5 複雑な想い
ノアとラウルはザイアスが待つ部屋へと戻った。
ラウルは明日は公演が休みということで、そのまま部屋で三人は飲むことになった。
「アメリアって面白いね。俺が吸血鬼とか人間とか関係ないって言ってた。吸血鬼が怖くないのかな」
ラウルがワインを飲みながら言う。
「アメリアは暴れる吸血鬼は怖がる。だけど暴れる人間も同じように怖がる」
ザイアスが答えた。ノアも同意する。
「吸血鬼イコール怖いとは思ってないねー」
「マリッサも同じだと良いけど」
ラウルは俯く。ノアはそんなラウルを見ながらも率直に話す。
「同じようにはなるかはわからないなー。アメリアとマリッサだと過ごした環境が違うから」
ラルジュは元々あまり吸血鬼がいない国でもあるのに加え、シエレトワレ戦役があったこともあり、吸血鬼に良いイメージを持つ人は少ない。
逆にアメリアが居た国リッシェは、大きな学園があることやリッシェの位置も影響し、吸血鬼がそれなりにいて馴染みがある存在である。それにアメリア自身が小さいときからザイアスとノアがいたため、怖いイメージはない。
「そうだよね」
「隠すなら協力はする」
「いや、このまま騙す形になるのはよくないのは分かってるから、きちんと伝えるよ」
ラウルは決心を固めたのかワインを一気に飲み干した。
「あの酒場には毎日いるのか」
「ほとんどいるよ」
「なら、マリッサが戻ってきたらもう一度向かう」
ラウルは了承し、サーカス団のところへと戻り、部屋にはザイアスとノアの二人になった。
「大丈夫かなー?」
「なにがだ」
「いやー、気になることがあって」
ノアは意味深な事を言うが、ザイアスは深くは追求しない。
「あとから知っても今知っても悩むのは変わらないだろ」
「んー、ザイアスも気付いてた?」
「ああ、俺と状況は似てる気がするけどな」
ザイアスもワインを飲み干して、この日は眠った。
次の日。アメリアが部屋でのんびりとくつろいでいるところ、夕暮れ前にマリッサが部屋へと戻ってきた。
「おかえり!」
アメリアがマリッサのために飲み物を用意をしているあいだ、マリッサは少し体を伸ばしていた。
「ありがとう、アメリア」
飲み物を受け取り、少しくつろぐ。
「三人に話したいことがあるんだけど、ザイアスとノアの部屋に行っても良いかな」
マリッサとアメリアはザイアスとノアの部屋へと向かう。ノックをすると反応があり、部屋にいれてくれた。
いつもの定位置に腰を掛ける。
「私二ヶ月くらい、実家に戻っても良いかな」
マリッサがマリッサの祖母とした話を伝えた。
「ああ、わかった。
俺たちはここで待っていた方がいいか?」
「うん、申し訳ないけど実家があるのは田舎だから、ノアとザイアスが長居をするのは向かないと思う」
「わかった。万が一吸血鬼だって知られたら、マリッサの実家にも迷惑がかかるしな」
察しの良いザイアスは言う。マリッサはオブラートに包んで伝えたが、ザイアスには筒抜けだった。
田舎の噂が回る早さは尋常ではない。もし、吸血鬼を招き入れていたなんて噂が流れると実家に迷惑がかかる可能性は高い。
「アメリアも俺たちと一度マニフィの家に戻るか」
「うん」
マリッサが二ヶ月間実家に戻ることになり、一度旅は一時中断となった。
「ごめんね、二ヶ月も離れることになって」
「いや、このペンダントが埋まる鍵はサーカス団だから、むしろマリッサに全て丸投げする形になって申し訳ない」
ザイアスは申し訳なさそうに謝るが、マリッサは特に気にしていないようだった。
マリッサとアメリアに、マリッサが戻ってきたらラウルのところに行く約束をしている旨を伝えた。早速向かうことになり、酒場につくとすでにラウルは居た。
「マリッサ、大丈夫だった?怪我とかない?」
「大丈夫だよ、実家に帰っただけだよ」
「マリッサに話したいことがあるんだ、ご飯を食べたあと、少し時間いいかな」
「うん、ここじゃダメなの?」
「二人きりで話したい」
「わかった」
五人は夕食を一緒にとり、この日はお酒を飲まずに宿へと戻る。ラウルとマリッサは、マリッサとアメリアが借りてる部屋で話すことになったため、アメリアはノアとザイアスの部屋で待つことになった。
