフのベッドで寝たいが為に遠回しに嫌味を言う。
モークは素直に愚痴をこぼしている。
種族や姿は全く別物なのに、どうしてこんなに厄介な性格と言うところは瓜二つなのだろうか?
「アリス、モーク。こういう冒険には野宿が必要不可欠だぞ?今のうちにモフモフベッドがもっと癒されるくらい慣れておくと便利だぞ?」
「それって『我慢しろ!』って言ってる事と同じじゃないの!10代の私にとってはそこんとこ敏感な時期なの!」
「俺だって一応10代だぞ?」
「それは今まで歩んできた環境がこの世の地獄だったからでしょ! しかも男だし!」
「そうだぞアイリス! モフモフベッドのキモチよさが野宿如きにかなうもんかー!」
「モーク、お前魔物だろ? 何時も野宿だから慣れてるんじゃないか?」
「うるせー!!!」
……なんやかんや揉めた結果、モークとアリスは肩を落としながら歩いていた。
仲裁役のユッケが居なかったら今頃どうなっていたか……末恐ろしすぎて想像もしたくない。
しばらく魔物に出くわさずに歩いていると、アリスが唐突にユッケに聞いてきた。
「ユッケ、食料はまだあるの?」
「ゾンビ牛と塩胡椒だ。コンロは俺が用意した。」
「それ3日前に食べてない?」
「嫌なら現地調達だ。サングラス曰わく、少し探せば、果物が一杯収穫できる場所らしいぞ?」
果物という単語をユッケの口から聞いたアリスとモークは目を光らせる。
ちょっと俺も口に入れておきたい気がする。
内心そういうのに飢えていたかもしれない。
「え? だったら早く言ってよ。そろそろ我慢の限界だからお空飛んじゃおうかなーって。」
「お前……それやったら俺が意地でも捕まえて引きずり下ろすからな。」
「そんなに纏わりついて何が楽しいの? この変態ジジイ。」
「……滅茶苦茶誤解されそうな返しは止めてくれ。」
アリスはユッケに向かって辛辣な言葉を口にする。
ユッケは少し困った顔でアリスを見つめた。
「だが、果物を食べたいという気持ちは非常にわかる。同じ食べ物を食べているだけで気が落ちるのは事実だからな。」
「ホントー!? 早く果物が食べたいなー。」
「……え? ……ただ、それがちょっと面倒な所にあるらしくてな。」
「久し振りにマジの戦いしたい。」
「そうだね、ちょっと最近張り合いが無さすぎる敵しか出なかったし。」
アリスは腕の袖を捲り、モークは背伸びしてやる気を見せる。
さっきまでの気落ちは何処へやら。
「いや……別に、そう言うのじゃないんだ。」
「ああ、そうだな。……確かに面倒極まりないな。」
「「???」」
俺の言いづらい状況にユッケも同情する。アリスとモークは理解出来ないでいた。
そしてそんな不安を抱えたまま、数十分後には無事目的地にたどり着いた。
「此処が野宿する場所だ。真冬を布だけで凌げる格好の場所だ。ちょっとは快適だろ?」
「コレの何処が快適なのよ。」
「評価の基準がバカだから、僕達は死ぬほど苦労するんだよね……。」
「……一言多いぞモーク。」
「だってそうじゃん! 何で白熊の古巣が格好の場所なの? ちょっとう○こっぽい臭いするし!!!」
確かにかぐわしい臭いが微かに香る?のは否定出来ない。
……が、極寒の寒さを凌ぐにはかなり効率が良いのだ。
「モーク、寧ろ白熊のう○こは燃やす材料に最適だぞ? 特に乾燥しきっている奴は燃えた臭いも気にならんし、すぐ燃えるしで重宝している。」
「コレが?」
「……ああ、丁度良い焚き火の場所があるから片っ端からそれをかき集めてくれ。焚き火の材料にすれば臭いも殆ど消える。」
「えー、めんどくさ。」
モークはグダグダ愚痴を言いながらも、物凄い速さでそれを集めて焚き火の場所に放り込む。
俺も妙に勝ち負けを競う感じをワザと出させ、更にモークの仕事を促進させる。
ついでにひと掃除をすると、モークの言っていたあの臭いは一点に集約されていた。
焚き火のある場所の上の天井に、煙を逃がす穴を開ける。
「ちょっとアイリス! 寒いじゃない!」
「もう少しだ。待ってろ。」
