4 失ったものと失わなかったもの
「これ、おいしいよー」
カマンベールチーズにブラックペッパーをかけたおつまみを食べたノアは、赤ワインを飲みつつ満面の笑顔を浮かべながら三人に勧める。
「お兄さんよく飲むし食べるねぇ」
もっと飲めといわんばかりに笑顔でノアのグラスに赤ワインをつぐハンナ。
「そういえば兄さんたちなにしに来たんだい?」
一緒にお酒をのみ始めたアンネが一行に尋ねる。
「特に何かをしに来た訳じゃなくて、世界中を色々まわってるんですー。俺は絵を描いたり、雑誌の記事かいたりしながら」
ザイアスのペンダントのことはややこしくなるので伏せて、当たり障りのないことを返すノア。
「ここもゆっくりしてくのかい?」
「そうですね。色々見てみたいと思ってます」
アンネの質問に、マリッサが答える。
「そうかい。なんにもない村だけどゆっくりしていきな」
最近旅の人なんて来ないからね、と続けるハンナ。
「ありがとうございます」
ザイアスがお礼を言った時、宿のドアが開き、三十代くらいの男女四人組が入ってきた。
「ハンナちゃん!いつもの!」
「はいよ」
常連らしき四人組はテーブル席へと着いた。
そのうちに一人が、カウンター席に並んでいる四人に気付いた。
「あれ、お兄さんたち見ない顔だね」
男性がザイアス達の方向を見ながら言った。その声に振り向く一行。
「今日来た旅の人達だよ」
四人分のビールをテーブルに置きながら、ハンナが答えた。
「みんな綺麗な顔してるねぇ、しかも珍しい髪の色と眼の色」
「なんかおばさんみたいだよ」
笑いながら話している女性二人。
ザイアスは金髪碧眼、ノアは色素の薄い茶髪に、深い青の目、マリッサは明るい赤みがかったオレンジの髪に茶色の眼、アメリアは銀髪に蒼色の眼をしている。
リッシェでは茶髪で茶色の眼の人が多いためか、珍しく感じるようだった。
「特に嬢ちゃん、お人形みたいだな」
アメリアを見ながら言う男性。
「アメリア、さっきから静かだけど大丈夫か」
先程から一言も発していないアメリアに気付き、ザイアスが声をかける。
男性はアメリアのことを人形のように可愛いといいたかったようだが、ザイアスは人形のように静かととらえたようだった。
「うん、このお酒がとても美味しくて」
ハンナが作ってくれたイチゴがたっぷり入っているロゼを指差しながらアメリアがにっこりと嬉しそうに笑う。
「よかったねー、アメリア。でも飲みすぎちゃダメだよ」
とアメリアの頭をなでなでしながらマリッサが言う。
「ところで気になってたけど、みんな吸血鬼か?」
男性が声を発したあと、少し沈黙が流れた。
「この村、ペイシルは吸血鬼迫害はないから安心して。リッシェだしね。」
沈黙を破るように、女性が言った。
この女性が言うように、人間が吸血鬼を忌み嫌う地域もわずかではあるが存在する。
人間の方が吸血鬼に比べて力は弱いが、吸血鬼の方が圧倒的に少数派である。そのため吸血鬼は人間に対してあまり自分から吸血鬼であることを明かさない。
「俺とノアが吸血鬼です」
今の女性の話と元々吸血鬼が住んでいたことがあるということから、話しても平気だろうと判断した。
もちろんマリッサとアメリアは前から知っている。
吸血鬼は人間か吸血鬼かを見分けることはできるが、人間は見分けることはできない。
「よくわかったねー、お兄さん。
でも安心して、僕らは元人間の吸血鬼とかではないから突然暴れたりしないよ」
少し重くなっていた空気を察しノアが明るく話した。
吸血鬼は血の濃さに応じて四つの階級に別れている。
純血種、貴族階級、一般階級、元人間。
純血種は、極少数しかいない人間の血が一切入っていない吸血鬼である。貴族階級は、吸血鬼の血が濃くもともと高い潜在能力のうち何かが抜群に特化している、いわゆる能力持ちの吸血鬼。
普通階級は、人間と比べたときに潜在能力が少し高いだけの能力は持たない吸血鬼。
元人間は、生まれたときは人間だったが純血種が血を吸ったことにより、吸血鬼にしてしまった存在である。自制がきかず暴れる事件がたまに起きている。人間が吸血鬼を怖がる主な原因。
「昔、山にいた吸血鬼の兄ちゃんと、雰囲気が似ててな」
顔がにてるとかではなく、醸し出している雰囲気が似ていると男性は続けた。
「嬢ちゃんたちも吸血鬼かと思ったよ、すごい綺麗な顔をしてるから」
吸血鬼は端正な顔立ちをしている者が多いとされている。
「失礼ですがその方はどうして亡くなったんですか?」
デリケートな話題のためザイアスが丁寧に聞いた。
「詳しい理由はわからないんだ」
吸血鬼にも寿命はある。
純血種はほぼ不死に近いが、他は寿命があり貴族階級は千年、普通階級は三百年、元人間は百五十年ほどである。
村のものたちがわからないと言うのは、特に血を流していたわけでもなく、息を引き取っていたかららしい。
実年齢はわからないが老衰でなくなったとは言えないような見た目だったとのこと。
「吸血鬼が自ら吸血鬼と名乗るだけでも、皆さんは信頼されていたと思います。
自分もその吸血鬼の方の話を聞いていなければ、話す勇気はなかったかもしれません」
今思えば自分達はなにも知らなかったんだと、小さな声で囁いた女性の言葉を聞き漏らさず、それに対してザイアスは慰めるように言う。
少し安心したのか、今度は女性は周りに聞こえるように言った。
「その吸血鬼が亡くなって、小麦畑はダメになったけど、大麦やお野菜とかは昔からずっとやってるからその辺は昔と変わらないよね」
「そうだな、ペイシルの分は小麦は作れてるし、そう考えると、この数年で失ったのは、吸血鬼……クロくらいだな」
と女性と男性はしみじみと語っている。
一行はなにも言うことができず、少し感傷的な空気になったところで別の男性が空気を変えた。
「兄ちゃんたち気分暗くさせてごめんな。今日は俺がおごるからさ」
「いえ、そんなわけには」
「いや、せっかくこんな辺鄙な地まで来てくれたんだ。出会えたお祝いだと思ってくれ」
男性とマリッサが会話をする。ありがたくごちそうになることにした一行は、お礼を伝え、四人がお店を出るのを見送った。