マリッサとラウルは、窓際にあるイスに腰掛ける。まず、実家で祖母との会話内容を伝えたところ、ラウルは嬉しそうにしていたが、二ヶ月マリッサも帰ることを聞いたとき、少し申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね、二ヶ月も付き合わせることになって」
「いや、私はいい経験になるから大丈夫だよ。
ラウルとも久々に長くいられるしね」
「俺は就職はしないよ、その二ヶ月間もあまりいけないと思う」
マリッサは驚く。ラウルも一緒に就職するものだと思っていた様子だった。
「もう三人には話してあるんだけど、マリッサたちの旅に同行させてもらおうと思ってる」
マリッサはさらに驚いている様子だった。
「そうなんだ、嬉しい」
言葉通り嬉しそうにマリッサはしていた。反面、ラウルは無表情を崩さない。持ってきていたノンアルコールの飲み物を出して、マリッサに勧める。
飲み物を飲んでいる間は二人とも話さず、沈黙が流れた。それを断ち切ったのはラウル。
「マリッサに話したいことがあるんだ」
一呼吸おき、ラウルは続ける。
「俺は吸血鬼なんだ」
その言葉を聞いたマリッサの動きが止まる。
「え……」
驚きの声が言葉に出る。ラウルの表情をみても、嘘をついているようには見えない。
「でもラウルはラウルだよ」
少し間が空いたあと、マリッサは笑顔を作り言った。しかし、テーブルの下に隠れている手は少し震えている。
「ありがとう、でもごめんね。
ずっと黙っていて、騙すかたちになって」
「騙されたとは思ってないよ。この国だと言いにくいことだって分かってる」
「そっか」
「疲れたからそろそろ寝てもいいかな。
出発の日はいつにする?」
「最終公演の次の日でいいかな。
今日は移動していたから、疲れてるよね、遅くまでごめんね。ザイアスたちと話してくるよ」
飲んでいた飲み物を片付けて、ラウルはザイアスたちの部屋へと向かった。
ラウルはザイアスたちの部屋をノックする。返事が返ってきて、ラウルは部屋へと入る。
「マリッサと話してきたよ。
吸血鬼だって伝えたけど、俺は俺だっていってくれたけど……」
ラウルの言葉の詰まり方から、マリッサの動揺は察することができた三人。
「そうか」
「出発の日は最終公演日の次の日って話をしたけどそれでいいかな」
「ああ。俺たちも見送りはする。一旦実家などに帰ることにしたから、二ヶ月後ここに戻ってくる」
ラウルは明日から四日連続での公演とのことで、早めに戻っていった。
「アメリア、申し訳ないけどもう少し待っててもらってもいいかなー?」
「いいけど、私がマリッサと話すよ」
「俺も話したいからー」
ノアがマリッサと話に行くことになり、ザイアスと待つことになった。
「マリッサ?いるかな」
マリッサがいる部屋でノックをしながらノアが声をかける。
「ノア?今開けるね」
マリッサが扉を開けて、ノアを招き入れる。
この日は珍しくベッドに横並びになって座る。
「大丈夫……ではないよね」
マリッサは答えない。ノアがマリッサを覗きこむと涙を浮かべてた。ノアはなにも言わずに、マリッサの頭を撫でる。
「ごめん……こんな姿見せて。
ラウルが吸血鬼……ってことが怖いとか……じゃなくて」
嗚咽混じりでマリッサは言葉を紡ぐ。ノアはマリッサの話を静かに聞く。
「怖くてもいいんだよ。前も話したけど、俺に気を使わなくて平気だよ」
「吸血鬼が怖くないって言ったら少し嘘になるけど、二人は……ううん、三人は大丈夫。
ラウルはラウルだって言葉には嘘はないけど……」
「うん」
「ずっと好きだった相手が吸血鬼だった……っていうことをどう受け止めればいいか……私にはわからない」
マリッサの涙が止まらない。ノアは自分のもとへとマリッサを引き寄せる。マリッサは抵抗することもなくノアの胸元へ頭を預ける。
「それはわからないよね」
「うん。
ラウルは私のこと妹くらいにしか思ってないのも気付いてるけど、諦めがつかなくて……」
ノアは再び何も言わなくなった。いや、言えなくなったのか。
「恋愛でこんなに苦しい気持ちになるとは思わなかった」
少し落ち着いてきたのか、マリッサはノアの胸元から頭を離す。ノアはマリッサの頭を再び撫でながら言う。
「ちょっとザイアス呼んでくるね。
ごめんね、何も言えなくて。でも話してくれてありがとう」