「子供の扱い酷くない?」
「一応お前は立派な冒険者だろ? ワガママばかり言ってた【カニバ】生活は、俺達と会った頃から既に終わったんだ。これに火を付けて吸ってろ。」
「……疫病神。」
「そこは……もうちょっと良い神様がよかったな。異世界に色々素晴らしい単語があるだろ?」
俺は収納魔法から香味草とパイプをアリスに投げ渡す。
あーだこーだ言いながらも、アリスは自分の魔力で火を付けてプカプカと俺の愚痴を吐きながら吸っていた。
一瞬、「ありがと。」という言葉が愚痴と愚痴の間から混ざって聞こえた。
聞こえなかったフリをしよう。
(指摘したら、俺達の前で二度と言わなそうだしな。素直じゃないんだよなぁ……)
アリスの気が削がれる前にと、俺は微量魔力の【火球】を焚き火の中にいれる。
火は沢山のアレに引火し、かなり強い勢いで燃え上がる。
燃料に元々あった、ゲロを吐きたくなるような臭う奇形と毒々しい色は完全に抹消し、白色の燃料となって火を激しくさせていた。
「どうだ? あの臭いは消えただろ?」
「本当! すごーく、あったかーい!」
「ホントだ! やっぱりこの温度だよねー!」
モーク、その毛むくじゃらで体温調整するんじゃないのか?
……という素朴な疑問はひとまず置いておくとして、お二方が飛び付くほど喜んでくれて何よりだ。
この白熊の巣は他の魔物よりも暖かい空気を逃がさないようにしている。
白熊は冬眠中はアレの温度で寒さを凌いでいるらしい。
煙は上の穴へと吸い込まれるため、呼吸も楽だ。
すると、巣に入ってきたユッケがモークとアリスにニヤニヤしながら果物の場所を教えた。
「おいアリス、モーク。果物がある場所まで案内してやる。」
「「はぁぁい!」」
「アイリスは行くか?」
「絶対イヤです。」
「ああ、もったいないなー! アイリスくんはお留守番かー。」
「本当そうだよねー。もったいなーい!」
当然果物しかアタマにないお二方は同人に手を挙げて、さらに異口同音で答える。
コイツら何で息ピッタリなのだろう。
天が誤って産み落としたであろう、性格同士だったからという理由なのだろうか?
(お前らも、ユッケがニヤニヤしている事に気付けよ……)
俺はアリスとモークのちょっぴりな不幸に幸運を祈る事にした。
1時間程が経ち、香味草を吸ってプカプカしていた頃に、アリスとモークがグッタリしながら巣に。
ユッケが他人の不幸を盛大に祝うように、激しく大笑いをしながら戻ってきた。
「アッハハハ! 散々だったなー! アリス、モーク。」
「……このやろー、やってくれたな。」
「……通りで終始笑ってたのね。」
アリスとモークは起きる気力を失いながらユッケを恨んだ。
特にアリスは死んだ魚の目レベルにまでくたびれている。
血は一滴も出ていない。
すると、アリスの太股から一匹のニョロニョロした虫が這い出る。
「……キャアッ! もう! ウザったらしい! 死ね! 死ね! この変態虫め!」
アリスは飛び起き、ニョロニョロした黒光りする虫をメッタメタに踏み潰した。
踏まれた虫は黄色のネトネトした体液をアリスの靴にベッタリと付けながら死んでいった、
それでも遠慮なしに踏む光景を見るだけで、物凄く殺意を剥き出しにしている事が良く理解できる。
ユッケはその光景を横目で気にしながら、アイリスに顔を向けて困惑しながら一言呟く。
「アイリス、説明するまでも無いよな?」
「……ああ、大体理解した。それで、結局果物はどうなんだ?」
「何とか20個ぐらいは無事だったのがあった。」
「それ以外は? サングラスだと千はあるらしいと聞いたが……。」
「みーんなニョロニョロさんの巣だったね……。どこが快適なんだろ……。」
「お前、虫でも食えるんじゃなかったのか?」
「クソマズイ。しかも僕だけ無理矢理口の中に入ってくるし……ニョロニョロしすぎて途中全部吐いちゃったし……。」
モークが絶望しながら事実を告げた。
(ニョロニョロ地獄か……行かなくて正解だったな)
数十分後。
