9 選択
夜になり、辺りも静まった頃。
酒場にザイアス、ノア、アンネ、ハンナ、村長が集まった。
「ビックリしたよー、村長ってハンナさんの旦那さんだったんだ」
「もっとおじいさんかと思ったかい」
準備が終わったノアとバンナは談笑をしていた。
「そろそろ行くか」
全員の準備が終わったことを確認して、ザイアスが声を掛ける。
「お店よろしくね!」
アンネが留守番の二人に元気よく伝えたあと、五人は山へと向かった。外灯も少ないため、各々手にしている明かりを頼りにして歩みを進める。
「こんな夜に出歩かせてしまって申し訳ないです」
山に向かってる際に、ザイアスが謝った。
「私たちも小麦をもう一度育てることができるかもしれないし、気にすることはないよ。夜出歩くなんてよくするしね」
笑いながらハンナは言う。
この村の人たちは、顔見知り以外が夜に歩いているということが滅多にないらしく、都市部に住む人たちはよりは夜出歩くことに対して抵抗がないとのこと。
「大麦と野菜で生活は困らないから小麦の栽培はやめたけど、首都に行ったときにパンが高級品だったことに衝撃を受けてね。もう一度やりたいとはずっと思ってたんだ」
村長はしみじみと話す。ノアとザイアスは村長の話を聞き、少し安堵した表情をした。
ハンナと村長のなれそめの話で盛り上がりながら、足を進めていると、目的の山に到着した。
明かりを照らしながら奥へと進むが猪は出てこない。
以前休憩した場所よりも奥に進んだが、特に何もなかった。
「そこ、クロが住んでた小屋だ」
アンネが声をあげたあと、ハンナが駆け寄っていった。
あまり大きくないが、人が一人住むには十分であろう小屋があった。しかし、数年誰も住んでいないわりには、廃れていない。
「うわ!!!」
中を覗いたハンナが大声をあげた。
ザイアスとノアが何かあったのかと思い、急いでハンナのもとに向かう。
「大丈夫?!」
村長もハンナを心配し駆け寄った。
「違うんだ、猪が……」
全員が中を覗き込む。
「寝てる」
小屋のなかでは猪が大小合わせて十頭ほど寝ていた。
だが、小さいのが一頭起きており、のそのそ歩いていた。
「うわ!!!起きてる」
驚きから無意識に声が大きくなっているハンナに対し、村長はしーっと人差し指をたてた。
「少しみてくるねー」
ノアが一人で、起きている猪がいる場所の近くに向かった。
少しすると、四人に向かってノアが手招きをした。見に行くと、小さな猪がなにかを咥えていた。
「あれはクロがよく着ていたコートかな。見覚えある。もうかなりぼろぼろだけど」
ハンナが思い出すように呟いた。
「それ、大事な宝物なんだってー。
ここも大事な場所だからみんなで守ってるんだって。クロさんが戻るまで」
ノアは敢えて淡々と伝える。その言葉を受けた四人は誰も言葉を発しないまま、数分が過ぎた。
いや、誰も何を言えばいいのかわからなかった。
特にハンナ、アンネ、村長はとても悲しそうな表情をしていた。
ノアとザイアスはこの場は村の人に任せることにした。
「戻ろう」
長い沈黙を破ったのは村長だった。村長に従い、四人は山を降りた。誰も何も発しないまま、山を下りた。
宿に向かう道を歩き続ける一行。雑談がないに等しいため歩みは早く、行くときよりも早く戻ってこれそうだった。
山から宿までの平坦な道を歩いている最中に村長は声を発した。
「小麦をまた作ろう」
言葉は短いが強い意志がこもった声音だった。
ハンナとアンネも同意をするように頷いた。
そして宿に着いた。
ドアを開けるとアメリアとマリッサと、以前もいた常連の四人がいた。
「おかえりなさい!」
アメリアが元気に言う。
アメリアとマリッサを心配し、ハンナが常連の四人を呼んでおいたらしい。
「皆さん無事でよかったです」
マリッサが飲み物の準備をしながら声をかけた。
「今日は付き合っていただきありがとうございました」
ハンナ、アンネ、村長に改めてお礼を伝えるザイアス。
「いや、お礼を言うのはこっちだよ」
すでにカウンターに戻ったハンナが言った。
「ああ、ありがとう」
村長は今日一番の優しい笑顔だった。
常連四人とノア、村長は少し飲むことになったため、飲み物や軽食の用意をするハンナ、アンネ、アメリア、マリッサ。
しかし、ザイアスは疲れたといい、部屋に戻ってしまった。
飲んでいる六人に、軽食がわりのスープとパンが置かれた。
「これ、余りあるかなー。ザイアスに持っていきたいな」
「あるよ、ちょっと待って」
わたわたとアメリアが不馴れな手つきで用意をする。
用意ができた頃、ノアが声を掛ける。
「俺持ってくねー」
「私持っていくよ、ノアは飲んでて」
「疲れて弱ってるところ、女の子に見せたくないだろうからー」
マリッサの提案を断り、ノアは部屋へと運んだ。
「ザイアス、大丈夫?」
「ああ、気を使わせて申し訳ない」
ザイアスはベッドでうつ伏せになっていた。
お腹すいただろうから食べてね、とノアがパンとスープをテーブルにおいた。
「わざわざすまない。目が凄く疲れただけだから、寝れば治る」
「わかった、おやすみ」
ノアは部屋を出て、酒場に戻った。
「待つことも知ることも両方辛いんだろうな」
物音のない部屋では小さな声がよく響いた。