「ううん、話を聞いてくれてこちらこそありがとう」
考えがあるのかザイアスを呼びに戻るノアだった。
一方、部屋に残されたアメリアとザイアス。
「マリッサ、大丈夫ではないよね」
アメリアが心配そうにザイアスに話す。
「そうだな。
アメリアもマリッサのこと、気付いてたか」
「うん、学園のときに何回か名前はでなかったけどたぶんのラウルさんのことを話してくれていて、そのときの表情がいつもと違ったから」
「そうか、でもラウルは多分マリッサのことは好きだけど……」
二人とも黙ってしまった。そんなときにノアが戻ってくる。
「今度は俺がいってくる」
ノアがなにかいう前に、ザイアスが立ち上がり、部屋へと向かった。ノアと同じようにノックをして入る。
ザイアスもマリッサのとなりに座る。
「俺もマリッサの気持ち、少しわかるよ」
泣き止んでいたマリッサはまた涙を浮かべた。ザイアスは少し悩んだあと、マリッサを引き寄せて、抱き締めた。マリッサは抵抗をせずむしろ抱き締め返した。
「好きな人が、吸血鬼でも好きでいていいのかな……。私のこと妹だと思ってるのわかってても好きでいていいのかな」
「……駄目なことはないだろ、きっと」
少し抱き締める腕を緩め、きちんと目を見つめながらザイアスはマリッサに伝えた。
「ラウルが吸血鬼であることを受け入れられたら、きちんと想いを伝えるのも選択肢の一つだ」
再度抱き締め直し、小さい声で呟く。
「俺もだけどな」
ザイアスの小さな声はマリッサに届いていないようだった。
「ありがとう」
「いや。ラウルの同行を勝手に許可してしまったけど、マリッサが辛いなら今からでも断るけどどうする」
ザイアスはマリッサに聞く。
「ううん、大丈夫」
「わかった。今日はどうする。アメリアとあまりいたくなければ、このまま部屋割りのまま寝るか」
「……うん」
マリッサは小さくうなずいた。ザイアスはマリッサが落ち着いたのを確認して、一度部屋へと事情を伝えに戻った。ノアだけ部屋の外に出てもらい、話をする。
「今日はアメリアと過ごしてもらってもいいか。
マリッサはアメリアに泣き顔を見せたくないだろうし、心配もさせたくないだろうし、なによりアメリアは想われてる側だからアメリアが慰めても、申し訳ないけどマリッサが傷つくだけだ」
「そうだね、アメリアには上手く言っておくよ」
ザイアスとノアの会話は短く終わり、各々部屋へと戻る。
ザイアスはマリッサが泣き止んだのを見計らい、暖かい飲み物を出してあげた。マリッサはゆっくり飲み、眠った。
一方ノアとアメリア。
「アメリア、ごめんね。今日はここで寝てもらってもいいかな」
状況が良く分からず首をかしげるアメリア。
「うん。マリッサは……?」
「ちょっと落ち込んでて、妹のように可愛がってるアメリアには弱ってるところあまり見られて心配されたくないって」
「……そっか」
アメリアの表情がどんどん曇っていった。
「アメリア?」
「みんな、私に気を使ってくれてばかりでちょっと寂しい……。いつもこういうときになにもできない」
今度はアメリアが涙を浮かべていた。
「皆アメリアのことが大切だから余計な心配させたくないんだよ」
ノアは今度はアメリアを抱き締める。少し驚いたアメリアはノアを上目遣いで見つめる。
「我が儘言ってごめんなさい……」
誰もが羨む美少女が、大きな瞳に涙を浮かべて上目遣いで見てくるとなると、平常心ではいられないのか、ノアは強く抱き締めて、アメリアに聞こえないくらいの声で呟く。
「無自覚は怖いなあ」
「ノア?」
少し聞こえていたようでアメリアは首をかしげる。
「それ、俺とザイアス以外の男にしちゃ駄目だよ」
「二人以外の男性に抱き締められても振りほどくよ」
ノアが言いたかったことはそうではないが、少し気になったのか話をあわせる。
「なんで?」
「私にとって大切な人だから。いつもありがとう」
アメリアは話がそれたからか落ち着き、眠った。
疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。ノアはアメリアを優しく撫でる。
「どこまで気づいてるのかなあ」
今度はアメリアの頬に残った涙を優しく拭いてあげながら呟く。
「自分のことには鈍感だから」
ノアは小さく呟いて、自身もベッドに入った。