くたびれて横になっているお二方を尻目に、
俺は網と支えを焚き火の上に置き、ゾンビ牛の切り身数十枚を網の上で焼く。
最近の料理はコレばかりだったので、何か味を変える物がないかと考えていると、ふと思った事があった。
「……そうだ。非常用に乾パンあったんだった。ゾンビ牛と一緒に食べたら美味しく……って早っ!」
「乾パン、食べたいです。」
「私もちょーだい!」
「非常用だからな。後の事も考えろよ。」
乾パンの単語を聞いて即効で起き上がったお二方。
俺は注意換気を促しつつ、乾パンをそれぞれにひとまず一枚渡す。
両者同時にパクッと一口。
「おいちぃ。」
「うん、美味。」
大層喜んでくれて何よりだ。
ちょうどその頃、ゾンビ牛が少し焦げた茶色まで焼きあがったのを見た俺は、収納魔法から皿を2つ取り出す。
そして、銀製のトングで皿の2つに肉を入れていく。
そんな光景を横目に、陶器のコップに入れた水をとくとくと喉を通しながら、まだかまだかと遠回しに急かすアリスとモーク。
俺は更に乾パンの大缶から10枚程取り出し、それを2つの皿に上から乗せた。
「ほら。食事の挨拶はしろよ。」
「「わあぁぁい! いっただっきまーす!」」
出されたゾンビ牛の網焼き(塩胡椒で味付け)と乾パンが入った、何とも簡素な仕上がり。
だが夕時のウジャウジャ虫でくたびれ果てたお二方にとっては、食う時間というものはとても幸せなのだろう。
「物凄いがっつきようだな……お前らもっと噛めよ。腹が満たされんぞ?」
「ユッケも大変だね。こんな美味しい物が食べられないなんて。」
「腹が殆ど空かない者の運命って奴だ。ホントはマジで食いたい。」
ユッケはアリスとモークの食事を見つめながら、物凄く羨ましそうな目をしている。
さっきまでの他人を物凄く見下しながら笑っていた活気はどこへ行ったのだろうか?
「ところでアイリス、もうゾンビ牛は無いけど……何食べるつもり?」
「お前らにはまだたどり着けない高みの一品だ。それ。」
俺は収納魔法から真っ赤な半径状の傘が特徴のキノコを取り出す。
直径10センチの大きさを3つ。
普通の人間には「死」を意味するが、俺にとっては「食」だ。
「……げっ! それ、猛毒のアカダケじゃない!」
「お前らが魔物と軽く戦闘しているときに……偶々見つけた。焼いたらキノコ汁が溢れ出て旨いぞ?」
「アリス、アイリス基準で考えると身が持たないから。」
「アナタも毒は慣れたんでしょ?」
「アレ食っても味なーんにも無いんだもん……。」
モークはユッケと同じような顔で俺を見つめる。
【毒無効】でも、味は何も感じない。
毒物が美味く感じるのは、もっとその先を超えなければならない。
それにはモークが食べていた時よりも倍以上食わなければならない。
アリスが地味に悔しがる中、俺は事前に収納魔法の中に入れていた包丁を取り出し、毒キノコを丁度良い大きさに切る。
そして、それらを網の上に置いてパラパラと塩を振った。
(よく考えればイケザキ村で塩と胡椒は調達しておくのは必須だったよな……ワゼリスが送ってくれなかったら、今頃どうなっていたか……)
やはり味の変化を付けるのは大切である。
毒キノコから美味しそう?なキノコ汁が出始め、少し焦げ目が付いてきたところで、俺は収納魔法から取り出したフォークを毒キノコに突き立てて口に入れる。
歯ごたえのある繊維の食感、噛む度に甘い汁がじわりと染み渡る。
……美味い。
「……フォークは別にしてよね。私、そこまで毒耐性高い訳じゃないから。」
「……そこは配慮する。」
アリスがブルブル震えながら俺に向かって注意を促す。
(毒がトラウマのアリスだからな……致し方ない)
俺は早々と毒キノコを食い上げ、フォークを箱の中に入れて収納魔法の中に入れた。
「ごちそうさまでした。」
「「ごちそうさまでした!!!」」
食事の終わりの挨拶も欠かせない。
アリスにコンテンロス教、ゲレキタケイト教、異世界……どの挨拶にすると聞いた結果がこうだ。
「なんか短くて済むからねー」というくだらない理由なのは置いておこう。
そんな事を考えながら穴の外に出て、収納魔法から取り出した水でアリス達の食器を洗う。
綺麗に戻った皿を収納魔法に戻しながら巣穴に戻ると、機を待っていたユッケが収納魔法から4つの薄い麻布団を取り出す。
コレに大きく反応したのはアリスであった。
アリスはユッケに近づくと頬を膨らませて怒る。
「ちょっとそれ……ホームレスと同レベルの薄さじゃない! どうしてそれくらいしかないのよ、いつも!」
「地べたで寝るよりマシだと思え。高級布団なんてフツーの冒険者が持つわけないだろ? 慣れておけ。」
「モフモフしている布団じゃないと寝れないのよ!」
「お! そこにモフモフした茶色い毛布があるじゃないか! それ使えよ! 【睡眼】!」
「え!? ちょっとま……。」
すると、アリスはユッケの魔法によって後ろに倒れ込み……寝てしまった。
相当うじゃうじゃ虫で疲れていたのだろう。
涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠っている。
しかし、アリスが寝転んだのはモークの上であった。
「ゲフッ! 重っ!」
「Zzz……Zzz……Zzz……。」
「余程うじゃうじゃ虫で疲れてたんだな。」
「ちょっとアリス! 重いって!」
「モーク、アリスの毛布になってくれ!」
「えぇ~~!!!」
「Zzz……Zzz……Zzz……。」
結局モークはアリスのしく予定だった薄い麻布団を地面に敷き、自分はアリスの上に渋々麻布団を掛けて眠った。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
「グンナイ(GoodNight)!」
それぞれおやすみの挨拶(アリス抜き)をした後、明かりの火を消して就寝した。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……ん?
……ヴッ!
突如、俺の全身が謎の警告音を発した。
ドクドクと流れる血の音が手を当てなくても分かる、
……何時頃だろうか?
さらに何処からか込み上げる熱と冷や汗により、慌てて布団から起き上がる。
(い……今のなんだ?今まで感じたことのない、強い殺気は!?)
「アイリス……やはりお前も感じたか?」
俺が起きたのにユッケは気付いたようだ。
巣の入り口の前に立ちながら香味草を吸っている。
元々寝る機会が殆ど無い体質の為か、起きて本を読んでいたらしい。
「ああ、今までに感じた事もない殺気だった。外に異変は?」
「殺気の位置は特定出来たが……それ以外は特に何も無い。」
「アリスとモークを置いてきぼりにして行くわけにも行かない。かといって一人で行くのはこの殺気では危険過ぎる。」
「そうだな。朝移動しよう。」
ガンガンと頭に響く痛みを堪え、アリスとモークを見ながら、俺はそう判断した。
その後しばらく殺気のせいで寝付けなかったが、しばらくすると殺気は消えて眠りに就いていた。
……。
……。
「アイリス、おーきーろー!!!」
「……。」
「モーク、こういう時はコレが一番よ。【火球】!」
「うおっ! 熱っ! ……ってひどいよ。【火球】で無理矢理起こすなよ……。」
「随分疲れてたんだね。どうしたの?」
「ああ、そうだ。実は……。」
俺は眠気の残る目をこすりながら、
アリス達に昨晩の一件を詳細に語る。
「……えっ? 【殺気】?」
「私も気づかなかったー。そんなにヤバかったの?」
「ああ、俺が感じた中で一番だ。」
「「えぇぇ~~!!!」」
異口同音が響く中、ユッケが号令を掛ける。
「殺気って奴、気になるだろ?」
「気になる!!」
「私も!」
「……。」
「早く準備しろ。殺気の発生源が割れた。とっとと行こうぜ!」
「「お~~!!!」」
(なんでコイツら楽しそうなんだ?)
こうして俺達は万丈一致の意見が出たので、昨晩の殺気が出た所へ向かう事にした。
それが……
地獄の切符であることをこの時から薄々感づいていた……。